ANGEL RAIN

W-E aka _underline

小説

5,026文字

ディストピア

アメ村で友人が店番をしているレコ屋をあとにしてヘヴィロックを口ずさみながら地下の小さなライブハウスへ向かう男。喧噪が取り巻き轟音が響く中バースペースへ移動し昔つきあっていた女に話しかける。めまぐるしい身体装飾。スカルの彫り込まれたカクテルグラス。色とりどりのネイルが騒がしい女の指がグラスをテーブルから奪いとり薄紫の口元へ。レッドライトがボトルを背後から浮かび上がらせるバーカウンターの女は今やってるバンドのベーシストと睦まじい関係にありその男は掛け持ちでゴアグラインドのヴォーカルをやっている。横切るスキンヘッドの白人。狭い奥のソファで寝ている男がひそかに恋する女は船場のショップで働いていてその女は一年以上梅田キタで働く会社員と不倫関係にある。その男が惚れ込んでいるホステスが北新地にいてその店と同じビルで働く女と先日デートしたばかりだったなとレコ屋をあとにしてライブハウスにきたばかりの男が思いだす。しばらく隣席の女と上っ面の会話をしたあとフロアへ。男の背中には半分タトゥーが入っている。黒いシャツには刺々しいフォントのバンド名が踊っている。男もまたバンドを組んでいてもともとこのライブイベントにブッキングされていたがドラマーの都合でキャンセルとなり丸一日予定が空いてしまったため足を運んだのは一人暮らしの部屋が徒歩数分のところにあったからでもある。ライブハウスに辿り着く頃には曇天で外へ出た頃にはすでに豪雨だろう。天を死神が舞っている。男は思う、きっと、世界は滅びかけている。男はビデオボックスでバイトをしているがそこで口を開くことはほとんどない。実家は広島でデザインの専門学校のために大阪へ出てきたが性にあわなくもう行っていない。そこで出会った友人でも友達でもなんでもない男が不愉快なバンドのギターをやっていてたまに見かけることがあるが今度知りあいのバーでイラストの展示をするらしい。そのバーはサイケデリックでSM業界の女もたまにくるため男は誘われたりしてちょくちょく行くしそのバーで展示した女の写真モデルをしたこともある。タトゥーを入れた男の裸体写真を集めている単純な内容だが男はそれ以来部屋に呼んで遊ぶこともある。乳首には左右ともにショッキングピンクのピアスが突き刺さりぶら下がっている。女の写真は極彩色でイベントで見かけるそのファッションも派手でフェティッシュだ。きらびやかで絶望的ダンスサウンドと体内の血と外皮を伝う汗。稲妻が暗黒を裂く。ゴス調のデスメタルバンドが儀式のごとく演奏を続けている。ライブハウスに隣接したビルの八階にあるハーブショップで半日取り留めもない話をしていたことを男は思いだす。その男は愛が重く監禁飼育願望があり何かあって苛つくとつきあっている女と。男はトイレへ向かう。電話をする。バンドメンバーの男に。自宅に舞い戻って買いだめしていたカップ麺を食う。ブラックの珈琲を黒いカップに注いで巻き煙草を吸う。ずぶ濡れになった服がユニットバスに放り込まれている。シャワーヘッドから熱いしずくが一滴落ちたきり。二〇一一年三月、震災は起こらない。代わりに超高層建造物が一夜にして生まれ大阪に漆黒の長い影を落とす。その建造物に侵入したという報告はなく、男の知人たちも何度か近寄りはしたが入り口はなく、なぜかメディアが話題にすることもなく。厳重な警備の一切もなく、ただその建造物が出現した日から行方不明者が増えてショッピングモールにでかでかと設置されたモニターがブランド品の宣伝をする代わりに行方不明者の情報を延々垂れ流すように。不穏な推測が世間に蔓延るようになる、いわく、きっと世界は滅びかけている。男の知人の北新地で働く女からこの資本主義社会でのいまだ成功者たちによる話を聞いても巨大建造物の謎が解けることはない。ただ幾らかの旅客機の飛行ルートに数十メートルの変更がなされたくらい。その頂上は成層圏の霧に隠れて見えない。外壁は鉄のように光る漆黒で若者たちの評判も悪くなく連日途切れることなく撮影をしにくるがスプレーでグラフィティを描くストリートアーティストはまだ現れていない。この建造物が現れた前日に深い失恋をしていたため男は象徴のような波長の一致を見いだして世界は滅ばざるを得ないと考えだしている。男がベースを担当しているバンドはヘヴィロックだ。主にメディア批判を展開している。大企業で大きな失態があったときに必ず死者がでる。蒸発事件にどこそことの関連性が見いだされた途端ぱったりと報道が止む。相当のタイミングで不可思議な事件の直後に話題性の高い芸能ニュースが生じそればかり報道されるようになる。すべてヴォーカリストの関心事だ。男はただただ滅亡の妄想にばかり囚われている。ジャンキーの友達に連れられて西成を歩く。先日激しい暴動があったばかりだが当然のように報道はされていない。その友達の更なる友達が西成に住んでいて彼女は女装者だ。寝泊まりさせてもらったときにからだを触れられるが抵抗しなかったので結局コンドームを被せられてローションを垂らされたペニスを彼女のアナルに突っ込んでそのケツを鷲掴みにしながら怠惰な興奮状態に取り込まれながら腰をふることになって、それがある程度ぼんやり続いたときにどこかの路上から銃声が響く。荒い息だけがしばらく暗い室内に。静寂。窓の外には四つの月が浮かんでいる。日常的な光景だ。男はシャワーを借りて裸体を濡らす。ジャンキーの友達がいつの間にか帰っている。シャワーヘッドからの湯はぬるい。生臭い匂いがする。女装者の古い知人に建設素材に詳しい者がいて、例の建造物を構成する物質が未知のものであるらしいとか、透視できないとか。男は幾日経って故郷の広島を思いだす。小学生のときに授業で見せられた焼けただれた人間の写真を思いだす。長崎にもあったらしい。青年時代いつも日本はアメリカの犬だと考えていたが今はヘヴィロックバンドのメンバーだ。日本はアメリカの犬だったかもしれないが日本国民みな日本国家の盲目の奴隷だというわけではない。友達のプッシャーはヤクザに思い入れが欠片もないがカタチだけきちんとつきあって生計を立てながら遊ぶブツを仕入れている。知人のハードコアパンクバンドメンバーにはアニメオタクの在日朝鮮人がいる。野犬だかホームレスだかの呻き声。張りつめた空気。雲が月を一つ隠しその分だけ闇が深まる。いずれ開始されるだろう戦争にて徴兵される市民たちを収納するための施設があの建造物だという根も葉もない噂が流れる。生粋のゲイたちによるミラーボールとパラダイスがなかで繰り広げられているのだと言うゲイフォビアのパンクミュージシャンが本気でラップを歌っている。東心斎橋で騙されてつきあったビッチとすれ違って怒りが込み上げてくるが脳内に生じたブラックホールがその火花を跡形もなく吸い込んでしまう。世界はもはや、滅びかけているのだから。そうやって男を取り巻く世界についてこの男は狂騒的な茶番のように視ている。ゆえにそこに位置する男自身もまたナンセンスで、大きな失恋も手伝い長らく無気力状態にある。灯された蝋燭の周りで小さくつるっとした悪魔がくるくると回転している。電波を感じテレビを付けると大型旅客機が墜落する映像がニュース番組でちょうど流される。男は状況を怖れてすらいない。すでに、世界は滅びかけているのだから。知人の口から臓器売買の話を聞く。それで得て握りしめた金を持って生活に戻っても風前の灯火だが、知人の話によるとその売った男は一つ借金を返すことができたらしい。だが他にも幾つか高レートでの借金が残っているらしい。それで知人いわくその男は自分のためにソープで働く女を探しているのだそうだ。男は部屋にこもって酒を飲みながらベースを延々ひく。なぜなら、世界は滅びかけているからだ。人身売買。金持ちの変態に三日間拘束されれば女なら一度に数十万手に入る。ゴールドディッガーだかいう不気味なヘヴィーポルノ撮影チームの噂を耳にする。薄暗いガールズバーで働く自傷癖持ちの女に誘われて飲みに行ったときに。ある別の日、分厚い雲に隠れてたった二つの月しか見えない夜、その女の細いからだに先端の濡れた男性器を突っ込みながら。腐臭。狭い部屋に片づけられていないゴミが溢れ。壁に大量のバンドマンポスター。東大阪の外れの土地。僅かに聞こえる鳥のさえずり。おなかがすいたとせがまれコンビニに行く。明け方アメ村に行きたいとせがまれ同行する。そんな時間でもまだ開いているバーで馬鹿話がループし。眠い、と男が横になり。黒い視界。昼間バイト先のビデオボックスへ向かう途中で世界平和の宗教団体から勧誘のちらしを渡される。男は、サンキュー、と呟く。商品整理をしながら無心に浸る。帰りに寄ったひっそりオールで開催されているクラブパーティーで昔つきあっていた女と偶然会う。めまぐるしい身体装飾。ゴシックトランスを回すDJと身体改造のパフォーマンスによるブース。キッチュな変態ショーダンサー。脳髄と心臓をずっしりと貫くビート。カウンターで適当に受けとったプラコップのなかの赤いアルコール。うっかり男が口にする、きっと、世界は滅びかけている。女が酔いしれた顔で、当り前やん、と笑う。あまりにも美しくきたない顔で笑う。男がピアッシングブースで腕にニードルを刺してもらう。向こうではサイバーパンクなSMショー。乳を放り出しフロアでガンガン踊る女たち。女がまた寄ってきてイカすぅと笑っている。腕のボディピアスを眺めながら、俺は明日にでも自殺してるかもしれないのに、と心のなかで思い、冷たく微笑む。あんたのバンドむっちゃ格好ええで、また見に行くわぁ、と去っていく。業火のごとく焔が。見つけた友達の車で超高層建造物までラリりながらドライブ。その麓ではり叫ぶ。腹の奥から何度も何度も、甲高く。本当なら心臓を握りつぶされたかったのだ。絶望の発端すら分からない。男は目を閉じ停止した心電図を思い浮かべる。ベースの弦を弾くようにその直線がびくんびくん震える様をイメージする。運転してくれた友人は車の中で爆睡している。そのとき、空から天使が大量に降ってくる、不穏な雲によって月が一つしか見えない夜空を、その月も隠され消える。男は、昔、一度だけあったらしいアレだ、と思う。降り続く天使たちを背後にして男は走る。天使が雨のように降ってきたからといって何か変化が起こるわけではない。天使の大量落下は現代アートの題材にされナビオ阪急で展示され大勢の集客があったと聞くほどだ。男はそういった想念を振り切って逃げるように走る。友達が眠る車に辿り着くと揺さぶって起こし、クラブに戻ろうと声をはりあげる。だが、まだトリップの続きだと勘違いし動かした車で降ってきた天使の躯をはね続ける。ビシャっと白いペンキのように。何度も何度も。そのうち男も状況に慣れてしまう。気が狂ったように笑い続ける。弾け散った天使の液体をワイパーで。あちこちで地に立った天使がゆらゆら揺れ、人を見かけるとそのなかへすうっと消えていく。そういった光景を横目に天使をはねながらアメ村まで向かう車。世界は滅びかけている、と男が歌うように呟く。旧淀川や道頓堀と垂直に交差する巨大な心斎橋筋運河に架かるブリッジを車が走り始める。男は友達側のドアが閉まりきってないことに気づく。強引にハンドルを奪うと車が何度もS字を描き欄干にぶつかり停車する。天使が降り続ける道路で友達が笑いながら奇声をあげ、男は気にせず遠くに棒のように天へと伸びる超高層建造物の影を見、さらに遠く、背後の大阪湾付近からの火柱の熱風をガラス越しに受け、唾を飲み込む。火柱の付近で天使の数々が焔をまとって落下していく。凄、火柱系やで、と友達が横で呟くが、脳裏には小学生のときに見た原爆に関する記録写真が駆け巡り、天使さえ灰に包まれた人間にしか見えなくなる。停車したままの車は灰に覆われ、次の瞬間すべて黒くなる。黒い灰だ。俺たちが狂騒に巻き込まれているうちに原爆を落としてしまったんだというようなことを口にし、混乱状態に陥る。友達が、なんやねん、と吐き棄てるようにいう。目をこすって男が再び天使の数々を眺めると真っ白だ。そのまま視界全域が真っ白になる。ホワイトアウト。

2014年8月24日公開

© 2014 W-E aka _underline

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