メニュー

或る検査の記録

尼子猩庵

自己治療の目的でしたが推敲を重ねたために本来の目的は失われました。

タグ: #シュルレアリスム #ユーモア #哲学 #純文学

戯曲・脚本

4,588文字

 

 

○白い病室

 

患者が座って待っている。

医師が遅れて入って来る。

 

医師 ――ェえ、はい。どうもお待たせいたしました。

患者 はい。聞こえています。

医師 こんにちは。

患者 はい、ありがとうございました。

医師 本日はよろしくお願いします。

患者 いいえ、泥棒は捕まりました。

医師 リラックスしてくださいね。

患者 もう解決済みです。

医師 それでは――今年は西暦何年でしょうか。

患者 人によると思います。

医師 あなたの好きな色は何ですか。

患者 音のほうがキレイでした。

医師 あなたは今日、なぜここに来ましたか。

患者 副作用です。すぐに治ります。

医師 あなたの名前を教えてください。

患者 みんなと同じです。

医師 この絵が何に見えますか。

患者 きっと、よく躾けられているのではないでしょうか。

医師 何が躾けられているのでしょう。

患者 昔の話です。今はもうダメです。

医師 あなたはそれについて、どう思いますか。

患者 よく覚えていません。

医師 善悪というものを、どう考えますか。

患者 許させて欲しいばかりです。

医師 それは、誰か特定の人がいらっしゃいますか。

患者 食べたことのない食感でした。

医師 今、何かお薬は飲んでおられますか。

患者 最後の金魚で、もう五年は死んでいます。

医師 ふだん、どんなことを楽しいと感じますか。

患者 いいえ、尿意も便意もありません。

医師 好きな音楽は何ですか。

患者 はい、聞こえています。

医師 あなたは今、嘘をついていますか。

患者 いいえ、決して。

医師 本当ですか。

患者 本当です。

医師 誓えますか。

患者 誓うより、証明出来ます。

医師 どうやって証明しましょう。

患者 出来ます。「閻魔のトートロジー」がそれです。

医師 閻魔の?……何ですかそれは。

患者 私の造語です。

医師 少し詳しく。

患者 つまり、「嘘をついたら閻魔さまに舌を引っこ抜かれますよ」というのが、嘘ならば、閻魔さまはいないから舌は引っこ抜かれず、本当だったとしても、本当だから舌は引っこ抜かれないというわけです。

医師 奥さまはお元気ですか。

患者 おかげさまで、相変わらずです。

医師 またお食事をご一緒したいと言っていたと、お伝えください。

患者 弁護士を呼んでください。

医師 どうされましたか。

患者 あなたは弁護士ですか。

医師 いいえ、私は弁護士です。

患者 私は弁護士ですか。

医師 はい、あなたも弁護士ではありません。

患者 だったら、私は弁護士です。

医師 (――ここだけの話、アレはどうなりましたか。)

患者 (弁護士を呼んでください。)

医師 (この部屋は臭くありませんか。)

患者 (外は眩しくありました。)

医師 風船から何を連想しますか。

患者 妹の唾液。

医師 妹から何を連想しますか。

患者 一人っ子。

医師 一人っ子から何を連想しますか。

患者 中国。

医師 中国から何を連想しますか。

患者 答えたくありません。

医師 どうしてですか。

患者 何がですか。

医師 質問に答えてください。

患者 どの質問ですか。

医師 答えたいもので結構です。

患者 誰がですか。

医師 間寛平さんがです。

患者 いつのですか。

医師 子どもの頃の将来の夢は何でしたか。

患者 まだ思いつきません。

医師 私が誰だかわかりますか。

患者 あまり思い詰めないでください。

医師 今日はどうやってここまで来られましたか。

患者 すごく晴れていました。

医師 あなたは、自分がイヤにならないですか。

患者 母は買い物に出かけています。

医師 そんなで、恥ずかしくはないのですか。

患者 少し揺れたように思います。

医師 よくそれで生きていられますね。

患者 気のせいでした。

医師 腹立たしいです。

患者 父はいません。

医師 殴ってやりたいです。

患者 兄もいません。

医師 出来損ないの気分はどうですか。

患者 はい、まだ健在です。

医師 自分が出来損ないだとわかっているのですか。

患者 もしかしたら、種ごと飲み込んでしまったからではないでしょうか。

医師 人の迷惑を考えたことがありますか。

患者 種はちゃんと出ました。けれども流してしまいました。

医師 もっと善良な人たちが亡くなってゆくのに、自分ごときがのうのうと生きているということについて、どう感じますか。

患者 意味が伝わればそれでいいと思います。

医師 私のキャリアから出て行ってください。

患者 ごちそうさまにします。

医師 何様のつもりなんですか。

患者 お風呂に入らせてください。

医師 経験人数は何人ですか。

患者 電車が遅れました。

医師 人を殴ったことはありますか。

患者 トンネルが塞がっていました。

医師 人の物を盗んだことはありますか。

患者 レールが敷かれていませんでした。

医師 シロナガスクジラとサハラ砂漠ではどちらが大きいと思いますか。

患者 引っ張って伸ばしたら引っ張られて伸びると思います。

医師 父親という存在についてどう感じますか。

患者 ちゃんと鍵をかけたか心配です。

医師 痒いところはございませんか。

患者 ――……地震だ!

医師 違います。しかしそういうことなら、世界はいつ滅ぶと思いますか。

患者 私も捨て猫を見捨てました。

医師 あなたにとって大切なものを三つ、挙げてください。

患者 お墓参りに行きたいです。

医師 ちょっと、休憩にしますか。

患者 どうしてですか。

医師 お疲れのようでしたので。

患者 助けて差し上げましょうか。

医師 助けてくれるのですか。

患者 はい。じゃあ、今から三つ挙げます。○んこ、×んこ、△んこ。さて○×△に入るものは一体なあに。

医師 答えられません。

患者 どうして。餡こ。ワンコ。鸚哥。点呼。縁故。ハンコ。恩顧。文庫。メンコ。金庫。門戸――何ぼでもありましょうに! さては頭の中で罪を犯しましたね! 霊界に恥をさらしましたね!

医師 お母様はお元気ですか。

患者 銃弾が花びらに変わりますように。

医師 ここから出して欲しくはないですか。

患者 ………………おォい。タバコォ。くわえたら火ィつけんかい、アホンダラ。

医師 すみませんでした。

患者 もうよろしい。ところでカメラはまだ回っとるんかいな。

医師 ええ。

患者 そらあかん! ぷうぷうぷう。ばぶばぶ。

医師 私は意識が断片的になっているのでしょうか。

患者 私とは誰ですか。

医師 私の言うことがわかるのですか。

患者 どこについて質問してますか。

医師 質問されていることはわかるのですね。

患者 誰が質問したのですか。

医師 私がです。

患者 誰にですか。

医師 もう、こちらが聞きたい。

患者 神さまは尋ねません。

医師 そうでしょうかしら。

患者 ここはバス停ですか。

医師 仮にそうなら、どこにおいでですか。

患者 いえ、降りたいのです。

医師 お帰りですか。

患者 いえ、出社するのです。

医師 (――ここは一つ、手を組みませんか。)

患者 (それは、いつ終わるのでしょう。)

医師 (終われば何をしますか。)

患者 (終われば、手を組みます。)

医師 (手を組んで何をしますか。)

患者 (クラゲがたくさん泳いでいました。)

医師 なるほど。

患者 ――はい、ここまで! ここでやめます!

医師 もう少し頑張ってください。

患者 花壇から花壇まで歩きました。

医師 その時の気分はどうでしたか。

患者 検査を受けようと思いました。

医師 それでどうしましたか。

患者 ズイブン探しまして、ここが見つかりました。

医師 それでお越しいただいたのですか。

患者 お祖父ちゃんはそうだったと孫が書き遺していました。

医師 お孫さんはその後どうされましたか。

患者 その話は関係ないと思います。

医師 でも気になります。このままではきっと眠れません。

患者 起きながらの夢にこそ私は現れたのですから。

医師 あなたは誰ですか。

患者 被扶養者ですが、保険証はあります。

医師 ここは全額負担です。

患者 じゃあチップは払いません。

医師 あなたはどこへ向かうのでしょう。

患者 疲れました。電話が鳴っています。

医師 電話は鳴っていません。

患者 先生には威圧感があります。

医師 威圧感なんかありません。

患者 あります。

医師 ないと言ってるでしょう。

患者 もうやめます。

医師 あなたにその権利はありません。

患者 あります。先生を終身刑にします。

医師 うるさい。黙りなさい。

患者 先生の家族も拘留します。

医師 黙らないと叩きますよ。

患者 お父さんですか。

医師 ……何ですって? もう一度言ってください。

患者 地響きが近づいて来ています。

医師 今日はここまでです。お疲れさまでした。

患者 早く避難しなければなりません。

医師 嘘です。まだ終わりではありません。

患者 もう間に合わないかもしれない。

医師 よくお休みになられましたか。

患者 それはようございました。

医師 ところで陛下は新しい古墳を発掘されたとか?

患者 はい。令和時代に作られたものでした。

医師 あなたは陛下なのですか。

患者 いいえ、為替と株の値動きです。

医師 最近何で笑いましたか。

患者 罪を償い終えるまで、笑うことは許されておりません。

医師 罪とは何ですか。

患者 そんなものはありません。

医師 それなら、どうやって償うのですか。

患者 償い得ぬことが償いです。

医師 ……何か音がしましたね。

患者 電話です。さっきから鳴っています。

医師 電話なんかありません。

患者 じゃあオバケです。

医師 オバケは怖いですか。

患者 追っ払うマジナイがあるので大丈夫です。

医師 もしマジナイが効かなかったら。

患者 マジナイが効かなければオバケなんぞもいません。

医師 オバケがいなければこの音は何ですか。

患者 それは先生が治してください。

医師 この国の未来はどうなりますか。

患者 もうじき二時になると思います。

医師 人間に救いはありますか。

患者 土、日にも祝日はあります。

医師 殺したい人はいますか。

患者 シンバルがタンバリンを挟んでいました。

医師 真面目に答えてください。

患者 年末までに六十万円ほど用意出来なければ、私は困ったことになります。

医師 アテはないのですか。

患者 あったのですが、なくなりました。

医師 それは困りましたね。

患者 いくらか、お借り出来ませんか。それでいったん助かるのですが。

医師 そういうことは、するわけには行かないのです。

患者 なぜ。先生は困っていないのに。簡単なことなのに。必ず返しますのに。――ここが助けられなくて、何が医学ですか!

医師 口の利き方に気をつけてください。

患者 犯人の顔は見えませんでした。

医師 お昼は食べましたか。

患者 まだです。

医師 出前でも取りますか。

患者 お願いします。

医師 それで、おもに、どんな症状がありますか。

患者 幕の内弁当をお願いします。

医師 それはだいたい、いつ頃からですか。

患者 磯辺揚げのほうでお願いします。

医師 ご家族や親せきに、同じ悩みを持っておられる方はいらっしゃいますか。

患者 歴史上の尼子氏とは関係ありません。

医師 タバコは一日に何本くらい吸われますか。

患者 靴ベラは使いませんが、上等のを持ってます。

医師 お酒はどれくらい飲まれますか。

患者 注射は平気です。

医師 今朝は何を召し上がりましたか。

患者 内視鏡を睨み返しました。

医師 とくにニガテな死に方はございませんか。

患者 化粧水を塗るくらいです。

医師 とくにイヤだなっていう地獄があれば言っておいてください。

患者 たぶんヒノキだと思います。

医師 臓器提供はどこまでOKですか。たとえば脳や顔面、性器など。

患者 パスポートがありません。

医師 火葬、土葬、水葬、あるいは鳥葬や貧民葬など、ご希望があればおっしゃってください。

患者 UFOの下側には乳首がついていました。

医師 絞首、電気椅子、ガス室、選んでください。

患者 けっきょく私の子ではありませんでした。

医師 最後に言い残すことはありますか。

患者 私の子ではなかったのです。

 

 

 

© 2025 尼子猩庵 ( 2025年11月18日公開

読み終えたらレビューしてください

みんなの評価

0.0点(0件の評価)

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

  0
  0
  0
  0
  0
ログインするとレビュー感想をつけられるようになります。 ログインする

著者

この作者の他の作品

「或る検査の記録」をリストに追加

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 あなたのアンソロジーとして共有したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

"或る検査の記録"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る