“【妖精】
―妖精とは自然界におけるエーテルの偏りによって自然発生的に誕生する意思を持った魔法生命体である。人間の赤ん坊が笑うたびに誕生するという説もあるが、未確認。”
(また唄が始まった……)
鈍色の空には灰色に輝く太陽……。とりあえず、最初にこれを想像してもらうと良いんだって。想像できる? さて、この物語の始まりは、ラックランド・フェアリー・パワー・ステーション・ワンの敷地内から。長いからLFPS1って呼ぶね。今LFPS1に佇んでいる妖精こそ、使命を背負いし物語の主人公、その名もエヌゼロ!
まず最初に唄声のする方から鳥が飛んで来るんだ。唄から逃げてきたのかな? エヌゼロはどうするだろう。助けるのかな。近づいてきたよ、ちょっと見てみよう……って言ってる間に、あらららら……歌に捕まって地面に落ちちゃった。可哀そうに、羽をバタバタさせてジタバタしてる。炎みたいに綺麗な朱色をしてたのに、どんどんその色が消えていくよ。最後には真っ白になって動かなくなっちゃった。なんだか初めから命を持ってなかった石膏像みたい。死の苦しみ、その瞬間を切り取った石膏像ってね。もしも、これが最初っから芸術として作られたんなら、結構いけてると思う。
(早く唄を止めないと……)
さてさて、我らが主人公エヌゼロに話を戻さないとね。誰の目にも触れることのないその芸術品をちょっと見たけど、特に何もなし。クールなんだね。そしていよいよ、その使命を果たすため唄声の元へと歩き始めたよ。まっすぐ伸びた道の両側には真っ白な塊がずらっと並んでる。たぶん元々は建物だったんだろうね。足元にも良く分からない残骸がいっぱいあるんだけど、それはもう砂、っていうか粉みたいになってて、エヌゼロの一歩ごとにギチギチって踏みしめる音がしてる。昔はこの場所も緑とか赤とかいろんな色に溢れていたんだろうけど、今じゃ視界に入るのは見渡す限り無彩色の大海原だけ。虹さえもモノクロームの橋を架ける世界に、妖精の唄が響き渡っている…って感じなんだけど、どうかな? 分かる?
“【妖精の唄】
―妖精はエーテルをその翅から取り込み、唄声に変換してエネルギーを放出することができる。特に空と海を色づけている青のエーテルを好むので、その翅はほの青く色づく。”
妖精の唄ってのは、みんなを楽しい気分にして元気を与えたり、時には悲しい気持ちを慰めたり、場合によっては熱狂させるくらいの可愛らしいイタズラみたいなもんなんだよね。聴いたことあるでしょ? そうやって妖精たちは楽しみ、世界は綺麗な色に満ち溢れて、美しいバランスを保っているんだから。
でもね、その唄が持つエネルギーに目を付けた人間が現れたんだ。この島国の人間たちはエネルギー資源に困ってたから、妖精を捕まえて、無理やり唄わせてエネルギー源に利用しようと考えたんだって。全く酷い話だよ。そんでもって、たくさんの妖精が捕まっちゃって、妖精たちはその姿を隠すようになっちゃった。人間と妖精はそれまで結構仲良しだったのにね。今じゃ心の穢れていない子どもの前にしか姿を見せないってのはそういうこと。大人に見つかったら捕まっちゃうからね。
“【妖精の生態】
―魔法生命体である妖精は、根本的な機能が生物とは異なる。例えば、その実体を破壊してもそれは死ではなく、時間をおけばやがて復活する。”
エーテルを利用した無尽蔵のエネルギー。それはまさに明るい未来のエネルギー。凄く夢のある話だよね。んで、初めのうちは上手くいってたみたい。だって妖精は心が優しいんだもの。人間の役に立つのは嬉しいから、まぁしょうがないか、って具合にさ。これでエネルギー問題は解決だ、って人間たちは大喜び。でもやっぱ、そんなに上手い話はないよね。この不可思議なエネルギーをコントロールするには人間達はあまりにも愚かで、無知だもの。
“【妖精の殺し方】
―妖精の存在を消滅させる方法は限られており、現在判明している限りでは3つの方法だけである。
①一角獣の角……一角獣の角は自然界で最も多くのエーテルを有している。その角で突けば妖精の存在を霧散させることが可能。しかし、その入手は困難を極める。”
妖精をエネルギー源に利用してるってことは、その仕事に関わってる人以外には秘密にしてたんだって。まぁ普通は反対されちゃうだろうから当然かな。だから、妖精たちがその姿を見せなくなってからしばらく経つと、みんな妖精のことを忘れて信じなくなっちゃったんだ。妖精は物語の中だけの存在、っていう風にね。本気で妖精の存在を語ったら、ちょっとおかしい人だと思われるみたいだよ。え、今何か言った?気のせいかな。
妖精の存在を信じること。これは妖精たちにとって凄く大事なことで、信じる心がなくなったら大変なことになるんだって。どうなるのかな。恐いね。だから妖精は大きな声で歌ったんだよ。それは迷子になった子どもが泣き喚くみたいに。愛する人を失った叫びみたいに。死の淵に瀕して悲鳴を上げるみたいに。世界中の人たちにその存在を思い出させるためにね。
(ずいぶんとお上品な唄だこと……)
そんな強大な感情の爆発を人間が管理できるわけなくて、エネルギーは暴走し始めちゃったんだ。青のエーテルを食らいつくし、有機物のフォイゾンはおろか無機物のプラズマまでも蝕みながら、あらゆる色のエーテルを呑み込んで、この場所には黒い妖精だけが残ったんだとさ。まぁ人間にはそれが妖精の仕業だなんて誰も気づかなかっただろうけどね。
もうこの辺には、見渡す限り生命の色はないよ。エーテルが全然ないんだもん。だから黒い妖精は今じゃ世界中を飛び回ってるんだって。迷惑極まりないよね。自分勝手な人たちのせいなのに、世界中が黒、灰、白、とろけるような無彩色に塗り替えられちゃったんだ。そうするうちに黒い妖精の死の歌もどんどん汚くなって…聴こえる? 聴こえないよね。それはもう唄と呼べるようなものではないもの。
“②冷たい鉄で作られた機械……人間が作った機械の中には、妖精にとって危険な物がいくつか存在する。ただし、刃物や重火器ではなく、冷たい鉄で作られた機械に限られ、確実な方法とは言えない。”
それからまたしばらく経って、もうこの場所は人間からも見捨てられてんだ。あれ? エヌゼロも忘れられてない? だってさっきから歩いているだけなんだもの。何もないよ。唄声の主を止めるためなんだっけ。黒い妖精はずっと歌い続けているんだよ。だけど、最近になって変化が表れたんだ。
(ここか……)
さぁ、舞台はいよいよLFPS1だよ。ここは今まで見てきた景色とだいぶ違うからね。色のない花園の真ん中に聳え立つ砂の城。LFPS1。これは植物なのかな?でも、真っ白な茎が地面から1メートルくらい伸びてるだけで葉っぱがないな。茎の先には白い花が大きく開いてるけど、震える雄しべが花粉を降らせて、花びらがそれを扇いで舞い上げているように見えるね。たぶん、唄声のエネルギーを利用できるように進化した植物なんだろうけど、それがいっぱい咲いてるんだ。舞い上がった白い花粉がチラチラ輝いて綺麗だね。花園に足を踏み入れるエヌゼロ。歌声に近づくごとに、この無彩色の世界に新しく生まれた希望の花は萎れていった。まぁそうなると思ってたけどね。
-LFPS1-
〈建物内部に足を踏み入れるエヌゼロ。目の前には唄っている妖精。〉
「唄うのを止めなさい。」
「誰?」
〈唄が止む。唄っていた妖精の名前はテンビー。エヌゼロに気づいて振り向く。〉
「あなたは……まさか……。」
〈無言のまま、ゆっくりテンビーに近づくエヌゼロ。怯えるテンビー。〉
「無駄なことは止めるんだ。」
「無駄?そんなことない!」
〈強がり、声を荒げるテンビー。エヌゼロは立ち止まりテンビーを見据える。〉
「無駄だよ。もう終わったんだ。」
「まだこの世界は生きてる! あなたが撒き散らした汚染だって取り除くことが出来るはずよ!」
〈俯いて首を振るエヌゼロ。〉
「人間たちのしたことを忘れたのか。そこまでしてやる恩や義理はないだろう。」
「分かってる! だけど……このままじゃ本当に終わってしまうじゃない!」
〈しばらく沈黙。考えている様子のエヌゼロ。〉
「君の唄は美しいね。」
「え?」
“③黒い妖精の死の歌……世界から妖精を信じる心が失われたとき黒い妖精は生まれ、その歌は全てを破壊する。”
「さようなら。もう終わらせよう。君の唄、好きだったよ。私も出来れば君のように唄いたかったな。」
エヌゼロは黒い翅を羽ばたかせ、ほの青く輝くテンビーに襲いかかった。
黒い妖精と青い妖精のユニゾン。破滅の絶叫は世界中に響き渡った。
退会したユーザー ゲスト | 2017-02-17 07:05
退会したユーザーのコメントは表示されません。
※管理者と投稿者には表示されます。
藤城孝輔 投稿者 | 2017-02-19 01:45
寓話として描かれているために、「妖精が除染作業員に扮して人間世界で生活をしている」という設定が伝わってこなくてモヤモヤする。LFP1=原子力発電所(福島第一原発?)、妖精の歌のエネルギー=原子力、のように比較的分かりやすく変換できるものもあるが、この物語の妖精が「除染作業員に扮して人間世界で生活をしている」のかどうか私には最後までよく分からなかった。妖精は妖精として行動していて、何かに扮しているようには見えない。
語り手と登場人物の関係についても、もう少し親切に提示してほしい。語り手が登場人物の一人として顔を出してきそうな気配はあるものの、人間なのか妖精なのかさえはっきりとは分からない。あるいはテンビーが語り手なのか? あと、最初読んだ時には丸かっこ部分がエヌワンの心の声なのか語り手の心の声なのか分からず混乱した。
博物学的記述、饒舌な語り、戯曲的シーンの並置は多声的な豊かさがあり、『白鯨』あたりを彷彿とさせる。ただ、この字数内ではちょっと目まぐるし過ぎて私は置いていかれた。
Juan.B 編集者 | 2017-02-22 17:17
言いだしっぺと言う事もあり、設定がとても凝っている。色覚の扱いやエーテルなどの用語は妖精の世界観とあっているなと思えた。文字通り破滅的な結末も良い。ただ、除染作業が行われているのか、作中の描写で何かがそう表されているのかすぐには掴みづらい。
宮園希 投稿者 | 2017-02-22 23:35
宮園希 投稿者 | 2017-02-23 15:04
うまくコメントできていなかったため再送します。
妖精の生態をなぞるようにストーリーが進んで行く流れは、どこかファンタスティックな雰囲気を醸しています。
最後の展開が破滅的なのもあいまって、叙情的でした。
工藤 はじめ 投稿者 | 2017-02-23 16:01
「妖精」や「妖精の唄」や「妖精の殺し方」の定義が挿入され、この作品は伝統的な物語構造を解体しようとしている。そこにキャッチーな印象があって、私はこういうのが好きだ(ノ*’ω’*)ノ~~~~?そこを評価した。
だが、チェルノブイリや福島の原発事故に代表されるエネルギーを得る対価としての汚染は、妖精(妄想)が起したものなんかじゃなくて確固とした人間が主体となって引き起こしたものだ。私は現実の原発事故と重ねて読んだので、首を傾げた。
星4.4個
アサミ・ラムジフスキー 投稿者 | 2017-02-23 18:06
前提としてトリッキーな構造の小説は好み。そして素人のトリッキーな作品は往々にして「風呂敷を広げるまでは楽しくても着地点がイマイチ」というものが多いのに対し、本作では2,3歩踏み出すことすらなく見事な着地を決めているので、その点で非常にポイントが高い。
歌が大きな力をもつというアプローチやプロットそのものには少々手垢のついた感を覚えるものの、ファンタジー全開の設定と内容の生臭さとのギャップが良い方向に働いている。文体の軽さも、スイカに塩を振るかのごとくかえって物語の重厚さを引き立てているように感じられる。
小説としての完成度ではやや甘い部分があるものの、コンセプトおよび設定の強度で補って余りあるし、多少粗があるほうがかえって魅力的に見えてしまうというのは人間の性ということで、高く評価したい。