査問官の皆様。本日はお招き頂きましてありがとうございます。特に宣誓は必要ないとのことでしたが、勝手ながら一応の口上は述べさせて頂きます。
私は私の良心と生命にかけてこれから述べることに偽りを含まないことを誓います。
ただしあなた方の神や社会的公正にかけて誓うことはありません。 以上。
まずは父の話からしなさいと? わかりました。そんなに気のりはしませんが、しかたないのでしょう。そうですね。父がいなくなってしまってからもう五年ほどになります。定年まで勤めあげて、あとは気ままにやってたみたいです。川柳や南画に手をだしてみたりしてね。退職した団塊サラリーマンのテンプレコースというやつでしょう。
いつからだったでしょうか。あの人はぼんやりすることが増えてきましたね。リビングのソファに座ったままぼーっと空を眺めてるんです。昼の月でもながめてたんですかね。酒量は少し増えたくらいだと思います。ほかには、会話している途中にふっと放心してるだとかでしょうか。ふり返れば、かわいがっていた私の甥や姪をながめる目は少し変わってきたようにも思いますね。以前の無心な愛情とは異なる光を帯びていたとでも申しましょうか。ま、これは息子としての感覚ですが。
こういう変化はどう表せばいいんでしょうね。少し硬く言えば、おさない孫を見る目がよろこびからあわれみに移行したって感じですかね。その頃からなんらかの兆しはあったのかもしれません。
はい。書き置きですか? ありました。単純に「これ以上、自分を欺くことはできない」とだけ自筆で書かれてました。感想? 特にはないんですけどね。「あ。やっぱ逃げちゃったなコイツ」という程度でしょうか。父の逃亡がその後の私に何かもたらしたかと? どうでしょう。ご存知の通り、逃亡に関しては珍しい話ではないですし、ヤツが逃げるにせよ、こちら側にとどまり続けたにせよ、結果としてはどちらでも同じことだったと思います。私がここに存在し、この場でこういう具合にあなた方からの査問を受けるという状況に至ることは変わらないってことですね。
父のケースについては、最後の最後まで責任とらなかったなあコイツっても思いましたね。責任ってのは、つきつめれば出生という摩訶不思議の秘法によって私をここに同意なく連行した責任なんですが、それについてはおいおい話すことになるでしょう。
こどもの頃、ことあるごとに父が私に言い聞かせていた訓戒は「ひと様に迷惑をかけるな」というものでした。社会的馴致のために私を殴りつけ蹴り飛ばすことになんのためらいもみせなかった人だったんですけれどね。息子たる私という「ひと様」をこれでもかと罰し欺いておきながら、自分を欺くことはできないってのは、なかなか味のある皮肉でしょう。
査問官の皆様。いまだに事情が呑み込めていませんし、よくわかっていないのは、いったい何の罪とがで私がこの「査問の場」に呼び出されているのかってことなんです。父が逃亡したという責に連座して呼び出されるという前例は聞いたことがありません。心当たりがあるだろう? うーん、どうでしょうね。扇動者? なにを扇動したというのでしょう。共同体の破壊者? これはこれは大層なお名前を拝受致しまして、どうもありがとうございます。
いえいえ、ふざけているわけではないんですよ。査問官の皆様。ただですね、あなた方の厳粛で謹厳なお顔を目の前で拝見していると、おかしみにも似たなにかがわいてきて困るんで。これがおかしみだけだったらまだいいんですが、ほとんどかなしみに近いのだから、タチが悪いというか、つらいもんですね。
苛立っている方々もだいぶいらっしゃるようなので、そろそろ白状しましょう。最初からネタは割れてるんですが、再びやらないといけないみたいですからね。あなた方お得意のスットボケをこの私がやっていてもはじまりませんしね。一応のところ、私としても心当たりはあるので、はっきりさせておきましょうか。シラを切るつもりはありませんし。のらりくらりやったところで、どうせ追い込みをかけるおつもりなんでしょう。こういう例外はゆるさない、なぜならそれが正義だってやつですね。あなた方の常套手段。
私の方から申し上げてしまえば、告発者を罰する体の召喚なんですね、これは。むごい話です。私が何を告発したのかって? わかっているはずなのに案外段取りにこだわる方々みたいですね。では、ここにはっきりと申し上げておきましよう。
私はあなた方そのものを告発したのです。あなた方とあなた方のつくり出したシステムを。あなた方が数万年にわたって蓄積し継続してきた嘘を。そのからくりと技法を。その詐術と偽計のあり方を。あなた方の深奥にまでしみわたったぺてんの血と系譜を。
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