ホテル金木犀

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砂肝愚譚(第1話)

東亰チキン

小説

4,502文字

 男と女と某か。それは化生か物の怪か。


 壱 電視の憂い


 風の間――宵の口。

 吾輩が目覚めたということは是即ち『互いを偲び、今が目交まぐわいの潮合いと思い做したる者らが粘膜接触、或いはれに準ずる行為をれにて及ばん』との勇み、程なく此処に現る証左。結構なことじゃないか。少子化に喘ぐ我が国を、閨事ねやごとに喘いで救おうというのだ。其の者たちの立派をまずは称えたい。明日の日本のために是非とも濃ゆい夜を性交……もとい、成功させて頂きたいもの。吾輩は自らの顔に『大相撲秋場所九日目』の模様をだいじぇすとにて纏めた映像を流し、志厚き益荒男ますらお手弱女たおやめを待つことに……む? 早速、参られたか。

 益荒男の志士は単身、である。意味が解せぬ。未曾有の危機に瀕している我が国の現状をこの男は弁えておるのであろうか。何やら訝しい振舞。ほう、ここで素摩歩すまほを抜くか。

「部屋に入りましたよ。風のです。早めでお願いします」

 志士よ。それがしは何と企むか。大和の行く末を真剣に慮られよ。

 遠隔操作で吾輩の顔色をぱっぱと変えていく志士。平成生まれ初の三役の活躍ぶりにはどうやら興味がないようである。うむ、まあ善い。半畳程の吾輩の顔で大写しになっている裸身の娘も、ともすれば吾輩自らが含羞の顔色を浮かべていると取られかねないが、其れもまた、善しとする。精々媚薬の代わりとするが善い。部屋に設えられた玩具のような電話が鳴る。志士が其れに応じると、にわか、呼び鈴が鳴るではないか。某も逢引きとはまた味な真似を。

「お客さん、今夜の口開け。マイ、嬉しいから、うんとサービスしちゃう」
「いくら?」
「六十分イチハチ、九十分ニーゴー。先でお願いしま~す」

 客とな? さあびす? いちはちにいご? 手前どもは何を申しておるのだ。

「一応確認するけど、キミは本番オッケーなんだよね」
「そこはオトナのお付き合い♪ あと、マイって呼んで」
「オトナのそれっていうのは本番のことだって、お店の人はいってたけど違うのかい?」

 吾輩は目下、悲しい子持ち……もとい、心持ちである。何が大人のお付き合いか。まいなどと呼んでたまるものか。互いの肢体を絡めて交接に及んでいる男女を、我が顔貌がんぼう一杯に映し出しておいてなんだが、此の明らかに非生産的な営みをたばかたわけどものせいで、吾輩の誘電体層は超絶深刻な事態を引き起こし掛けている。結露による漏電が心配でならん。ええい、涙よ。止まらんか!

「もぉお客さん、野暮~い」

 淫売は戯けのすらっくすへ手を掛けるが早いか其れを脱がし取り、返す刀で今度は自らの赤肌を晒け、あまつさえ其の股間にぺぺなる滑液をなすりつけた。戯けを床へと押し転がし、其の腰へ跨がると淫売は恍惚とし、身悶えした。

「あん♪」
「あはは。入っちゃってるけど」

 淫売が戯けに腰を使いながら諸手で『ちょうだい』とやる。

「なに?」
「やだもぉ、お金~。お店からシステム聞いてないんですか~」
「キミと性交するにはお金が要るの?」

 戯けどもは閨房けいぼうにて執り行う其れをなんと心得ておるのか。この吾輩の憂い……うぬら一体……一体どうしてくれるのだ! 時にまいとやら、お前などさっさと閉経してしまえ!

 吾輩は沙羅双樹の華を千切りたくなった。祇園精舎の鐘を殴りたくなった。仮初かりそめの情事。泡沫うたかたの邪淫。斯様かような色沙汰に耽って喜んでおるこの戯けどもが、大和の民などであるはずがない。この者ら――否、ふしだら淫らな鬼畜どもは、日本人の皮を被ったじゃぱん人だ!

「当たり前~。そゆこといってると怖いお兄さん呼んじゃいますよぉ。払うもの払って、マイとすっきりしよ♪」

 もう勝手にやれば善いのだ。どうにでもなって亡国へのみちをひたすらと歩めば善いのだ。吾輩はおのが顔で仰け反っている、みずなれいちゃんの甘く切ない睦声むつごえを、音量ばあにして五つほど盛り、産声を上げることすら適わなんだ心のうちのめらんこりいを、彼女の其れに混練した。

「うん。じゃあ、アウトね」

 あうと。何があうとか。ふふん……てはじゃぱん人、果ておったな。ぷっ。

「やだ~お客さん、嘘ばっかり~」

 戯けが着けた侭であった上衣の懐より何某なにがしかを取り出す――手枷てかせ。何故に然様さようなものを……ははあ、承知。この戯けめは責め苛む類いの色を好む淫奔いんぽんであるか。と其のとき、淫売の膝小僧右前に転げている、花形のこぢんまりした鋳物を吾輩は認めた。旭日きょくじつに菊をあしらった記章――秋霜烈日。この者、司直の官吏か。

「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律違反。これ、逮捕容疑。俗にいう風営法ってやつね。わかるかな? マイちゃん。ちなみに現行犯逮捕♪」

 交接の態其の侭、凜々しくも厳めしい面持ちを保つ戯け――もとい、司直の者。風の間に、どどっと人が雪崩れ込んでくる。

「マイ、蓄膿症だからわかんな~い」

 情熱的な腰使いを続けながら嗚咽する鼻詰まりの淫売。斯様な生業なりわいで暮らしを営んでおるなら淫売、否、まいとやら。鼻腔の手入れだけは怠ってはならん。其れが利かぬと忽ち斯様な目に遭う。饒舌もまた、やってはならん。

 組み敷かれた体から伸びる手が捜査員らを制止する。魂の救済が済むまで待たれい――某の。

「ああっ、マイいっちゃう。でもタイホいやーっ」

 ものいえば唇寒し。安普請の壁を宵の秋風が小刻みに叩く。

2017年1月9日公開

作品集『砂肝愚譚』第1話 (全4話)

© 2017 東亰チキン

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