風邪を引いて三、四日学校を休んだ。
風邪が治って学校へ行ってみたら、私の席には知らない子が座って勉強していた。私に新しい席は与えられなかった。
イヤな上司と仕事をしているうちに胃炎になってしまい、四、五日ほど休んで伏せっていた。出社してみたら私の席には知らない人が座って仕事をしていた。私に新しい席は与えられなかった。
いろいろなことに疲れて、一週間ほど家を留守にして旅に出た。帰ってきたら台所には知らない女が立っていて、夫の朝食を作っていた。私の服や持ち物がなかった。子供たちはすっかり新しいお母さんに懐いていて、私を見ても誰だかわからなかった。
それはないんじゃないか。ちょっとひどすぎる。
私は抗議をしに行った。
「まあ、お気持ちは分かりますがね」
儀礼上の相づちと職業的笑顔。
「原価自体は昔に比べてじわじわ上がってきているものですから、後は極力、ランニングコストを抑えて、なおかつ長期間の耐久性が必要とされるようになったのですよ。普通に稼働していても経年劣化は避けられませんし、あなたのように何かあるたびに操業停止ということでは、今どき、やってゆけないということですね」
「私は非生産的ということなんですか。粗悪品ということなのでしょうか」
「そこまでは言いませんけどね。ま、何事にも代替を用意しておくということは悪いことではありませんから、こちらとしても口出しはできかねるんですよ。生産停止だけは避けなくてはなりませんからね」
「では私はどうしたらいいのでしょうか」
「元の場所にはもう他の人がいますから戻っていただくわけにはいきませんが、ラインを移って、ほそぼそと生産を続けてもらうことくらいはできますよ。勝手に止めないということが条件ですが」
「それは約束できません。私の資質を変えることは不可能ではないにしても、相当困難ですし、時間がかかります。私には私の代替がきかないんです」
「いや、あなた自身に代替を作りだすこともできますよ」
「えっ?」
「劣悪なあなたの素質をそっくり入れ替えて、新しい中身にすることは可能です。外側は同じですが、内部は違うということです」
「そんなことができるんですか」
「できますよ。二階にあるリサイクル窓口までどうぞ」
そう言われたと同時に、次の人が私を押しのけた。
そこで私は二階へ行った。
窓口に置いてあった「再生申し込み用紙」に署名捺印して、一番奥のドアから中へ入った。服を脱いで下の浴槽へ飛びこんでくださいと言われた。その通りにしたら、浴槽はずいぶん下の方にあったので、ザブン! とすごい湯しぶきを立てた。浴槽には先客が何十人かいた。男も女も若いのも年よりもいた。みんなあんぐり口をあけて上から新しく飛びこんで来る人を見ていた。
することがないので私も口をあんぐりあけて上を見ていたら、女が一人飛びこんできた。見たような顔だと思ったら私だった。飛びこんできた新しい私も、口をあんぐり開けて上を見た。すると次に飛びこんできたのも私だった。
都合、256人ほどの私が飛び込んで来たところで、浴槽が窮屈になってきた。心配しなくても浴槽が一杯になったら次の加工処理場へ回されることになっているようだ。
「リサイクルったって、こんなにコストがかかってたんじゃ意味ないよね」
「まあ、半分は廃棄だからね」
オペレーターたちが話す声を頭上に聞きながら、ゴゴゴ、と浴槽は動いた。どこかへ運ばれて行く気配がする。
浴槽の底が開いてお湯が抜けると共に、中にいた人間もぽっかり空いた底へ吸い込まれた。ちょうど一人分のスペースが空いた底から滑り落ちると、丸木舟型のケース一つに一人が収まって、ケースはぞろぞろと水路を流れて行った。
水路途中にトンネルがあって、通過する丸木舟型ケースに幾つかのフラッシュを当てた。即時に中にいる人のリサイクル用途が決まるようで、トンネルを抜けたら水路が二股に分かれた。
最初の私は右側へ仕分された。内臓が丈夫だったのが評価されたらしく、心臓、腎臓、肺、肝臓などが一瞬のうちに除去されて保管ケースへ納められた。その後、ほどなく終点に到着して、丸木舟型ケースが縦に高速で回転した。超高温バーナーの窯の中へ放り込まれた私は、ジュッ、と小さな音を立てて蒸発した。
次の私も右側だった。病気がちだったせいか内臓は不要とされたが、豊かで長い髪の毛と下半身の皮膚が刈り取られた。
その次の私も右側で、今度は何も使えるところがなかったようだが、遺伝子にどこか良いところがあったらしく、卵巣を片っ方だけ持ち去られて、残りはそのまま窯へ放り込まれた。
左側へ行った私は口をこじ開けられて歯を総入れ替えされた。それから、頭にヘッドフォンを付けられ、何やら音楽を聴かされた。
左側へ仕分された者はおおむねこの通りだったようで、劣化した部分だけ修理して再度の生産へ携わることになるのだという。
新しい家に帰って、子供たちを話をしながら、はてこれで何度目のリサイクルだったのだろうと首をかしげた。
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