あるところに、聖女さまとよばれる人がいました。聖女さまが右手でそっとふれると、どんな病気もけがも、たちどころに治ってしまうのです。聖女さまは国じゅうを旅していて、行く先々で、人びとは聖女さまをあがめました。聖女さまの左手には、いつもひじまでとどく黒い手ぶくろがはめられていました。どうしてなのか、だれも知りませんでした。
わたしの村には、目の見えない男の子がいました。わたしと同じ、九つくらいの子です。男の子はいつも、井戸のそばの大きなかしの木の下にすわっていました。家族はいなくて、村の人たちが、かわりばんこに食べものをとどけていました。わたしも、ときどきパンを持っていきました。
「ありがとう」
男の子は、見えない目をわたしのほうに向けて、そう言いました。
「どうして、わたしだってわかるの」
「足音でわかるよ。きみは、いつも右足をちょっとひきずるから」
わたしは、まっ赤になりました。前の年に転んでから、右のひざが少しいたかったのです。だれにも言っていないのに。
男の子は、ふしぎな子でした。「あしたは雪がふるよ」と言えば、本当に雪がふりました。「となりのおばさんの牛が、今夜子どもを産むよ」と言えば、本当にそうなりました。
男の子には、これから先に起きることが見えるのだと、村の人たちはうわさしました。でも、ときどき外れることもありました。「あしたは晴れ」と言ったのに、ざあざあぶりになったこともあります。そういうとき、男の子は少しさびしそうに笑いました。
「ぼくの見る未来は、ぜんぶがあたるわけじゃないんだ」
大人たちは、だんだん男の子をこわがるようになりました。この子が悪いことを言うと、それが本当になってしまうのではないか。この子が悪いことをよびよせているのではないか。そして、いつのまにか、男の子の目は見えなくなっていたのだと聞きました。わたしが村に来る前のことです。どうしてそうなったのか、大人たちはだれも話しませんでした。
わたしが聖女さまに会ったのは、九つの冬のことです。わたしは何日も熱がさがらず、ふとんの中で、天井がぐるぐるまわるのをながめていました。お母さんがわたしの手をにぎって、ずっと泣いていたのをおぼえています。そこへ、村に聖女さまが来たのです。あとでお母さんに聞いた話では、その日、村じゅうの人が道ばたにならんで、聖女さまをむかえたそうです。冬なのに、どこからか花をつんできて、聖女さまの足もとにまく人もいました。足の悪いおばあさんも、せきのとまらない赤ちゃんも、聖女さまの右手にふれられると、たちまち元気になりました。人びとはひざをついて、聖女さまをおがみました。聖女さまは、少しこまったような顔で、「わたしは、さわっただけですよ」と言ったそうです。
それから、村でいちばん具合の悪い子どもがいると聞いて、まっすぐわたしの家に来てくれたのでした。聖女さまは、わたしのおでこに右手をのせました。ひんやりして、雪みたいな手でした。すうっと、体の中のあつい石がとけていくような気がして、わたしは目をあけました。天井はもう、まわっていませんでした。ふしぎなことに、右のひざのいたみまで、きれいに消えていました。
「もうだいじょうぶ」
聖女さまはそう言って、ほほえみました。
その顔が、ほんの少しだけ青白く見えたのは、たぶん、わたしの熱のせいだったのだと思います。そのときは、そう思いました。
聖女さまは、かしの木の下の男の子にも会いに行きました。村の人たちは、やめておけと言いました。あの子はえんぎが悪い、と。けれど聖女さまは、男の子の前にしゃがんで、その目に右手をあてました。男の子はゆっくりまばたきをして空を見あげました。村じゅうの人が、息をのみました。男の子はそれから、聖女さまの顔に目をうつしました。そして、なぜだか、そのままじっと動かなくなりました。何か、とてもおそろしいものを見たような顔でした。
その夜、男の子がわたしの家の戸をたたきました。はじめて見るわたしの顔を、男の子はしばらくながめていました。
「きみ、こういう顔だったんだ」
「へんな顔?」
「ううん」
男の子は首をふりました。それから、まじめな顔で言いました。
「ぼく、聖女さまといっしょに行くことにした」
「どうして」
「やらなきゃいけないことがあるんだ」
男の子はそれ以上、何も教えてくれませんでした。
「さよなら。でも、また会えるよ」
次の朝、聖女さまは村を出ていきました。あの男の子も、いっしょに。
それから、しばらくしてのことです。おかしなうわさが、村にとどくようになりました。黒いけものが突然あらわれ人をどこかにさらっていくというのです。となりの村ではすでに何十人も連れ去られたという話を聞きました。やがて、うわさは本当だとしりました。村はずれの粉ひき小屋のおじさんが、ある朝、いなくなっていたのです。小屋の前の土には、大きなけものの足あとがのこっていました。
村の力じまんの若者がけものがおそってくるところを待ちかまえてやっつけてやるといきまいていましたが、あっけなく次の日には連れ去られていました。何日かしてです。連れ去られたと思っていた若者がボロボロの身なりで戻ってきました。彼はどうにかけものから逃げてきたというのですが、彼はしんじられないことを口にしました。人をさらって石にしているのは、あの聖女さまだと。聖女さまが黒い手ぶくろをはずして、左手で人にふれると、その人はかたい石になってしまうというのです。若者は石にされる寸前で命からがら逃げてきたというのです。
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