少女は置き去りにされた瓦礫の上に横たわり、空を見上げた。
雲がたなびく夜空には無数の星々が瞬いていたが、彼女はそれを無視した。
彼女は盲目であった。
彼女は巨大な光を認知しえたが、小さな光は無視するほかなかった。今彼女の視界には両手を広げて彼女を邪魔する「黒墨」しかいない。
彼女は星を知らなかった。星という、煌めく光体の実態を何一つ知らなかった。
彼女が知るもの、それは闇と吐き気であった。
それらは一見結びつきの見えないものであるが、彼女の中では密かにつながっていた。彼女が暗闇によって阻害されるとき、いつも吐き気を催した。
その理由が何なのか、彼女は分からなかった。彼女は誰にも育てられず、また誰とも話すことが無かった。彼女は生まれてからこの瓦礫の山で生きてきた。それ故に彼女が内外ともに知りえる情報は、自然の囁きと瓦礫の感覚のみであった。
彼女はものを食べなくても生きて居られた。それでも吐き気は慢性的に発生し続けた。
しかし彼女は吐き気を心地の悪いものであるとして捉えることは決してなかった。吐き気が害悪であると知ることはなく、寧ろそれは希望の元であると認識していた。彼女は本能的に吐き気を生の本源であることを知っていた。彼女は生死というものを論理的に知ることはなかったが本能的に死の感覚を知っていた。
彼女は横を向いて、胃液を吐き出した。唾液は交感神経が働いたのか分からぬが、非常に粘着性の強いもので、彼女の口外から排出されるのを拒み、懸命に作った糸で彼女の口に張り付いていた。
彼女は吐き出した吐瀉物の色を知らない。彼女は透明と不透明と半透明とを知らなかったからだ。彼女は闇が黒墨であるということすら知らなかった。
しかし彼女は吐き出すと、次第に死の感覚がよみがえってきた。それは絶対的な絶望のように彼女を苛むのではなく、彼女の見る暗闇が次第に形而上学的な感覚を帯びるだけであった。そして彼女はそれを知覚すると、静かに死の到来を暗闇の中にまた感じえるのであった。
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