天導慈愛会。
安易な名称。
世間では「天慈会」と呼ばれている。
だが会員――信者数は、優に一万人を超える。
父をボロボロにした、あの邪悪な病院の経営母体――それが、天慈会。
天慈会のシステムは、実に上手く作られていた。
性別・国籍・貧富は問わない。
無論、慈悲ではない。計算ずくだ。
貧しい者達は、まず会の宿舎に住まわされる。
そして自分達が栽培した無農薬の農作物を低価格で販売する。
そうやって貧しい人々にも生活をさせる。
その過程で仲間ができ、働く喜びを知り、生きている幸せを実感できる……。
対外アピールの一環だ。
会が最も欲しているもの。
それは無論、金持ち。
その金持ちの膨大な寄付。
外面を美しくして、世間の信頼を勝ち取る。
そして一人でも多くの金持ちを入会させる。
一円でも多く寄付させる。
国籍不問にしたのもまた、計算ずく。
外国人に対して、未だ精神的鎖国を続ける日本。
疎外感に押し潰されている日本国籍を持たない者達が、大挙して入会した。
手付かずのマーケットを独占だ。
会に信仰すべき神は無い。
偶像崇拝も無い。
代表者――「樹光」なる男が「大地と自然からのメッセージ」を会員に伝える。
それは、教義にもなっている。
組織拡大のため、会は芝居を打ち続けている。
会員の子供を難病児と偽る。
その難病児に樹光が「大地と自然」からのパワーを用いる。
すると、その子の難病は完治する――胡散臭さ、ここに極まれり。
だが、ここで活躍するのが、父をボロボロにしたあの病院だ。
偽造のX線写真などを用いて、本物の医師(あの病院の医師であり、会員)が経過を報告する。
この国では未だに、医者は患者にとって雲上人。
その医師達の芝居の効果は絶大だった。
それでも、信じない者達は多い。
医師免許が印籠並みの力を持っていても。
しかし、信じる者達がいる。
必死にすがる者達がいる――実際に難病児を抱えている、親。
もちろん、樹光が治せるわけが無い。
そこで「大地と自然からのパワーが弱っている。人間達の環境破壊のせいで。さらなるパワーを引き出す必要がある」と言って、「パワー増進」のための「アイテム」を買わせるわけだ。
二束三文の代物を、目の玉が飛び出る程の値段で売る。
親達は、買う。
子供の命がかかっているから。
天慈会に医者の会員は多い。
会が運営する児童施設で、優秀な子供を医学部に進学させるから。
普通の医者が入会する例も多い。
科学者には、純粋過ぎる者が大勢いる。
会はそこにつけ込む。
「研究室だけが世界」の彼達を入会させるのは、海千山千の勧誘担当者達にとって、容易なこと。
医師を初めとする科学者達の存在と活動は、新興宗教特有の胡散臭さを消す役目を果たす。
科学者達は、消臭剤。
天慈会は集金マシーン。
金だけが目当ての組織。
金稼ぎに欲望と才能を持っている樹光が、業種として宗教を選んだだけに過ぎない。
医者や外国人、貧しい者ばかりの組織なら、叩き潰すのは簡単だ。
だが天慈会には、戦闘のプロがいる――あの病院の警備員達のように。
彼等の正体は元警察官、元自衛官など。
元から会員だった警官や自衛官から、会員になりそうな人間のリストを作成させる。
キャリア・ノンキャリア、刑事・公安、本庁・所轄の各対立、そして徹底した階級社会。
それらが要因となって、警察という組織に絶望した警官を巧みに引き込む。
自衛官はもっと簡単だ。
警察よりも厳しい階級社会。
そして、戦後日本の徹底した左翼教育による歪な軍事価値観。
その犠牲となっている灰色の組織・自衛隊。
愛想を尽かす者、絶望する者は続出する。
警官でも自衛官でも、そんな人間達は正義感の強い、優秀な者が多い。
樹光率いる天慈会は、彼達を海外の傭兵キャンプで鍛える。
警備のためではない。
樹光の、狂った野望実現のために。
"絶滅者 25"へのコメント 0件