父が死んだ夜、私は蔵にこもり、代々の観相図譜を一冊ずつ開いていった。
埃と古墨の匂いが、鼻の奥を刺すように立ち込めていた。行灯の灯りは弱く、棚に並んだ写本の背表紙を、ぼんやりと橙色に染めている。指先が触れると、紙は乾いた骨のように冷たく、ところどころで微かにざらついていた。頁をめくるたび、かすかな虫の死骸や、百年以上前に誰かが落としたと思しき鱗粉のようなものが、静かに舞い上がった。
我が家に伝わる観相図譜――人の顔の造作から、その者の性質や運命を読み解くという、旧い学問の写本である。文明開化の世にあって、こうしたものはもはや迷信の名残に過ぎない、と私は思っていた。西洋渡りの骨相学を修めた身として、頭蓋の凹凸や角度を測る学こそが、これからの世を照らす光であるはずだった。だが父は死の間際、私にこう言い遺した。「図譜を継ぐことだけは、やめてはならぬ」。
思えば、父は生前、図譜について多くを語らなかった。私が骨相学の書物を持ち帰るたび、父は咎めもせず、ただ寂しそうに笑うだけだった。「お前の学問も、いずれ図譜と同じ道をたどるのかもしれぬな」――冗談めかしてそう言った父の顔を、私はまだ覚えている。あの時は聞き流したその言葉が、蔵にこもる今になって、妙に重く胸にのしかかっていた。
写本は、当主が代替わりするたびに新しく作られる。まず巻頭に「始祖の顔」を写し、次に代々の顔の記録を書き足し、最後に、当主自らの観相を描き加えて締めくくる。それが習わしだった。だが、どの代の写本にも、必ず一頁だけ、欠けている。虫食い、あるいは火事による焼失――そう伝えられてきたが、欠けているのは決まって、当主自身の顔を描くはずだった、最後の頁だった。
私は、代々の写本の落丁の頁番号を、紙に書き出してみた。三代前は二十七頁、二代前は十九頁、先代――父の代――は三十三頁。一見、何の規則性もない数字に見えた。だが、それぞれの代に家に起きた出来事の年を並べてみると、頁番号は、その年に家の者が亡くなった月の数――閏月を含めた数――と、寸分違わず一致していた。偶然にしては、あまりに精緻な符合だった。
私は蔵の隅に積まれた過去帳を引っ張り出し、一枚一枚、丁寧に照らし合わせた。夜が更けるにつれ、行灯の油が減っていくのも忘れて、数字と数字を突き合わせ続けた。すると、単に月数が一致するだけでなく、閏月のある年には、落丁の頁番号が必ず十三で割り切れる数になっていることにも気付いた。これほどまでに精緻な規則が、単なる偶然の産物であるはずがない。むしろ、誰かが――あるいは図譜そのものが――意図してこの符合を刻み続けているのではないか、という考えが、私の中で次第に形を成していった。
巻頭の「始祖の顔」を写す段になり、私はさらに奇妙なことに気付いた。もっとも古い写本を開いても、そこに描かれているのは、輪郭線だけの、のっぺりとした余白に近い顔だった。目鼻の位置に淡い墨の滲みがあるばかりで、誰の顔とも判じがたい。代々の当主は、この曖昧な輪郭を、それぞれ思い思いの筆致で「始祖の顔」として写し取ってきたに過ぎないのではないか、と私は思い至った。つまり、始祖の顔とは、最初から誰の顔でもなく、写す者自身の解釈が映り込む、鏡のような余白だったのだ。
試みに、三代分の写本を並べて、始祖の顔を見比べてみた。すると、面白いことに気付いた。眉の形も、目の大きさも、代によって微妙に異なっている。三代前の写本では、始祖の顔はどこか厳めしく、四角い輪郭をしていた。二代前では、それがやや丸みを帯び、優しげな面立ちに変わっている。まるで、写した当主自身の顔つきが、そのまま始祖の顔に映り込んでいるかのようだった。もしそうであるなら、始祖などという者は、そもそも存在しなかったのかもしれない。ただ、写す者の顔だけが、代々受け継がれてきたのだ。
ならば、と私は考えた。当主が自らの顔を描こうとした瞬間に頁が失われるという現象も、迷信ではなく、単なる自己検閲――己の顔を客観的に描くことへの羞恥、あるいは畏れが、筆を止めさせてきたに過ぎないのではないか。骨相学の精緻な計測法を用いれば、私は誰よりも冷静に、自らの顔を描き切ることができるはずだった。
私は最後の頁を開き、鏡を傍らに置いた。頭蓋の傾き、眉間の角度、耳朶の位置――一つ一つを、数値で捉えるように、丁寧に線を引いていった。筆が進むほどに、妙なことに気付いた。描かれていく輪郭が、私自身の顔よりもむしろ、あの「始祖の顔」――目鼻の淡い、のっぺりとした余白――に、少しずつ似通っていくのだ。
馬鹿げている、と私は思おうとした。だが筆を止めることができなかった。
輪郭を描き終え、目を入れようとした、その時である。手元の鏡に映る自分の顔が、紙の上の顔と重なっていることに気付いた。いや、正しくは――どちらが鏡で、どちらが紙であるのか、私にはもう判じがたくなっていた。
筆を持つ手は、まだ動いている。だが、それを見ている「私」は、いつの間にか、蔵の外にいるようだった。行灯の灯る蔵の中で、一人の男が、机に向かって一心に筆を動かしている。その背を、私は紙の内側から――否、図譜の余白そのものから――静かに見つめていた。
妙なことに、恐怖はなかった。ただ、長い間探し求めていた答えに、ようやく辿り着いたような、静かな納得だけがあった。父が「図譜を継ぐことだけは、やめてはならぬ」と言った、その真意も、今ならわかる気がした。継ぐとは、写すことではなかった。継ぐとは、いつか自らが写される側に回ることだったのだ。
その顔は、かく記される。
眉間、狭く、思慮深きに過ぎたり。目、理を求めて、情を見失う相あり。この者、代々の落丁の理を解かんとして、自らその理となれり。
次代の当主が、いつかこの頁を開くだろう。そして、始祖の顔として、この輪郭を写し取るに違いない。その者もまた、いつか同じ鏡を覗き込み、同じ問いに行き当たる。落丁とは、消えることではない。ただ、次に写す者を待って、静かに息をひそめているだけなのだ。
蔵の外では、もう夜が明けかけている。誰かが、私の名を呼んでいる。だが、その声に応える口を、私はもう持たなかった。
完
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