シャッターの下りた店舗が並ぶ寂れた商店街のアーケード通り。その一角にある二階建てのビルの一階のフロア。
ガラス張りで外から中の様子が見えるようになっている。通りに人は歩いていない。
フロアには机と椅子が二脚。堂原と坂貫が並んで椅子に座り、二人の前にはノートパソコンとウェブカメラ。
パソコンの画面には、二人を映すウェブカメラとフロアの天井の角に据え付けられたカメラの映像が映っている。
堂原は椅子に縄で拘束されている。
フロアには他に、奥で寝そべっている浮浪者風の男、壁際に座り込んでスマートフォンを操作している若い女。
堂原「えーっと、これはどういうことですか? もう配信は始まってるんですけど」
坂貫「そういうことだ。別に問題ないだろう? 始めよう」
堂原「いや、えーっと……この拘束は?」
坂貫「いいから打ち合わせ通りやればいいんだよ。あんたに危害を加えるつもりはない。ただ拘束されているかいないかの違いだろう? YouTuberらしく物怖じせずにやればいいんだよ」
堂原「わかりました……。えー、それでは気を取り直して。みなさんこんにちは! 社会啓発系YouTuber堂原幹夫の~、『社会の窓』! はじまりましたー! 以前予告した通り、僕は新たなレーベル、『公募チャンネル』を立ち上げまして、みなさんに日々目にしている社会問題を解決するアイディアを応募していただき、その中から僕が選んでその実践をお手伝いして、ライブ配信するという企画をはじめることになりました。その第一弾として今回はこのシャッター通り商店街の空き店舗を活用して演劇を上演する取り組みにお邪魔しています……が、なぜか僕は椅子に縛られています。それではこちらの坂貫さんに詳しい説明をしてもらいましょう」
坂貫「みなさんこんにちは。私は空き店舗を活用した演劇プロジェクトを主宰しているものです。と言いたいところですが、実際は違います。ご覧の通り、このフロアは何年も前に出店していた店舗が撤退してからは何もない空間となっています。私は借りていません。そうです。私はこのフロアを不法に占拠しました」
堂原「ええっ! 話が違うじゃないですか! 打ち合わせの時はここを借りるために資金繰りに苦労したって言ってたのに!」
坂貫「それは不動産屋に確かめなかったあんたが悪い。とにかく私の意図は空き店舗での演劇の取り組みなどではなく、まったく別のところにあります」
フロアの入り口付近でスマートフォンをいじっていた女が通りに出て、店舗の前を行ったり来たりする。
堂原「あの……彼女は何を?」
坂貫「ああ見張り番だよ。そんなことあんたは気にしなくていい。とにかくみなさん、私の意図するところはここを不法に占拠し、それをこのチャンネルで喧伝した結果、それを聞きつけてやって来た警察に暴行され逮捕されることによって、この無駄に遊びに遊んでいる土地を真に遊びとして使うことの意義、およびこの土地の所有者とこれら無駄な土地を法律にもとづいて不法占拠から保護する警察権力の横暴を明るみにすることであります」
堂原「……つまり違法行為をしているということですか?」
坂貫「そうです。そこで視聴者のみなさんにお願いしたいことは、迷わず警察に通報していただきたいということです。ここの住所は画面の下の方に出ていますので遠慮なく警察に教えてあげてください」
堂原「ちょっ、ちょっと待ってください。警察が来たら僕たちは逮捕されるということですか?」
坂貫「あんたは逮捕されないよ。そのためにあんたを縛ってるんだから」
堂原「なーるほど」
奥で寝ていた男が目を覚ます。
浮浪者「おい、来たか?」
堂原「えーっと、奥で何か言っておられますが彼はどなたですか?」
坂貫「彼は枯れ木です。山のにぎわいです」
堂原「は?」
坂貫「浮浪者ですよ。日雇いの仕事をしているみたいです。このシャッター通りの裏の飲み屋街で出会って契約しました。しかし枯れ木であることには違いない。はじめは私一人で占拠することも考えましたが、万一失敗することがあってはならないと思って雇いました。ちなみに彼女もそうです。ここら辺の飲み屋で働いています」
女は店舗の前をうろつくことをやめて再びスマートフォンにかじりつく。
坂貫「彼らは背景です。書割です。空間を占拠するにあたって何もないところでああだこうだ言っていても説得力はないでしょう。だが人が一人寝そべっているだけでその空間は誰か、あるいは何かに占有されているというイメージが浮かび上がる。上方のカメラがそのイメージを増幅する手段になります。街中にある監視カメラも同じですね。私たちは監視カメラによって監視されているのではなくて、カメラに映ることによってその空間を占拠させられているんですね。見られているのではなくて見ることに加担させられているわけです」
堂原「……何と答えてよいやら」
坂貫「YouTuberも似たようなものです。彼らはYouTubeのサイトに張り付いて占拠する書割ですよ。自発的に何かを発信しているように見えて、実際は画面の向こう側にいる視聴者の欲求に応えるために自らをそれらに順応させ、かつ過剰に装飾させられている。しかし、そんな書割でもたまには動きます。YouTuberで言えば炎上でしょうか。それら派手に飾られた書割が舞台前方に迫り出すとき、視聴者はカタルシスにのみこまれるわけです」
浮浪者「おい、まだ来んのか?」
男は再び床に寝そべる。
坂貫「時間に限りがあるんだろう? 次。どんどん行こう」
堂原「わかりました。ではさっそく質問コーナーに移りましょう。質問は……。まずは、「これ、ヤラセですよね?」という質問が来ていますが」
坂貫「これがヤラセかどうか、それは視聴者のみなさんにかかっています。単なるヤラセの芝居で終わらせないためには、早急に警察に通報するべきでしょう。そして起こる事態を目の当たりにしてください。それでこそライブ配信というものでしょう。次の質問どうぞ」
堂原「はい。えーっと……あっ、じゃあこれ。「つまんない。何かやらないんですか? 何かおもしろいことやってよ」ときてますが?」
坂貫「それも答えは同じです。警察が来たらおもしろくなります。みなさんがこのチャンネルをおもしろくするんです。それとも何ですか? ライブでセックスをしろとでも? 別にやってもいいですが、そんなもの見るくらいならポルノを見た方が満足できるでしょう。次!」
堂原「はい! えーっと、「なんか趣旨と違う。まじめに社会課題を考えるのかと思ってました。幻滅です」といただきましたが、これは僕に対してですかね? まあ、すいませんとしか言いようがないです。不可抗力ですので。僕もまさかこんなことになるとは思ってませんでしたから。ちゃんと打ち合わせもしましたからねえ」
坂貫「その件については保証します。と私が言っても説得力はありませんが。ではその不満に対して、いま私たちがやっていることが社会啓発の一つであることを理解していただくために少し説明してみましょう。まず今私たちがいるこの建物、そしてそれが建っているこの土地、これはいったい誰が所有しているものでしょうか? 不動産会社? それとも地主でしょうか? 名目上はそうかもしれません。しかしその所有はどのようにしてなされたのでしょうか? 先祖代々からの相続? あるいは戦後の農地改革による譲渡でしょうか? いずれにしてもその所有という行為はその段階での法律に則って合法的になされたことであるわけですが、ここで私があえて言いたいことは、本来この土地は誰のものでもないということです。地球ができてからここにただ単に何の束縛もなく存在していた土地を、たかだか数万年ほどの歴史しか持たない人類が法律を制定し、そこに明記された所有権の名のもとに誰かの所有物とします。そしてその所有権を脅かす者は法律に従って警察権力に取り締まられる。私は確かにこの土地を不法に占拠しました。しかし元々この土地を占拠していたのは誰なんでしょうか? なぜ本来は誰のものでもない、ましてろくに人も通らないこの通りの空き店舗が所有権によって守られているのでしょうか? これらの問いは私が暴力的に取り締まられることで明らかになるでしょう」
女がフロアに駆け込んでくる。
女「警察、来たよ!」
坂貫「おお! ついに待ち人来たりか!」
壮年の警官が通りを歩いてきてにやにやしながらフロアをのぞき込む。
坂貫が手招きすると警官は帽子をとって頭をかきながらフロアに入ってくる。
坂貫「よくいらっしゃいました。通報がありましたか?」
警官「へ? いやいや本官は見回りの最中に寄らせていただいただけであります。新しい動画の撮影中ですか?」
坂貫「いえ、占拠中です」
警官「へ? ユーチューブ動画の撮影じゃないんですか? ほら、そちらは県庁とタイアップ動画とかやってらっしゃる有名な、確か……」
堂原「堂原です」
警官「そうそう、堂原さん! 失礼ですが本官にサインをいただけないでしょうか?」
警官が胸ポケットから手帳とペンを取り出す。
堂原「構いませんが今は縛られていますので、ちょっと……」
坂貫「お巡りさん。実は私たちはこのフロアを不法に占拠してライブ配信をしているところなんです。ちょうど警察の人が来て私を逮捕するのを待ってたんですよ」
警官「またまた御冗談を。なんか新しいタイプの動画なんでしょ?」
坂貫「嘘なんかつきませんよ。疑うのであればこの建物の管理会社に電話して聞いてみてください。そもそもこうやって堂原氏を拘束しているじゃないですか」
警官「はっはっ。騙されませんよー。面白い趣向ですね」
奥で寝ていた男が起き上がり、警官のほうへ歩み寄る。
浮浪者「おい、お前はポリ公か? だったら早くこいつを逮捕しろ!」
浮浪者が坂貫を手で指し示す。
警官「へ? あ、本官はもしかして巻き込まれてしまった感じですか? すいません。撮影のお邪魔なようなのでこれで失礼します!」
敬礼してフロアを出にかかる警官の腰から浮浪者が警棒を抜き取って、警官の腰を打つ。
警官が声を上げてドアの前で床に倒れこむ。
浮浪者「逮捕しろって言ってんだろうが! 残りの金をもらえねえだろ!」
坂貫が倒れた警官の首に膝を突き立てて頸動脈を圧迫する。警官は下半身をじたばたさせる。
浮浪者は続けざまに警官の体に警棒を打ち込む。
女がウェブカメラを持ち上げてドア付近の騒乱の様子が映るように傾ける。
警官「い、息ができない……」
浮浪者「うるせえ! それはこっちのセリフだ。テメェらポリ公が通りをウロチョロしてると息苦しいんだよ」
堂原「君たち、やめなさい! やめろ! 犯罪だぞ! 君、撮るのをやめてすぐに別の警官を呼んできなさい!」
女「何言ってんの。これ芝居でしょ? あんたもちゃんとやってよ」
堂原「な……。そんなわけないだろう? あんなに苦しがってるのに」
堂原は体を揺すりながら椅子ごと前進しようと試みるが、バランスを崩し倒れる。
堂原「くそっ!」
警官の動きが鈍くなり、やがて動かなくなる。浮浪者は警棒を放ると、また奥へ行って寝そべる。
坂貫「ふー、とりあえず一段落か。視聴者のみなさん、さあ早く別の警官を呼んでください。もっと使える警官をお願いしますよ。私が今までみなさんに説明してきたように、ここで違法行為が行われていることをちゃんと説得力を持って伝えないと。でないといつまでたっても私が逮捕されないじゃないですか。これじゃあ何のためにライブ配信しているのかわかりませんよ、まったく」
坂貫は椅子に戻り、女の持つウェブカメラにぎりぎりまで顔を近づける。
坂貫「これが芝居とかヤラセだと、まだ疑ってるんですか? まあ最終的に判断するのは視聴者のみなさんですが、この配信はとりあえず私が逮捕されるまで続きます。この後何が起きるかは続きを見てのお楽しみ。こちらは占拠チャンネル。チャンネル登録よろしく!」
春風亭どれみ 投稿者 | 2021-11-20 16:30
唐沢さん主演のボイスで似たような犯人いたなあと。しかし、もしかしたらYouTuberっていうのは、インフラと化したインターネットによる最後のアングラムーブメントなのかいなか。
千本松由季 投稿者 | 2021-11-21 13:11
なんか怖いですね。私も事件に巻き込まれたらどうしよう? 日本に住んでないからいいか。戯曲という形が私にはとても新鮮でした。
松尾模糊 編集者 | 2021-11-22 22:29
戯曲、良いですね。社会啓発系を名乗りながらチャンネル名が『社会の窓』というのも妙なリアル感があります。豊田商事事件というのはテレビ中継中に殺人が起きたものでしたが、今は動画配信がリアルですね。浮浪者の存在感もあって、長い話としても成立しそうです。
鈴木沢雉 投稿者 | 2021-11-23 04:27
実況中継のライブ感を表現するのに戯曲は最適解かもしれませんね。私などにはまったく思いつきませんでした。素晴らしい。
坂貫はマルクス主義者なんですかね。
波野發作 投稿者 | 2021-11-23 12:37
このまま舞台の脚本にできそうなぐらいいい感じなのですが、お話が途中な感じなのが惜しい!
大猫 投稿者 | 2021-11-23 13:42
面白かったです。固い信念と悲壮な決意で決行した暴挙の狙いが外れまくる滑稽さ、いろいろ崇高な演説をかましていたのに、下世話な原因で本当の犯罪に変わってしまう可笑しさ。
ドタバタ劇としてもっと長楽しみたいと思いました。
Juan.B 編集者 | 2021-11-23 14:27
次々と空転しながらも続いていく暴挙系YouTuber。本当にあったら、多分見入ってしまうだろうが、その背景がどの様なものか描かれると、中々怖いものがあった。
一希 零 投稿者 | 2021-11-23 18:03
YouTuberの「ヤラセ」的なものをうまく料理されていると感じました。芝居の構成もよく、どこまでも偽物が連鎖してゆくのが良かったです。終わり方はやや唐突に感じられました。
小林TKG 投稿者 | 2021-11-23 20:13
ヤラセとリアルってそんなに重要なんですかね。いや、もう何かに取り憑かれてるのか。
曾根崎十三 投稿者 | 2021-11-23 21:34
まさかの戯曲!
情景が浮かんで良かったです。