絶滅者 6

hongoumasato

小説

2,986文字

断ち切られた金策。
そして「わたし」は覚醒にまた近づいていく。
異常な少女達の異常な情報交換、そして遂に「わたし」の力が垣間見える。

わたしは再度、闇金のことを調べました。
分かったことが一つ。
闇金は一度落ちてしまえば、二度と這い上がれない蟻地獄。取立て屋が催促する金は、借りた金の利子だけ。元金の返済など、眼中になし。
小額から発生する莫大な利子を永遠に払い続ける――出口の無い絶望の迷路。
母にいかがわしい仕事をさせる気は微塵も無く、弟の臓器なんて一片も渡す気が無いわたしは、自分でどうにかしようと思いました。
十二歳の少女が大金を短期間で得る方法。全うな手段ではとても無理。
そこで思い出した中年ヤクザの言葉。
「ロリータ専門の売春なら金になる」。

理沙。
わたしと同じクラスの少女。小学生なのに、妖しい艶を持つ少女。
理沙の母親は売れっ子の風俗嬢。理沙は、全くそれを隠しません。
わたしは他の生徒達と同様、一度も理沙と親しく話した事などありません。けれど、理沙の気性は知っています。だから単刀直入に尋ねました。小学校の昼休みに。
「お母さんの仕事について、聞かせてもらえる?」
「え! ビックリだ。いきなり話しかけられたと思ったら、孤高の美女が風俗に興味をお持ちで。で、何を聞きたいの?」
疎遠な人間からの、突然の不躾な質問。
でも言葉とは裏腹に、全く動じた様子が無い十二才の悪女。それどころか、面白がっている様子。さすがは売れっ子風俗嬢の娘。母一人子一人の家庭。理沙自身もまた、アンダーグラウンドな色に、早くも染まりつつあるのでしょう。
「登校拒否してる間宮っているでしょ。アイツのお母さん、有名なSMクラブの店長なんだ。アイツの所も母子家庭でしょ。間宮のお袋、店の経理を間宮に任せてるんだ。ほら、アイツ異常に計算できた奴だったから」
理沙の、年不相応の情報網には舌を巻きます。
「ま、間宮にしても今の環境の方がいいんじゃない? アイツ、クラスに全然溶け込んでなかったから。アンタとは違う意味でね」
悪びれずに堂々と言われ、苦笑するしかないわたし。
「で、うちのママね。ママは、風呂で男の体を洗ってんの。意味、分かるよね?」
わたしを見詰める小悪魔。
「あなたは、そういう仕事やったことあるの?」
呆然とする理沙。直後、理沙は腹を抱えて笑い出しました。
「無いって! まだ十二だよ! さすがにお巡りが黙っちゃいないって!」
理沙は苦笑半分呆れ半分でそう応じた後、わたしの顔を見て、少し驚いたようでした。
「アンタまさか……そっかあ、親父さん借金抱えてるんだっけ」
裏社会の情報網の拡散力の凄まじさを、痛感させられます。
しかも理沙はまだ、その予備軍。
「やるなら、やっぱロリコンね。だけど『勤め先』探すのが大変だよ。お巡りだって血眼で探してるけど、なかなか摘発できないもん」
なるほど。入り口で随分と苦労しそう。
「うちのママか、間宮に当たるか。でもロリコンは、確かに凄い金になるよ。小一時間、手握って歩いて、それで五千円が相場。これは美青年がホモクラブで稼ぐのと同額ね。アンタ可愛いから、真剣にやれば、月に三、四百万位稼げるんじゃない?」
正確な借金の額は分かりませんが、それだけ稼げたら、返済できるのでは?
でも次の理沙の言葉が、芽生え始めた計画を粉砕しました。
「禿げ上がった頭、いやらしくて気持ち悪い目、低くて潰れた鼻、いつもヌメヌメと濡れてる唇、見事な二十顎、たるみきった腹、気持ち悪い胸毛に汚くて臭いアソコ。毎日毎日、何人もそんな奴等を相手にできるなら、ね。プロのママが伝授してくれたコツはただ一つ。『セックスマシーン』に成りきること。ベルトコンベアみたいに、グロいオッサンどものアソコを処理すること。それが業界で長生きする、ひ・け・つ」
セックスマシーン……冗談じゃない! 想像するだけで吐きそう!
「私はストリッパーになるんだ! この綺麗な体一つで、金を稼いでやる! フェラの技術なんて磨かないよ。踊りは死ぬ気で練習するけどね」
「十二才らしい」夢を披露している理沙の言葉をしかし、わたしはもう聞いていません。
これで無くなった、金策の選択肢。セックスマシーン……唾棄すべき存在。
けれど近い将来、わたしは「キリング・マシーン」になるのですが……当時は無論、そんな事は知る由もありません。
父が不在の間も、取立て屋三人衆は我が家に押しかけました。けれど父がいないと分かると、アッサリ撤収しました。
父が家族を置いて逃げないと承知しているので、わたし達の在宅確認のみで満足なのです。父が金策に駆けずり回っていることを確信し、満足する取立て屋。
いい金づるができたと、嘲笑する鬼畜達。

その夜。夢の中に異形のモノが現れました。
わたしはもう、異形のモノを見ても恐怖は感じません。
異形のモノがわたしに伝えるものは全て、家族の重要な情報。それも、他に知り得る手段が無い貴重なもの。それはいつか必ず家族を救う――わたしはそう確信していました。ただ異形のモノがなぜ、わたしに情報を与えるのか? その意図は分かりません。
不意に、異形のモノが口を開きました。
「お前が生を受けし時より愛した住処から、お前とその家族達は追われる。邪悪な同族達と悪しき運命によって。その時は近い」
……何?
わたしは空虚な目で無表情に、異形のモノを見返しました。
この醜い怪物は、何を言っているの?
わたし達家族が、幸せの詰まったあの家を失う? わたし達の聖域が無くなる?
「そしてお前は己の真の姿と宿命を知ることになる。お前は……」
異形のモノが言い終わらないうちに、わたしの中で何かが音を立てて壊れました。
停止する思考。爆発する怒り。咆哮を上げる破壊の衝動。
細胞の一つ一つが「破壊」を体に命じました。
異形のモノに飛び掛っていました。黄色く濁った光を放つ目を見据えながら。恐怖も感じず。そうした行動に出た自分に、疑問も抱かず、驚きも感じず。
異形のモノの顔面に拳を叩き込みました。拳から電撃のように伝わる凄まじい衝撃!
グワシャッ!
何かが砕ける音。砕けたのは自分の拳ではなく、異形のモノの太い牙。
そこで終わらず、破壊を命じ続けるわたしの細胞。
頭部に打撃を受け、上半身がのけぞる異形のモノ。自然と突き出る無防備な下半身。
わたしは体を沈ませ、異形のモノの腹部にまた拳を叩き込みました。怪物の体内で、何かの臓器が破裂する手応えを感じました。
腹部を殴られた反動で、バネ仕掛けのように、前に戻ってくる異形のモノの上半身。
異形のモノの口から「ゴボリッ」と吐き出される緑の液体。
わたしは地を蹴り、異形のモノの両即頭部を両手で抱えて固定し、尖った膝を鼻に突き刺しました。緑色の液体が、異形のモノの顔面中央から凄まじい勢いで噴き出します。
着地したわたしは再び体を沈ませ、異形のモノに足払い。
呆気無く、地に倒れる異形のモノ。そこでわたしの細胞が、破壊終了を告げました。
一二才の華奢な体で、格闘技の心得も無く、決して高くもない身体能力。
翻って、相手は巨大な体躯の怪物。
けれど、この破壊とその結果を、当然と捉えるわたし。
ゆっくりと立ち上がる異形のモノ。
漆黒の闇に浮かび上がる怪物は、驚いたことに、全ての傷がすでに回復していました。暗黒の世界に広がる、何事も無かったかのような静寂。
「お前はまだ、その力を自在に操れぬ。だが時が来れば、宿命を果たすため、その力を意のままに用いることができる。時来るまで、力は見せるな」
そこでわたしは、本当の暗黒に落ちていきました。

2019年2月10日公開

© 2019 hongoumasato

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