愛猫物語

破滅派16号原稿募集「追悼・山谷感人」応募作品

大猫

小説

7,453文字

猫好きに悪人はいないなどと申しますがもちろん嘘です。
縦のものを横にもしない怠け者でも猫の世話だけはせっせと焼いたりするものです。
この世のすべてに見捨てられても猫だけには愛されるという特技を山谷感人先生は持っていました。
極楽浄土で猫と戯れ遊ぶ安息の日々が訪れますようにと祈りつつ。

山谷感人先生の文学的ご逝去の報に接し、衷心より哀悼の意を表します。

先生の破滅派への多大な貢献、不滅の作品の数々、常に不在にも拘らずの圧倒的な存在感は、私ども一般同人から見ればもはや神と申し上げても差し支えなく、文学の神殿に永遠に祀られ崇めたてまつられる神にておわすものとばかり思っておりました。

この度終焉の時を迎えられるに至ったと聞きおよび、ああ神は死んだ、神々の黄昏、天人五衰、翼の折れた天使、地獄の沙汰も金次第、掃き溜めに鶴とはこのことかと、誠に残念無念、悲嘆悲痛の思い連綿として無常の涙に暮れ、祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす、逝く川の流れは絶えずして、しかももとの川にはあらず、澱みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて、月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なのでございます。

あらあら、つい隠しても隠し切れぬキョーヨーがにじみ出てしまいました。にじみ出るのはガマン汁だけでよろしいのでございます。

ここに山谷先生の偉大な業績にまんこ、もとい、満腔の敬意を表し、ありし日の先生を描いたごくささやかな短文を啓上仕ります。先生は偉大な破滅文学者であるとともに、稀代のロックンローラーでもあり、ぐうたらで際限ない大酒飲みであり、そして熱烈な愛猫家でもありました。先生と猫との微笑ましくも心温まる壮絶な血みどろのエピソードを、七十年代八十年代のヒット曲に乗せて御霊に捧げます。先生を大いに偲び、堪え難きを堪え忍び難きを忍び、以て万世の為に太平を開かむと欲そうではありませんか。

 

山谷感人先生に捧げる愛猫物語

 

その一 (山谷感人風に)

逢魔が時。

いつものように胃酸過多のゲップにて目覚める。天と地が如実に近づくこの時、猫の眸にも似た沈んだトパァズ色の空気を僕は愛する。ワイフは朝のうちに勤めに出かけた。僕はワイフが起きる前にひっそり布団に入る。飲んだくれアル中の遊民には当然のたしなみである。

愛する者が僕をぢっと見ている。僕も彼女をぢっと見る。ああ、この眸。黄昏の夕陽が内包する闇、トパァズ色の上澄に沈む漆黒の闇。バキュウムカアに吸い込まれそうだ。赤き舌をちろりと出して、僕の顎を舐めてくれる。ちいさい鼻息がふっふとかかる。この世で一番愛しいガール。生涯水浴びをせず風呂にも入らぬ彼女は、何時でも無味無臭で甚だ清潔である。

喉の渇きを覚えてビアを求めて台所へ赴く、が冷蔵庫にはビアがない。粗忽者のワイフが買いそびれたのである。いや、違う、てめえの酒はてめえの懐から金を出しやがれと宣告されている以上、粗忽は僕だ。甘んじて責めを受けねばならぬ。

彼女が絡み付いて鳴く。僕の脚の間をするするとくぐり抜けて、眩しい眸を僕に向ける。分かっているよ、ハニー、君は空腹なんだね。オーライト、ダーリン、Every breath you take, every move you make  僕は君のポリスだ、いつでも見つめているよ。

彼女の食事は小袋一つきりだとワイフは厳命したけど、僕はきっと二袋あげてしまう。蠱惑の眸にせがまれて悩殺。僕は彼女の言いなりさ。それに、ほら、こういうのって気持ちの問題じゃん? ロックってそうだろ?

ああ、ガール、君みたいな子にはカルカンドライが二袋でもまだ足りないさ。Tears For Fears、人生にようこそ、Everybody wants to rule the world.

台所の小窓を開けて新鮮な酸素を取り込む。地の底から暗闇がせり上がって来る、ビアにはありつけなかったが愉快な気分だ。アル中の一日のサイクルがまた始まる。

そろりそろりと彼女の尻尾が揺れている。セクシイな腰つき、きゅっと締まった肛門、尻毛の具合の素晴らしいことったらどんな桃尻よりもLike a virgin、マドンナの玉門、あれを舐めたい、べろべろ唾液を滴らせて舐め尽くしたい、あの小さい穴へ舌先をこじ入れて掻き回して、臭い汁を迸らせたい。可愛い顔して猫のウンコは気絶するほど臭い。カケラが一粒、床にちょろっと転がろうものなら部屋がスカトロ現場と化す。この小さな肛門が分泌する鼻が曲がらんばかりの濃縮胆汁まみれの高蛋白異常発酵腐敗物、世界中の純白を真っ黄色に染める劇毒細菌濃厚ねっとりソース、かくも美しい外見にかくも臭いものを隠している。そそられずにいられようか。

彼女は僕の劣情を知っている。挑発するごとく腰を振り、陶然と見つめる僕の視界をゆっくりと横切って行く。どうだい、残照を歩む彼女のしなやかな黒い身体、なよやかな肩の線、すらりと長い尻尾、足腰が強靭だ。二階からもひょいと飛び降りて、JUMP! ヴァン・ヘイレンもびっくりの大跳躍さ!

ちょっと待った、あれ? おい、ギズモ、ギズモや、どこ? マジ? 逃げちゃったの? ここ二階だよ? ヤベえ!

 

 

その二 (明治の文豪風に)

かくて我が愛猫遁走せしこと疑ひの余地なく、こはいかに、いかがすべきと周章狼狽し、徘徊足摺すること小半刻、やうやうにして表へ出て捜索すべきにやと思ひ至りき。草臥くたびれ雪駄引つかけ往来に出、ギズモ、ギズモと物狂ほしく呼べどもさらに応へなし。一町歩き、二町歩き、三町ばかり来たれども露ほども消息なし。恨むべくは酒精染みわたれし我が身体髪膚。夜毎の鯨飲積もり積もりて今や健全なる血肉は一片もなく、僅かな運動にて雪駄の足指痛み、膝は棒の如く、腰は蒟蒻こんにゃくの如し。もはや一歩も動かれぬ、望み果てたりとその場にてへたり込む。

もしや野良猫に迫害されるにや、悪童に追ひ回されるにや、暗き側溝にて敢へ無く果てけるにやと、愛猫の行く末を案じては涙せきあへず、ただ我が身の拙さを嘆き居るのみ。

月上りていよいよ焦慮の念に堪へず。猫見つからぬまま宅へ戻れば妻女ワイフが激昂の余り、我をば折檻し打擲し足蹴にして面罵痛罵の限りを尽くさむこと疑ひなし。さりとてこの上の捜索も甲斐なし。いかにせむと思案し、それにつけても酒の欲しさよと路傍の石に腰掛け呆然と月を眺め居れば、何やら柔らかきものの膝の上にあり。にやあと懐かしき一声あり。

こはユーリズミックスの美声なるか!

♪ララリラララリラ、ダーダ、ダアアアー!

There Must Be An Angel(Playing With My Heart)!

ユーリズミックスに再び相まみゆることは叶はぬが、我が愛猫エンジェルは我が下に帰参せり、やれ嬉しや祝着祝着、と背中を撫でれば何やあらむ、我が猫のびろうどの如き柔毛にあらず。剛毛密生して刺々しき気配なり。月明かりにてよくよく見れば凶暴な面構へのキジトラ。我がギズモは黒猫にて四肢の先に可愛ゆき足袋を履けり。彼奴は憎々しげに肥太つた魁偉な雄猫なり。しつしと膝から追ひ払へば、雄猫め、我が足に臭き小便引きかけて立ち去れり。重ね重ね憎し。

嗚呼、吾人をしてかくも愛慕愛仰せしめて止まぬ我が猫よ、いづくの陋屋の屋根にて同じ月をば眺め居るや、いづくの木の枝にて同じ寒風に身を晒し居るや。せめて姿なりとも見せよかし。可愛ゆき声を聞かせよかし。

Do you really want to hurt me?

She is a Maneater

She is a Killer Queen

思へば、いにしへのボーイ・ジョージもホールアンドオーツもフレディ・マーキュリーも、歌曲のまことのこころは猫の無情をば歌ふと見へたり。まことに猫と婦人とは似たるものにて、いかに花顔柳腰を慕ひ、憐香惜玉の意尽くせども所詮は対牛弾琴、暖簾に腕押し、糠に釘、馬の耳に念仏、豚に真珠、猫に小判、猫に金塊、猫にダイヤモンド、猫にロールスロイス、猫にレミーマルタン、猫にドンペリ、猫にロマネコンティ。

 

かのジョン・レノンの嘆き、今ぞひとしほ身に染み入りて慚愧に耐へぬ心地す。

(歌舞伎風に)

あれまあ、お前、ガール、ガール、

そなた、朋輩らの前でわしを馬鹿にして恥かかせて知らぬ顔。

あまりに小面憎しと捨ておけば、早速にて帰り来たり、すり寄りてにゃあにゃあ甘えかかるわいな。

ほんにお前は憎らしい。

憎や、可愛や、可愛や、憎や……なんとしょうわいのお。

 

この作品の続きは外部にて読むことができます。

2021年10月24日公開

© 2021 大猫

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

この作品のタグ

著者

この作者の他の作品

この作者の人気作

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

"愛猫物語"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る