駅へ向かうとベンチに老人が一人座っている。
年寄りは大体その辺にいる。あてもなくその辺にいて長い暇を無駄に消費しているけれど、もっと他にやることはないのだろうか。
まぁ、僕には関係ないけれど。
その老人の前を通って改札に向かおうとしたとき「ちょっと、そこの君」と声をかけられた。
まさか僕じゃないだろうと周りを見渡したが、皆メモ合わさずに改札口へと向かっていくし、なんならその老人は真っすぐ僕を見ている。
なぜ僕なのか。
「こっちに来てくれんかね」
僕の都合も考えずに早く来いと手招きをする。仕方なく僕は老人に近づいた。
「その制服はぁ……どこの学校かね?」
「はぁ、A大付属ですけど」
「ほー、そこは賢いんか」
ああ……これは無駄話だな、これは。
無視して行くべきだったと後悔しながらこの老人が片手で弄り回している懐中時計が高価なものであることに気が付いた。
というか今時懐中時計なんて持つ人いないし見ることもないのだけれども、素人目で見てもそれは良いものなのは分かる。
そうだ、もしかしたらこの無駄話を聞いたらお小遣いがもらえるかもしれない。
そう考えて、僕は根掘り葉掘り訪ねてくる老人の質問に答え、どうでもいい青春時代の話を聞き、亡くなったばあさんとの馴れ初めから死ぬまでの話を聞かされた。
その間に電車は三本ぐらい通り過ぎて行った気がする。次のは逃したくない、できれば。
そう思って僕は「あの」と切り出した。
「もう十分ですか?僕、そろそろ電車に乗らないと遅刻しちゃうんですけど」
「ああ、すまないね。楽しかったよ、ありがとう」
「……なにもくれないんですか?」
「はぁ?」
老人がぽかんとした顔をするから「あなたのどうでもいい話を聞いたんですよ?何かお礼があってもいいんじゃないですか?」と言った。
それを聞いた老人の顔はみるみる赤くなり「なんだと!」と怒鳴った。
「年寄りに向かってそんなことを言って恥ずかしいと思わんのか!」
「見知らぬ高校生を捕まえてただで長話を聞かせる方が恥ずかしいと思いますけど。なんでも対価は必要でしょ。そんなにだれかに聞いてほしいのなら寄合所にでも行けば?暇人」
「この馬鹿垂れが!」
それから悪態を散々ついてきて周りの目も集まってきたから僕はその場から強制離脱した。
時間の無駄だった。ああ、苛々する。
25分発の電車がホームに入り、それに乗りこんだ。
見覚えのある顔がいた。骨丸君とよしお君だ。
それから電車のドアが閉まる直前にすいたん君が乗りこんできた。汗だくで走ってきたのか息も切らしている。
話しかけようと思ったけどさっきの出来事があって話す気分じゃなかったから僕は気付かないふりをして窓の外を眺めた。
薄曇りの汚い空と電車から降りてきたイワシの群れのような人々が階段を目指しているのが見える。毎日同じ光景。
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