火星のバーミヤン

応募作品

コンソメパンチ

小説

2,937文字

 合評会2022年7月の応募作です。地球を捨てた人類が世界遺産を取り戻すお話です。お読みいただければ幸いです。よろしくお願いします。

澄んだ乾いた空気、どこまでも続く赤い土と赤い空、歩くたびに、身体がふわりと宙に浮く。

かつて地球に住んでいた人類は、火星に途方もないロマンを見出していた。たった一滴の水から、人類は地球外生命体の存在を信じた。

マーズ・ジェネレーションのぼくからすれば、理解できない話だ。ロマンがあるのは地球のほうだ。なんと言っても、地球は人類が生まれた星なのだから――

ヘッドホンのように地球にぴったりと張りついた平和の砦ディフェンス・オブ・ピース。ここにある地球歴史博物館が、ぼくの職場だ。

平和は人の心の中ではなく、はっきりと目に見えければならない。それは百年前に……今日は小学生が社会科見学でやってくる。ぼくがインストラクターをしなきゃいけない。

今、ぼくは洗面所の鏡の前に立っている。昨日の夜は眠れなかった。あと十分で家を出ないと遅刻だ。

ぼくは人前で話すのが苦手だ。子どもは残酷だ。ぼくが新人の学芸員アース・キュレーターだなんて関係ない。

いつものように、出勤前にイメージ・トレーニングをしないと……

 

――どうして学芸員になろうと思ったんですか?

――地球へ行きたかったからだよ。

え、地球? ダセエ……そんな声が聞こえる。

――地球で何するんですか?

――世界遺産を探すんだ。

ぼくはホログラムを起動する。マッチュ・ピチュ、モン・サン・ミシェル、タージ・マハル、アンコール・ワット、グランドキャニオン……この順番で子どもたちに見せていく。地球歴史博物館の復元チームの成果だ。

もちろん、本当はこんなきれいなものじゃなかった。ぼくたちのチームが地球へ行った時、どの世界遺産も崩れかけていた。理由はわからない。災害か戦争か、それとも別の何かのせいか。

世界遺産の復元――マーズ・ジェネレーションの想像の産物だ。誰も本当の世界遺産がどんなものだったか知らない。

大昔、人類が地球から離れる時、世界遺産のことまで考えている余裕はなかった。当時の人類は、生き延びるために最低限のものしか地球から持ち出せなかった。世界遺産は――人の心の中にあればいい。地球を捨てる日になって、やっと人類は、自分たちが掲げた崇高な理念を実現することができた。

……子どもたちが退屈そうにしている。引率の若い女の先生は、ぼくの「演説」に苦笑いしている。

これはやめておこう。もっと子どもたちが興味を持つような話を……そうだ。地球へ行く時は、防護服プロテクト・スーツを着る。ぼくは白い防護服を着て子どもたちの前に出る。着用者の体型に合うように自動適応オート・フィットする。防護服は生物進化のごとく環境に適応し、暑さも寒さも感じることはない。これで地球のイカレた環境から身を守れる。

さて、ホログラムを起動して――ダメだ! ホログラムに頼ってはいけない。

大昔の人類のように、ぼくの体験はぼくの言葉で語ろう。

地球の放射能汚染は深刻だ。とても人間が生活していくことなんてできない。五百年前のある日を境に、地球の放射能レベルはどんどん上がっていった。いわゆる天変地異カタストロフィーが起こった。「神の怒り」と言い換えてもいい。そのせいで人類は、二つ目のノアの箱根ノアズ・アークを作らざる得なかった。火星では絶対にあり得ない。火星の環境は常に安定している。人類が予測できないことは、何ひとつない。きみたち、つまらないと思わないか?

……退屈だから飛ばそう。最初の話はぼくが地球へ初めて行った時のことだ。ロケットが砂漠の真ん中に降り立ち、砂埃がロケットの窓を覆った。火星の土とは違うみたいだ。

ドアを開けると、今まで見たこともない景色があった。大地に足を下ろすと、温かくて柔らかい砂。子どもの頃よく遊んだ人工海岸を思い出した。

ぼくたちのチームは、それぞれホバー・スクーターに乗って、地球の各地へ飛んでいった。ぼくの担当は、アフガニスタン・バーミヤン渓谷にあったはず・・・・・大仏グレート・ブッタだ。果てしなく澄み渡る青い空の下、ホバー・スクーターはまっすぐ走っていく。砂埃がヘルメットに張りついて黄色く染まった。

バーミヤン渓谷に到着すると、そこにはただ、埃まみれの樹木がたった一本、あるだけだった。

ぼくたちのチームは、一日中、地球を366億個の人工衛星から監視している。人が住むことができなくなっても、地球は、人類にとって特別な存在だ。だから地球へ不法にやって来て、勝手に住み着いたり、地球のもの――石ころや枯葉、海水、折れ曲がったガードレール、切れた電線、駅の看板……とにかくいろんなものを盗っていく。それらはブラック・マーケットで高値で取引される。

自然の事物も人工の事物も、火星で完全に再現されているのに。きっとこれは偽物フェイクだと、人の本能の先っぽが悪魔のように囁くのだろう。ぼくたちのチームからも、魔が差した奴がいた。人類共通の財産コモン・ウェルスの横領は、許し難い裏切りだ……。

ぼくの目の前に、垂直にそそり立つ断崖がある。一面に大小のいわやが彫られている。左右には巨大な二つの窟がある。そこに大仏が二体あったはずだった。

ぼくは二つの窟へ入って、崖に軽く手を当てた。今にも崩れ落ちそうだ。採集キットからピンセットを取り出し、崖の欠片を慎重にフラスコへ入れた。

世界遺産を復元する――それはただ、目に見える部分を作るだけでは足りない。

大切なのは、地球にいた人類が、この大仏に抱いていた憧れイノセンスというか郷愁ノスタルジーというか、(ここはどうしても上手く言えそうにない)そんなものだ。

人類の遠い記憶によれば、ここの大仏は一度、人の手で破壊されたらしい。この地はかつて、様々な異文化が交わるところだった。それは豊かな文化を生み出した一方で、激しい対立も引き起こした。

そういう人類の精神的葛藤マインド・コンフリクトも、ぼくは精巧に復元しなければならない。精神的葛藤こそ地球人体験エイリアン・エクスペリエンスを盛り上げるからだ。

大仏の欠片を集めて、それを元の形に組み立てる。……大昔は、そんな原始的なやり方で世界遺産を復元しようとしていた。まったく無謀なことだ。世界遺産は人の心の中にあればいい。今、欠片を採取したのは、ぼくの趣味・・・・・だ。

血液を流れる超小型体内機械群ナノマシンさえあれば、体内電気通信によって、遠大なシルクロードを隅から隅まで旅することができる。ラクダもオアシスも鎖に繋がれた奴隷スレイブも、水が尽きて野垂れ死ぬことも、キャラバンの商人を襲撃することも、火星の涼しい自室でぜんぶ体験できる。

プログラムは地球歴史博物館のサイトからダウンロードできるから、興味のある人は、耳小骨のジャックからアクセスしてほしい。

(「シルクロード・リアリティ」は、ぼくの自信作だけど、ダウンロード回数はまだ0だ……)

ぼくは渓谷の断崖に登った。大仏が何千年も礼拝に来る人々を見下ろしていた場所に立って、千体もの大仏が鎮座していた窟を、立体複写装置キュービック・スキャナーで記録した。ここに時間をかけすぎた。世界遺産は、あと1221万個もある。一瞬で機械的に終わらせないと、今日も残業オーバー・タイムだ。

ぼくはホバー・スクーターを走らせた。眩しい陽光が砂漠に当たって、金色に輝いていた――

 

ぼくは冷たい水で顔を洗った。まるでオアシスの泉で水浴びする旅人のように。

はっきり言えば、ぼくが世界遺産について伝えられることはほとんどない。言えることはひとつだけ——世界遺産は人の心の中にある。それだけだ。

急いで家を出た。遅刻したら、子どもたちに笑われてしまう。

2022年7月17日公開

© 2022 コンソメパンチ

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2022年7月合評会 SF

"火星のバーミヤン"へのコメント 29

  • 投稿者 | 2022-07-19 14:37

     放射能に汚染された地球を捨てて別の惑星に移り住むという設定の話は前例が多いだけに、内容や展開に新らしさが求められる。/なぜそういうことになったのかは読者が知りたい部分だから、そこをぼかして済ませるのは感心しない。/主人公の言葉からすと、かけがえのないものが失われても、バーチャル体験ができるからいいや、というふうにも読めてしまうが、多くの読者は共感してくれないと思う。/平易で判りやすい文章が書けるのだから、もっと読者を楽しませる仕掛けを考えることをお勧めしたい。

  • 投稿者 | 2022-07-19 21:44

    >>小木田 様

    お読みいただきありがとうございます。
    ご感想大変嬉しい思います。 
    まったくご指摘のとおりです。
    貴重なご意見ありがとうございました。

    ちなみに、ご著作を拝読しました。
    素晴らしかったです。

    著者
    • 投稿者 | 2022-07-20 00:42

      世界観がしっかりと作り込まれていて、読んでいてとても楽しかったです。王道のSF(自分の中では)といった感じですが、その中に民間的な思考が盛り込まれていて、特に作中の『地球?ダセェ』というセリフがこの雰囲気をよく表していると思いました。
      唯一言えるとしては、前の方と同じ様に少し物語が単調な気もするので、もう少しアクションを起こしてみてもいいかもです。ありがとうございました。

      • 投稿者 | 2022-07-20 12:39

        >>新山翔太様

        お読みいただきありがとうございます。
        ご感想大変嬉しいです。
        単調なのはおっしゃるとおりです。
        貴重なご意見に感謝です。

        新山様の原爆ドームのお話たとても素敵でした。面白かったので2回読みました。

        著者
    • 投稿者 | 2022-07-20 13:04

      恐縮です。

      • 投稿者 | 2022-07-20 19:00

        >>小木田 様

        サインほしいなと思いました。

        著者
  • 投稿者 | 2022-07-20 17:45

    小学生に社会科見学とか言っても、全然興味ないですよね。きっと。私も子供の頃そうだったし。あと語り手や、職場の人は置いておいても地球の世界遺産に火星の皆さんは興味あるのかなって思いました。シルクロードリアリティのダウンロード数がゼロっていうのを見てもなんかそう感じます。まあ火星からしたら、地球なんて過去の遺物だもんなあ。だから子供さん相手のインストラクターに関しても、こう、肩の力を抜いて早口にならないように程々にしなね、っていう気持ちです。

  • 投稿者 | 2022-07-20 18:54

    >>小林TKG 様

    お読みいただきありがとうございます。
    ご感想大変嬉しいです。

    もともと小学生は社会科見学は興味ないですよね笑

    小林様の作品は発想が素晴らしいと思っています。そんなすごい方から感想がもらえてすごく嬉しいです。

    著者
  • 投稿者 | 2022-07-21 23:32

    ファミレスのバーミヤンが火星に店を出す話かと思いました。それで書いてみても面白かったかもしれませんね。

  • 投稿者 | 2022-07-21 23:40

    >> ヨゴロウザ 様
    お読みいただきありがとうございます。
    そっちのほうが面白いですね笑

    著者
  • 投稿者 | 2022-07-22 06:50

    ルビを効果的に使うのSF小説の醍醐味ですよね。私もSF小説を書くときにかっちょよく振ろうと頑張ってますが、いつも失敗します笑 既知枚数の問題が多分にあったかと思います。もう少し長い話が読みたいと思いました。

  • 投稿者 | 2022-07-22 06:51

    「使うの」⇒「使うのは」

  • 投稿者 | 2022-07-22 12:20

    >>諏訪靖彦 様

    お読みいただきありがとうございます。
    ご感想とても嬉しいです。
    私もルビはよく失敗します笑
    ご指摘のとおりです。枚数と話が合っていないですね。

    著者
  • 投稿者 | 2022-07-23 12:25

    ルビが多いと思ったが、結果的に欠点とはなっておらず、構成上の必然として楽しめた。「ホバー・スクーター」など、名称のみで性能を説明しているきらいがあったが、特に気にはならなかった。

    • 投稿者 | 2022-07-23 16:25

      古谷 様

      お読みいただきありがとうございます。
      ご感想大変嬉しく思います。
      コメント励みになります。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-23 19:25

    SFに疎い者にもすっと入り込める簡潔で分かりやすい文章、もはや存在しない地球文明へのドライな感情と過去への憧れがないまぜになっているところ、火星人になり切った想像力の豊かさを感じました。
    ちょっと横文字ルビが多いなと思いましたが、考えてみればここ数十年の日本語も、英語の影響を受けてかなり横文字化しているようだから、ましてや単一の人類として地球外に出てしまったら言葉は英語に統一されてしまうのかな、など、いろいろと考えさせられました。

    • 投稿者 | 2022-07-23 21:12

      お読みいただきありがとうございます。
      感想嬉しいです。
      ルビが多すぎました笑

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-24 06:08

    再現された世界遺産とイメージ・トレーニングとしての子どもたちへの説明が、ともに実体験の欠落を表しているという構成に面白さを感じる。説明の内容は字数に合わせるために端折られているのか、ところどころわかりにくさを感じた。「地球を捨てる日になって、やっと人類は、自分たちが掲げた崇高な理念を実現することができた」という記述にある「崇高な理念」は、「人の心の中にあればいい」という部分を指すのか?

    • 投稿者 | 2022-07-24 22:30

      ふじき様

      お読みいただきありがとうございます。
      ご感想大変嬉しく思います。
      お見込みのとおり、崇高な理念は、「人の心の中にあればいい」のつもりで書きました。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-24 20:50

    ディストピアな未来、そこに行き着くまでにたくさんの悲劇を孕んでいそうな背景のお話なのに、とても柔らかな印象を受けて、ああこのお話は、文章はスピッツもカバーした『タイム・トラベル』の歌詞のようなやわっこさがあるからなのかと勝手に感動してしまいました。松本隆的な普遍性を備えたいい逸品だと思いました。

    • 投稿者 | 2022-07-24 22:31

      春風亭どれみ様

      お読みいただきありがとうございます。
      ご感想大変嬉しく思います。
      やわこっく感じていただけて感謝です。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-24 22:43

    ホログラムで再現される世界遺産、いいですね。サイバーパンク的な好きな世界観でした。欲を言えば、地球での動的なエピソードがあるとぐっと引き込まれるかと思いました。

    • 投稿者 | 2022-07-24 23:08

      お読みいただきありがとうございます。
      ご感想大変嬉しく思います。
      ご指摘のとおり、動的エピソードが足りなかったです。

      著者
  • 投稿者 | 2022-07-25 02:10

    なんだか、概念の紹介に気持ちが先行してしまったかな、という印象を受けました。SFって難しいのだと思いますが、きっと読み手ってわりと勝手に想像力で補完しながら読んでくれるので、もう少しそこを信頼して、世界観やストーリーを書くことにドバーンとつぎ込んでもいいのかもしれないです。

  • 投稿者 | 2022-07-25 02:47

    テラフォーミングされた火星に住む人類と破滅した地球が火星のように砂漠化してしまっている世界、という舞台設定に上手くバーミヤン遺跡を絡めていると思います。火星の重力に最適化された火星人が地球に行ったらどうなってしまうんだろうと細かいことを気にしながら読んでしまいました。

  • 投稿者 | 2022-07-25 10:47

    大型新人現るという印象ですね。王道SF感のある丁寧な語り口に好感が持てます。長編であればここから多いなる陰謀を暴いたりしていくんでしょうね。どこかで続きを書いてほしいかも。良かったです。

  • 投稿者 | 2022-07-25 12:32

    SF設定でルビが多いにもかかわらず、すらすらと読めました。
    今はなき過去の地球への憧憬と世界遺産を絡めた話は、今回のお題を的確に突いている気がします。

  • 編集者 | 2022-07-25 19:15

    バーミヤン遺跡には悲しい歴史があるが、それも含めて記憶され続けているらしいと言う点で、世界遺産の意義が増しているように思える。合評会を楽しんでほしい。

  • 投稿者 | 2022-07-26 20:36

    トンダ様、波野様、こぎと様、ジェーンB様

    お読みいただきありがとうございます。
    仕事で合評会に参加できませんでしたが、
    コメント励みになりました。
    また機会があればよろしくお願いします。

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