このご時世、どこへ行くにも肩身が狭くてかないませんね。風邪をひくよりも、自らが風邪をひくことによって周りに害を与える可能性を持つ不届き者になるのが怖い。それならば、人が出来た方なのねで頭も下がるわけでございますが、いわゆる臥薪嘗胆出来ない軟弱者として詰られるのがおっかない……というところが本心なんじゃあないかと皮肉屋は思う次第でございます。自粛コールは宴席の一気コールと同じで下手に断ると絡まれて大変です。連中、身体の弱い人が心配なんだァ……って、立派な気持ちは1割あるかないかで後は、何かしらにつけて、どこかに叩き具合のいい奴ァいねェもんかと舌なめずりしているといった具合ですからねェ。
だから、せっかくの休みだというのにディズニーランドにもいけず、Jリーグを観に行くってのも少々気が引ける。チケット取ったのに、せっかくメインスタンドの最前列なのに。そんなもやもやした気持ちを抱えながら、仕方なしに液晶の画面を覗き込み、スクロールにハイパーリンクに、そんなこんなを重ねて、果てはこんなところにまで辿り着いてしまって思わず溜め息をつくのでしょう。
いったい皆さまは、なんと検索してここにたどり着いたのでしょう。閲覧されている方の中でそれを思い出せる方は……やはりいらっしゃらない。いうなれば、あなた方は流氷に乗った大学生のように心許ない気持ちを抱えているわけでございます。私もあなた方と同じです。目に見えない不安に踊らされるのは疲れますし、あまり気分の良いものでもありませんねェ。我々は、目に見えないモノにてんで歯が立たない。どうせ踊らされるなら、目に見えない好奇心に踊らされたいものです。たとえば、モザイクの向う側とか……。
これから話しますのは、どこぞの青二才。といってももうすぐ三十路を迎えようとしているうだつの上がらない、落語でいうところの与太郎のようなどこかさえない馬の骨が、ふと出逢ったある光景についてのお話でございます。ここに来ていただいたのも何かの縁。少しばかりお付き合いいただけたらありがたく存じます。
時は令和二年、西暦で言うところの2020年、陽気地上に発し、雪氷溶けて雨水になりし頃。猫背の与太郎、馬の骨。奥歯に挟まったチャーシューを舌の先っちょでほじくり返しながら、独り言ちた。
なんだいせっかく雲一つない夜空の上に別嬪さんの眉みたいな月が浮かんでいるっていうのに、どこを歩いても人っ子ひとりいやしねェ。おかげでこちとら普段じゃありつけもしねェような旨い拉麺や串カツにパクパクありつけるからいいけど、ちょいと気が引けてならねェな。
天下の浅草、雷門。ここは普段、昼夜平日祝日土日月。いつ来てみても、袋詰めの人形焼気分を体験できるくらいに人の賑わいが絶えないところなのですが、皆さんもお察しの通り。件のことで仲見世を歩いても、六区通りを歩いても、ぽつりぽつりと酔っ払いのぶつくさ文句が聞こえてくるくらいでいつもの活気がございません。そこでさてはと思った馬の骨。ナンバ走りで辿り着いたは伝統の浅草演芸ホールだ。
ちょっくら、ここで一杯ひっかけてから落語を拝聴するってェのも乙なもんよ。どれどれ今日の大トリは……おお、講談の松之丞じゃねェか。いいねェ、ラジオじゃどぶろくの残り滓みてェな毒しか吐かねえ奴だが、ひとたび羽織袴に袖を通せば、立て板に水の名調子。聞く人聞く人、魅了し続けて、ついには、大名跡を引っ提げての真打ち昇進たァ、ニクいねェ。当日、チケットは……あるわけない。さすが天下の神田伯山先生だ。風邪菌も増税もなんのそのと来たもんだ。承知した。今日はお預けだ松之丞。……しかし、そうなっちまうと終電まではまだ時間があるなァ。そこいらの屋台で飲みなおすか、それとも……。
ところで浅草六区のブロードウェイに一度でも足を運ばれた方はご存じかもしれませんが、はとバスツアーも止まるこの浅草演芸ホールを除いて目に留まる建物といえば、もうこの時間には花やしきは閉まっておりますので、まず筆頭に挙げられるのは、浅草ROXという名の複合施設でしょう。経営元の名前は大人の事情で伏せておきますが、このROXの中に入るテナントはというと、くら寿司にマクドナルドに無印良品……浅草界隈にお住まいの方々には便利を運んでくれる存在やもしれませんが、一観光者視点からすると、どこの街にも一つは存在する何の変哲もないショッピングモールでございます。他には、ドン・キホーテ、パチンコ屋、チバラギに帰る為の割高第三セクター。観光するには尚のことでございます。……が、ひとつよそのベッドタウンでは到底お見受けできないような建物がございます。
吉野家とインターネットカフェに囲まれて、一見、今にも潰れそうな佇まいで軒を構えているのが、日本ストリップ界の「オーソリチィ」の呼び声高い浅草ロック座でございます。全国の高校球児が甲子園に憧れるように、踊り子たちはここ浅草夢舞台の花道の、そのまた先っちょの前盆と呼ばれる円台の上で乳房を投げ出し、四肢を己がままに伸ばすことに恋焦がれ、日々、鍛錬、研鑽すること幾星霜……ということが人知れずに行われているのであります。
おいおい、本当かい。この前潰れた近所のミニシアターだって、もうちっとばかし、小奇麗にしていたもんよ……わかります、わかります。ですが、騙されたと思って、見上げて……ネットルーム100円……もうちょっと下です。そうそう、そのあたりに薄汚れた看板が掛かっているでしょう。今では、どのパソコンを使っても打ち出せないようなフォントで「ファッションヌードシアター ロック座」って。ファッションヌードなんですよ。聞いたことありますか、そんな単語。まずもって、ネイキッドとヌードは違うんです。ましては、ポルノとヌードというのは、月と鼈。鼈も滋養強壮に効くわけですから、まあ、馬鹿に出来たものではないですが、それほどにかけ離れているものなのでございます。かのケネス・クラークというむっつり助兵衛ぶりをモンティ・パイソンにコケにされた偉い美術史家様もフランスのニコラ・プッサンというこれまた、この前Xがついたテリー・ジョーンズにそっくりな画家による手紙を引用しつつ、ヌードの本質を説いています。
あなたがニームでご覧になられたはずの美しい娘たちは、メーゾン・カレの美しい円柱に劣らず、あなたの精神を喜ばせたにちがいありません。というのもこの神殿の円柱は、その昔、娘たちをコピーしたものにほかならないのですから。(シャントルーへの手紙 1642年3月20日)
…まったくわけがわかりませんね。やいのかいの芸術論をつらつらあげつらったところで、結局のところは裸がみたいだけなのだろうと。当然、馬の骨のそう思ったわけですね。
冷やかしついでにストリップでもみてやろうじゃあねェか。性産業の価格破壊が起こったこの時代にどれだけのモンを拝ませていただけるのか、騙されたと思って、4000円……やっぱり騙されているかもしれねェな。今半のすき焼きが食えるぜ。どれどれ、今日の踊り子さんはっと、別嬪さんだといいけどなあ。
ここで馬の骨の目が見開いた。香盤表の大トリに掲げられた名前。今日の講演の座長の名前には見覚えがあったァ。
真白……希実ィ……。
思わず、馬の骨、くたびれたポロシャツの襟を正す。実はこの真白希実という踊り子さんは馬の骨がウキウキしながら、初めて両の掌の紋様をあしらった暖簾をくぐった時分、初めて贔屓にしたビデオ女優さんの一人だったんです。これがどれだけ珍しいことなのか。十年一昔のこの業界で、それだけの長い間、源氏名を変えずにいる女性がどれだけいるか。後ろ指を指されることも少なくない業界でございます。雪見紗弥、you.、きこうでんみさ……彼女たちが今どこで何をしているのかは、お月さんだけが知っている。詮索するのは野暮な話でございます。ビデオ女優との出会いはいつも別れというツレを伴っての三者面談なのやもしれません。
そんな中、真白希実は今も昔の名前で出ていますと来たモンだから、馬の骨も驚いたんですねェ。この男の中では、この真白希実、彼女こそが一番、すべてを曝け出すこの仕事を疎み、さらにはおそらく恨みつつ離れて行ってしまったのだろうなァ……と認識していたからなんですな。まだ目に見えた物が刺激的なあまりに女優たちの背景というものまで神経が行き届かなかった十年ほど前の馬の骨は数ある女優の中から、無作為に、好みのルックス、スタイルをした女性を選んだにすぎなかったわけですが、この真白希実と先に挙げた他の女優たちとの間には明確な差があったんです。
専属女優と企画女優。「アンタも好きネェ」な好き者、痴れ者の方なんかは耳にしたことがある言葉かもしれません。まず彼女たちに払われるギャラが違う。専属女優というのは言うなれば、メーカーの看板女優。当然、メーカーは彼女たちの魅力がとにかく引き出されるように、より美しく、より清楚に映るようカメラを回すわけでございます。デビューだって、華々しいモンです。悶々とした有象無象の与太郎、八っつぁん、熊さん、若旦那たちみんなに、彼女の裸が拝めることはとても稀少であるのだ、価値があるものなのだと植え付ける為に、グラビアモデルも羨むようなハワイだったり、高原だったりで、眩しい笑顔を振りまきながらの「アカルイハダカ」で皆の心にお邪魔できる算段がもう組まれているんですね。一方、企画女優。こっちは読んで字のごとく。何かとある風変りな企画のビデオを撮りたいが為、その為に、安いギャランティでもその都度、呼ばれて、監督に無茶ぶりをされながら、スタッフに引きずり回されながら、気が付けば、裸にひん剥かれてしまっている。こうなるともう、女性美もへったくれもありません。
思えば彼女を初めてみた作品もそうでした。この真白希実という女優サンはバトントワリングを特技と自負しているそうで、スタッフの「裸で舞ってほしい」という無茶な要求にも照れながらも応じ、華麗な舞を披露するんですね。そしたら、突然、カーテンが開いて外の光景から自身が丸見えになるという……これもまた、好き者の方には馴染みの単語かもしれませんが、いわゆるマジックミラーモノの派生なんですねェ。突然、女優の恥辱が明るみに曝け出されて、慌てふためくのを眺めるという、いかばかりか悪趣味な代物でしたが、そこは弱冠二十歳にも満たない若き馬の骨、好みのタイプの人の裸が見られるという至極単純で明快な興奮に包まれ、そう深くは考えなかったわけです。この恥辱という概念も見る側もまたみられる側も心拍数の上がる事柄でございますので、しばしば、性欲に付随して語られるテーマになることが多く、ノーベル文学賞なんて偉い賞を受賞したクッツェーという作家もまたずばり『恥辱』というストレートなタイトルの小説を執筆していたりなんかするわけです。
彼女は下着だけを身につけ、山高帽をかぶっていた。それから突然二人ともその光景に興奮していることに気づいた。
何が二人をこれほど興奮させたか? ほんの少し前には自分の頭の上にある山高帽は冗談としてしか見えなった。おかしなことから興奮へはほんのひとまたぎなのであろうか?
そう。答辞彼女が鏡の中の自分を見たとき、最初の数秒というものそこには滑稽な状況しか見えなかった。しかし、突然、滑稽なものは興奮によって隠された。山高帽は冗談を意味するのでなく、暴力、すなわちサビナ(ここでいう彼女のことでございます)に対する暴力、彼女の女性としての尊厳さへの暴力を意味した。薄いパンティをはいた剥き出しになった足の下に、デルタがすけて見えた。ランジェリーは彼女の女性としての魅力を際立たせ、堅い男性用の帽子がその女性らしさを否定し、暴力で犯し、滑稽なものとした——。
えェ、賢明な皆さまの鼻で笑う息の熱が電波越しのこちらまで保存され伝わってくるのがわかります。クッツェーじゃあねェじゃねえかと。クンデラの『存在の耐えられない軽さ』だろう、それは、と。
そこなのでございます。己が精神が軽薄すぎてヘリウムよりも高く宙にふわふわ浮いている馬の骨のような与太者には、集英社文庫の海外文学部門に連なる彼ら彼女らの言葉の間に打ち込まれた機微というものにてんで疎いので、平気でこういう間違いを犯してしまうわけでございます。それらも年を重ねれば、ほんの少しはマシになるか、そうでなくとも自覚した上で爪の垢ほどのちょっぴりと薄茶けた良心から、己のドロドロと渦巻いたものを進んで宣誓するかのごとくわかりやすく露悪的に振舞ったりするものですが、翻って言うなれば、若い与太郎どもはそれだけで軽率で、だからこそ無自覚に残酷なものなのやもしれません。
飲みの席じゃあ、好きな女優? 俺ァ、真白希実だよ、知らねェか。例えば、こんな作品に出ているヨ……そうだよ、ポルノ女優なんだよ。……ってばかりに、昔は旨くもねェ笑いの為に名前を持ち出してみたりしていたもんだが、いざ、当人に対面できるとなると、喉も乾くし、頭ン中もそんな余計なことばかりを考えてどうにも落ち着かねェ……ビール600円にお茶漬けは400円……劇場価格ってやつだなァ。おーい、お茶漬けは梅で、あと、おしぼりも頼むよッ。
馬の骨、舞台に隣接されたサテンで、お茶漬けを啜りあげたァ、開演までもう3分もないときたから、急がねェとならない。サラサラのお茶漬けをさらにビールで流し込んでから、熱々のおしぼりを瞼にギュッと押し当てていますと、サテンの若い娘サンが「おしぼりは姐さんたちが使うからいっぱいあんのよ」「真白姐さんはおしぼり使わないけどね、いっつもお風呂入ってるから、ホントに奇麗だモン」なんてことをぽつりぽつり。
あの彼女がなァ……その後、何度か、真白希実出演のビデオを見たもんだが、大人の玩具でよがったままタイムショックみたいな機械に乗せられて、獣じみた悲鳴をあげていたり、鉄棒ぬらぬらの浮世絵よろしく、鰻と絡んだり……絡まされたりなんだろうな、されているのを見たくらいまでを俺ァ見て……それ以上はもうついていけねェなって、追いかけるのをやめたもんだが、そんな真白希実が姐さんと慕われて、その四肢が憧れられていると来たもんだ。
彼女たちの言葉に画面越しに見たかつての真白希実の姿を思い浮かべながら、頬一杯にお米粒頬張って、相槌を打ってると、場内ブーっとブザーが鳴り響く。さっきまでは、「いっぺん、飯食ってきてから来たの」だの「アイツァ、前科二犯になるから、ぶちこまれちまうんじゃねェか」だのいいながら、ワイシャツからせり上がったお腹を寄席太鼓みたいにペンペン叩いていた中年壮年老紳士なんかが目の色変えて、いい席目がけて我先にとばかりに押し合いへし合い。席を巡っていい大人が掴み合いする場面なんざ、映画館も野球場も大抵指定席になってとんと見かけなくなりましたが、ここにはそういう光景が残っているのをサテンから馬の骨は眺めるのであります。ああ、ここの大人たちは万一、体調を崩してしまったら、どこへ出かけていたと言うのだろうか、自白するのか、それとも記憶にございませんなんておどけて見せるのだろうか……なんてことは馬の骨の脳裏によぎったかどうかは定かではありませんが、兎にも角にもそんなことを思っている場合ではないと。慌てふためいて顔をあげると、若い娘が一言。
「お兄さん、別に場内でお酒は飲んでもいいんだよ。お茶漬けはちょいと困るけどネ」
そいつは知らなかったとばかりに馬の骨、残ったビールを片手に空いた席をうろうろ探し出します。あんまりうろうろし続けていると、どこにそんな元気が残っているのやら、血気盛んな中高年に、「早く座れェ、馬鹿野郎」と罵声のひとつやふたつ、浴びせられるやもしれません。
なんでェ、あんなに席取り、争ってたわりには最前列がぽつぽつ残っているじゃねェか。おお、もう始まっちまう。
お目当て、本命が来るまではいわば前座だろうなんて高括っていた馬の骨は二秒でその所感を撤回することになるとは、この時はまだ露知らず。紫煙の中で艶なメロディが流れ始めると、白と黒のツートーンボブの靡く髪を引っ提げて、揚々とした踊り子が舞台から花道を伝って、客席の方へ練り歩いてくるんです。馬の骨はファッションショーなんてものには縁のない存在なわけですが、「パリコレってのは、こういうモンなんだろうなァ」なんて思いながら、コップの中のビールを空にすると、犬だか猫だかのアクタースーツを着たバックダンサーたちが踊り子の周りで踊り出すんですねェ。「ファッションショーじゃなくて、キャッツになっちまった」なんて思っていると、踊り子が肩にかけていたコートをバッと投げ捨てる。ブチ柄でラインの際どい煽情的なドレス姿になって、さっきまでニヤニヤしていた客席の有象無象の前で仁王立ちするのでございます。
ああ、キャッツではなくてこれは101わんちゃんだ……と。ディズニーの範疇では間抜けなヴィランとして、生命を蔑ろにする傲慢なセレブリティとして以上にはけっして描かれないクルエラ・ド・ヴィル。ここで踊り子はそれを演じて、美に取りつかれた女として表現し、主役として引き上げる。観客の視線すべてを釘付けにしてやろう……そう考えているのかと、鈍チンな馬の骨でも納得できるわけなんですねェ。
さあ、そのクルエラ・ド・ヴィルが腰をくねらせながら、ダンサーの間を練り歩き、装飾を一枚一枚剥いでいく。剥ぎ取られた衣装を投げ捨てると、犬に扮したダンサーはそれに飛びつくようにして、一匹、そしてまた一匹と捌けていく。そして、花道の先端の前盆と呼ばれる円台に彼女が立った時、よく磨かれた陶器のような素肌ァ、重力に向かってアカンべーをするかのように、おきゃんに反り返った四肢の曲線のすべてを惜しげもなく、与太郎どもの前で披露しているといった具合なのでございます。BGMのテンポがいっそう軽やかになると、彼女はつんと反った乳房でさらに弧を描かんとばかりに前屈してみせたり、上体を骨から廻旋したり。すべてはこのアクターひとりの匙加減なのでございます。
おおっと、ここで裸のクルエラ・ド・ヴィルにワンちゃんが憑依したかのように、奔放に伸び切って、足を天に向かって鯱のポーズをとると、紙テープに紙吹雪、さらにお客たちの拍手が場内中に舞い跳んだァ。アクターが歌舞伎の大見得を切るようにして身体をぐわんぐわんと振り回して、紙吹雪を振り落とすと、それを浴びて、紙屑塗れになった馬の骨は思うのであります。……ああ、だから、最前列が空いていたのだなと。
ヌードシアターは格式が高いストリップショーでありますから、四つん這いになって女豹のポーズ、立ったまま片足あげてのY字バランスなんてことまではするのですが、両指で襞を広げて、薄桃色。吐息交じりに客の劣情を煽ってみせたりなんて、そういった媚びたムーヴは粋じゃないとされるとのことだそうで、まして客を舞台上にあげて触れ合うなんてのはもってのほか……まあ、風営法とかそういう類のこともあるのでしょうな、そういうところまで踏み入ってしまうと。
そうこうしているうちに、すっかり丸裸のアクターは、ストリップを知らずとも誰かさんのせいで「ちょっとだけヨ」といえば、思い浮かべられるポージングのまま、掌でなく、足の中指をおったてて、嘗め回すように観客を睨みつけてみせるんですねェ。見られているのはお前らの方だとばかりに挑発すると、前盆はぐるぐると回転し、舞台の方へとアクターを誘うように照明は暗転。これで100分の舞台が7つの公演内容に分けられる「景」。そのうちの「第1景」がフィナーレを迎えたというあんばいになるのでございます。
……これをすべて、お伝えしてしまいますのは皆さんそれぞれに存在する時間というものが許さないでしょうし、何より野暮ってやつじゃあありませんか。なので、すべてはお伝えしませんが、そのごくごく一部をダイジェストで。
さあさあ、次にお出ましいたしますのは……ややっ、こりゃあたまげたもんだ。ストリップは日本の古き良き伝統文化なのだと胡坐を掻いて、さもすべてを知り尽くしているかのように批評家面した常連客の目玉を真ん丸にさせる最新のダンスと映像技術。そうプロジェクトマッピングだ。一糸纏わず、色に染まっていない真っ新なスケッチブックのように真白な裸体だからこそ映えるステンドグラス調に眩く明滅する玉虫色の人影たちはこれはもうセクシーだとか、サンキューだとか、お待たせしすぎたことへの反省を反省しすぎたのかもしれませんなどという次元を優に超えたァ、いわば、生の肉体によるキュービズム運動への挑戦状なのであります。おっと、今度は般若の面をした真っ逆さまのDESIRE。飾りはいらないHa~Ha…! 苦悩に満ちた暗黒舞踊を踊れば、紅の紙吹雪が舞い、空気を削るように蠢くダンサーたちはさしずめ牛若丸、菊一文字と一番隊組長。前盆で赤裸々な身体をよじらせる般若の女は令和一の旬、鬼滅の刃を体現しているかの……この講釈、時代考察がめちゃくちゃでございますね。そもそも途中から、講釈というより古舘伊知郎じゃあないんだからと、ねェ。
しかし、もう残すはあと一幕なんてところまで来ますと、好色、ひやかし、助兵衛な出歯亀根性なんてものは客席の面々からはもう浮かんでこない次第でございます。「エッヘッヘ、まるでfull勃ち逸漏」なんてくだらないことを呟いたら、白眼視されて、摘まみだされるんじゃないかって具合なんですねェ。
さあ、そうこうしているうちにもいよいよ真打、本日のメインアクトでございます。与太郎根性から、真打ちとして彼女が登場するまでは、「スタイルは確かに好みだった、しかし、それも十年以上も前の話。期待するのもどうだろう」なんて、一抹の不安を抱いていた馬の骨でありますが、なんと浅はかだったことでしょう。そんな凡人の不安など軽く吹き飛ばす迫真の美と、とめどなく満ち溢れるゴージャスときたら、それはもう。例えるならば、もういい例えもなかなか浮かんできませんが、その筋の方面が好きな方には、奈々様と理恵様をそのまんま足したようなゴージャスなんですといえば、わかっていただけるやもしれません。それに、翠のドレスから覗かせる御御足の実にまっすぐと伸びたこと。彼女、上肢のラインは実になめらかでございますが、脚のラインはもうスパァーーンっと一直線なんです。そして、彼女のハムストリングスのうっすらながらも確かな隆起、それが見て取れると、確信するのでございます。
最初はどういうつもりで業界に来たのかなんてわかるはずもない。けれども、俺ァ知らない10年のうちに彼女が懸命に表現したいと努めたセクシーという表現には嘘偽り、そして、過ちなどあろうはずもないと。
なァ、俺が間違ってたよ。言うよォ、これから堂々と胸ェはって、真白希実は素晴らしい女優なんだってサ。
頬に伝う涙を拭っていると、もう真白希実はドレスをハラリと落とし、あるがまま、ありのままの姿で記念公園の平和像のようにピクリとも動かずに天に向かって手を伸ばし、静止しているじゃあありませんか。そのポージングの美しいこと、どれだけの体幹を持ち合わせているのだという。そこで、かつて彼女にとっては未完どころか、途中で泥水をぶっかけられたように蹂躙されたままだったバトントワリングのあのフィニッシュ。それを今宵は見届けた……そんな気持ちを抱かずにはいられなかったわけであります。
場内、フィナーレを迎え、この公演の座長として、大トリで真白希実の名前が紹介され、彼女が頭を下げると、場内歓声がわっと湧き上がるんですよ。右を向いても左を向いても、エクスタシーとはまた別種の多幸感がその横顔から満ち満ちて零れ落ちておるわけです。中には、明日もまた平日祝日お構いなしの都会の満員電車に揺られて死んだ魚のような目に戻っている人もいるかもしれません。もしかしたら、4000円なんて、身の丈を超えた額で、不要不急の外出ったって、この窓も換気もへったくれもない一階上がおいらの寝床だよ……なんて、方もいるのやもしれません、そんな境遇でもおかしくなさそうな身なりの方も多々、訪れているわけですからねェ。
熱気の後、火照った身体をもってしても、月は如月、刻は夜11時過ぎの浅草の夜風はまだまだ痛いほどに染みるんです。三十路が感傷に耽って、ロック座の花輪を見返している様を「ホラ、そこに馬鹿がいるヨ」とばかりにキツいツッコミを食らわせられたみたいにじんじんと来るものがあるわけでございます。
ですが、心まで冷ましてもらっちゃ困ります。階段をトボトボと降りる与太郎たち、先行きなどわからないままに舞い続けるストリッパーたち、みんな達者でまたいつか。同じ舞台で、より新しいファッションヌードシアターに恋焦がれていたいいじゃあありませんか。
……餃子でも食って帰るか。
馬の骨がそう独り言ちたかまでは定かではありませんが、皆さまそろそろ各々の修羅場に戻らねばならない頃合いでしょう。もっと、浅草ロック座のストリップの話が聞きたい。なんなら、見てみたい。真白希実サンをはじめとするストリッパーについてもっと知りたい。そう思いの方がいらっしゃいましたら……3月10日まで、この公演。今のところは上演されておりますゆえ、皆々さま、日ごろから体調には気を配り、手洗いは指の間に襞から襞まで、爪の垢までキチンと洗い流して、盤石の体調でアクターたちと対峙するのもまた一興かと存じます。
それでは、このあたりで……Sexy Thank You.
※ これ書いているうちにJリーグのルヴァン第2節の延期が決定したそうで。その決定はもちろん尊重したい次第ですが、ちゃんと主催者に保険が下りるのかどうか、そのあたりもハッキリしないと……というより、出来ないならば、政府で補償をしてあげられないと、結局のところは資金力という免疫力がないところからバタバタと倒れてしまう。それをよそに高層ビルの最上階から眺めて、「何故、庶民は自制ができないのだろう、愚かなり」と吐き捨てる……なんて構図はもってのほかのわけですから。
春風亭どれみ 投稿者 | 2020-02-26 17:47
たった数日でこうも状況が二転三転するのもなかなかないですが、ある意味稀少かもと……別にこんなもんいつまでも自粛してもらってもかまわねぇんだけど、ま、経済のこともあるし、二週間でみたいないい方される娯楽産業各位&ナイーブなオタクたちメンタル大事に。Medical&Politicalの世界にいる方々、御多忙だろうし、骨が折れるのは山々だけど、時折、いわゆる最悪の哲学的アプローチしちゃうのはもにゃもにゃ。あと、お金はたくさんありそう某隠退政治家Y.Mさん、今のタイミングでなんかあれ、植物由来のワクチンのなんたらとか、中止イベントへの補償云々とかでドーンと寄付したら、イメージ覆せるのではでは?
春風亭どれみ 投稿者 | 2020-02-26 20:27
娯楽産業以上に直撃しそうなのに、たくましいを通り越して、不謹慎レベルでは…と思うが、さすが水着をビキニと名付けた国
https://fuzoku.jp/anedeli1/girl/44/