死んだ祖母の家を管理する事になった。管理と言っても、ただそこで暮らしてくれ、と言うだけの事だ。その家は空き家になっていた。それで家が傷むという。一時間くらい歩いた所に御所野イオンもある為、そこまで不便じゃないと思えた。祖母の家は田んぼの中にある。田舎だ。近くに山もある。その山の斜面の所に母方の墓がある。家屋はもう大分ガタが来ていた。雨樋も取れかけていた。平屋。玄関は田舎だから引き戸。土間、三和土がある。門は無い。ただ敷地内に入る時ちょっとした小道がある。周りには目隠しの為の木々が立っており、その周りに植物が生えている。納屋は二棟。勿論今はもう使われていない。そんな所。そこに住んでほしい。それでいいからと言われた。私は住む事にした。
家の裏、二棟ある納屋の間の空間にはバスケットコート程の大きさの畑があった。子供の頃、夏になるとそこにトマトやらきゅうりやらナスが生っていた。しかし当然の事ながら既にそこも荒れてしまっていた。雑草などが繁殖しているだけの状態。台所で料理をしたり、洗い物をしている時その様が見える。台所に大きな窓が備わっているからそれが見える。屋内の光が畑に届く。納屋を超えた向こうは田んぼだ。夜になるとそこはもう見えない。家の裏の畑だけが暗闇の中に見える。
納屋に行くと鍬があった。子供の頃の記憶を頼りに裏手の水道も探し当てた。まだ水が出るかどうか心配だったが、最初の少しだけ茶色い水を吐いた後、すぐに透明になった。
私は畑だった場所を耕す事にした。ネットなどを見ながらどのように整地していけばいいのか確認し、まず雑草を抜いた。最初の日は素手だったが、それだと無謀だと気がついてイオンに行って軍手と水道につなげるホースを買った。雑草を全て抜き終わると鍬を入れた。鍬を使って地面を掘り起こし、土に肥料、堆肥を混ぜた。肥料は農協に買いに行った。田舎だからコンビニよりも農協がある。耕し終えてから、何を植えようかと、どうしたものかと悩んだ。何も考えていなかった。
迷った末に、バジルを植える事にした。以前、ピザ生地を自作していた時の記憶が自分の中に浮かんできたからだ。自作していたピザ生地を引き延ばしてトマトソースを塗りたくっていた時、これジェノベーゼソースでもいいのではないかと、その様な事を考えた。その後すぐにスーパーにバジルを買いに行った。しかし、バジルというものを欲しがる人間などこの世には存在しないのか、私の周りのスーパーにバジルは売っていなかった。バジルソース。ジェノベーゼソースが売っている所はぽつぽつとあったが、それらは小さい容器のくせにどうにも高く思えた。それ故、自らでバジルを栽培しようと思った。昨今は流行りなのだろう。家の周りのどこぞかしこぞにレンタル農園があった。そこの一つに見に行こうとしたりもしていた。しかし結局なんやかんやの内に私の中のピザ熱は冷めて、バジルを栽培しようという計画は頓挫した。
バジルを植えよう。バジルを植えてバジルソース。ジェノベーゼソースを作ろう。そう考えた。それでまたピザ生地を作って塗りたくろう。パスタソースとして使ってもいい。バジルだ。バジルを植えることに決定した。
バジルにもいくつか種類があるらしい。スイートバジル。レモンバジル。ブッシュバジル。ホーリーバジル。ジェノベーゼバジル。それらの苗。全てが農協に売っていた。驚いた。この地ではバジルの需要があるのかと思った。最初ジェノベーゼバジルだけにしようかと思ったが、せっかくだからと考え直し全種類購入した。それらを耕した畑に植えた。
ネットでバジルの育て方を見ると、バジルは乾燥に弱いのでよく水を与えてあげましょうと書いてあった。しかし別の場所では水の上げすぎは良くないですと書いてあった。また、葉が増えてきたら追肥しましょうとあった。摘心は茎の先端から。傷んだ枝や込み合ってる枝を切り戻しすることで株が若返り、収穫量が増えます。と、そう書いてあった。
それから三週間ほど経つとバジルも大分育った。明らかに大きくなって葉も沢山備わった。そろそろ収穫だろうか。そろそろピザ生地を作成した方がいいだろうか。そんな事を思案した翌日、朝起きて台所の窓から外を確認するとバジル畑が何者かによって荒らされていた。それを見た瞬間、叫び、慟哭した。我が子をレイプされたような痛みを感じた。
その日の夜。電気を消して就寝した事を装い、私は納屋に隠れてバジル畑を見張った。
少し経つと、私の前に、畑に、バジル畑にシカが現われた。近くの山から下りてきたのだろうか。警戒心の欠片も無い様なシカが。畑の敷地の中にニホンジカが。現れた。舐め腐っているのだろうか。一頭だけの。一頭だけで。白点病の様な模様を体にあしらったシカが。糞シカが。そのシカがバジルを食べだした所で、私の仕掛けた括り罠に捕まった。罠具は納屋の中にあった。ネットで調べながら使い方、設置の仕方を学んだ。罠具はもう古びていたので、全く期待はしていなかったが、よほど奴は、シカは間抜けらしかった。
小型犬、チワワやポメラニアン、スピッツの様な鳴き声を上げてその場、その周りをぴょんぴょんと飛び回って逃げようとするシカを私は二棟ある納屋の片方の中に繋いだ。元々トラクターが置いてあった場所に。そこにシカを逃げられない様にしっかりと繋いだ。そのシカはメスらしかった。自分とほとんど同じくらいの体の大きさ。体格をしたシカ。
次の日、私の事を見た途端に鳴き叫びだしたシカにエサとしてバジルを与えた後、ホースの水で洗体した。レイプしようと思ったからだ。このシカを。バジルをレイプされたから。だからレイプしてやろうと思って。水をかけるとシカはまた鳴き出した。おとなしくなるのを待つ方がいいんだろうか。いやそうじゃ無い気がした。そんな訳ない気がした。
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