作品のプレゼンは、Aチームから1作品ずつ行い、Jチームまで行ったら、またAチームから行うというルールだ。
チーム順になっているので、もう順番は開始前から決まっているようなものだ。
あまり公平とは言えない。できれば抽選ぐらいは行ってほしかった。
しかも、これより先に審査は終わって受賞作は決まっており、プレゼンの出来栄えは勝敗には無関係だという。
どうなんだろう。
とはいえ公表前なのだから、そんなものは運営の胸先三寸でどうにもでなる。大逆転の可能性がゼロだなんて神様でもいい切れやしない。
ここは全力をぶっこんでおいて損はないはずだ。
やれるだけことはやろう。
我々はHチームだから、1作品目はともかく、2作品目は相当後半になる。
聞く方もくたびれて、あんまり話が頭に入ってこない時間帯だろう。これは不利だ。
だいたい2日間も戦ってもうヘトヘトだ。さっさと一杯やりたい気分でいっぱいだろう。
そんなところに通り一遍のご説明をだらだらと申し上げのでは、即時導眠間違いなしだ。
Aチームからプレゼンが始まった。
多くのチームはBCCKSの販売画面を表示して、書影を見せながらだだっとあらすじを説明した。
作家の話はあまりしない。
中には編集者自身の自己紹介を長々を行うチームもあった。
ぼくには作戦があった。
時間は限られている。
述べることは述べ、余分なものは削ぎ落とすべきだ。
故に、自己紹介は一切割愛した。
編集者は黒子である。自己主張の必要は一切ない。
自分のことには一切触れず、作家の紹介を中心にすることとした。
また、作品のあらすじをたどるのもやめた。
数千文字の作品のあらすじなど説明する必要はない。読めばすぐにわかるからだ。
むしろお楽しみを奪うだけではないか。
ただ、なんの物語なのか、その背景は述べることにした。
そして何より、ここでしか伝えられないことがあった。
作家本人のことだ。
ノベルジャムにおいて、より重要なのは、何を書いたかより、誰が書いたかである。
と、そのように考えた。
一部の大人気ない人を除き、多くはアマチュア作家、あるいはかつてのプロ作家らである。
オーディエンスに彼ら自身に興味を持ってもらわずに、何をアピールするというのか。
ということで、ぼくは、作品2本ではなく、担当作家2名をプレゼンするというコンセプトで計画を練り上げたのだった。
まともなプレゼン資料を用意しているのは、ぼくら以外には1、2チームだけだ。
高橋文樹チームのプレゼンは巧い。さすがに場数を踏んでいる。
イケメンが流暢に作品を紹介していく。しかも編集の自己紹介はナシだ。気付いたか先生。
まさしく強敵である。おそろしい子(白目)。
ほどなくしてHチームの出番がやってきた。
ぼくは米田淳一を1本目にもってきた。
まず、米田淳一を紹介する。
メジャーデビューをしている作家だが、いかんせん現役第一線というわけではなく、近年はセルパブ畑が活動の中心であるから、ここは改めて格の違いをアピールする必要がある。
そして日産文字数5万字もぶちかましておく。
そんな物量攻撃兵器が生み出したのが、この『スパアン』だ。
みなさんこの建物に見覚えはありませんか?
よく知ってるはずです。
しかし、この建物がよく知られるようになる前、そこには知られざる螺旋階段があったのです。
そこで繰り広げられた、今はもうどこにもない、小さな物語。
作り込んだスライドショーでどうにか喝采を呼ぶことができた。
そして、スライドの見方もオーディエンスに示すことができた。
それこそが、米田作品を1番目に持ってきた理由だ。
波野はこのようなスライドをどのように読み上げるのか、それを印象づけておきたかったのだ。
プレゼンは続く。2巡目はさすがに編集者の自己紹介は減り、作品の紹介が中心になった。
しかしそれでも作品のあらすじ中心で、原稿すら用意していないチームがほとんどだった。
それだけ余力がなかったと言えばそれまでだが、何をすべきかを想像できていればもう少し準備はできたのではないかと、思う。
弁護するとすれば、編集者はあまりプレゼンをしない。
ぼくはアプリの売り込みなどをこの数年行ってきたのと、PTA会長としてLTなんかをやったりもするので、他の参加者より少しだけ場数を踏んでいて、こういう場で何をすればいいか想像ができた、ということはあるかもしれない。
ただまあ、ちょっと張り合いはなかったかな。
案の定、後半はどんどんダレてきていた。一時間近く、十数本も同じような説明を聞かされれば、誰でも眠くなる。
プロジェクターのために少し暗めにしているからなおさらだ。
それは想像できた。
そんな状態で何かを語っても、当然耳には入らない。言葉はもはや無力だ。
スタンバイができたところで、ぼくは澤さんに合図を出した。
ギターの演奏が始まる。
観客の誰もが、BGMだと思ったにちがいない。
しかし、ぼくは無言でスライドをめくり続けた。
耳に入らないのであれば、言葉はいらない。
ギターの演奏だけが会場に響き渡っていた。
ぼくは澤俊之の魅力をスライドショーに込め、黙って示し続けた。
まあまあウケたと思う。
演奏は素晴らしかった。
そしてなにより、してやったりとドヤ顔ができたのが嬉しかったのだ。
これで、ぼくのできることはすべて終わった。
勝利のためにやれることは全部やった。これ以上はない。何も出ない。
もう1つなんかやれって言われても何も思いつかなかっただろう。
それだけやりきったのだ。
疲れた。
スポンサーさんのプレゼンが続く。
会場には熱狂の余韻が残っていた。
ぼくは2人の戦友をちらりと見た。
まったく異なるタイプの作家2人。
彼らを手ぶらで帰らせるのは嫌だ。
しかし、2人とも受賞させるだけの力はぼくにはないだろう。
せめてどちらかに栄光を、とぼくは思った。
そして。
いよいよ結果発表のときがきた。
つづく
"担当作家を、全力でアピールする。それこそが編集者の務め"へのコメント 0件