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~Grand Guignol~

鴻上縞

異形の少年を愛した男の庇護と崩壊の物語

タグ: #SF #純文学

小説

24,814文字

四

 

私はそれから、狂ったように見世物小屋に足を運んだ。自ら高い金を払い会員にもなったし、金剛の御令嬢の好意を利用し、彼女不在でもボックス席を使わせてもらった。
初めて見て以来、スピントリアは催されなかったが、しかし、他にも数々の嗜好的ショーは繰り広げられた。

古の文明が生み出した華麗なる拷問。人体の全てを解き明かす解体ショー。調教し切らぬ異形の少年の惨たらしい殺戮劇。血飛沫が舞い踊り、鮮烈な地獄の苦楚を謳う野太い唄声が響き渡る。臓腑を引き摺り出されても尚、生に縋る命の逞しさにひしひしと感じ入り、観客は狂気に悶え、快楽を手に入れた。

これは決して人を人とも思わない冷酷な者の成せる業では無い。異形であれど、それが女の子宮で育まれ形造った人であるからこそ、我々は見世物として勤め上げた彼等に喝采を送るのだ。後ろ暗い悦楽を与えてくれた事への、感謝として。

何も私はティベリウスを崇めていたり、ジル・ド・レに憧れていた訳でも、ましてや彼等を敬愛していた訳でもない。この残虐性の齎す甘美なる正統性を舐める群衆もまた同じであろう。我々はこの狂人の描く性的快楽を視覚で念入りに照査し、または硝子を一枚隔てた位置で観察する事により、他では決して得る事の出来ぬ赫々たる安息を手にするのだ。我々にはこのような見世物を思い付く事さえ出来ぬ。故に驚き、故に悲鳴を上げ、故に血潮湧き躍る心持ちを得る事が出来る。それは、我々が凡庸に横たわっている、何よりの証なのだ。

背徳を好み、このような非人道的な見世物に駆り立てられるこの真理は、狂人になれぬ我等凡愚が、その凡愚たる揺るぎない確信を得る為の行為である。

 

もう一つ、こちらは訂正しておきたい事がある。それは、私が失望を覚えた白銀の少年の神事は、唯美を切り取っただけの意味の無いものではなかったと言うことだ。暫く私は大トリであったり、その前戯として必ず執り行われるその性行為を不快に思っていた。だがある時に、白銀の少年の交接ショーを見ずしてその後のショーを見た事があった。その時の催しは、狗の散歩であった。
太い筋肉質な頸に皮革の首輪を嵌められた男は、三本足のピエロの思うまま、錆びたチェーンで引き摺り回される。張り出した喉仏に乾いた皮が喰い込む度に、狗男は絶命せんばかりの悲鳴を上げた。時に一物を舐め、時に舞台上で放尿を促され、そして少しでも言う事を聞かなければ、三本足のピエロは狗男が動かなくなる迄折檻する。だが従順に主人を見上げる眼はとても澄んでおり、彼は正しく狗であった。これは滑稽でありながら、酷く悲観的で、シンプルながら極上に残酷な見世物である。
私はその残酷性に、想像を絶する疲労感を覚えた。この見世物小屋は、神を愚弄せし悍ましいソドムであるとさえ感じた。あれ程までに生ける臓腑の鮮やかなる桃色と、鼓膜に轟く地獄の産声を好んでいた私がだ。

そして同時に気付いたのだ。白銀の少年の神事は、余りに凄惨な残虐劇を彩る、精巧な細工だったと言う事に。

我々は神に人間の持ち得る官能の戯れを教えて差し上げる。神は官能の虜となり、我々を愛すだろう。だからこのソドムにて起きた全ての事柄は、迂遠に神の許諾を得ているのだ。

何と滑稽な事だろう。神をも畏れぬ見世物を創り上げた人物が、最もこの悪行に心を窶していたなどとは。即ちこの見世物を創り上げた人物でさえ、極めて狂人に近くはあるが、同時に抗えぬ凡愚であったのだ。

 

さて、考えてみて欲しい。性行為と暴力、官能と残虐性をどう切り離す事ができようか。どちらも人間が忌み嫌う、〝動物的〟な本能であるのだから。

私の心を強い力で引き寄せたものは、先に述べたそう言った人間の心理であった。暴力を悪と捉えながら、それが本能である事の矛盾に抗おうと足掻く滑稽さ。凡庸を溺愛しすぎる大衆の、悍ましいまでに無害な様。だが私もまたその一員であり、それに気付いてしまった私は、より強く非凡への希望を抱いた。結果として私が彼に求めるものも、自ずと本質に近付くより他なかった。その本質とは、激しい嫉妬に他ならない。凡俗である私が異形の彼を愛し、その愛故に焦燥に駆られると言う原理は、それ程に隠された真実ではない。愛と併走するように、模倣が存在する。それは既に認識として、人間の心に馴染んでいるものだから。

私の心に芽生えた欲望。そしてその果てに辿り着いた激情。それは、彼への庇護欲を棄てる。そう言った類のものであった。

 

私は昼夜を問わず、理不尽に彼を罰した。それは故意的にも理不尽でなければならなかった。私はこの手で、彼の目を醒まさせなければならなかったのだ。何の為にと問われれば、それは、彼が彼の言葉で明かしてくれる事となるのだから、私からは敢えて説明はしないでおこうと思う。

彼の痩けた頬を叩き、地の底から冷える夜に裸に剥き、毛布一枚さえも与えずに三日放置し、そして時には、凍った皮紐で剥き出しの背骨を打ち付けた。彼が骨張った喉を震わせて苦悶の悲鳴を上げる度に、私はその甘美なる悦に悶絶し、そしてまた、根付いた嫉妬をより太らせた。

その頃からだ。静寂にこよなく愛された井戸の底が、粉砕された硝子片で煌めくようになったのは。月が出ない夜に、鋭利な破裂音が響き渡るようになったのは。始め私は彼が理不尽な暴力への怒りの余り、蛍光灯を叩き割っているのだと思っていた。彼の貧相な指先にも、盛り上がった骨に張り付いた皮膚にも、傷一つ無いことに気付いてはいなかったし、何よりも彼が私の愛に応えてくれる事が、喜ばしかったのだ。

しかし崩壊の時は、私にしてみれば余りにも唐突に訪れた。

 

それは雪の舞い落ちる夜だった。街灯を照り返す白光はけたたましい笑い声を立てながら、夜毎人を誘惑した。白色の純潔は、残酷な神経を掻き立てる。死にゆくこの世界に薄っすらと張り巡らされた純白もまた、同じ性質を持っていた。

今日もまた、理不尽に彼を愛そうと、私は地下への黴臭い階段を降りてゆく。何枚もの扉を擦り抜け、彼の部屋へと足を踏み入れた私は、この時に漸く異変に気付く事となった。蛍光灯が粉砕され、月光を受け煌めいている。彼は私が来る事を予知していたかのように、その中心に佇んでいた。

人工的な蒼い光は奪われ、薄い月明りのみが天窓から青磁の肌を刺し貫いている。やはり彼は、美しい生き物なのだと、私は暫くの間見詰めている事しか出来なかった。
「知っている? 僕が君を通して、人間の真理を見ていた事」
唐突に反響した音が何であるか、私には分からなかった。それが、卑屈な命の中を生きて来た筈の彼のものだと知ったのは、彼の白んだ唇が言葉に合わせ蠢いていたからだ。
「君は願ったよね。僕が、君の心を裏切るように、と。僕はその通りに動いたよ。僕は君の為に生きたよ。でも、君は崩壊を望んだ」
詰まる事もなく、まるで永劫の時を揺蕩うように言葉は続いてゆく。
「君の瞳に、僕はいる? 君の心に、僕はいる? 君の望みは、僕と共に生きる人生じゃない。自分が凡俗である真実を忌み嫌い、僕と言う異形の存在を愛する事で、自らも凡庸から脱却したいだけ」
これ迄単語と単語を繋ぎ合わせるように声を発していた彼は、余りにも饒舌に僕を罵っている。

その時に、私は漸く長い夢から醒めた心地がした。だからこそ、気付いたのだ。

「だから、さようなら、誠司。僕はもう、君を必要とはしない」
私が自らも知り得ない程の奥底で求めた彼を、彼は放棄したのだと。それは絶望であると共に、私により強い敬愛を植え付けた。人では到達する事の決して叶わぬ彼の崇高な精神。その特異な能力は、やはり私の心を深く抉りながら自らの血肉へと変えて行った。

私の嫉妬に晒される度、彼はより強く輝きを放つ。それは私の精神の齎す幻想だったのかも知れない。だが私は、私の望む通りに生きて来た彼よりも、真に私の想像を飛び抜けて立ち竦むその時の彼が、今迄見た中で一番美しく感じた。

魅入られた私を真っ直ぐに捉えながら、彼はゆっくりと掌を私の右脚に向けて翳した。共に過ごした時を噛み締めるような、ぎこちない動きだった。
「でも君は僕を見付けてくれたから、君の望みは叶えてあげる」
彼がそう言った刹那、みしみしと言うくぐもった音が、骨を伝い全身に轟いた。空気の壁の向こうで聞こえていた筈の艶美なさざめきは、その時に初めて私の内部から発せられた。私の常々夢想した音色。それは圧倒的な質量を持つ肉体の、崩壊の調であった。
自らの腿肉が張り裂け、骨が粉砕し、血飛沫が彼の蒼い顔面を彩る。私はその時に、この世に生きた中で最上の幸福を手に入れた。

全ての音色が鼓膜に呑み込まれて漸く、私は神経を掻き毟る鮮烈な痛みに吼えた。だがやはりまだ、それが不幸とは思わなかった。返り血に生き返った美しい顔が弛む。
「愛していたよ、誠司」
その言葉を最後に、彼は、私の前から消えた。文字通り、跡形も無く。

© 2026 鴻上縞 ( 2026年9月13日公開 )

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