「独立愚連隊西へ」

消雲堂

小説

965文字

「ある日、ふと気がついたら周囲の人達がみな西日本に引っ越しているんですよ」とチャンピオンダイジェスト社の吉田さんが言った。

チャンピオンダイジェスト社は海外から伝書鳩を輸入して販売している会社だ。伝書鳩にも血統があってヨーロッパの血統が最古と言われる。チャンピオン社の社長はヨーロッパ鳩でも伝統あるオランダの伝書鳩に目をつけて日本に輸入して一儲けしたのだった。

「ある時を境に”会社を辞めます”って言う人が増えたんです。理由を聞いても言わないんです。退職届には”一身上の都合により…”って書いてあるけど、一身上の都合って何なのだろう?って不思議だったんですよ。でも、それから数ヶ月の間に3人が立て続けに”一身上の都合により”で辞めちゃったんですよ。こりゃ何かあるなと思って調べてみると…」

「放射能でしょ?」

「そうです。最初の人が辞めるって言ったのは…原発事故後の8月だったかなぁ~。あの原発事故からしばらく経ってからのことなんですよ」

「なぜ、理由をはっきり言わなかったんでしょう?」

「だって、そんなこと言ったら馬鹿にされちゃうでしょ?頭が変だとか思われちゃう…というか退職理由にならないと思ったんじゃないですかね?」

「なるほどね…」

「当時は、政府やメディアなんて情報隠蔽したうえに操作した情報を垂れ流していたでしょ?その信用できないってのが肝なんです。要はテキトーに情報を錯綜させて”わけわからなく”しちゃってね。彼らにとってモラルや正義なんてどうでもいいんです。経済がテキトーに動いてりゃいいんですよ。経済が動かないのが原発事故より恐怖だったんでしょうね。

当時の大人しいデモだって、お祭りみたいなもので形ばかり…。

政府は彼らをあざ笑うだけで、逆に騒動を利用して情報攪乱を狙ったりしたんですからね。そのうち国民は事故に関して興味がなくなちゃったわけです。

国民のほんとんどが”原発事故不安払拭”している時期に”原発が不安だから西に引っ越します”なんて言ったらねぇ…お前大丈夫か?なんて笑われちゃうわけですよ。ははは」

「…」

「それでね…僕も会社辞めて、引っ越すことにしたんですよ」

「えええっ!そんな急すぎますよ。で、ど、どこに引っ越すんですか?西日本だって、これからは危ないですよ」

「わかってます。だから、海外に行きます。ブータンですよ」

2013年10月3日公開

© 2013 消雲堂

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