カワハギという魚は旨い。頭のてっぺんに一本毛が生えたぎょろ目のおっさんみたいな面構えをしているが、顔に似合わず味は上品だ。特にお造りにすると見た目も美しく味わいも格別だ。半透明の白身はあっさりしながらも旨味があり、噛みしめるほどに柔らかなエキスがじゅわじゅわ染み出てくる。それだけでも十分よろしいのに、肝とのコンビネーションがまたたまらない。だいたい肝は旨いものだ。レバニラでもあん肝でもフォアグラでも、あの肥大した肝細胞とドロドロの血液がぎゅぎゅっと凝縮された味わいは他に類例がない美味だ。カワハギの肝は数ある肝でもとりわけ上品で、クリーミーでまろやかで臭みがない。醤油に溶かして肝醤油にするのが良いとされているが、できることなら身と肝を和えて醤油にちょこんと漬けて味わいたい。これぞ天上の美味。同根にして異種、刺身の味わいの後、溶け出した肝が遅れてやってくる。淡白な旨味に濃厚な甘味が入り混じって脳みそが混乱する。味蕾は総立ちになり顎の蝶番が外れそうになる。幸せのあまり目尻は下がり口角が上がる。酒の席でこれを供されたならば、わーい、今日は良い宴だなあと始まらぬうちから盛り上がる。
かように旨いカワハギを、幼少のころの私は味噌汁に入れる魚だと思っていた。本当に味噌汁に入っていたのだから仕方ない。そこらの浜で朝獲れた魚を三切れほどにぶった切って味噌汁に放り込んで食する。富山県の漁師町では、おろすの捌くの、ましてや刺身にするなどとしち面倒なことはしない。
もちろんカワハギは味噌汁に入れたって旨い。火が通った白身はほろりと剥がれやすく、えんがわについた身はこそげ取って食べると白身よりも濃い味がする。けれども幼い私が一等好んだのは肝だった。甘かったからだ。魚の身は沈むけれど、肝はぷかぷかと浮いてくる。それを箸で一つ一つ摘み上げて片っ端から食べた。大人たちは笑って自分の分までくれた。あまりに肝が好きなので、カワハギの味噌汁の時は、「ほら、大猫ちゃん、肝が来たよ」と言うほどだった。正確に言うとカワハギはウマヅラハギの方だったかもしれないが、どちらにしても大した違いはない。
ところで私はズワイガニをおやつに食べていた。カニの季節になると、魚津や越中宮崎で取れたズワイガニを行商のばあさんが玄関先まで売りに来たものだ。浜茹でにしたカニを四~五杯も買ってその場で食べる。子供には洗面器に入れた爪以外の脚を与えられ、大人は内子や爪を食べた。長い脚の細い側をむしって、太い脚に突っ込んでぷるんぷるんの白い肉をちゅるりと押し出して大口で食らう。手も顔もベタベタになると、お湯で絞った布巾で顔や手足を綺麗に拭いてもらった。それから昼寝の布団に入った。カニ売りのばあさんが明日も来るといいなと思いながら。
幼いころの記憶はいつの間にか影も形もなくなって、なんとなく生まれた時から大人だったような気分で生きているけれど、子供時代を過ごした漁師町での魚の味は何かの折にひょいと味蕾の底に蘇ってくる。
たとえばタカワ。平べったいひし形の形をしたシルバーグレーと黒の縦縞の白身魚だ。共通語では石鯛と言うらしい。これを小学校にも上がっていない子供が丸々一枚ぺろりと平らげたと家の者が呆れていたのを覚えている。タカワは普通の鯛よりも身が締まって甘味が強い。焦げた背びれは香ばしくてバリバリ食べられる。
あるいはキス。これは共通語だ。顔のとがった細い魚で、身は脂分が少なめでくホクホクしていた。軽く三匹くらいは食らったと思う。
あるいはブリ。富山と言えば氷見港のブリが有名だ。でも庶民が大きなブリを食べるのは祝い事など特別なごちそうの時で、普段はフクラギの方が多く食卓に上っていた。共通語ではハマチともイナダとも言う。フクラギよりももっと小さいのがツバイソでブリの稚魚だ。共通語でなんと言うのか知らない。母はこれの梅肉煮が好きだった。雪平鍋にツバイソをずらりと並べて、酒と醤油と梅干で軽く煮る。よだれが出そうなごちそうだが、子供のころは嫌いだった。梅干しの酸っぱさが苦手だったのだ。それからバイの煮付け。くるくる巻いた貝を爪楊枝でほじって、チュルリと飛び出したところを食べるのだが、これも子供のころは苦手だった。今となっては大金をはたいても食することは叶わぬ。母が出したあの味、忙しい合間に台所に立ってささっとこしらえたあの味には二度と出会うことはない。
それから鱒寿司。駅弁で有名だが、祝い事の折には各家庭でもこしらえる。駅弁と違って酢飯の中に鱒を仕込んで押し寿司にする。表面に海苔を敷いて山椒の葉っぱを乗せて小さく切って食べる。バットに入れた鱒寿司を近所に届けに行ったのを覚えている。当たり前だけど家によって味は違っていて、我が家のはちょっと酢が利き過ぎだったように思う。隣の家の甘めの鱒寿司がうらやましかった。
甘エビは、(この頃流行りのアマビエには閉口している。字面を見ると必ずアマエビと脳内変換してしまう)子供のころの思い出よりも、東京の回転寿司屋で見た衝撃の方が記憶に鮮やかだ。シャリの上に乗っていた白い紐状のものが何物か認識できず、甘エビと聞いて腰を抜かして驚いた。甘エビは人差し指くらいの太さの尾頭付き、グリーンの卵が付いているはずのものだ。
白エビは大きくなってから食べるようになった。今でこそ富山の稼ぎ頭で「富山湾の宝石」なんて気取っているが、もとは魚の餌だった。冷凍設備が発達していない昔は、足が早すぎて売り物にならなかったのだ。甘エビを圧縮して濃厚にしたような味で、触感は上質なイカのようにねっとりしている。その白エビのとろろ昆布〆は旨いことと言ったらもう話にもならない。こちこちに凍って板みたいになっているのを自然解凍しながら食べると良い。口に含むと昆布の天然の塩気とミネラルが溶け出してねっとり甘いエビに絡みつき恐ろしく後を引く。でもそれはとっても高価なのだ。七十~八十グラムで三千円もする。
白エビ料理で私がいちばん好きなのはかき揚げだ。ただし条件がついていて、私の母が揚げたかき揚げでないといけない。あれは本当に絶品だった。混ぜるのは玉ねぎと人参だけ。揚げたての天ぷらにかぶりつくと、香ばしい殻からプリプリの白エビの身が飛び出してくる。何枚でも食べられた。むさぼり食う私に向かって、母は嬉しそうにレシピや揚げるコツを教えてくれたのだが、食うことばかりに夢中になっていて全く覚えていない。そんなわけでどんなに探し求めても二度と味わえない幻の味になってしまった。
そう、幻の味。ここでようやっと本題に入る。
小中学生の頃によく食べていた焼き魚があった。二十~三十センチもある食べ応えある赤い魚で、頭部は小ぶりで目が大きく、たっぷりついた滑らかな白身にはほどよく脂が乗っていた。軽く焦げ目の付いた皮ごと食べれば、塩粒がこびりついた香ばしい皮がプリプリの白身と溶け合い、それはもう美味しくて美味しくて、あっという間に骨だけになってしまう。もともと母子二人で食べるつもりで買い求めたのに、いつでも気が付けば全部食われていると母が笑っていた。母はその魚を「アオヤギ」と呼んでいた。なので私もアオヤギと思って食べた。
毎度喜んで食べるので、献立のネタが尽きると必ずアオヤギだった。安くて手軽だったからに決まっている。でも中学を卒業したあたりから、食卓に上がることが少なくなった。魚が高くなったのかもしれないし、物流が良くなって魚の種類が増えたのかもしれない。ともかくそれ以来、長らくアオヤギのことを忘れ果てていた。
母が死んで、住んでいた家も人手に渡り、故郷の富山へは滅多に行かなくなってから却って、アオヤギの味わいを切なく思い起こすようになった。まぐろにサーモンにのどくろに金目鯛、旨い魚を食する機会はいくらでもあるし、白エビにホタルイカにブリなどなど、富山の魚も入手は容易になった。けれどもアオヤギだけは誰に聞いても「貝のこと?」と言われる。そう、アオヤギはオレンジ色の二枚貝。ぬた和えにすると旨い。でもそれじゃないのだ。
あろうことか地元富山の人間までもが知らぬと言う。「覚え違いじゃないの? 夢でも見てたとか」。私の小中学校生活は夢まぼろしだったというのか。魚の形状や味を説明すれば、「鯛じゃない?」、いくら富山でも三日に一度、尾頭付きの鯛を食うものか。「のどくろ?」、鯛より高い高級魚を母子家庭で食えるものか。「カサゴじゃね?」、絶対違う、アオヤギはもっと上品な顔立ちだった。聞く奴、聞く奴この調子だ。もういい、お前らには頼まん。
それから苦節十年、折に触れては聞き込み、調べまくったたあげくにようやく判明した。ウスメバルだった。
https://www.zukan-bouz.com/syu/%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%83%90%E3%83%AB
ウスメバル、富山県魚津市あたりの呼び名は「アオヤナギ」。「アオヤナギ」は「アオヤギ」にわけもなく変化しただろう。
薄紅色の身体に褐色の模様が入った綺麗な魚だ。彼らはなんと稚魚を直接出産するのだと言う。稚魚を卵から体内で孵化させて成長させてから産むのだそうだ。あんなに美味しいのにそんなに健気なお魚だったとは。あの可憐な姿で一生懸命に稚魚をお腹から生み出す様を想像すれば、可愛いし涙ぐましいし尊いし生命の尊厳なんか感じちゃうし、森鴎外なんか出てきたら、カノ魚、マサニ吾人ヲシテ惻隠ノ情フツフツト湧キ起コラシムルモノナリ。嗚呼、コレヲ食ラフハ罪ナルカ、愛憐ノ意惻惻タリ連綿タリ、なんて言い出すかもしれない。いや、もちろん食べるけどね。
kujakuya 読者 | 2020-09-21 11:29
自慢するとは書かれていたけれど、読後の感想は「ひどい(笑)」一択。
カワハギのお刺身が美味しいことを知りませんでした。鍋にいれる魚だと思ってました…父が釣って帰ってくるのを食べる魚だという認識が強すぎて…売ってるのを見かけたこと無いし、もう食べられない…(泣)
大猫 投稿者 | 2020-09-21 13:36
孔雀屋さん
読んでいただきありがとうございます。なるほど、カワハギは鍋に入れる魚だと。釣り人が家族にいるとそうなるのですね。カワハギの刺身は素人にはなかなか面倒かと思います。皮をツルッと剥いて鍋に入れるのが正解。肝はなかったのですかね?
売ってないことはないと思いますが、釣ってきた味に慣れていると満足度は低いかもしれません。思い出の中の味はいつまでも消えません。
波野發作 投稿者 | 2020-09-23 15:11
標高1200mの駄菓子屋もないような高山地帯で、ひもじい幼少期を山菜や木の実を拾い食いしていた身からすると羨ましい以外の何者でもなく絶許
大猫 投稿者 | 2020-09-23 20:03
わははは、もっと羨ましがってください。
鈴木 沢雉 投稿者 | 2020-09-24 14:43
我が家ではカワハギは煮付け一択でしたね。
刺身も肝も食べたことありません。
もっとも家で食べてたのはかなり型の小さいものばかりだったので。
魚屋さんが軽トラで売って回っていました。
子供の頃好きだったのはカワハギとツボダイ、金太郎(正式名称ではない?)でした。
大猫 投稿者 | 2020-09-24 19:28
読んでいただきありがとうございます。
ツボダイは美味しいですね。私は大人になってから初めて知りました。
極上のお酒のお供です。
カワハギ、煮付けなら肝も入っていると思います。まさかとは思うけど、さばいた時に内臓と一緒に捨てちゃったとか???
松下能太郎 投稿者 | 2020-09-24 19:22
「顎の蝶番が外れそうになる」という表現からカワハギのおいしさがびしびしと伝わってきました。いろいろな海の料理の紹介の中に郷愁が込められているなあと思いました。
大猫 投稿者 | 2020-09-24 19:32
読んでいただきありがとうございます。
美味しいものを食べた時「ほっぺたが落ちそうになる」って言いますけど、私の場合は「顎が抜けそうになる」ですね。顎が外れそうな勢いで唾が湧いて出ますね。
退会したユーザー ゲスト | 2020-09-25 21:03
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大猫 投稿者 | 2020-09-30 12:33
あら、そいがけ!
Cocoaさん、富山のっさんやったか。古戯都さんともどもよろしく。
魚屋ちゃ、羨ましいわ。旨いもんいっぱい食べたがやろね。
カワハギも食べさしてもろたと思うよ。
魚だけにスイスイ読めたろう?
ほんと、富山ちゃいいとこやちゃ。
わに 投稿者 | 2020-09-25 22:55
おとといの夜中に一読してお腹が減りすぎて大猫さんを恨みながら寝ました。次の日寿司を食べました。カニも食べたいしウスメバルも食べてみたいです。
大猫 投稿者 | 2020-09-26 15:40
それは申し訳のないことでした。カニ食べに行きましょう。魚は今や贅沢品になりつつありますね。
古戯都十全 投稿者 | 2020-09-26 17:17
むむむ。富山県民としてはやはり一言申さなければ。ベニズワイガニは子供の頃から年一回か二回、親戚から頂戴して食べていました。爪を折って肉を食べた後、その穴からしょっぱい水と一緒に残った肉をすするのがたまらないですね。酒を飲むようになってからはカニみそ。みその入った甲羅を下から炙って温めてから、ビールか芋焼酎のお湯割りをお供に。
ブリはなんと言ってもブリかまです。これも酒のためにあるような料理ですね。冬に雪が降る前に鳴る雷はぶりおこしと言われますね。
あと昔よく家で出たのは、カマス、ギンダラ、赤魚とかですかね。カマスは刺身もうまいです。富山で魚食べたら他の所で食べられませんよ。ただ北海道でホッケ食べた時はひっくり返りましたが。
ちなみにアオヤギは知りませんでした。悪しからず。
大猫 投稿者 | 2020-09-27 13:46
おお、同胞富山県民、旨い魚どんどん食らいましょう。ホント、蟹味噌はたまりませんね。そうそう、空になった脚を啜ると旨いの、エキスが煮こごりみたいになって残ってますね。カマスは私もよく食べました。刺身にしたことはありません。銀ダラは今や高級魚ですが、富山では良く食べましたね。
富山に生まれた幸せを噛みしめましょう。
Fujiki 投稿者 | 2020-09-26 18:48
カワハギは美味しいけど、力が強くて針ごと持っていかれたり、餌だけ食べられたりする難しい魚という印象を抱いていた。今でも富山に行けば、こんなに素晴らしい海の幸を堪能できるのだろうか? 富山に行きたい。行きたい、富山。
大猫 投稿者 | 2020-09-27 21:34
そうです。富山に行けば旨い魚が食えるのです。友達を頼って行かれると良いでしょう。古戯都十全さんの家にお呼ばれできるかも。私の家はもうなくなったので悪しからず。酒なら付き合います。
諏訪真 投稿者 | 2020-09-27 02:47
夜中に見るんじゃなかった。。どうしてくれるのでしょう?(怒
とまあ富山は合宿で二度行きましたが(氷見も)非常に良いとこでした。
きっと(コロナが収まってれば)年明けにまた合宿行きたいところです。(また合宿で缶詰になりに
大猫 投稿者 | 2020-09-27 21:37
ふふふ、また富山に行きたくなったでしょう?
今度行く時は合宿で缶詰ではなく、氷見港でとれたてのブリをしゃぶしゃぶでどうぞ😁
Juan.B 編集者 | 2020-09-27 16:34
海の幸も山の幸もない、ジャンクフードしかない所に住んでるので、羨ましい。ウスメバルどころか他の魚も幻だ。旨そうだなあ。そしてコメントを書こうとしたら、コメント欄でも自慢か。行きたいなあ。
大猫 投稿者 | 2020-09-27 21:40
川越の芋があるではないか。
『不敬大全』が売れたら富山で大名旅行しましょう。
諏訪靖彦 投稿者 | 2020-09-27 23:00
うへえ、釣り行きたくなってきました。チヌやグレを狙ってカワハギが釣れると嬉しく嬉しくて。皮をペロッと剥いて鍋に入れると最高なんですよね。イナダは堤防から思いっきり沖にルアーを投げて、それなりの大きさがある青物なので引きの強さが魅力的なんだよなあ。帰って来て勿論お刺身にしてもおいしい。ウスメバルは釣ったことないですが、普通のメバルはライトタックルで2.3センチのワームを付けて繊細な釣りが楽しい。勿論焼いて食べても煮つけにしても美味しい。わあ、釣りに行きたい。
小林TKG 投稿者 | 2020-09-28 12:30
食べ物の書き方がなんとなく、津原泰水さんの蘆屋家の崩壊の猿渡さんの感じに似ていて気持ちよかった。気風がいいというか。
曾根崎十三 投稿者 | 2020-09-28 19:17
終始おいしそうでおいしそうで、お腹が空きました。
こんなにおいしそうにお魚を描けてすごいですね。深夜に読まなくて良かったです。
ちなみに私もアマビエをいつもアマエビと読んでしまいます。