あの娘

牧野楠葉

小説

2,308文字

あの娘は、なんでこんなに、生きづらいんだろう。

そう。スーパーで晩御飯、買い物しとって。チナツが泣き叫んで、あの時は大変でした。アキラくんが晩御飯に肉が食べたいっていったんで、あーしはずっと結婚前から貯めてたところからまた引き出して、また怒んないように奮発しました。すっごく、すっごく怒られるのがやだったんです。割れた窓だって、まだ修理できてませんでしたし。

レジに持ってく途中で、チナツにおやつ、買ってあげよう。って思って、あーし。あんまり泣くから、アンパンマンのやつとか、トーマスのとか。キャラクターが大きくついたやつなら喜ぶかなってコーナーに行ったんです。そしたら。運命だって思いました。笑っちゃったけど、あーしのちっちゃい頃の保育のせんせが、必死な顔して、昔のまんまで、おやつコーナーにいたんです。あーし、せんせに付き合って、って言ったことあるんですよ。ナマイキですよね。腕に高級そうなもなか持ってたけど、それはひとにあげるやつかな、選んでたのは、自分のやつだな、って思いました。せんせ、よくおやつ食べてたし。あーしたちにもよくくれました。

せんせ、って言おうかと思ったけど、もう昔とは全くみかけだって違うし、殴られちゃってっから痣だらけで面影もないし、声かけるのはやめました。ああ、元気なんだな、滑り台の上からでっかい声出して告白したときのことなんかが浮かんできて、なんだか幸せな気分になりながら。チナツをあやしてレジに向かいました。

肩が叩かれて、あーしはビクッと振り返ったんです。そしたら、せんせ。

「もしかして、高橋さん?」

眉間に皺よせて、本当に真剣な顔してあーしを見てくれるのは変わってませんでした。

高橋っていうのはあーしの旧姓です。高橋チカ。

迷いました、声が詰まったんです。答えるか、首を振るかしたら、もう今の状況が耐えられなくなるんじゃないかって思って。チナツがまた、泣き始めました。すると、

「高橋さんにそっくりやん」と、せんせが笑いながら言いました。あーしは、

「おひさしぶりです。せんせ」と頭を下げました。嬉しくて、どうしようかと思いました。

アキラくんの部屋は学生の時から住んでる八畳です。チナツができてから、いっしょに暮らし始めましたけど、やっぱり三人でいるのは狭くて、それでアキラくんは苛々しちゃうのかな。

せんせは、あーしのカゴに入ってたものを全部買ってくれて、しかも高級そうなそのもなかをくれました。ひとにあげるやつじゃないんですか、って聞いたけど、

「いや、もともと高橋さんにあげる予定やってん」と真顔で言ってくれました。あーしは、その冗談に感謝しなきゃ、甘いもんはアキラくんも喜ぶな、と思いながら、せんせをお茶に誘いました。申し訳ないから、と最初は断ったせんせでしたが、せっかく会ったのに。とあーしが言ったから、じゃあちょっとだけ。と一緒に歩き出しました。その時、ちらっとせんせが額の痣を見たのがわかりました。あーしはチナツをあやしながら陰にかくれて、顔を隠しました。

あーしは割られちゃわないように、コンロの上の棚にしまっておいた来客用のティーカップを取り出しました。この部屋にお客さんなんて来たことないから、それは、まったくの、さらっぴんでした。せんせはチナツをあやしてくれながら、アキラくんの部屋をいろいろ眺めていました。ちっちゃなテーブルに乗ったこぼれそうな灰皿とか、ヤニだらけの壁とか、お酒のボトルが乗ったラックとか。高そうなレコードとか。畳まれてないままの洗濯もんとか。こんなことがあるなら、もうちょっと小綺麗にしとけばよかった、と思いましたけど、あーしにはその時、そんな余裕なんてありませんでした。ぱりぱりと包み紙を破って、急いで、もなかの袋を取り出して百均のきれいなカゴに詰めました。

椅子もないから、床に座ってせんせは、コーヒーを飲みながら、今受け持ってる子たちのことを楽しそうに話しました。この家ではありえないゆっくりした時間が流れていって、いつもだったらどけ、って言われちゃうチナツもベッドの上をたくさんハイハイして。あーしは、普段のことを思わず忘れて、パートの職場でのはなしや、チナツのことをたくさんしゃべりました。アキラくんのことは言いませんでした。

もなかは、とても美味しかったです。毎日食費を削りに削っているから、こんなものは食べれなかったんです。だから、つい、

「もっと食べたいです」と口走ってしまいました。くせで、あーしは屈みました。腕が飛んでくる。

「高橋さん」

アキラくんは、まだ帰ってくる時間ではありません。まだ、夕方でした。

「好きなだけ食べて」

目の奥から、ぶわりと何かがこみ上げてきました。

「誰も怒らないから」

チナツはさきほどお乳をあげたばかりです。

あーしはもなかの袋をひとつひとつ開けていきました、そいで、みっつ、一気に頬張りました。あんこが飛び出して、あーしは大声で泣きました。

 

「チカァ!!」

扉の外から、ひどく泥酔したアキラくんの声が聞こえてきました。あーしは震えて、チナツを抱きました。手の中には、せんせのでんわばんごうが書かれた紙がぐしゃぐしゃになってました。

「鍵あけろぉ!」

アキラくんはいつも、鍵をどこかになくしてしまいます。あーしは、きょとんとするチナツをひとまず下ろして、お団子をくくりなおしました。それで、おんぶひもにチナツをくくって、立ち上がりました。

それから、どうやってここに来たか、わかりません。でも、あの、もなかが美味しかったんです。それだけです。あのう、電話、お借りしてもいいですか?

 

 

2018年4月26日公開

© 2018 牧野楠葉

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"あの娘"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2018-04-27 00:06

    「蛸やったら」を読んだ後だったので、チカちゃんの境遇が沁み入りました。生きづらいというよりも、身の処し方が不器用で、男や子供への情にほだされて自分を守る術を知らない女の話と受け止めました。
    最後の段、アキラ君がドアを叩いている時は、先生はもう帰ってしまった後だったのでしょうか?前後関係がよく分かりませんでした。先生に電話をしようとしているのですよね?

    • 投稿者 | 2018-04-27 12:09

      コメントありがとうございます。先生は帰ってしまったあとです。
      そして、物語全体が、チカちゃんが家から出て行き、先生に電話をしようとして、
      誰かに電話を貸してくれという語り

      という設定でした。
      うまく出しきれてませんね。

      著者
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