無垢な悪 3

無垢な悪(第4話)

一色孟朗

小説

1,240文字

車内は朝から疲れ切った大人で溢れている。誰もが黙って揺られている中、よしお君の前の席だけが一つ空いていた。誰かしらが座りそうであるが恐らく人々は互いに接触するのが嫌なのかもしれない。一人が座るには少し狭いように見える。
なんなら僕がそこに座りたい。
朝から老害のくだらない話に付き合い、何も得ることなくそれどころか怒られるなんて気分が悪くてたまらない。ああいう年寄りは早くくたばってしまえばいいのに。ああ、もう。
誰かに心配されたい……そうだ、心配されるようなことをすればいいんだ。僕は大きく息を吐きその場にヘナリと座り込んだ。何度も深呼吸をして息を整える”フリ”をする。

ほら、誰か引っかかれよ、そう思いながら待っていた。
しかし、そんな思惑はスマホと睡魔には勝てないらしい。誰もが画面を見つめ、あるいはウトウトとするか外の景色を魚のような目で眺めているだけで、僕のことなんて一つも気にしなかったのだ。
ああ、バカみたいな光景。
お前ら全員今日から一週間毎食豆ごはんしか食べれなくなってしまえ。
降りる駅のアナウンスが入る。僕はめんどくさいな、と思いながらノロノロと立ち上がった。
降りる人がドア付近に集まると、よしお君が妊婦らしき女性に押されて「どいてください」と言われていた。それも結構きつめの声色で。
なぜ、彼が怒られなきゃいけなかったのか。僕以上の理不尽を受けたよしお君に、僕は憐れみとほんの少しの不謹慎な笑いを向けて電車を降りた。
今日もどうかしているよ、この世界は……あ、笑いが込み上げてきた。

 

曲を聴きながら改札を出る。低音ブーストさせるのがいいんだ、なんでも。脳髄に強烈に響いて、感覚を麻痺させる。
不意に通知が来て上機嫌に水を差された。
誰だよ。

通知を見ると懐かしい名前だった。
それは中学の時に仲の良かった悪友だ。高校になってからなぜか連絡が途絶えていたから正直驚いた。

『ひさしぶりー』
「なに?どした??めっちゃ久しぶりじゃん」
『今から遊ばん?あ、学校か』
「えー」

どーしよっかなーのスタンプを送る。

正直学校に行く気分でもないし(まぁこれは毎日そう思っていることだが)久しぶりに会えるならこっちのほうが優先だ。
そもそも、僕は学校が嫌いだ。クラスの人間とも大して仲良くないし、授業が面白いと思ったこともない。僕がいようがいまいが何も変わらない。唯一いいところは保健室のベッドが寝心地がよくて昼寝に最適だということだけだ。

どうせ内申点だって悪いに決まってる。今日ぐらいサボったところでその評価が大きく下がることもなければ上がることもないし、教師だって気にかけてくれることもないだろう。
だから僕は「カラオケ行こ。学校サボるわ」と返した。
りょーかい!と不細工なクマっぽいなにかのスタンプが即送られてきた。
駅のロッカーにブレザーを突っ込んで僕は学校とは逆側の出口へ向かう。ブレザーを脱いだところで学生じゃないのを偽装できるわけでもないけれど、学校が特定されるのは避けられるはずだ、たぶん。

2025年5月31日公開

作品集『無垢な悪』第4話 (全5話)

© 2025 一色孟朗

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