「ねえ、本当にこの国の王様になれると思ってるの?」
樹光が、ギクリと腰の動きを止める。
慌ててワタシに目を向けた。
樹光は美しい女性会員と性交の真っ最中だった。
部屋には淫靡なダブルベット。
そのベッドの上に、SM用の「オモチャ」が数多く“設置”されている。
これが、この男の本性。
「お前は! ……小娘が!」
貧相な体つきの樹光が、股間を慌てて隠しながら怒鳴る。
そんな矮小男を敬愛して止まない女性会員は、脅えていた。
「心配しなくていい。こんな小娘は大地と自然の力で、簡単に浄化できる」
樹光がバスローブを羽織りながら女性に言った。
その言葉だけで、女性会員は安堵していた。
「どうやってここに入った?」
ここは天慈会の総本山。
その奥まった一室に、ワタシはいる。
その奥まった一室が、本格的なSMルームだったにせよ。
「入るのは簡単だったわ。大地と自然が道を教えてくれたから」
ワタシがからかうと、樹光は鋭い眼差しを向けてきた。
樹光は小柄な男だった。
ヒトラーも麻原彰晃も狂人だった。
だが人類にとって不幸だったのは、彼達が「カリスマ」を持って生まれたこと。
目の前の貧相な天慈会会長にも、不幸なことにカリスマがあった。
それで数多の人間が、騙され続けている。
「さっき『心配しなくていい』って言ったよね。本当? アンタ、やり過ぎなんじゃない?ただでさえ、新興宗教への世間の目は厳しくなってる。その上、大量に警官や自衛官を入会させた。しかもその連中に特殊訓練まで受けさせてる。司法機関が黙って見てると思う? さっきこの周りを歩いてみたけど、公安の警官だらけだった。しかもなぜか、自衛隊までいたわよ」
「君は教義勉強会に参加してきなさい」
樹光は女性会員を退室させた。
「お前が何者かは知っている。鋼鉄の地下金庫を日本刀で叩き切った。複数の銀行幹部を走行中の電車に放り投げた。警官に数箇所撃たれながらも殺害した。全て、父親の復讐だそうだな。メディアは連日、お前のことを報道している。財務省キャリアの家族惨殺の容疑もかかっている。只者でないのは先刻承知」
樹光は冷静だった。
唇の端が捻じ曲がっている。
笑っているのだ。
だが日本刀を背負っているとはいえ、一二才の小柄なワタシに、全く油断していない。
先程、女性会員を犯していたベッドの枕の下に手を滑りこませていた。
そこにある警報ボタンを押したのだろう。
樹光が冷静なのは、すぐに完全武装の会員達がやってくるから。
「もうじき、あなたが組織した戦闘員達が来るのね?」
「なぜそれを知っている?」という問いを、樹光は発しなかった。
樹光は物欲の塊だ。
だが確かに、説明不可能な力も持っている。
ワタシが怪物であることを把握している。
「警官には、リボルバーで撃たれた程度だったな? その時、お前は血を流した。血が流れるなら、お前がどれだけ超人的能力を秘めていようと、殺せる」
音は聞こえない。
ここは総本山の最深部。
さらに防音機能付き。
しかし、殺気は消せない。
複数の殺気が、この部屋に急接近中。
あの病院以上の数と質とー―殺意が、ワタシを破壊するためにやってくる。駆け足で。
「お前が私の元へ来ることは分かっていた。病院から報告があったからな。それ相応の警備体制は敷いた。だが、意外だな。先に病院の会員達を皆殺しにしてから、元締めの私、という順番だと踏んでいた」
「ご心配なく。あの狂った病院の奴達も破壊する。父を廃人寸前までにしたんだもの。でもその前に、アンタを破壊する。教祖殺害。信者……失敬、会員にとっては、これ以上の絶望は無い」
「破壊、か。お前は『向こうの世界』に行ったんだな。そこで化け物になってご帰還か。私も、何度か行ったよ。ただ私の場合は、浮遊霊のように、『向こうの世界』を見ることしかできないが。それでも様々な事を把握している。例えば、お前が男でも女でもない化け物になったこと」
侮れない!
樹光は「あちらの世界」に行ける……。
加えて、ワタシの秘密を知っている。
どんな力を秘めている?
ただのインチキ教祖とは、ワケが違う。
樹光はそれなりに、人間離れした力を持っている。
樹光の分析は、中断せざるを得なかった。
複数の殺気が、すぐそこまで近付いているから。
「気付いているだろう? すぐそこまで、完全武装の『聖戦士達』が来ている。彼達の装備は、交番の警官とは比べ物にならん。ちなみに『聖戦士』とは、大地と自然の永劫の平和のために、殉教者となる運命を背負いし者達」
「独立以来、アメリカは核兵器を筆頭に、圧倒的な軍事力と諜報機関を駆使して、世界を牛耳ってきた。ところがどう? 九・一一のテロで、アルカイダのテロリスト達が使ったのはナイフだけ。それで、世界一の超大国の経済と国防の象徴を破壊した」
「なるほど。ではお手並み拝見」
ワタシは部屋の内側の鍵をしめた。
そして部屋の外へ、瞬間移動する。
外側の鍵もしめた。
もちろん鍵など持っていない。
手を触れずに鍵を開閉できないのは、人間ぐらいのもの。
部屋の外からも施錠できるのは、幸運だった。
樹光は自分の気に入らない女性信者を、この部屋で拷問する。
逃亡阻止のため、外からも施錠できる設計にした。
これで中に、樹光を閉じ込めた。
なぜ、ワタシがどちらも施錠したのか。
それは「聖戦士」達と樹光、両方と同時に戦うことを避けるため。
予想外だった、樹光の能力。
その力の種類は、ワタシに近い。
まずは、部屋の外で戦うことをワタシは選択した。
つまり、今から来る「普通の」人間達を破壊する。
その「聖戦士」――――殺人マシーン達が姿を現した。
先頭で隊を率いていた男が、肘を九十度に曲げ握りこぶしを上げる。
「止まれ」の合図。
敵の数は九人。
全員がサブマシンガンで武装している。
鋭利なサバイバルナイフを脇腹に吊るした者、太股に拳銃を巻きつけた者、胸に手榴弾を装備した者などなど。
全員、完全装備。
戦争にでも行く気?
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