「やっぱり老人ホームじゃないか・・・」とかなんとか言いながらも、義父はずんずんと「集塵園」の中に積極的に入っていく。しかも足が痛いとか言いながら早足である。多分、施設の中に若い女性ヘルパーでも見つけたのだろう。
「 ちょっとお父さん、待ってよぅ・・・」ナマコが慌てて義父の後を追いかける。「やれやれ・・・困った家族だなぁ」とぼやきながら僕も2人の後に続いて集塵園の中に入った。施設内は学校のような作りで、何か懐かしいような感じがした。
「あら、いらっしゃいませ。失礼ですが、どちら様ですか?」と施設の入り口近くにある部屋から顔を半分だけ出したおばさんが聞いた。いきなり現れたおばさんを見て驚いた義父は「あらあら・・・あのう」としどろもどろになって慌てている。
見かねて「あのう・・・今日、見学のお約束をしているんですが・・・」とナマコが答えると、そのおばさん、いきなり嬉しそうな顔をして「あら、ようこそ。さあ中にお入りくださいな」と部屋から飛び出てきて、「さあさあ」と僕たちを招き入れる。3人とも行儀よく靴を脱いで中に入った。
入り口近くのその部屋からは大勢の男女の声が聞こえる。扉が開かれると部屋の中には20人以上の男女老人たちがなにやら一生懸命に描いている。僕たちが部屋に入ると一瞬、全員の目線がこちらに集中した。
「今、みなさんは色鉛筆で塗り絵をしているんですよ。さ、中に入って座ってください。みなさん、見学の方たちがいらっしゃいましたよ」と先ほどのおばさんが僕たちを老人たちに紹介した。
「あ、みなさん、よろしくお願いいたします」僕とナマコが挨拶すると、義父だけが「あ、俺はこいつらに騙されて連れてこられただけで見学なんてそういうつもりで来たんじゃないんだけどなぁ・・・」なんて男らしくない愚痴をぶつぶつと呟いている。
九州男というのは普段「男らしいばい」なんて酒飲むしか能がないくせに威張っていやがるようなイメージがある。でも、肝心のときには挨拶もできなくて、男らしいぶる(?)ってのは糞の役にも立たない。まぁ九州男が全員こうではないだろうが、義父を見ていると、ついつい一緒くたにしたくなってしまう。
そのうちに義父の身体が熱くなってきたのか僕にも気持ちの悪い義父の体温が伝わってくる。
「熱があるのかな?」って思って義父を見ると、なんだかその視線がおかしい。視線の先を見ると、痩せたミイラみたいなおばあさんがゲラゲラ笑って義父を見ている。義父はそのミイラおばあさんが気に入ったらしくて色目を使っているようだが、色目が白目になっていてなんだか今に死にそうな表情に見える。それで体温が普段使わない脳みそに集中して、ついでに全身が熱くなっているんだろう。
素直なナマコが心配して「お父さん、どうしたの?具合が悪いの?白目なんかむいて」と言うもんだから、僕は笑いをこらえきれずに大声で「うひゃひゃひゃひゃ!」と笑ってしまった。
お年寄りたちは自分たちのことで一生懸命みたいで僕が大声で笑っても一向に気に止めないから気が楽だ。
案内のおばさんは、そんな僕を無視してナマコと義父にお年寄りたちの紹介をしてくれる。
「みなさん、70歳以上の方ばかりで、あちらのお二人は90歳過ぎているんですよ」とおばさんが指差す方向を見ると、90歳???とは思えないほどに若く、なんとなく気品を感じさせる紳士が「ふうふう」言いながら色鉛筆で猫の絵に色を塗っている。老人が幼稚園児のように色鉛筆で色を塗っているのと言うのはなんだかひどく滑稽である。
「はい、お父様、みなさんはこの絵に色を塗っているんですよ」と義父に渡された絵を見ると、さきほど90歳の紳士が色塗りしていた「猫の絵」と「湯のみの絵」の2枚を渡した。義父は負けず嫌いで、自分が経験したことがないものには絶対に手を出そうとしない。手を出そうとしないばかりか下手な言い訳を言いやがるのだった。
「あのうですね、ご親切は痛み入りますが、私は部屋の片づけをしなくちゃならんので毎日が忙しいんですよ。こんなところで暇そうに絵を描いている時間なんてないんですよ。せっかくの話なんですが・・・」と、なんとかこの場を逃れようと義父は嘘八百を並べ立てる。
「それに、今、住んでいるマンションには“熟年会”ってのが3ヶ月に一度あるんで、友達には不自由していないんです」とかね。
「あのね、お義父さん、その熟年会では、お義父さんの我儘からみんなに嫌われて村八分にあってるじゃないか?」と僕が義父のプライドも考えずに言うと・・・。
「それに、私は、こういう集まりってのにあまり気乗りがしないんだなあ・・・」まったく僕の話に耳をかさない。都合の悪い話は聞こえないふりをするのだった。
「お父さん、部屋を片付けるって言っても、ごみを集めるだけだし、熟年会は三か月にいっぺんだけでしょ?」実の娘のナマコが発言しても義父は知らんぷりで逃れる口実を並べ立てる。
「私はカラオケにも行かなくちゃならんのです。昔、芸能スカトロから誘われたほどで・・・」明らかにスカウトとスカトロを間違えている。義父は普段、エロDVDを借りてきて、こっそりと自分の部屋にこもって見てるからくだらない間違いをするのだ。
「あのね、お義父さん。ここが嫌だって言うんなら、俺はもうお義父さんの面倒なんか見ないからな」と僕が言うと、ここぞとばかりに反応した。
「なんだと、お前らなんかに面倒見てもらわなくたって、俺は大丈夫だ。だからこんなとこに来るのは嫌だって言ったんだ」
「今更何言ってんるんだよ。なんだかんだ言っても、ずいぶん嬉しそうじゃないか? さっきなんか、あのおばあちゃんに色目を使ってたくせに」
「なんだとう・・・俺はな、7年前に死んだお母さんのことしか頭にないんだぞ。色目なんか使ったりするもんか!」と言うや僕によたよたと掴みかかろうとする。
「まあ、まあ、お父さん。お子さんもこんなに言ってくれているんですから、みなさんとお友達になればいいじゃないですか」と、先ほどのおばさんが僕と義父の間に入ってきたので、義父の体勢が崩れてよたよたし始めた。
「友達なんかいらん!」と義父は勢い余ってその場で椅子から転がり落ちてしまった。
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