『 水 の 大 陸 』 … ヤツリーダムの物語 …

合評会2023年03月応募作品

霧樹 里守 ( Risu-KIRIGI )

小説

18,900文字

     ◇

上古にありし神界《センサリティヤ》。
若き神々により創されし四界の始まりと崩壊。その後。

とりのこされた《泥球界》の底を、

這いまわるものたちの、叙事詩。

     ◇

 

 

3-1. 横穴の民。

 

ある時、
《神殺し》らは滅多に近寄ることもなき辺境の、
《実のならぬ臭い葉の樹の森》の広大な谷間に、
いちどきに大勢の《異形の民》らがやってきた。

 

二本の足、二本の腕だが、
尾はなく、顔は平たく、

牙もなく、毛皮もなくて、

翼羽もなかった。

 

雌たちは股の穴から直接、
血まみれの赤い仔を産んだ。

 

奇異な者らは、

とにかく数が多かった。

 

彼らの故郷は海の向うの陸地ではなく、
天から落ちて来たのでもなく、

涙滴大陸の《背骨の山》の《谷の穴》から、

「湧いて出て来た。」と称した。

 

 

 

3-2. 教えの《谷》。

 

彼らはそのまま

《実のならぬ臭くて痛い葉の》大樹の谷に

棲みつきたいと申し出たので、
《神殺し》の王らはみな嘲笑して、許可した。

 

「虫も獣も、果実もない土地ぞ。
その人数で、なにを食する?」

 

《穴から湧いた民》たちは、
許可を得たりと喜んで、

 

地を掘り虫を捜し出し、
草を編んで網を造り、
川を漁り、

 

底の底に隠れた魚を、
罠にしかけて、
集めて、貯めた。

 

木片を操って火を起こし、
火炎で炙って王らに供した。

 

《神殺し》の王らは、
珍奇な食物のあまりの旨さに
仰天してよだれと涙を流し、

 

その知恵と
五本の手指の器用な技に感嘆し、
狡猾に、教えを請うた。

 

「谷の土地は貸してやる。代わりに、その技を伝授せよ。」

 

それより後、

《谷》の一族は《教えの民》とも呼ばれ、
あらゆる知恵と技術を授けるために、

 

《神殺し》たちが好んで棲む、熱く湿った地方へと、
入れ替わりで訪れ、《教えの旅》をした。

 

 

 

3-3. 凍死と養子

 

やがて再び天地が動き、
山は育ち、時は移り、
命も次々に死んで生まれて、
代々の入れ替わりが進んだ。

 

ある時、短いが深刻な《大寒冷》が訪れ、
《卵》の者らは雌と跡継ぎを、ことごとく全て失った。

《胎から仔を産む者》だけが寒冷に耐えて残った。

 

《卵》の者らは胎仔の者たちに、
代価を払って養子を迎え、
それぞれの言葉や領土を、
継ぐ者として、教え育てた。

 

《谷》の一族から

尾のない賢い子どもらを
買い取り、養子に迎える王家も多く、
やがて大陸の南の大半は、
《股の穴から赤子を産む者》らで満ちた。

 

 

 

1-3-4. 《帝国》の成立。

 

《谷》の者らは無用の争いを好まぬ民だったが、
幼くして《神殺し》らの養子とされた者は
適応して戦の上手に育った。

 

《谷》に生まれおち《神殺し》に渡され、
戦に慣れて育った者らは、
狡知と叡智を合せ持ち、

 

姦計を巡らし権勢を競い合い、
軍を造り国を盗り、
領土を増やしに増やし、

それらを差配するために仕える者らを育てた。

 

やがて、血にまみれた《王のなかの王》
ただ一人が勝ち残り、
大陸すべてを版図となし、
それを《帝国》と号した。

 

《谷》の一族は無用の流血を好まず、
《帝国》に臣従を誓った。

 

 

 

2023年3月13日公開 (初出 ( パブー @ デザイン破壊エッグ )他。 

© 2023 霧樹 里守 ( Risu-KIRIGI )

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