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3-1. 横穴の民。
ある時、
《神殺し》らは滅多に近寄ることもなき辺境の、
《実のならぬ臭い葉の樹の森》の広大な谷間に、
いちどきに大勢の《異形の民》らがやってきた。
二本の足、二本の腕だが、
尾はなく、顔は平たく、
牙もなく、毛皮もなくて、
翼羽もなかった。
雌たちは股の穴から直接、
血まみれの赤い仔を産んだ。
奇異な者らは、
とにかく数が多かった。
彼らの故郷は海の向うの陸地ではなく、
天から落ちて来たのでもなく、
涙滴大陸の《背骨の山》の《谷の穴》から、
「湧いて出て来た。」と称した。
3-2. 教えの《谷》。
彼らはそのまま
《実のならぬ臭くて痛い葉の》大樹の谷に
棲みつきたいと申し出たので、
《神殺し》の王らはみな嘲笑して、許可した。
「虫も獣も、果実もない土地ぞ。
その人数で、なにを食する?」
《穴から湧いた民》たちは、
許可を得たりと喜んで、
地を掘り虫を捜し出し、
草を編んで網を造り、
川を漁り、
底の底に隠れた魚を、
罠にしかけて、
集めて、貯めた。
木片を操って火を起こし、
火炎で炙って王らに供した。
《神殺し》の王らは、
珍奇な食物のあまりの旨さに
仰天してよだれと涙を流し、
その知恵と
五本の手指の器用な技に感嘆し、
狡猾に、教えを請うた。
「谷の土地は貸してやる。代わりに、その技を伝授せよ。」
それより後、
《谷》の一族は《教えの民》とも呼ばれ、
あらゆる知恵と技術を授けるために、
《神殺し》たちが好んで棲む、熱く湿った地方へと、
入れ替わりで訪れ、《教えの旅》をした。
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3-3. 凍死と養子
やがて再び天地が動き、
山は育ち、時は移り、
命も次々に死んで生まれて、
代々の入れ替わりが進んだ。
ある時、短いが深刻な《大寒冷》が訪れ、
《卵》の者らは雌と跡継ぎを、ことごとく全て失った。
《胎から仔を産む者》だけが寒冷に耐えて残った。
《卵》の者らは胎仔の者たちに、
代価を払って養子を迎え、
それぞれの言葉や領土を、
継ぐ者として、教え育てた。
《谷》の一族から
尾のない賢い子どもらを
買い取り、養子に迎える王家も多く、
やがて大陸の南の大半は、
《股の穴から赤子を産む者》らで満ちた。
1-3-4. 《帝国》の成立。
《谷》の者らは無用の争いを好まぬ民だったが、
幼くして《神殺し》らの養子とされた者は
適応して戦の上手に育った。
《谷》に生まれおち《神殺し》に渡され、
戦に慣れて育った者らは、
狡知と叡智を合せ持ち、
姦計を巡らし権勢を競い合い、
軍を造り国を盗り、
領土を増やしに増やし、
それらを差配するために仕える者らを育てた。
やがて、血にまみれた《王のなかの王》
ただ一人が勝ち残り、
大陸すべてを版図となし、
それを《帝国》と号した。
《谷》の一族は無用の流血を好まず、
《帝国》に臣従を誓った。
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