グランド・ファッキン・レイルロード(17)

グランド・ファッキン・レイルロード(第17話)

佐川恭一

小説

4,135文字

学歴マンVS高橋源一郎。

「騒がしいですね、ここには金子光晴でもいるのですか?」

苛立たしげに私たちの方に寄ってきたのは、さっき障子ちんこマンに軽くディスられていた高橋源一郎だった。わたしは彼が横浜国立大にしか入れずしかも除籍されていたので、彼のことをただの馬鹿だと思っていた。
「ここには金子光晴なんていませんよ! 横国除籍の高橋さんよぉ!」
「お詳しいですね。私は灘を出ているのですが、お恥ずかしい話、ちょうど受験の年に東大入試が中止になりましてね、仕方なく京都大学を受けてしかも落ちたんです。それで二期校の横浜国立大学に拾ってもらったんですよ、はは、お恥ずかしい話なんですがね、ええ、まあ灘は出ているんですけど」

非常に無念なことであるのだが、私は汗でビシャビシャになりながら足に激痛の走るのを感じた。高橋源一郎が横浜国立大学の出身であることは知っていたのに灘出身であることを知らなかったのだ。ジャンルを問わず有名人の出身大学・高校を調べることが私の数少ない息抜きの一つなのだが、まさか灘から横国に行くなんて思わないから高校の方を見落としていたのだ。足がとんでもなく強い力で土下座の形を取ろうとする。私の意に反する足が本当に私の足と言えるのだろうか? 私の身体には思い通りにならない奴らが多すぎる。このまま足に従って土下座してしまえば痛みからは解放されるが、受験生としての、そして身体を統率する主体としての誇りは失われてしまう……私は必死の抵抗を試みた。
「くそっ……くそっ……土下座するな! こんな奴に土下座なんてしたらおしまいだ! 横国なんて今年受けても楽勝で受かってたんだ! 土下座するんじゃねえ! お前なんかアホの離婚マニアのおたんちんだタカハシ! そうでなきゃ{b}金子光晴{/b}だ! 灘なのに東大にも京大にも受かってないなんてそんなの灘じゃない! 中島らもも勝谷誠彦もノータリンだ。ボケナスだ。チンカスだ。金子光晴だ! 土下座なんかしないぞ、してたまるかよ横国なんかに!! ぬ、ぬっぐ、ぬぎゅおああああああああああ!!」

わたしは恐らく、はたから見れば「サラリーマン金太郎」に出てくる大和田常務みたいになっていた。「半沢直樹!」と私の足が訂正する。足は私よりも頭が良い。もしも足に受験資格があったなら私の足は東大文一を撃墜していたかもしれない。「鉄拳チンミ」に出てくる料理人「鋼棍のシェル」みたいに、合格した一流大学の数だけシャープペンシルに撃墜マークを刻んでいたかもしれない。「中華一番!」と私の足が訂正する。やはり私よりも足の方がデキがいいのだ。だが足は私よりもナイーブで、私よりも肩書きに弱く、私よりも権力になびく。それはやはり私ではない。とにかく足が痛くて痛くてたまらない。だが絶対に、痛さに負けて土下座するわけにはいかなかった。横国ならトップ合格だってできたはずだからだ。
「きみはどうして横国をそんなに馬鹿にするんだね?」
「わかり切ったことを聞かないでくださいよ! 横国なんて芸能活動してる真鍋かおりでも受かってるし、神戸大模試の法学部ランキングで僕は二位になったことがある! それも一位は冷やかしで受けた東大志望の香川照之でした、もちろん僕も冷やかしだったんですがね! 神戸と横国ならそんなに難易度が変わらないでしょう、つまり僕は横国なんかトップで入れるはずだったんですよ! そりゃそうです、後に室井佑月と欲望のままに生ハメした挙げ句ポイ捨てしちゃうようなあんたが受かってるんですからね! それにあそこ、推薦でメチャメチャ人数取ってるじゃないですか! 『推薦で入ってくるやつは偏差値がひとまわり低いものさ』……これはソール・ベローの言葉です! ソール・ベローが嘘をつきますか!?」

私がそう叫んでしまうと会場にたくさんいたらしい、推薦で横浜国立大に合格していた者たちが怒り狂い、わたしにひどい罵声を浴びせてきた。
「お前みたいなクズより俺たちの方が人間としてはるかに上だ!」
「ひとまわり低いって何なんだよ! ソール・ベローは大嘘つきだ!」
「俺たちは高校でトップクラスの成績をとってたんだ! 死に物狂いで努力したんだよ!」
「そうだ、お前横浜国立大の推薦を取る難しさがわかってるのかよ! 横浜国立大の推薦を取れてないくせによ!」

私は足の痛みに耐えながら、汗をまき散らして馬鹿どもの罵声に反論した。
「だまれ低学歴ども!! お前らが高校でトップクラスだったのはそこに俺がいなかったからだ!! 俺の高校みたいなレベルの高い東大志望者が全然まったくさっぱり一人もいなかったからだ!! 俺たちがいればお前らなんか推薦にかかったはずがねえ!! クソの掃き溜めでトップになって調子に乗ってんじゃねーよ!! それに横国の推薦なんざ頼まれてもごめんだぜ! 普通の横国でも十分ダメなのに、それよりも偏差値が1ダース分低いお前らはキャンパスの端っこで卑屈に青春を過ごすことになるんだ! 推薦も一般も同じ大学に入れば同格だ、なんて甘い考えは捨てることだな!」

そこまで言うと私の膝は痛みに耐えきれずカクーンと折れ曲がり、残念ながら土下座っぽい姿勢になってしまった。決定的敗北の瞬間だった。

 

やはり、

やはり、

灘には勝てないのか……

灘に勝つことはできないのか……

 

私の両目からは悔しさで涙があふれ出た。

高橋源一郎は土下座する私を見て、「あなたの考え方は『震災以前』のものにとどまっていますね」とつぶやいた。
「以前も以後も、震災なんて関西にいた僕には関係ありませんでしたから」
「それは興味深い話です。わたしは分断線、ということを言っているのですが、原発に賛成だとか反対だとか、東北への支援を重視するとかしないとか、『あの日』から私たちはばらばらにされてしまいました。元々あった分断線が顕在化した、ということなのかもしれないのですが、人がどういう態度を取るか、というのは震災をどう経験したか、その程度・深度によって変わってくるわけでしょう。あなたは関西にいて、受験勉強をしていた。その目に震災は、関係ないもの、と映ったわけですね?」

私は泣きながら汗をかきながら土下座しながらいらいらして言った。
「うるさい人だ! 正直な話をしましょうか? 僕は去年あの津波の映像を見ました、それで僕が一番初めに思ったことを言いましょうか? 僕はこう思ったんです、東」

高橋源一郎は慌てて私の頭を右足で踏みつけて黙らせた。

いつの間にか近くで私たちのやり取りを見ていた茂木健一郎が「すばらしい!」と叫んだ。
「相手の答えをすべて聞き取る前に内容を予測し危険を回避する、これは脳科学的に非常に高度なことなんです! さすが高橋さんですね。ところで、僕はこのハイゼンベルク君のような被害者を生み出す偏差値教育に本当に辟易しているんですよ! ツイッターでも言いましたけどね、予備校なんて全部つぶれちまえばいいんだ! 僕は関東学院大学で講演をしたんですけどね、関東学院大学の学生たちがどれだけ、予備校のはじきだした数字でどれだけ傷つけられてるのか、その時痛いほどわかったんです! 予備校なんてつぶれっちまえばいい! そもそも今の入試は社会に出て必要な知識をまったく問えていない! 歴史で覚えた年号なんか使いますか? 英語をしゃべれもしない人間の受験英語に意味がありますか? 古い、悪しき学力観を今こそ刷新する必要があるんだ! ハイゼンベルク君みたいな人間をこれ以上作っちゃいけない!」

私は自分が失敗作のように扱われているのに激しく腹を立て、高橋源一郎に土下座したまま茂木健一郎に応答した。
「うるせーお前なんか東大出て東大の下駄はいてこれまで散々恩恵受けてきたんだろうが!! お前みたいな奴が今更偏差値うんぬん言ってんじゃねー!! 文句言っていいのはホリエモンだけだ! 今つぶれるべきは予備校じゃねえ、関東学院大学の方だ! 受験はなあ、将来役立つ専門的知識を身につける目的で行われてるんじゃねーんだよ! 日本の企業の求めているのは任意の問題をどれだけ低コストで文句垂れずに解決できるかなんだよ! この仕事に意味があるのだろうか、なんて自問するやつは会社にいらねーんだよ! 与えられたものを処理する能力の高さ、つまらないものでもやれと言われればきっちり短時間で所定の量をこなす力、仕事でも必要なある程度の量の暗記や複雑な思考の訓練度、それを受験ではかってんだよ! 偏差値はなくならない!! 日本企業の求める人間像が変わらない限り、そして学歴をフィルタリングに使う大企業が壊滅しない限りはな! お前は予備校に怒るより先に大企業からつぶすことだ! 共産党にでも入られて大企業の内部留保を削り取られてはいかがですかな!」

茂木健一郎はめちゃめちゃ怒って私の頭を開き脳を解剖しようとしたが、高橋源一郎がそれをいさめた。
「まあまあ、いろんな考え方がありますから。これも一つの分断線ですよ。あっ見てください、前のスクリーン。今日は日本橋・ナイトストリートフェスタです。コスプレ、かなり盛り上がっているようですよ」

夜の日本橋はコスプレイヤーたちの活気にあふれ、まるで昼のように明るかった。久保帯人や野生のゴーリキやアルティメットまどかや佐村河内守やハマーン・カーンやホモォやルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールや草薙素子やペプシマンや高荷恵やすーぱーそに子や変態仮面やキラ・ヤマトや安西先生やミカサ・アッカーマンや武天老師様やティファ・ロックハートやTENGAや牧瀬紅莉栖やスパイダーマンや北大路さつきやリュークやオエー鳥やニャル子さんがワイワイと賑やかに通りを練り歩いていて、それらを撮影する者もみな愉快そうに笑っていた。

私も茂木健一郎も一時休戦みたいな雰囲気となり――しかし心の中では互いにきっちり北緯38度線を引きながら――会場の人々と一緒になってナイトストリートフェスタのLIVE映像を楽しんだが、しばらくすると壇上に一人の男がのそりと登場した。
「やあ、ボク、障子ちんこマン! 一橋の出身だよ!」

なんと、男は不謹慎なことに障子ちんこマンの死体で腹話術を始めたのだ。

 

尖っていた頃の松本人志だった。

 

第十七章・完

2015年7月21日公開

作品集『グランド・ファッキン・レイルロード』最新話 (全17話)

© 2015 佐川恭一

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