増殖

椿蓮子

小説

1,452文字

誰もが1度は考えたことがあるであろう、タピオカの話。

 喉の渇きを覚えて視界に入ったコンビニにふらりと立ち寄った。商品棚の間を歩いて飲料が並ぶ棚の前で立ち止まる。コーヒー、紅茶、野菜ジュース、フルーツ系のジュース、緑茶、ウーロン茶、スムージー。と、その中に何食わぬ顔で収まっているタピオカミルクティーと目が合った。
タピオカ。
思わず「げっ」と顔を顰めてしまった。ミルクティーの中に沈殿する黒い粒々が気持ち悪い。友達は美味しい美味しいと言って平気な顔で――寧ろ楽しげに――頻繁に買って飲んでいたけれど、私はどうも駄目だ。友達の前では絶対に口にではできないけれど、だってあの黒い粒のタピオカという奴は、どう見たって蛙の卵にしか見えない。
――皆、蛙の卵を嬉々として飲んでいる。
そう思っただけで、げぇっと吐き気が込み上げてくる。
タピオカが好きな人を非難したり、否定するつもりはない。趣味趣向は人それぞれ。今は以前よりは下火になったように思うけれど、それでもこうしてお店に並んで売られているのは、それなりに需要があるからだ。売れないものはすぐ姿を消していく弱肉強食の資本主義社会。売れているのは正義なのだ。ちょっと、厭な考えだけれど。
――美味しいのだろうか。
ふと魔が差したみたいに――否、魅入られたというべきか――私はタピオカミルクティーを手に取った。良く冷えたそれを手にした途端、ぞわりと総毛だった。
私は、これを買うのか。
蛙の卵なのに。
うげっ。
でも一度手に取った商品を棚に戻すのも気が咎めた。挙動不審に見えて店員から怪しまれるのも厭だった。
私はタピオカミルクティーを片手にレジへ行って会計を済ませた。
ありがとうございましたー、というおざなりな店員の言葉に送り出されて店を出る。コンビニの敷地内にあるベンチに座って買ったばかりの飲料を陽の光に翳して、矯めつ眇めつ眺めた。たぷたぷと揺れる液体の中で揺らぐ黒い粒。益々、蛙の卵じみている。やっぱり買わなければ良かったと思いながら、買った以上は飲もうと、変な意地が湧いて、私は付属の赤いストローを開封して、飲み口にブツリと突き刺した。
赤いストローは私を差招くようにして聳えていた。
――これは、蛙の卵なんかじゃない。タピオカだ。食べ物だ。でも。
――タピオカって何?
恐る恐る、赤いストローに吸い付いた。
ゆっくりと中身を吸い上げる。甘い、でも水っぽいようなミルクティーが口の中に入ってきて、食道を流れ落ちてゆく。と、異物が口内に転がり込んできた。
これはタピオカだ。タピオカなんだ。タピオカは食べ物だ。蛙の卵の卵ではない。断じて、違う。蛙の卵なんかじゃ……。
そう強く念じながら私は次々と黒い粒を吸い込んでいった。食道を通ってぽつりぽつりとタピオカが胃の中に溜まっていく。
――ああ、私の中に蛙の卵……じゃなかった、タピオカが入ってくる。
だんだんと、胃が重たくなる。何だか苦しい。それ程、大きくはないタピオカの粒なのに、この重量感、圧迫感はどうだ。もしや、私の胃の中でタピオカが増殖しているのか。
アメーバ―が増殖するように、生殖を必要とせずに、一つの個体が分裂して、その分裂した個体から、また個体が再生産されて、どんどん途方もない数に増殖していく。私の躰の中で異物は膨大な数となり、やがて私を圧倒する。増えすぎた夥しい異物は最後、私の肚を突き破って出てくるのだ。
「――ぐ……うッ、げェ……っ」
私はたまらず胃の中のものを全て吐き戻した。
アスファルトに広がる吐瀉物の中に、歪な形となった黒い粒が、ひくり、と微かに蠢いた――ような気がした。

(了)

2022年5月30日公開

© 2022 椿蓮子

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