もつれた痴情

名探偵破滅派「メインテーマは殺人」応募作品

藤城孝輔

エセー

2,000文字

名探偵破滅派2021年6月(テーマ『メインテーマは殺人』)応募作。

葬儀屋のロバート・コーンウォリスは典型的な異性愛規範の家庭を築いているかに見えるが、実はゲイである。RADA在籍中はダン・ロバーツの芸名を名乗り、親友のダミアンに一方的に思いを寄せていた。ダミアンと交際していたクラスメイトのアマンダ・リーを嫉妬にかられて殺害。先祖代々からの葬儀屋である彼は、死体を蓋をねじで固定するタイプの別人の棺に詰めて隠蔽した。RADA時代のことは周囲には隠しているものの、ささやかな青春の思い出に『ハムレット』の一節を刻んだ本のオブジェをオフィスに飾っており、ダミアンの出演作も欠かさず追ってきた。

ロバートがダイアナ・クーパーを殺害するきっかけは、彼女が自分の葬儀の手配のために《コーンウォリス&サンズ》を訪れたことである。ダイアナは遺言状を書き換え、10年前の事故で傷害を負わせた少年、ジェレミー・ゴドウィンに250万ポンドの財産を譲る決意を固めていた。「段ボールの棺に納めてほしい」などの異様な要望は、可能な限り節約して1ペニーでも多くジェレミーに渡すための配慮である。ロバートは午後5時2分にダイアナに短い電話をかけた際、電話越しに口論を耳にする。口論の相手は嫁のグレースであり、クーパー家が遺産相続でもめていることをロバートは知る(グレースは自分に疑いが向くのを恐れてこのことを隠している)。彼は、確実にダミアンに遺産が渡るようにするためにはダイアナが遺言状の内容を変更する前に彼女を殺すしかないと判断した。

 

アラン・ゴドウィンはダイアナを訪ねて彼女の過去の罪を糾弾し、脅迫状を届けた。そんな中、猫のティブス氏が姿を消す。「ずっとおまえを見てきて、おまえが何を大切にしているのかも知ってる。きっと、落とし前はつけてもらう」という文言からダイアナはアランがティブス氏を殺したと誤解し、次は自分やダミアンの身に危険が及ぶと考えた。実際10年前の事故に対して罪の意識を感じているダイアナは、家族と別れてゆすりに身をやつしたアランではなく、事故の被害者であるジェレミーに財産を残すことで彼女なりの「落とし前」をつけることにする。ダイアナの死の当日、サウスケンジントン駅で母親のジュディスの姿がカメラに収められていることから、ジュディスはジェレミーを連れてダイアナと密会して手続きの相談をし、アランに遺産を横取りされないように口止めされたと考えられる。「損傷の子に会った、怖い」というメッセージはジェレミーの障害を実際に目にして受けたショックを報告するものであったが、書きかけで誤送信されたためにあたかもダイイング・メッセージであるかのように受け取られることとなった。

押し込み強盗に見せかけようとしたロバートが他のいくつかの金品と一緒にダミアンのアパートメントの鍵を盗んだのは、最初は彼に対する関心からであった。しかし、ダイアナの葬儀の前に墓地の礼拝堂で再会したとき、ロバートのダミアンに対する慕情は殺意へと変貌する。「気色悪い変態野郎」――ホーソーンが用いた言葉そのままに、ダミアンは同性愛者に対する嫌悪をあらわにする。RADAにいた頃、表向きは親友のように親しく付き合っていたが、ダミアンはロバートが時おり自分に向ける性的なまなざしに激しい不快感を抱いていた。当然、彼にとってロバートは二度と顔も見たくない相手である。ダミアンの態度にショックを受けたロバートは、子どものために買って車の中に置いてあったMP3再生機能付きの目覚まし時計をダイアナの棺に仕込み、演劇発表会を観に行く口実で葬儀を中座する。そしてダミアンが動揺して葬儀から一人で引き返してくるのをアパートメントで待ち伏せ、彼を刺殺した。可愛さ余って憎さ百倍、かつて愛したダミアンの顔を彼がむごたらしく切り刻んだのは、その思いの深さゆえである。ホーソーンたちが訪ねて来たときは、上着に返り血がついているのに気づき、スーツを着てごまかした。

20章の終わりに起きた放火事件は痴情のもつれによる別の事件。「レイモンド・クルーンズとナイジェル・ウェストンが、たまたま性的指向が同じだったからというだけの理由で、君の言葉を借りるなら“ゲイ同士のかばいあい”をしていると?」というホロヴィッツが発した言葉をナイジェルのパートナー、コリンは耳にし、レイモンドとナイジェルの仲を疑う。そして痴話げんかの末に放火騒動に至った。

政治的な正しさの観点からホーソーンのホモフォビックな言動に当惑していたホロヴィッツは、極めて政治的に正しくない事件の真相に途方に暮れることになる。だが、多様性が浸透した社会においては、ヒーローが偏見とは無縁な聖人君子とは限らないし、マイノリティーがイノセントな弱者ばかりというわけでもない。ハムレットのセリフを引くならば、「この世には善も悪もない、どう考えるかで変わってくる」といったところだろう。

2021年6月21日公開

© 2021 藤城孝輔

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

この作品のタグ

著者

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"もつれた痴情"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る