メニュー

「蟹の理」の読書感想文

曾根崎十三

読書感想文は苦手で、優秀作品にも全く興味がなかったけど、高校三年生の時に友人の本人作とゴーストライトした作文合計3本が表彰されたので、優秀作品集を読んだ。初めて「こういうのが求められてたんだ」と理解した。大学に入って妹の読書感想文をゴーストライトしたら県大会に出てしまった。ちなみに主題は「『春琴抄』に見る愛とエゴ」。作文通り過ぎて小論文だったので優秀作品集を読んだ経験は何一つ活かしていない。

エセー

2,039文字

伊藤なむあひさん作「蟹の理」の読書感想文。ちょっぴりネタバレ含む。アイキャッチ画像は毎度おなじみPhotoACから。

 

 

破滅派投稿作品でもない人様の作品の読書感想文を破滅派にあげる。暴挙かもしれない。電車かもしれない。ぼくらは生まれつき体のない子どもたち。

文学フリマに売ってる小説って怪文書みたいなの多くないですか。それとも、最近の小説ってみんなそうなの? でも、セミプロやプロの人も怪文書系な気がするので、世の中が怪文書に寄っているし、「これこそが芸術!」という風潮なのかもしれない。自分のようにストレートに右フックキメてくる小説ってあんまないし、型遅れなのかな、とも思う。だからと言って「ウケないので作風買えます」とも思わないし、思いたくもない。

こう書くと私が怪文書系が苦手みたいに思うかもしれないが、全然嫌いではないし、むしろ結構好きだ。その作者の味がわかりやすい。怪文書はさながらパフェ。凝ってあちこちにいろいろな装飾や、重ねて食べることを考慮された味のデザインが成されている。ただ、開く本開く本がみんな怪文書系だと「うっ」と胸やけしてしまう。パフェは「うひゃー!」と楽しくて美味しい欲張りセットみたいな食べ物で、定期的に憧れたり「いいなー! 食べたいなー!」とはなるけど、毎日は食べない。少なくとも私の体はパフェを毎日食べられるようにはできていない。そういう感じ。

伊藤なむあひさんの「蟹の理」を読んだ。出てきたじいさんの名前が「じゅうぞう」で「じゅうそうじゃん」と親近感だった。伊藤なむあひさんの作品ゴリゴリの怪文書系とそうじゃないのがあると勝手に思っているのだが、今回読む作品がどっちなんだろう、とすごくどきどきしていた。ここで怪文書系がくると、なんていうか、たぶん、私はかなりお腹いっぱいです、どうしよう、と思っていた。そう思って本を開いたら、小さな蟹が出てきた。蟹はちょこまか歩き回って私はそれを目で追ってしまう。電車で読んでいたけど、降りてからも歩きながら読んで、家に帰ってからも暗い寝室の出入り口座って読んで、人感センサーで点くライトが消えるので体を揺らして点け直しながら読んだ。おもしろくてたまらなくてページをめくる手が止まらない!!とかそういうアッパーなキマり方ではなくて、ちょこまか歩く蟹から目を離せないから座ったまま見つめ続けてるみたいなダウナーなキマり方だった。いや、なんていうか、やっぱプロやな、とか思った。(生意気な感想ですみません)不思議度合いと筋の通し方のバランスがめちゃくちゃ良くて、読みやすくて、感情がすんなりと入ってきた。こんなにも不思議なことが当たり前だったり、反対に「そこは当たり前じゃないんだ……」みたいになる話なのにパフェにはならなかった。おにぎりだった。具はちょっと変だった。蟹だったかもしれない。蟹ビームで撃たれるかもしれない。

小説を読んだり書いたりして泣く時というのは、ぐっと胸がつかえて目頭が熱くなって、ほぼそれで終わりで、涙がこぼれるとしても寝起きのよだれくらいの感じなのだが、それを私は「全俺が泣いた!」と思っている。そういう意味で蟹は全俺を泣かせた。ごろうが出てきたところと、たい焼きのところで電車だけど全俺は泣いていた。基本的に親子が引き離される展開と、幸せな夢を捨てて現実に戻る展開と、現実では失った幸せを何らかの形で体験する場面では大体「全俺が泣いた」になるのだが、蟹はいずれにも当てはまらないのに全俺を泣かせた。蟹はただの蟹。途中で「あれ? こいつもしかして結構デカいのでは」とかも思ったけど、まぁそんなことは大したことではなく、私の目の前では片腕の大きい蟹がちょこまかと歩いていたのである。たし蟹。

そして、目頭が熱くなる場面ばかりが良い場面なのではない。とびぬけた名場面があるから名作なのではなく、全体を通した大きな流れ、そしてひとつひとつの場面が粒がしっかりしていて味わいがある、そういう名作だと思っている。一口食べて「おいしい!」となるだけがおいしさではなく、もぐもぐ噛んで飲み込む段階で「ああ、おいしいなぁ……」としみじみ思うようなおいしさ、そういうおいしさでした。「蟹の理」は。本って抵抗なんです。人生は一度だから。ああ、そうか。そうだったんだ。そうだよな、ってなった。そうか。あ、そうやって書いてたんだ、あ、そうやって今、ずっと積読してたくせに急に覚醒してまた読書を始めたんだ自分は、って思った。しっくり来た。腹落ちした。抵抗したいんだ。これは抵抗だ。蟹が、じゅうぞうが、不意に自分に語り掛けてくる瞬間というのがあって、それは感動だとか、感銘を受けたとか、そういう衝撃的なものではなく、「あ、そうか」みたいなふとした気付きなのだ。

私の人生にも、あなたの人生にも蟹アンドピースを。いや、でも、あなたも私もきっと蟹じゃなくてたぶん人なので、じゃあ、人アンドピースか。人アンドピース。

© 2026 曾根崎十三 ( 2026年10月4日公開 )

読み終えたらレビューしてください

みんなの評価

0.0点(0件の評価)

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

  0
  0
  0
  0
  0
ログインするとレビュー感想をつけられるようになります。 ログインする

著者

この作者の他の作品

この作者の人気作

「「蟹の理」の読書感想文」をリストに追加

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 あなたのアンソロジーとして共有したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

"「蟹の理」の読書感想文"へのコメント 0件

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る