名探偵ダイゾー ~ペド川コナンの事件簿~

合評会2024年5月応募作品

河野沢雉

小説

4,025文字

2024年5月合評会参加作品。他力本願な作品になってしまいましたが、インド仏教の登場で他力本願が正当化された気がして少し精神的負担が軽くなってます。

やあ、俺は全裸中年探偵、鬱島大造うつしまだいぞう

遊園地で女児を物色していたら、黒ずくめの男たちの怪しげな取引現場に遭遇した。

JSへのいたずらに夢中になっていた俺は背後から忍び寄るもう一人の影に気付かなかった。

俺は黒ずくめの仲間に襲われ毒薬を飲まされてしまった。

目が覚めると、俺の身体は七歳女児になっていた!

俺はすぐに自分の身体にいたずらを始めたが、全く興奮できないことに気付いた。どうやら中脳報酬系のはたらきまで七歳女児のそれになってしまったらしい。

とりあえず荷物の中から女児用衣服を取り出して着替えると、家に帰ろうとした(俺はいつも盗んだ女児用衣服を持ち歩いている。一度職質を受けたときに往生したが、娘の着替えだ、今から保育園に迎えに行くところだと言ってごまかした。もちろん俺には娘などいない)。だが運悪く一緒に遊園地に来ていた小児性愛仲間の屑山英夫くずやまひでおに声をかけられてしまった。

「ねえきみ、かわいいね。お父さんお母さんはどこ?」

俺が生きていると知れたら、関わる人間すべてが黒ずくめの組織に命を狙われると思い、俺は女児になりきることにした。

「今から家に帰るとこなの。パパとママは出口で待ってる」

屑山が度の強い眼鏡の奥で、キラリと目を輝かせるのがわかった。

「そう……じゃおじさんが出口まで連れてってあげよう」

壊れたホイッスルのように息が漏れる喋り方と屑山の湿った眼光に、背筋を虫が這うような不快感を覚えた。俺は、普段俺のようなおっさんに劣情を向けられる女児がどんな気分なのかを初めて知った。

俺が黙っていると、それを肯定の返事と受け取った屑山が右手で俺の左手を握ってきた。汗ばんだ掌が熱をもって包んでくる。全身の皮膚が粟立った。

「きみ、名前はなんていうの?」

俺は咄嗟にペド川コナンと名乗った。

「コナンちゃんか。おじさんは工口藤くくどう新一だ。よろしくね」

嘘つけ屑山英夫だろうが、と心の中でツッコミを入れながら、俺は半ば連行されるような形で手を引かれて歩く。

しかし困った、このまま出口まで行けば両親がいないことがバレてしまう。そうと判ったら屑山は俺を力ずくででも連れて帰り、慰みものにするだろう。
どうすればいい? 考えろ、俺は全裸中年探偵だ。

「ねえ工口藤さん」

「ん? 何だい?」

相変わらず屑山の視線は湿り気を帯びて熱っぽい。

「ちょっと見せたいものがあるんだ。こっち来て」

俺は屑山の手を引いてゴーカート場の脇を右鋭角に曲がり、花時計の斜面沿いを足早に進んだ。屑山は戸惑いながらも、両親の待つ出口に向かわないと知ってこれを喜び、にやけ顔でついてきた。

「どこへ行くんだい?」

俺は質問には答えず、ただ屑山の手を引いて歩いた。遊園地のメイン広場に到着するとそこで足を止める。広場の周りにはベンチが配置され、休憩する家族連れやカップルが思い思いに寛いでいた。頭上には大観覧車がゆっくりと回っている。

広場の地面には一面に絵が描かれている。大きな亀の上に象が乗っかり、象に支えられた大地がその上にある。大地の上には太陽があり、周囲は一匹の長い蛇に囲まれている。古代インドの宇宙観としてよく紹介される図案だった。

その世界の中心部、大地の真ん中には一時間に一度プログラムにしたがって水を噴き出す仕掛け噴水がある。

俺はその中心へと屑山をいざない、耳元で囁くように言った。

「おじさん、噴水が始まったら、ここは十分くらい水の壁の中に入るの。誰にも見られないから、いけないことしよ?」

女児の方から誘ってくるなんて、都合の良いことがあるはずない。だけど、いざこんな状況になったら、理性なんかどこかにすっ飛んでしまい、エロビデオみたいなあり得ないシチュエーションに身を任せてしまうに違いない。同じ小児性愛者として、屑山が誘いに乗ってくる確信が俺にはあった。

ムフー!

屑山は変な鼻息を噴き出しながら、俺の手を握る握力を強くする。掌は熱くなり、じっとりとした汗が追加される。俺は脊柱を直接這う虫でもいるかのように、ゾクゾクっとした。

時計が午後四時ちょうどを指す。周囲のスピーカーから音楽が流れはじめ、広場のあちこちに埋め込まれた噴水口からリズムに合わせて水が噴き出し始めた。

俺たちのいる中心部の周りには多数の噴水口があり、三六〇度取り囲むように水の壁ができ始めた。

屑山ががば、と俺に覆いかぶさり、レギンスを脱がし始めた。その手つきに淀みがない。こいつ、相当慣れているな、と思った。まあ他人のことは言えないが。

屑山はレギンスを剥ぎ取ると、パンツに手をかけた。

「大丈夫だよ。これは大人になる練習だ」

屑山が屑っぷりを最大限に発揮するおぞましい台詞とともに、俺のつるつるの陰部を露わにした。

時間にして二分。

突如俺たちを囲んでいた水の壁が消え去る。

その時の屑山の慌てようといったらなかった。俺は同時にありったけの悲鳴を上げた。

十分じゃなかったのか! という顔を、屑山はしている。残念でした。水の壁は二分で終わりなのだよ。

周囲の人たちはこの世界の中心で何が起こっているのか、すぐには理解できないようだった。ベンチで寛いでいる家族連れもカップルも、噴水の終わった広場の真ん中に突如現れた下半身裸体の七歳女児とそのパンツを握った中年男性に、束の間言葉を失っていた。

「タスケテ!」

俺の声が、七歳女児の声が響く。

察しのいいカップルと家族連れの母親が、俺たちを指差して叫ぶ。

「警備員、呼んで!」

屑山は逃げようとしたが、家族連れの父親にあえなく取り押さえられてしまった。しばらくして遊園地の警備員が二人、駆けつけた。屑山は連行され、俺も保護児童として事務所へ連れて行かれた。事務所には通報を受けて最寄りの警察署から急行してきた警官が既に到着しており、屑山は未成年者略取、強制わいせつの現行犯で逮捕された。

困ったのは俺だ。
「お父さんお母さんはどこにいるの?」

まさか俺の正体は全裸中年探偵であり、薬で七歳女児になってしまったと言うわけにもいかず、言葉を濁す。ペド川コナンの偽名を名乗ると、遊園地のスタッフはご丁寧にも場内アナウンスをしてしまった。

ピンポンパンポーン。

「ペド川コナンちゃんのお父様お母様、遊園地事務所までお越しください」

もちろん、両親が現れるわけがない。

と、思ったらなんとペド川コナンの両親と名乗る夫婦が事務所にやってきた。俺は戦慄した。二人は黒ずくめだったのだ。

「やあコナン、探したよ」

「もう大丈夫よ、コナンちゃん」

殺される。そう思った俺は事務所の裏口へとダッシュした。両親を装った黒ずくめの二人は舌打ちして追いかけてくる。一人はそのまま事務所を突っ切って裏口へ、もう一人は外に出て回ってくる。

考えろ、俺は全裸中年探偵だ。

普通に走って逃げてはダメだ。今の俺は七歳女児。全力で走っても大人にはすぐに追いつかれてしまう。

俺は咄嗟に観覧車の方へと走った。観覧車の順番待ちをしている列の足元をすり抜けて、係員の制止もかわして乗り場へ飛び込む。黒ずくめの二人は客を押しのけて突っ込んでくる。子供を止められなかった係員は次の二人こそ絶対に止めてやるという決意をあらわにして両手を広げたが、黒ずくめがサイレンサーつきのオートマチックから放った九ミリ弾に額を打ち抜かれて絶命した。

観覧車前は一気にパニックの渦となる。列に並んでいた客たちは蜘蛛の仔を散らすように逃げ出した。

「出てこい! 逃げられんぞ!」

黒ずくめの父親役の方がドスの効いた声で呼びかけた。俺は空のゴンドラの陰に隠れて移動しつつ、タイミングを計った。ゴンドラがプラットホームを離れる直前、開いた扉から乗り込む。俺を見つけた黒ずくめの二人は駆け寄りながら拳銃を放った。すべり込んだ扉の鉄製のパネルに二発が跳弾し、ペンキの破片を飛ばした。

土埃まみれの床に伏せて様子を窺うと、二人は次のゴンドラに乗り込んだようだった。ゴンドラの上半分はアクリル板である。このままだと前半はこちらが上に位置するから安全だが、後半、下りになるとこっちのゴンドラの中が相手から丸見えになる。

考えろ、俺は全裸中年探偵だ。

外へと目をやる。眼下にはインド宇宙の図。遊園地の噴水広場だ。こうして高いところから見ると、本当に世界はこんな姿をしているのかなあと思う。
ゴンドラの中を見渡しても使えそうなものは何もない。自分の身体に手をやった。丈夫そうな化繊でできた上着に触れる。上着を脱ぎ、端を扉の手すりに縛った。鬱島大造の体重であれば間違いなく耐えられないが、七歳女児となった今の俺ならいけるだろう。そう信じるしかなかった。

観覧車が頂点を回り、こちらのゴンドラが下になる。その瞬間を見計らって、細く開けた扉から身を乗り出す。手すりに結びつけた上着をしっかり握り、床の下へぶら下がる。眼下には何もない空間。地上まで五十メートル以上はあるだろうか。なるべく下を見ないようにして、必死に上着にしがみつく。

俺のすぐそばを銃弾がかすめた。何発かが、ドアの手すりと床の端っこに当たる。剥げたペンキが雪片のように舞い落ちる。

黒ずくめたちの射撃は実に正確だった。床の陰に隠れる俺を狙い、ギリギリのところを撃ってくる。そのうち一発が上着を手すりに縛った結び目をかすった。その一発で当たりをつけたのだろう、同じ位置を過たず狙ってきた。結び目がほつれる。
まずい。

地上まではまだ一、二分かかる。その前に結び目を打ち抜かれて、俺は地上に叩きつけられるだろう。

思えば俺の人生は父親からの性的虐待に始まり、同級生からのいじめ、女からは害虫扱い、頂き女に騙されて、屑山みたいな屑に小児性愛へと引き込まれ、そんなの言い訳にならないのは分かってるけど、でもひたすらクソみたいな人生だった。

せめて最後くらい、世界の中心で叫ぼう。インド宇宙の真ん中で、オンアミリタテイセイカラウン。

俺は間もなく広場の中心に落ちる。あ、ちょうど噴水が始まったみたいだ。真実はいつも一つ。たぶん。

2024年5月21日公開

© 2024 河野沢雉

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

この作品のタグ

著者

この作者の他の作品

この作者の人気作

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


3.8 (10件の評価)

破滅チャートとは

"名探偵ダイゾー ~ペド川コナンの事件簿~"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2024-05-23 23:53

    あらゆる物を敵に回しそうな話でわくわくしました!
    世界の中心にこじつけ感があったのが気になりましたが、お前が言うんかい!な話ですし、そもそもハチャメチャな話なのでそんなことは瑣末な事なのかもしれません。

  • 投稿者 | 2024-05-24 12:43

    腹を抱えて笑いながら読みました。中年男性の絶妙な気持ち悪さが癖になります! おっさんを女の子にする薬、あと何年かしたら自分も飲みたいです

  • 投稿者 | 2024-05-24 14:00

    迷いなく不道徳を走っていく文章を楽しみました!
    「考えろ」のリピートがクセになるし、リズムをつくっていて良いですね。
    僭越ながら、叫びのための導線とはいえ必ずしも不幸な生い立ちでなくてもいいのかなと思ってしまいました。

  • 投稿者 | 2024-05-24 20:44

    おまわりさんこの人です。全裸の人間は探偵として成り立つのか、という難題を最初に突き付けられ、読み進めるとそんなこと全然関係ないし、リードにあるインド仏教との繋がりは分からなかったけど、浄土真宗的な人は生まれ落ちた人すべてが救われるみたいなことならペドのおっさん二人もきっと救われますね。

  • 投稿者 | 2024-05-25 14:33

    ペド川コナンに工口藤新一! わはははは!
    コナンであるからには七歳と決まっているところも笑いのツボでした。
    黒づくめの仲間の取引はなんだかわからないけど、毒薬だけ飲ませておいて、荷物はそのままというのも突っ込みどころとして申し分ないです。
    噴水の仕掛けも観覧車アクションもバカ面白く。
    アニメにして売り出したいくらいです。

    それにしてもペドものロリものを読むたびに「女三界に家無し」と呟いてしまうBBA。

    • 投稿者 | 2024-05-25 18:28

      めちゃくちゃおもしろかったです。この設定ならあらかじめ女児用の衣服を持っていてもおかしくないわけで、よく出来てるなと感心しました

  • 投稿者 | 2024-05-26 00:24

    初めまして。破滅派はこわいところですね。
    古代インドの宇宙観の中心で逮捕されるロリコンはかなりの見ものだろうなと思いました。見た目はロリ、頭脳はロリコンの名探偵がロリコン絡みの難事件を解決していく続編がありますか?待ってます。

  • 投稿者 | 2024-05-26 22:29

    「”絶対これペド川コナン”ってフレーズから風呂敷広げたくなったおはなしでしょー!」となりました。お嬢さん、ペド川くんに近づいちゃいけないよ、移るか孕むかのどっちかだから。

  • ゲスト | 2024-05-27 18:23

    退会したユーザーのコメントは表示されません。
    ※管理者と投稿者には表示されます。

  • 編集者 | 2024-05-27 19:56

    良いコメントはみんなが先に描かれてしまった。
    おなかいっぱい。
    小児性愛でも別に楽しく生きていけばよい。

  • 投稿者 | 2024-07-21 23:14

    考えろ、俺は全裸中年探偵だ。
    なんてパワーワード。ムッキムキでボッコボコの上腕二頭筋。アクセルベタ踏みのお話を楽しみました。がっぷり四つで楽しみました。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る