3年L組 伊八先生

ほろほろ落花生

小説

3,826文字

これは私の亡き師の作品です
02

オープニングソング 人として (作詞 おれ  作曲 しるか)

 

「遠くまでみえる道で きみの手を にぎりしめた てわたす言葉もなにもないけど 思いのままに生きられず 手元に石のつぶて投げて じぶんを苦しめた愚かさに 気付く わたしはかなしみ繰りかえす そうだ 人なんだ 人としてひとと出会い 人としてひとに迷い 人としてひとに傷つき 人としてひとと別れて それでも人しか愛せない」だと?
言おう<にんげん>に甘えるのはよせ。ポスト・ホロコーストの現代にあってじぶんが人間であることをこれ以上も弄ぶのはよせ。てわたす言葉がない無目的性に加えてあろうことか他者を傷つける己れを「人なんだ」とかいう法則に胡座かいて予告する。あげくの果てに石のつぶてをぶん投げる。愚かだと分かっているなら少しでも愚かじゃなくなるよう努力すればよいのである。なにが「思いのままに生きられず」だ。たれか思いのままに生きてる人間がいるかね。クソ戦後民主主義め。図々しいとおもう。

 

     第1話  伊八ついに赴任する

 

伊八の桜中学への赴任が決まった。伊八は22年もかかって今春に教員採用試験にうかった傑物でだからといってやる気もなかった。もはや49歳である伊八は世間に対して完璧に脳天カンカンに怒っていた。じぶんというアメリカ大統領級の逸材をあいつら世間は22年間も干しやがった。いや高校2年から数えれば32年もだ。おれは人生のいちばん美しい季節から損なわれたひと夏のロマンスもホワイトクリスマスイブの白い吐息のはにかみからも。いまさら1ミクロンもおれを許してたまるか。おれが生きているという事実をこのクソ世界を認めるものか。・・・・絶滅だあ! ぜんぶ皆殺しだあ! ぴくぴくとニューロンの振動する伊八は熟れはじめのおまんこを1人もとりこぼさずむしゃぶり尽くしてやろうと誓う。そのために教師になったのである。
まだある。夢を追いかけようなんぞと甘っちょろいことをぬかしているガキどもに本物の現実を思いしらしてやる。じぶんの憤憤と暗黒に培かった健全なるこの死生観を吹きこむことで憎たらしいマスメディア(少年ジャンプとか)からやつらを解放してあげよう。女たちはおれを尊敬してこのちんぽへ群らがってくることだろう。できればテニス部の小麦色に日焼けした少女がよい。おれが不器用な腹筋の打つたびに少女の白いユニフォームは汗ばみ幼い分泌物のにおうショートカットがさらりとゆれるのだ。早熟で不完全なフェロモンの印象する木綿のパンティのレモンイエロウのしみ。ほこりの立つちいさな部室。・・・・ああ畜生このおれを32年も干しやがってと伊八は苦吟する。なぜならじぶんよりもはるかに得をしてきたそして今もしているだろう奴らが確かに存在する不条理。親譲りの無鉄砲に甘えたばかりにいつも損ばかり選択してきた今じゃ嘘っぱちの自己充足。伊八はAM5時にとび起きるや俊足で桜中学へのりこんだ。
伊八は国語担当であるが実際は手びろく説教するつもりでいた。最近の中学は物騒であるとなにかの週刊誌で読んだ記憶がある。たしか「バタフライナイフ」とかいうとんでもない刃。抑止力としてきのう伊八は近所のホームセンターで1発の手榴弾を購買しておいた。ちょっとでも危険らしくなったら躊躇なくアメリカ式で執行するつもりだ。おまえらコワッパどもが何人こようともおれには絶対にかなわぬのだ大衆は実のところ支配されることを望んでいるカリスマの圧倒を求めているそんな秘密の逆説を今日じゅうに体のしんまで開明してやろうクラス全員のおれに開明するまで今日は帰るまいぞと思考した。ひょっとしたら今日じゅうにやれるかもとも思考しケツ毛もそっておいた。もちろん伊八は教育基本法はおろか児童の権利条約も知らず憲法の前文すら退けていた。
桜中学は生徒数1200名かつ教師64名(校長1教頭2)かつ非常勤講師7名かつ保険医2名かつ用務員1名の伝統の古い公立校でその校是は「いつもニコニコ元気で創造力あふれる自主的な生徒」。その「いつもニコニコ元気で創造力あふれる自主的な生徒」と書かれた石(2メートルぐらい)に憤怒してなにかの呪いをわめき唾をひっかけげひひと笑った5時30分。その後に用務員のじじい(52歳)へ軽い気持ちから会話しかし結局はいろいろしゃべりすぎ2時間いろいろあってもみあいの喧嘩におち(伊八はかろうじて勝った)なんだかんだと8時。職員室はすでに職員であふれている。じじいの野郎のせいで予定構想が大幅に狂っちまった。職員室のドアの前。・・・・All or Nothingからなんだか急に辞めたくなった。いったん「辞めたい」という発想の起こると瞬時に膨れあがり圧倒的現実にまで瞬時に膨れあがり辞めなければこの先を絶対に生きられぬという達観にまで瞬時に達するのが伊八の常である。文学的誠実をすこし感傷し「太宰」をつごうよく想いさっそく辞令を八裂きにやぶり衝動がわらいポケットにつめこみどうでもよくなって便所へかけこみ水洗に流した。あとは誰にも気づかれずに職員用玄関をぬけるのみである。いいわけは「じつは昨夜に父が亡くなって・・・・あっすいません。着信きました」とだけで受話器を切ってすみやかに電話線をぬきあとはうやむやにしちまおうと段取りもつつがなく玄関を出ようとしたら「あなた伊八先生でしょ」の声。ふり返るとその歳55くらいの卑しく酒焼けしたどす黒い事務員。「あなた伊八先生ですよね。でしょ。職員室でみながお待ちですよ」「いや、高橋だけど」「伊八先生でしょ」「え、そうだけど」「みんなお待ちですよ。さあ」「あっ 忘れてた」。ああくだらない事務員ごときも処世できなかったぎりぎりでまたも損を選択してしまったそしてこれからも選択してゆくのであろうおのれのシナプス回路への憎悪と水洗へすでに流しちまったちりじりの辞令をどう釈明しようかの理性との2項対立のめまいにくらむ油あせのなか伊八はへなへなの背広で職員室に立っていた。家に帰ってドラクエ6のつづきをやりたいと思った。人魚からマーメイドハープをもらったいまいちばん楽しいところだ。泡船で難破船からさいごのカギをとりたいと思った。さいごのカギさえあればまじんのよろいもとれる。ハッサンに着せるのだ。すばやさが0になるがままよふぶきやほのおにもつよいし。いま伊八は十数人の教員に囲まれている。
最初ここへ入ってきたとき事務員はまず伊八を教頭のところに連れていった。この中学校には教頭が2人いるが1人は花札とばく容疑でいま監獄にいる。校長はまだ出勤してなかった。目のまえにいる教頭は6つボタンの濃緑スーツの着用した完璧になめた若造(小野シンジ)であり伊八の20歳は年下だろう。不条理に殺したくなる。どぎつい赤シャツ。シャネルの「エゴイスト」ぷんぷんとむせ返らせ長いまつ毛をゆっくりとひらいた「たしか伊八君は**帝國大学の仏文科だってねえ。ぼくも**帝國大学だよ。あのころ暴れてたから教養学部のフランス表象だけどね。Ha ha ha」と笑う。何がおもしろいのか伊八には知れぬがこいつにはおもしろいのだろう。その後「**帝國大学」をネタに十数人の平教員がぞろぞろと寄ってきて質問を浴びせかけてきた。
したたる油あせをぬぐおうとポケットよりハンカチをとろうとしたら指にふれる冷ややかな金属。思い出しそのまま手ごこちよい手榴弾をにぎりしめていた。くだらないセックス・マイホーム族どもの質問責めはさすがにねちっこく伊八の神経を苛立たせマジくだらねえザコどもの小競りあいだ執行しちまうか。静寂におれは勃起するだろう。しかし伊八は動かない。伊八はなにごとにも突発だがそれゆえ訳もなくふと冷徹になる。これは矛盾しない。閉鎖社会において嫉妬や敵意にまさる害毒はない。嫉妬や感覚はおのれを盲目にさせ彼のほんとうに闘うべき敵を見失わせる。伊八には敵があった。

 

以降は断片

 

国語教師のドン「ニッタ」。暴力は「坊ちゃん」と変わらないがここでは文学のやりすぎのため完璧に発狂している。精神科医員を6人殺した経歴があり血を見ると怒張する。人権の観念の欠落しており懲戒免職ざた29回(しかし次の日には学校にいる)。後の伊八の相棒。

国語教師の派閥「芸術至上派」と「私小説派」。国語教師はみな文学賞を目指している(1人は「群像」の第2次選考まで)。陰謀の毎日。ある日「私小説派」から分派が「破滅派」を結成。不登校児童をたらしこみ不登校教師も啓発してテロ。「金八」のパロディーから感傷的・戦後民主主義的・大衆の反逆的ヤンキーどももまきこんで桜中学のすさまじい荒廃。放送室占拠「おれたちは自由がほしいんだ!」。伊八が一酸化炭素であぶりだし円満解決。中島みゆきの「世情」のながれるなかニッタがもれなくしりの穴を追いそして貫くスローモーションシーン。

 

岩崎パナ江。手榴弾を投げんとする伊八へそのあどけない童顔を崩し獣性むきだし「もう一度やりなおそう」「ひゃははは。ひひ。おまえのぬくぬくと怠惰をむさぼっていたあいだおれは働きつづけた。世界をかえるのは絶え間ない認識と行動の連続でしかない。おまえは世界に甘えた。が世界は生きものなのだよ」「それであなたの喪失は」「パナ江よ。おれの喪失は1枚の紙に終始していた」
「!」 ああ爆発。岩崎パナ江という観念体系が吹飛んで硝酸のにおい。

2024年10月19日公開

© 2024 ほろほろ落花生

読み終えたらレビューしてください

この作品のタグ

著者

この作者の人気作

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"3年L組 伊八先生"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る