<殺人の動機>
数年前、新興宗教の信者たちがアジトであった「方舟」から撤退した。「修行」中に死んだ、あるいは殺された仲間たちの遺体を水没した地下三階に置いていた。裕哉が半年前に方舟を訪れた際に撮影した画像には、新興宗教の秘密、特に仲間を殺した証拠になるものが映っていた。見る人が見れば分かる状況の写真で、裕哉を地上に出してしまったらそれが世間に発覚する。それゆえ裕哉は殺され、スマホは持ち去られた。
さやかは建物内のスナップショットを多数撮影していた。その上、「仲直り会」の席で裕哉から過去の画像をもらったことを喋ってしまった。それゆえ殺されてしまい、顔認証によりスマホが解除されることを恐れた犯人に首を切られた。矢崎父が殺された経緯は作品中に描かれた通りと思うので付け加えることはない。
<犯人像>
犯人は腕力にあまり自信がないように見受けられる。裕哉には蘇生しないようにロープを締めっぱなしにしているし、さやかは首を絞められた上、ナイフで刺されている。
さやかは206号室ではなくて工具部屋の207号室で殺された。スマホを探しに来た際、ロープで首を絞められ倒れた後、とどめにナイフで刺された。その際、犯人はナイフをとっさに棚の裏側に隠しスマホを探した。さやかがスマホを持っていないことを知った犯人は首の切断を決意した。そこで死体を向かいの206号室に移動させた。工具部屋の207号室では万一、誰かが来ることを恐れたからである。
建物内のさまざまな道具をスマートに使いこなしているのは、普段このような作業に慣れているからと思われる。雑巾ではなくわざわざウェスを使っているのは、粘着性のある血液のような液体は雑巾では拭き取れないことを知っていたから。ウェスを使う必要があったのは207号室の工具部屋の方であり、切断作業を行った206号室の方は別に掃除する必要はなかったのだが、どうしても片付けずにはいられなかった習性がそこはかとなく感じられる。
犯人はなぜナイフを回収に来たのか?地下二階はすぐに水没すると分かっているのだから放置しておけば良いものをわざわざ取りに来たのは、ビニール袋に入っていたナイフが、水没後プカプカ浮いてくるのを恐れたからだろう。爪切りはビニール袋に穴をあけるために使うつもりだったのだろうか?そのためにわざわざ柊一の部屋に入って盗み出すのはリスクが高いし、ナイフを取り出して捨ててしまえばいいだけのような気もするが。
<誰が犯人か>
一旦、主人公の柊一と探偵役の祥太郎を外す。
殺された人々も外すと、麻衣、隆平、花、矢崎母、隼斗が残る。
三つ仮説を立ててみた。
①隼斗犯人説
動機らしきものをかすかに持っている者は隼斗だ。新興宗教にハマっていた叔父と仲が良かった隼斗もまた、いつの間にかその思想に染まっていた可能性がある。高校の部活では演劇部だと言うが、一年生であるところから役はまだもらえないで、大道具や小道具周りを扱っていて、工具類を使いこなすこともできる。閉鎖された周りは敵ばかり(と彼には思えた)環境で、残忍な殺人を犯すだけの気力、思想、演技力を備えていた。
矢崎母子によるスマホの認証作業が遅かったことは隼斗がわざと遅らせたのである。矢崎一家の家族関係は必ずしも良好ではなさそうで、強権的な父に唯々諾々と従う母、父に批判的で母に同情的な息子の図が見える。また、お前の弟が新興宗教にハマったせいでこんなことになった、と矢崎父はクドクドと妻を責めたのではないだろうか。その上、矢崎父が方舟に来た目的を皆に喋ってしまった時点で、隼斗は父をも抹殺する決意を固めた。隼斗は母を仮眠させ、その隙に父を殺害した。
しかし隼斗が犯人だとすると、矢崎父の殺害は計画的である。とするといかにも慌てて逃げ去ったように見える殺人現場が気になるところだ。しかしそれもまた、自分たちに疑いが向けられないための計算のうちだったのかもしれない。
②花が犯人説
新興宗教にハマっており、裕哉にはそれを知られていた。ここの施設に来たのも花に対する裕哉の悪ふざけだったが、組織の秘密を守るために裕哉を殺した。また、さやかを抹殺しなくてはならないので部屋をわざと分けた。
③花と隼斗共犯説
花の死んだ父が実は矢崎母の弟だった。裕哉一行がアジトへ向かうことを事前に花が知らせており、隼斗が叔父さんの消息が分かったらしいと父母に告げて、一家で方舟に向かった。花は電波が通じないか調べるふりをして外に出て、矢崎一家を導きいれる役割だった。
裕哉が花と矢崎一家の関係に感づいて、新興宗教との関係について探りを入れて来たため、隼斗が実行犯となって殺害した。その後の殺害についても実行犯は隼斗。
迷ったが①の隼斗犯人説を選択しておく。
<どんな結末を迎えるのか>
もう一度地震があって岩が地下に落ちて生き残った者が全員脱出可能となる。しかし犯人だけが逃げ遅れる。
その後、方舟地下からは大量の遺体が見つかる。そこに失踪した隼斗叔父もいた。
それにしてもこれまで名探偵破滅派で読んだ作品のうちでもダントツに恐ろしい内容だった。こんなことを体験した人は一生立ち直れないと思う。精神を病んだあげくにまた新興宗教にハマってしまうのでは。そんな中で最後まで冷静冷徹な翔太郎はすごすぎる。彼こそが犯人のような気がしてくる。
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