人にやさしく

飯田正也

小説

1,830文字

人は、人にどれほどまでに「やさしく」できるのだろうか。1本のクレーム電話から物語ははじまる

朝のオフィスは、電話の呼び出し音が鳴り止まず、もっとも職場で活気のある時間である。

 

「主任、また沼田商事の浅田さんからです」

電話を取り次いだ女性は泣きそうな声で私に言った。普通なら後でかけると言いたいところだが、彼女の顔は今電話をとって欲しいと訴えている。いま営業は私一人しかいない。しかたがない。

「はい、保科です。いつもお世話になっております」

相手の反応を窺ってみたが、すぐに反応は大音声となって現れてきた。

「昨日入ってくる言うとった機械ぜんぜん入ってこうへんけど、どないなっとんねん。ええコラッ」

まずい、明らかにクレームである。すこし反省したように振る舞い声を落とし、低い声で謝る。

「申し訳ございません。弊社といたしましても、納期遅延の連絡ができておりませんでした。本当に申し訳ございません」

この場合、素直さを前面に出し謝罪の意思を相手につたえることが大事である。

「いつ部品入るねん。待っても待っても連絡一本もせんと、ええコラッ」

「申し訳ございません、ご注文の品を確認させてください。はい、K256内蔵ユニットタイプですね。5台ですか。はいはい納品予定日は昨日ですね。確かに」注文書台帳を見ながら、確かに注文されていることを確認する。

「本製品は海外で部品組み立てを行っておりまして、船の到着が遅れているようでして、お客様だけではないのです。ご理解願います」

遅延の理由はあくまでも天災が一番だが、船便の遅れというのも案外航海に影響するため、諦めてもらえる。

「保科さん、あんた言うてることおかしいやろ。ちゃんと納期受けたんやったら、さっさともってくるんが道理やろ、船便なんか関係ないんちゃうの」

電話の相手は船便の遅れという理由は関係ないと主張する。正論であり、正直困ってしまう。

「おっしゃる通りでして、しかし部品がないことには、お渡ししたい荷物もお届けできない訳でして、お待ちいただけないでしょうか」

「それやったら、いつ入ると約束できるんや。ええ、長いことまたせて、まだ待てっちゅうんか、はよ持ってこんかどアホ、どっかあるやろ。ええな今日中に連絡してな」

「確かに承りました。必ずご連絡申しあげますので、しばしお待ちください」

電話は一方的に切れる。

 

私は早速、欠品部品を製造している工場に電話かける。

「浪越商事の保科ですが、三島工業の大田さんお願いします」

「はい、大田です。いつもお世話になっております」

相手は私の反応を窺っているのだろう。ますます腹がたってきた。受話器を持つ手に力が入り、声のボリュームが一段と大きくなってくる。さらに電話向こうの相手に怒鳴る。

「昨日入る予定の部品入ってこうへんけど、納期どないなっとんねんコラッ。ええ連絡もせんと、何考えとんねん。理解できんわ」

「申し訳ございません。弊社といたしましても、納品遅延連絡ができておりませんでした。本当に申し訳ございません」

大田は、私の剣幕に押され、ただ謝るばかりである。

「いつ部品入るんや、待っても待っても連絡一本もせんとど言うことやねん、契約不履行請求きたら、あんた払ってくれるんやな」

「申し訳ございません、ご注文の品を確認させてください」

「K256内蔵ユニットタイプの冗長化対応ユニット。5台や」

「はい、K256内蔵ユニットタイプの冗長化ユニットですね。5台ですか。はいはい納品予定日は昨日ですね。確かに。本製品は海外で部品調達を行っておりまして、船の到着が遅れているようでして、お客様だけではなく、多くのお客様にも同様にご迷惑をおかけしております」

遅延の理由はあくまでも天災というのだ。私はそんな嘘には騙されない。

「大田さん、あんた言うてることおかしいやろ。ちゃんと納期受けたんやったら、さっさともってくるんが道理やろ、船便なんか関係あるんか、前もって部材確認できてるやろ」

電話口の向こうでは、しばらく黙っていた大田が反撃に出てきた。

「おっしゃる通りですが、当方も部品がないことには、お渡ししたい部品もお届けできない訳でして、お待ちいただくしかありません」

「それやったら、いつ入荷するんや、今日中に連絡入れて。わかったね」

 

大田が沼田商事の浅田に連絡をいれたのは、それから間もなくのことであった。

「昨日納品する発注部材。届いてないやんけ、ええ。あんたとこどないなっとんねんコラッ」

2009年1月11日公開

© 2009 飯田正也

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"人にやさしく"へのコメント 2

  • ゲスト | 2009-01-23 18:21

    ナサケハヒトノタメナラズという話なのか、それともインガオウホウということなのか、どちらにも取れますね。我が家でも先月中旬、取引先にメールでクレームをいってやったのですが、その数日後に「メールを承りました。精査いたします」という電話があっただけで、今日現在、なんのあいさつもありません。私の苦情はどのあたりで引っかかっているのだろうか、などと考えてしまいました。

  • ゲスト | 2009-05-30 02:19

    コメントありがとうございます。もう少しはやく返信すればよかったのですが、御礼が遅れており申し訳ございません。白鳥の騎士さんのコメントにある通り、私の返信メールもどこかでとまっていたと思います。
    もう、クレームは解決したのでしょうか?クレームばかり電話とメールで受けていますと、なかなか、融通のきくお客様程遅れて処理されるものです。本来であれば融通のきくお客様こそ、最速に処理しないといけないのですが・・。
    私も同様で、人にやさしくなれることを日々願い精進しております。また、最後まで読んでいただきありがとうございました。しかもコメントまでいただきながら申し訳ございません。また、不定期ですが作品といえるかどうか不明ですが、破滅派の更新時に最新作を読んでいただければと、ただただ願うばかりでございます。
                                                 飯田 正也

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