砲弾兵の歌

草葉ミノタケ

小説

25,192文字

第12回 創元SF短編賞一次審査通過作。最終候補には残れませんでしたが、2年連続で一次審査を通過できたのでよかったです。

「ウィーア・キャノン・ボーラー!」

「ウーハ!」

ティブス軍曹のコールに兵が応える。

「よし、乗れ」

「エッサ!」

俺たちは狭いエアロックからさらに狭いポッドに乗り込む。〈砲弾兵〉の耐Gスーツは通路幅にいっぱいで、すれ違いはできない。ただ前に進むだけだ。任務が終わるまで後戻りもできない。通路に灯りはなく、ほとんど暗闇だ。ヘルメット(ヘルメットというよりほとんどキャノピーだが)前部の計器ランプの光で辛うじて前のスーツの後頭部がうっすらと見える。書かれているスーツナンバーはKK37番。ジェクスか。ジェクス・ギトクス。またこいつか。前にいるということは俺の左隣に就くということだ。ジェクスは小心でちまちましていてうっとおしい。黙っていてもずっと話しかけてくる。眠らずに済むと思えば許せなくもないが(眠るとシステムから微電撃を頂戴するからだ)、こいつの自分語りは正直脳死する。

〈砲弾〉の後部を貫通させた通路の硬い樹脂床にブーツアーマーの足音だけがガスガスと響く。長い通路の暗闇でまばらに響く足音は、一歩進むごとに調子が整っていき、いつしか一定のテンポを刻むようになる。ガッス、ガッス、ガザッス、ダガザッス。薄壁の向こうには俺たちをあの惑星に打ち込むためのPAHC(プリブタジエンベース・アルミ・ハロゲン・コンポジット)とアンモニウム・パクロレイト(AP剤)を詰め込んだハニカムブロックが並んでいるからぞっとしないが、上のコントロールオフィスでコマンダーがコマンドを発令しない限りは絶対に着火しない。少なくとも俺たちのステップノイズでイグニションすることはない。

パタリと前からの足音が止んだ。この葬列の先頭が搭乗室に到達したのだろう。俺もそれに合わせて足を止める。ジェクスの背中が少しだけ大きくなる。KK37の下に何か書いてある。汚い字だ。神に祈りを・帝に忠誠を・火星人に死を。お決まりの煽り文だ。誰が書いたのか知らないが筆跡がひどすぎる。火星人以外はほとんど読めなかった。というより火星人(REZ)が読めたので類推で読めた気がするだけだ。そもそも俺は文字がほとんど読めない。そして葬列はまるで動かない。一人ずつ搭乗手続きを行うからだ。俺が何番目かは知らないが、ジェクスの前に何人かいる(一人ではない)から少なくとも四番目以降だし、後ろに誰かいるのはわかっているから、最後尾ではない。つまり俺は四番から六番のどれかということになる。アンダーはアッパータウンが見えるからだいぶマシだ。待機中のヒマつぶしに街を眺めるのは嫌いじゃない。ジェクスのおしゃべりもあまり気にならないだろう。これがアッパーだと星空しか見えないから、なかなか辛い。六番がベストだが、四番なら少し見下ろす感じに街並みが見えるはずだ。隣に赤松屋(レッドパイン)のエミか、ハルゴン酒場(バー)のルシルがいたら最高だが、それは贅沢すぎる。ストアマンションのコパで我慢しておこう。肉付きはいい。バックなら問題ない。前のKK37が小さくなった。つまり前側に移動したわけで、俺も一歩前に出なければならない。あと何人待つのか。

エミもルシルもなかなか指名が取れない。今回のオフも予約は取れなかった。コパは三度も入れたのに。四度目も望めば入れただろうが、週に四度も指名したのでは妙な勘違いをされるリスクのほうが気になる。やれ今度はいつ来るだの、他には行くなだの面倒なやり取りをした挙げ句、除隊になったら一緒に連れて行けと言い出すに決まっている。だが、三度までならルーティーンの常識の範囲内と言い張れる。コパとはあくまでビジネスライクな関係でいたいんだ。

KK37ジェクス・ギトクスが再び動いた。船室から光がなだれこんでくる。つまり次は俺の番だ。三番目だと? それは少し話が違う。正面の部隊長がハンディコンソールを見ながら、俺の項目を確認している。ヘルメットに赤い二本線。メントニ曹長が今回の待機主任ということか。曹長の奥にもう一人いる。あいつのせいで順番が狂ったんだな。一体誰なんだ。

「ランセル?」

「イエッ」

「あー。ランセル・タモデリ兵長、体調はどうか」

「良好であります」

「メンタルはどうか」

「良好であります」

「耐Gスーツのコンディションはどうか」

目線を少し落とすが、インジケーターはすべて緑ランプになっている。

「オールグリーンであります」

「残弾はどうか」

目線を左に寄せる。スーツに内蔵されたミニガンの残弾は最大装弾数の九九九になっている。右に寄せるとグレネードが十二発の表示になっている。異常を示すテキスト表示はない。

「フィルです。異状ありません」

「バッテリー残量?」

「MAX」

「プロペラント残量?」

「MAX」

「LSS?」

「異状なし」

「わかった。回れ」

俺は曹長に促されるまま、ぐるりと水平に回ってみせた。スーツの外観に異常がないかを目視するためだ。後ろを向いたときにアドレの顔が見えた。アドレ・ロカルアは無口なやつだ。よかった。左がジェクスで、右もうるさかったらたまらない。正面に戻ると、メントニ曹長がバイザーを覗きこんできた。

「よし。問題ない。ディンプルに入れ」

「エッサ!」

俺は曹長の点検を終えて、搭乗用の凹みに尻をめり込ませた。内部からアンカーが生えてきて、俺のスーツにあるコネクタに挿さり、ロックされる。これで射出時の強Gでもふり飛ばされることはない。身動きはできないが、そもそも俺たちが動く必要はないし、許されてもいない。ただ、待機時間が終わるまでここにこうして座っているのが任務であり、俺達の稼業だ。摺動音と金属音がしてヘルメットにもロックがかかったのがわかる。曹長が前から俺をぐいぐいゆすってみるが、動かないのを確認するとサムアップをして視界からはずれた。

 

さて。ここから俺たちは十二時間の待機に入る。とても暇な時間をこの狭い揚陸艇の狭いコクピットの狭いスーツの中で過ごさなければならない。狭くて腕も脚も動かせないが、出撃はないからただ待機するだけだ。待機するのが俺たちの任務なのだ。一応作戦行動中ではある。今回の攻略目標は城塞都市アウストラーレだ。都市上空に展開される電磁シールドは数ヶ月に一度、機器メンテナンスのために数分間解除される。そこに俺たちがこの揚陸艇で降下し、一気に飛び込んで占領するという寸法だ。シールドの復活までに突入が間に合わなければ機体は木っ端微塵。俺たちもミンチになって火星の肥料になる。肥料というよりはフリーズドライの謎肉か。これまでに我軍はメリディアとサウマスの二つの城塞都市を攻略している。どちらも砲弾兵による縦深戦術での占領だ。成功事例は二件。成功確率は発表されていない。俺はこの任務についてもうすぐ二年だがまだ一度も出撃していないし、見たこともないから、射出の回数自体は多くもないだろう。我軍が最初に攻略したメリディアはすぐさま近隣の火星軍が殺到して奪還された。サウマスは突入後、突入部隊が占領したと報告した後、数時間で撤退を開始、マスドライバーで逃げ帰ってきた。偵察としては上々の戦果ではある。とスコーダンのおっさんが言っていた。スコーダンは俺と同じ兵長だが、だいぶ年上だ。月の生まれだとか言っていたが、アステロイド訛りがだいぶ強いから、それはウソだ。俺もアステロだからわかる。アステロは一生鉱山掘りとして早死にするか、入隊して赤い星の謎肉になるかのどちらかしかない。入隊すれば明るくて暖かい〈砲台〉で、週イチの任務を果たしていれば、飯は食えるし酒は飲めるし女も抱ける。地球圏から見たら場末だろうが、アステロイドから見たら上等な世界だ。そういえばスコーダンとはしばらく会ってないな。除隊にでもなったのかもしれないが、ヤツには五〇〇パケットほど借りがあったから、会わないで済むならその方がいい。ただ、スコーダンはやたらと軍事に詳しかったから、いろいろ聞けなくなるのは残念だ。上官に聞いても何も教えてくれないし。俺のような末端の兵隊には次の搭乗がいつなのか、目標がどこなのかという程度の情報しか降りてこない。スコーダンがどこから情報を仕入れているのか聞いたことがあるが、ブロサルで聞いた話を彼なりにまとめているのだという。じゃあブロサルの連中はどこから、となるとそれはやはり客からということになるから、つまりこの基地でなんとなく漏れ出した断片的な情報が、その持ち主たちからちょっとずつブロサルに漏れ出して、それをスコーダンがかき集めて、それで俺の酒の肴として提供してくれていたわけだ。スコーダン以外にもそういう話し好きはいる。飯場で皿洗いをしているボーノはとんでもない聴覚の持ち主で、飯場でヒソヒソ話しているのをみんな聞き取ってしまうことができる。士官用レストランにも出入りしているから、そこで拾った情報も少なくない。ただ、こいつは金にがめつくて、ちょっとした小ネタでも二〇パケットも取りやがるから、俺は聞こうとは思わない。ちょっと待っていればジェクス・ギトクスあたりが自慢げに披露してくれるだろう。

「ランセルよお」

そら来た。

「ジェクス。お前が左なんて俺はアンラッキーだ」

「俺はお前が右でラッキーだ。幸福不変の法則には適っている」

「ぬかせ」

「お前の右、誰?」

「ロカルアだろう。さっき後ろにいた」

「ほんとに?」

「え?」

右の方を見ると、アドレ・ロカルアでは、ない。見慣れない横顔がいた。俺がじっと見ているが、そいつはこちらを見ようともしない。丸窓からギリギリ見えるアッパータウンでも眺めているのだろう。俺には見えないが。

「誰かわからんのがいる」

「そうだろ。俺から軍曹、ビスアキ、ロカルア、曹長の順で、俺の隣がお前だから、曹長とお前の間に誰かいる。曹長には聞けないからお前にしかわからない」

ティブスは軍曹だが先週まで俺と同じ兵長だったからわりときさくに話せるが、メントニ曹長は堅物だし、〈砲台〉に着任して日が浅い新参者なので雑談がしにくいのはわかる。

「おかしくないか?」

「なにが」

「誰なんだよそこにいるの」

「新人なんじゃないのか?」

いつものマヨウか、ヨシハリあたりなんじゃないかと思っていたが、そういえば二人とも最近見ないな。誰がいつどれに乗るかは軍機だから、兵隊同士でも軽々しく話せない。兵士を仕切る軍曹でも人数の確認ぐらいしかしない。コンソールを見ながらチェックしていた曹長ならある程度わかっていると思うが、それでも名前と階級ぐらいのものだろう。管理職とはいえ、俺たちと一緒に撃ち出される立場なのだから、作戦の根幹には関わりがない。ここに並んでいる七人は全員が人類最底辺のキャノン・ボーラーなのだ。

「新兵か。久しぶりだな」

「そういえばそうだな」

このところ代わり映えのない顔ぶれだったから退屈していた。この前線基地には娯楽があまりない。一応ブロサルはあるが、同じ相手ばかりじゃ流石にあきる。新人は予約が半年先まで即日埋まり、半年たったらもうスレちまって新人とはいえない。週イチの搭乗任務の前後はブロサル禁止だ。運のないやつが予約を転売するときに運よく巡り会えればいいが、そんなことはめったにない。ブロサルには週四日しか入れないわけで、やはりその全部でコパに入ると、確実に勘違いされる。俺としてのギリギリの抑制がその一日だ。五時間の訓練以外はなにも軍務がない。習熟訓練のうちはよかった。変化があるのであまり飽きなかった。趣味のあるやつはいい。スコーダンやボーノのような情報屋はそれなりに楽しいだろう。文字が読めるなら映画や漫画も楽しめるかもしれない。俺のようなアステロは数字か決まった単語しか読めないから、字幕やらセリフやらはほとんどわからない。コモンズ(共通語)で作られた映画なんてないから、知らん言葉で話す知らん言葉の字幕なんて何もわからない。文字が読めなくても楽しめるというのでポルノ映画を見てみたことはあるが、ブロサルに行きたくなるだけなので、コパと会わない日のヒマつぶしには不適当だった。酒が強ければ酒場に入り浸ってもよかったが、三杯も飲めば潰れてしまうし、潰れた翌日は頭痛がひどい。俺には向いてない。アステロはだいたい酒に弱いから、生まれ育った環境に依るのだろう。コロニアンは少し強い。ルナリアンはもう少し強い。アーシアンはもっと強そうだが、会ったことはないからわからない。スコーダンは少し酒に強かった。意外に月出身ってのはホラじゃないのかもしれない。

 

待機開始から十五分が経過した。まだ十五分。あと何時間だ。十一時間と、ええと。クオーター、ツークォーター、スリークオーターか。十一時間四十五分。時間を数えるのはやめよう。うんざりする。ジェクスはずっと話しているが、ティブス軍曹と会話しているようで、こちらに向いてはいない。ジェクスの声は聞こえるが、軍曹の声はうまく聞き取れない。聞き取れないのはストレスになるので、聞かないことにしている。右の搭乗員とはまだ何も話してない。曹長とも話していないようだ。緊張しているのか、無口なのか。どちらかだろう。俺も自分から話しかけるタイプではない。フェイスシールド越しではよくわからないが、ずいぶん肌が白い。反射光のせいかもしれないが。そういえばスーツが少し俺たちのと違う感じがする。新型かも。スコーダンが言うにはたまにメーカー都合で新モデルが供給されることがあるそうだ。俺が来たとき、俺が最初に着たスーツは当時新型だったらしい。その後ずっと着ているわけだが、そろそろ切り替え時期ということか。もっとも今でも旧モデルを着ている兵がいるから、俺の除隊までに切り替えタイミングが来るとは限らない。出撃して破損でもしたら交換だろうが、週イチでこうして座っているだけで交換してくれるわけもなく、俺はこの愛機に包まって、暇な待機時間を過ごすだけなのだ。右のやつを見ていたら、シールドの下から指が出てきて、目の脇を掻いた。顔を掻いた。

「えええ!」

思わず声を出してしまった。右のヤツがおどろいてこっちを見た。目があったら、少し笑った。指はもう引っ込んでいて見えない。気のせいだったかもしれないが、確かに顔を掻いていた。新型は腕がヘルメットに入れられるのか?

「それ」

俺が声を出すと、右のヤツがこちらを見た。

「手が中に入るのか?」

「え? ああ。入りますよ」

右のヤツはシールドの向こう側から手を振ってみせた。新型! 欲しいよ!

「いいなあ。このモデルは肩がハマっていて無理だ」

「ああ、そうなんですね」

顔を掻くのはかつての悲願だったが、俺はもう顔の筋肉でどうにかごまかせるようになっていた。あの頃の俺に教えてやりたい。新型スーツを待てと。

「いいなあ新型」

「あ、新型というわけではないようですが」

「そうなのか」

兵器に疎い俺にはわからないが、スーツも何種類かあるのか。こいつは詳しそうだから少し仲良くしておこう。

「俺はランセル・タモデリ。兵長だ。よろしくな」

「あ、よろしくおねがいします兵長さん。僕はエリバ・ザインです」

「エリバか。よろしく。搭乗は初めて?」

「そうです。アッパータウンの眺めが綺麗ですね」

そうだろう。俺が見たかった眺めだ。俺の前の丸窓からは星空しか見えない。アッパータウンは士官と将校しか立ち入れないから、俺たち兵士はこうして上から見るしかないのだ。緑の多いアッパータウンの街並みは、超厚アクリルと電磁シールドに覆われている宇宙のグリーンハウスだ。ベジタヴァとフルートスも豊富らしい。それが何かは知らないが。あと水もたくさん。溜池に太陽がチラチラと反射して、それはとても美しい。何時間見ていても飽きない。新人のせいでズレてしまったが、初搭乗で十二時間の天体観測は本当に辛いから、今回は譲ってやろう。もしかしたら曹長のお優しい采配なのかもしれない。

「ランセル」

左のジェクスが話しかけてきた。

「おう。右のヤツの名前がわかったぞ」

「お、何だって?」

「エリバ・ザインというそうだ。初搭乗だとよ」

エリバがちらとこちらを見たが、自分が話しかけられたわけじゃないと気づいたのか、俺に軽く目配せをして曹長の方を向いた。

「階級は?」

「初搭乗ならプライベートだろう?」

「まあそうか」

「知ってる名前か?」

「プライベートでは知らないが、士官にそういう名前のがいた」

「なんだと?」

慌てて右を見ると、エリバ・ザインもこちらを見ていた。俺が驚いた顔をしているせいか、にこりと笑うとまた曹長の方を向いてしまった。アッパータウンを眺めているのだろう。

「士官ってどういうことだよ」

エリバに聞こえないように声を抑えてジェクスに聞く。無駄ではあるが。

「広報誌読んでないのか?」

「字が読めないんだよ」

「ああ、そうだったな。新任の情報士官だってインタビュー受けていたぞ」

「ジョウホウシカン?」

スコーダンからも聞いたことがない言葉だ。インフォなんとかのインタなんとかってなんだ。

「俺も知らんよ。ササツじゃないのか?」

査察は知っている。現場がちゃんとやってるか見回りに来るやつだ。なるほど。だから軍曹も曹長も何も言わないのだ。それで俺の横につけたのは、俺が問題を起こさない優れた兵士だからだ。〈おしゃべりジェクス〉の横にしなかったのは正しい判断といえる。こいつのせいで待機中は私語禁止なんてことになったらみんなが損する。逆に〈だんまりロカルア〉の横でも、コミュニケーション不足だとかなんとかで新しいルールが増やされてしまう。俺じゃなくてビスアキでもよかったんだろうが、俺のほうが先任だから俺の横につけたとみていいだろう。ここはひとつ顔が掻ける新型スーツの有用性を知ってもらって、兵士にも普及してもらえるように働きかけることにしよう。

「あの、ザインさん」

「え、あ、はい。なんでしょう」

「そのスーツは新型なんですか?」

「いえ、新型ではないですね。むしろ旧世代モデルかな」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ。やはり慣れた機体の方が扱いやすくて」

ただ座っているだけなのに慣れもなにもないと思うが、ジョウホウシカンなら他の任務もあるのかもしれない。

「その腕、どうなってるんです?」

「え、腕?」

「ほら手が出せるやつ」

「ああ、これね」

ザイン士官はまた手を振ってみせた。構造的にどうやってもそんなことはできないと思うがどうなっているのだ。

「これはマシンアームなので、中に腕を入れないんですよ」

「え、そんなのあるんですか」

俺の機体はスーツの腕の中に腕を突っ込んでいる。その先に操縦桿とマニュピレーターコントローラーがある。腕の動きはトレーサーが働いて俺の動きのままスーツも動く。肩からかちっとハマっているので腕は抜けない。そもそも抜くスペースなどない。関節を外しても無理だ。そのマシンアームってやつだとできるのか。

「あるんですよ」

エリバ・ザインはにっこり笑うとまた、曹長の方へ向いてしまった。詳しい話を聞いてみたいが、微妙に軍機かもしれないし、下手に聞こうとすると査察に影響があるかもしれないから、これ以上はやめておいた。待機から三十分が経っていた。あと何時間だろう。めんどうなので計算はやめた。たいして経ってない。

 

「わかったぞ」

軍曹とずっと話していたジェクスが俺に話しかけてきた。エリバ・ザインを見ると、相変わらず曹長の方に向いて話を聞いている。曹長が何を話しているかはわからない。エリバ・ザインはときおり返事をして、何かを問いかけているが、それも聞き取れない。査察の聞き取りでもしているのだろう。

「少尉だと」

「ショウイってなんだ」

「階級だよ。ビスアキが知ってた」

「ジョウホウシカンのことなのか?」

「情報士官ってのは階級じゃない。役目だ。お前が搭乗兵で兵長なのと同じことだ。情報士官で少尉だってことだ」

「ああ、そういうことか」

「だからさ」

ジェクスはさらに音量を下げて話を続けた。

「今回は出撃がないってことだ」

「どうしてだ」

「これは軍曹が言ってるんだが、査察官が乗ってるときに砲撃はしないだろうってことだ」

「そうなのか? シールドが消えても?」

「シールドが消えても、査察官ごとは撃ち込まないだろう」

「わからん。じゃあ俺のこの任務はなんなんだ」

「ササツを受けるのが任務ってことだろうってことだろうよ」

無駄に十二時間もこんなところで待っているのはつまらない。二年も待って、いつまでも撃ち込まれないのに、さらにまだ待たねばならないのか。除隊になるでもなく、撃ち込まれるでもなく。査察なら別に本当に乗り込まなくてもできるんじゃないのか。

「出撃しなくていいならいいじゃないか。楽に待てる」

「しかしな」

どうせ待つなら発射する可能性があった方がまだ意義がある。ただ、ここに座っているだけの任務になんの意味があるのだ。前回はよかった。撃ち込まれるかどうかずっと待ちながら過ごせたからだ。今回はなんだ。もう撃ち込まれないなら、今すぐ降りてもいいんじゃないのか。くだらない。俺の兵士としての矜持が汚された思いだ。だが、そういった敵愾心は、上層部の望むところではないだろう。査察を受けるのも任務なら、それに従うのが陛下の兵士として正しい態度だ。そうか、そういう態度もまた査察の対象なのかもしれない。俺は考え直して、正しく残りの時間を過ごすことにした。正しい待機はまた次回でいい。二度も続けて査察なんてことはないだろう。今までになかったし、意味がないように思える。

「少尉」

ザイン少尉の返事はなかった。話かけたらまずかっただろうか。無駄口を叩く兵士として不快に思っただろうか。

「あ、僕か。なんでしょう」

「少尉……でよろしかったでしょうか」

「いや、少尉ではないのだけど」

「失礼しました」ロカルアのガセネタだったか。

「構いませんよ。僕はキャプテンです」

「キャ……?」

少なくとも艦長ではない。いくら学のない俺でもこの人が艦長とは思わない。偉そうな帽子もかぶっていないし、ヒゲも生やしていない。見たところ若い。

「まあ僕の階級は気にしないで。エリバって呼んでくれていいですよ」

「はあ」

キャプテン・ザインはそう言うが、上官をファーストネームで呼んでいいわけがない。例外は昇進前から相手を知っているとかそういうときだけだ。兵長の僕を上等兵のジェクスが呼び捨てなのは先月まで同格で、来月にはジェクスも兵長になるからだ。僕の方が少しだけ先任だというだけのことでしかない。ティブス軍曹をタートだとかターティと呼ばないのは、僕と軍曹が同期だったことがないからだし、間に伍長があるからだ。それが軍隊のルールだ。だから僕はエリバ・ザインをエリバなどとは呼べない。しかし呼べと言われて呼ばないのも失礼にあたるかもしれない。困った。

「でしたらキャプテン・エリバとお呼びしても?」

「いいですよ」

「ありがとうございます」

上手い着地点をみつけられたようだ。これで、査察で俺たちがペケされる心配はない。

「それで、あなたは?」

「え?」

「お名前を聞いてもいいですか?」

「あ、自分でありますか」

「はい、曹長に聞いてもいいんですが、せっかく隣になったのだし」

「はっ。自分はランセル・タモデリであります。兵長待遇であります」

「タモデリ兵長。ちょっと発音が難しいですね」

「はっ。皆にはランセルと呼ばれます。キャプテン・エリバもそうお呼びください」

「ランセルは呼びやすいね。そうさせてもらおう。それでランセルはここに来て長いのですか?」

「はっ。もうすぐ二年であります。先日長期間待機任務遂行を評価していただき兵長待遇になったところであります」

「そうなんだね。ここの前は?」

「ギボウスにおりました」

「ギボウスか。遠くだね」

「ご存じでしたか。ギボウスAX338のW3区画が自分の郷里であります。徴兵隊の訪問がありまして、同じ里から三名が入隊いたしました。他の里のものがどこに配属されたかは知っておりません」

「重力には慣れましたか?」

「はい、訓練は十分であります」

最初の半年は三時間の残業訓練で重力適応を叩き込まれた。それに火星は降下しても低重力だからそれほど苦労はないと聞く。いくら俺がアステロでも実戦に不安はない。降りても五分で慣れると教官は言っていた。

「それはよかった。除隊になったらどうしますか?」

これは雑談ではなく調査なのかもしれない。あまりふざけたことを言うわけにはいかない。帝国軍人として正しい返答をしなければならない。

「はい、できればルナベースで沖仲仕の仕事にでもありつければと思いますが、それは高望みですので、輸送船団の警備員でも志望したいと思っています」

本当は外縁域での海賊業でウハウハするのがガキの頃からの夢だったが、軍が追っているお尋ね者になりたいなどとは絶対に言えないから、そこは用意しておいた模範解答を述べた。多くの兵士は同じ返答をするだろう。キャプテン・エリバはなるほどと答えて、とくに話を掘り下げたりはしなかった。搭乗から一時間が経っていた。あと何時間だろう。

 

「ランセル」

ジェクスが話しかけてきた。いよいよおしゃべりタイムが始まるのか。査察が心配で黙ってるんじゃなかったのか。

「なんだよ」

あまり返事はしたくないが、黙ってるとどんどんうるさくなるから。こいつには適度に返事をした方がいい。

「スコーダンに会ったか?」

「いや、しばらく見てない」

「お前もか。除隊したのかな」

「何か聞いてないのか?」

「ロカルアもビスアキも知らないとさ。軍曹殿も知らないそうだ」

「除隊したなら軍曹には挨拶ぐらいしそうだけどな」

除隊が決まってから出発まで三〇分程度しかないから、誰もが挨拶できるわけではないが、付き合いの長い兵士同士なら顔を合わせたりすることは多い。とはいえ今日のように待機任務中ならどうしようもないわけだが。

「俺は少し借りてたから会わなくてよかったが」

「逆に軍曹殿は少し貸してたそうだから、会いに来ないのもわかるが、貸してるお前には会いに来るだろうなあ」

「しかし軍票なんか除隊したら意味ないから来ないこともあるだろ」

「それもそうか」

結局スコーダンが除隊したのかどうかはわからず、わかっても仕方がないと気付き、それ以上の詮索はやめた。ただ、スコーダンは俺より半年前にここに来たのだから、これで除隊したのがわかれば、俺も半年後ぐらいには出られるかもしれない。だったらいいな。あと十数回の待機任務をこなせばいいわけで、果てがないのはどうにも辛いことだが、これが有限の仕事ならまだ励める。それに今回の待機は射出がない。なんて気楽なのだろう。まさしくボーナスステージだ。張り合いはないが、気楽なのは思ったよりいいことに思えてきた。そうだ。任務にやり甲斐など無用だったのだ。俺が間違っていた。

 

二時間が経過したところで、モーター音が響き出した。ゴウンという騒音と共に、揚陸艇が横にスライドする。正しくは右ナナメ下方向だ。同時に艇は左方向に少し回転する。つまり俺の丸窓からはアッパータウンが見えないままだということだ。十二時間の間、このシリンダーブロックでは常時六艇の揚陸艇が待機する。二時間ごとに一艇が任務を離れ、別の一艇が新たに任務に就く。いざ作戦が発動し、俺たちが射出されると、次々にリニアレールで加速された六艇が飛び出していく。レールを離れて加速が終わると同時に尻の火薬が点火され、ロケット加速で地表を目指すことになる。大気圏突入の寸前までに固形燃料は燃え尽き、今度は重力加速で一気に目標地点に飛び込むのだ。船体と耐Gスーツがなければ即死であるが、そうはならない。衝撃波で地表施設を破壊して無力化した上で、地下に隠れた敵居住区を速やかに制圧するまでが俺たちの任務なのだ。シリンダーブロックが全部でいくつあるかは知らないが、同時に飛び込むと相互の衝撃波でバラバラになるし、七発以上射出してもシールドの復帰までに全弾は飛び込めない。砲弾は待機時間の短い方からどんどん発射される。第一回の回転移動が済んだので、俺たちは二番弾になったのだ。飛び込むなら二番か、できれば三番がいい。一発めはシールドに阻まれる心配は少ないが、着弾時の衝撃が複雑すぎて耐Gスーツでカバーしきれない可能性があると言われている。二発目なら城塞都市の地表は初弾の爆風であらかた破壊されてすんなり飛び込めるし、三発目はもっと安全な着弾が可能だ。そして四発目以降は、シールドの復帰で粉微塵になるリスクが高い。待機一〇時間以降はただひたすら発射されないことを祈る時間になる。

今は心配のない時間帯だ。部隊員の多くは少しリラックスした感じで、若干口数が多くなる。ただし、ジェクスはいつも多いのでそれ以上は多くならない。

キャプテン・エリバは曹長とずっと何かを話しているが、うまく聞き取れない。こっちに顔が向いていないのもあるが、単語が難しくてわからないのだ。

「……ゲンチセイフは何を?」

「なるほど……シエンのヘイリョクが……」

「……エビデンスをシメします」

「……カウンターのアゲンストが……」

やはりわからない。

「ランセルランセル」

邪魔も入る。

「なんだジェクス・ギトクス」

「フルネームで呼ぶな」

「たまにはいいだろ。忘れそうだし」

俺はランセル・タモデリ。兵長だ。部隊長はチーダ・メントニ曹長で、副長はタート・ティブス軍曹。伍長はいないから今日の待機部隊では俺が三番手だ。ジェクス・ギトクスはファースト。その下のプライベートにアドレ・ロカルアとコンフュ・ビスアキがいる。それでキャプテン・エリバ・ザインが最上位か。

「ジェクス、キャプテンて曹長より偉いよな?」

「キャプテンは大尉だな。偉いだろそりゃ。士官待遇だもの」

よく覚えておこう。

「でも、情報士官なら実戦では指揮しないから、曹長の言うことを聞いていればいいんじゃないかな」

「そうなのか」

「とりあえず曹長が何か命令するまでは曹長の指揮を聞いていればいい」

「なるほどわかった」

さっきのは忘れておこう。

「ただ、キャプテンの護衛は必要かもしれない」

「護衛か」

「情報士官というのは重要な任務を持っているから、俺たちはそれを護らないといけない」

そうか。覚えておこう。キャプテン・エリバは護る。キャプテン・エリバが俺たちのと違うスーツを着ているのは、俺たちより死んだらまずい任務を持っているからなのかもしれない。陛下の兵隊としては、軍にとっての利益を最大限に優先する義務があり、そのように振る舞うのが軍のルールだ。そして俺は今まさに軍人であるからして、そのルールに従う。つまり命令があればキャプテン・エリバを護る。命令があるまでは曹長の指示に従う。今はここに待機するのが俺の任務である。全部理解した。

「で、お前の話はなんだ」

「忘れちまったよ」

「そうか」

忘れるようならたいした用事でもないのだろう。俺は星しか見えない丸窓を眺めながら、何か通らないかを期待していた。そして何かが横切った。一瞬だが光の筋が見えた気がした。宇宙空間でも流れ星はあるのだろうか。右のほうが明るい。キャプテン・エリバを見ると落ち着いた様子でアッパータウンの方を見ている。ヘルメットのバイザーに赤い光が反射して見えた。ブザーが鳴り響き、赤色灯が明滅をはじめた。機械音声がスピーカーから流れる。

『緊急砲撃シークエンス開始。五秒前。三、二、一』

 

瞬間の加速とともに丸窓は遮蔽板に覆われて、何も見えなくなる。俺は俺の肉体と俺のスーツを載せた俺たちの揚陸艇が俺の魂を置いてけぼりにして加速するのを後ろから見た。いやそんなはずはない。俺の魂は俺の肉体とともにある。シールドの正面は漆黒で何も見えない。いや見えている。ヘルメット内のインジケーターの光が、ヘルメット・バイザーの内側に反射して見える。俺の魂は俺の肉体にあり、俺の揚陸艇と共に加速している。気がついたら俺は叫んでいた。AかOの音を喉から絞り出して叫んでいた。それは言語ではなく、ヒト共通の咆哮である。肺からすべての空気が絞り出されるまで叫び続けた。一瞬加速が収まったかと感じて息を吸い込んだ次のフレームで背中から強く押され更に加速をはじめた。今度は息を吸いながら叫ぶ。他の隊員も叫んでいるのか俺の叫び声でかき消されて何も聞こえない。ただ暗闇に向かって俺の魂が加速し続けていた。肉体はどこだ。一瞬遅れて肉体もスーツも艇体も同じ方向に加速していく。振動はどんどん振幅を減らしてやがて線になった。直線は放物線に。ライフリングのように自転しながら砲弾は飛翔、いや落下をはじめる。

瞬間の脱力の後、じんわりと重力の谷へと吸い込まれていくのを感じた。その刹那思考は回復する。何が起こった? 予告なしで発射? 一瞬だけだがアッパータウンが炎上するのが見えた気がした。その前の流星のような光はなんだったのか。いやそんなことはこの際どうでもいい。俺は、俺たちはなぜ飛んでいるのか。この砲弾はどうして飛んでいるのか。いやそれもどうでもいい。この砲弾はどこに向かっているのか。その先はどうなっているのか。他の砲弾も飛んでいるのか。飛んでいるのか落ちているのか。物理的にはもう自由落下に移行しているから落下しているのだろう。城塞のシールドは? 狙って飛んでるのか、アクシデントで飛ばされているのか。振動がだんだん激しくなってきた。そして俺はなぜ叫んでいるのか。

『ランセル』

ヘルメットの通信機から曹長の声が聞こえた。

『ちょっと黙れ。うるさい』

慌てて口を閉じる。心臓のあたりが鷲掴みにされたようにギュムっと縮む。歯を食いしばってみるが、断熱圧縮の振動パルスが胃袋を揺さぶって吐きそうになる。今吐くとたぶん死ぬ。アーム内のグリップを強く握って堪える。叫んでいないと思考が暴走する。叫ぶことは精神の安定に直結するのだ。叫びたいが命令でできない。命令を守るのは軍のルールだ。そして俺は軍務で死ぬ。いつか。今か。まだ時間はあるか。スコーダンが言っていた。人は死ぬ間際にその人生を思い出して総括するのだと。つまりそういうのが始まったらいよいよ俺もヤバいということだ。俺の一番古い記憶は坑道の飯場で皿を割ってシェフにケツを蹴り上げられたことだ。大ケガはしなかったがそのままキッチンから蹴り出されてクビになった。痛かったのかどうかまでは覚えていない。痛みの記憶というものは残りにくいらしい。ガキの頃あちこちであちこちを殴られたんだが、殴られる光景を思い出せても、痛みは思い出せない。アステロにもブロサルはあって(客になるには一級鉱山技師か港湾の沖仲仕以上の給金がなければならないが)俺はそこのプリンセスに拾われて小間使いにされた。オツカイが遅いだのカタヅケが雑だのメシがまずいなどくだらないことでしょっちゅう殴られたがその何倍も意味もなく飽きるまでひたすら撫でられたので俺はそこを逃げなかった。飯も食えたし(作るのは俺だが)寝床もあったからだ。プリンセスはリポイという名前だったが、客やババァはニキータと呼んでいた。俺たちは(俺以外にも小間使いはいた)、リポイとは呼ばず、姫様と呼ばされていた。姫様というものを見たことはなかったが、たぶんこんなアステロイド鉱山で客をとったり、裏でガキを殴ったり、飯の最中に鼻毛を抜いて屁をしたりはしないだろう。字が読めなくて学がなくてバカでもそのぐらいはわかる。ただ、客間に出るときのドレスは美しく見えた。リポイ姫はそのうち鉱山毒が脳まで回って一晩のたうち回って死んだ。ブロサルの遣手ババアは業者を呼んで部屋のゴミごと姫様を処分した。もちろんそのゴミには俺たちも含まれていた。コンテナごとごみ処理場に送られるところだったが業者のおっさんが扉を締め忘れていたので(今思えばおっさんの情けだったのかもしれない)、俺たちはそこを抜け出して前にいた飯場に潜り込んだ。俺は蹴られたのを覚えていたから嫌だったがチビどもが腹が減ったと泣くので仕方なくだ。食品倉庫に入り込んだのを見つかったとき、シェフは俺を覚えていなかったが、よく考えると別人だったかもしれない。そもそも同じ飯場なのかどうかも怪しい。シェフは残飯でよければやるぞ、と優しく俺たちに食い物を恵んでくれたが、シェフが言うにはシェフもかつては俺たちみたいなストリートチルドレンだったらしく、オーナーの手前飼ってはやれないが、とりあえずこっそり裏から来たら残飯をやると約束してくれた。しかし三日もしないうちにシェフはクビになり、店も翌月には潰れた。裏口をこじ開けて中に入ったが、すでに表戸はやぶられて中は荒れ放題で食い物どころか食えないものもロクに残っていなかった。大人のやり方はえげつない。ただ、何もなくなったので俺たちはそこを住処にできた。アステロイド鉱山で食料を調達するのは非常に難しいことは前にも言ったと思うが、それは本当だ。しかし、そこは飯場だったので定期的に食料が配給されてきた。営業していようがいまいが配達業者には関係がないし、配給公社にも関係ないのだろう。あまり荒れたままだといずれ怪しまれると考えた俺たちはガキながらに店の修繕をして、姫に食わせていたぐらいの料理を作って間違えて入ってきた客に食わせた。値付けを間違えてアホみたいに安くしたせいで不味くても通ってくる客はいた。結局衛生局が養護施設の旦那を連れて乗り込んでくるまで一年ほど俺たちはレストラン経営をすることができた。衛生局の年に一度の定期検査で役人が乗り込んできて、無許可営業がバレたわけだ。養護施設の旦那は悪い人ではなかったが、杓子定規で難儀した。読み書きそろばんを教えてくれたんだが、俺はもう小さくなかったのでまったく身につかず、結局数字が読める程度にしかならなかった。チビどもは少しマシで、自分で書くのは無理でもそこらの書類を読むぐらいはできるようになっていた。俺が好きだった宇宙海賊ハボルクの本を、チビに頼んで読んでもらうたびにいつも俺はバカにされた。読めないが言葉はわかるのに、読めないだけでバカにされるのは納得がいかない。数字は読めるんだからいいじゃないか。俺は俺の頭の中ですでに俺の文字で考えるようになっていて(文字というより図形みたいなそういうものだが)、それと目から入ってくる書いてある文字のすり合わせが難しいのだ。俺の頭の文字をそのまま書くことができたら、きっと俺も読み書きができると思うが、それは他人にはまったく読めないだろうから意味がなかった。養護施設の旦那は杓子定規で、養護施設の規定で十五歳までしかいられないことになっていたから、俺は十六歳の誕生日に放り出された。放り出されるのはいつものことだが、今度はチビどもがいないので少し楽だった。その頃は宇宙船が好きで宇宙船乗り(というか宇宙海賊)になりたいと思っていたから、海賊船の料理人にでもなろうかと思って、まずは港湾の飯場に行ってみた。片腕のシェフがいて(傷病軍人らしい)、下働きが使い物にならないから代わりになるなら雇ってやろうというので姫の料理を披露したら、その材料でその味はすごいと褒められ、下働きのボンクラの代わりに雇ってもらえた。港湾の飯場には沖仲仕が何人も通ってきて、やたらと景気のいい話をしてくれた。聞けば火星のあたりで戦争が始まったらしく、こんな辺境のアステロイドにも経済が流れてきて、だいぶ羽振りがいいのだと言う。戦争とはなにかと聞いたら、国同士がケンカして、決着をつけることだという。国とは何かを聞いたが、沖仲仕はうまく答えられなかった。学がないのはお互い辛いことだな。何日かあとで買い物に出たところで逆恨みしたボンクラに後ろから殴られたが、冷凍肉を振り回してガッスガスにしてやったら泣きながら謝るから、仕事を奪った手前もあるので赦してやった。その後ボンクラがどうなったか誰も知らない。ボンクラを殴りつけた冷凍肉で作ったメシはとんでもなく美味かった。それから俺は冷凍肉を叩いてボンクラディッシュと名付けて客に出すようになったが、あまりに人気になったせいでシェフに疎まれて、何年かして皿を大量に割ったときにクビになった。そのすぐあとで徴兵隊に誘われて入隊したわけだが、結局今もこうして放り出されて飛んでいる。そうかこれが俺の最後の放物線になるのか。人生の総括をしてみたが、ずいぶん短かった。ろくな人生じゃない。ろくじゃない人生というものがどんなものなのかは知らないが、たぶんもう少しマシだろう。

『目標到達十秒前』

曹長のコールが響く。死ぬよりだいぶ前に走馬灯が終わってしまった。

『八』

九がないのは、十秒前のコールが長いせいだ。

『七』

到達ってのは電磁シールドにぶつかるときなのか、その下の市街地に飛び込むときなのか、どっちなんだ。

『六』

思考が速すぎて辛い。間が持たない。

『五』

五秒というのは結構長いということを知った。

『四』

死ぬ。

『耐ショック!』

スーツを着ている以外に何もできないのだが。とりあえず歯を食いしばってみる。

『到』

到達って言いたかったんだろうが、その直前に衝撃が来た。
進もうとする俺と俺たちと俺たちの砲弾の慣性が瞬間的にゼロに戻され、それを通り越して逆方向に置換される。耐Gスーツの構造は俺にはわからないが、その踊り狂う重力の嵐をナノ単位で相殺し、相殺しつくして俺たちの脆い肉体には届かないようにしてくれている。重力波は波長なので相殺すれば消せると言い出したマッドサイエンティストが発明したアホな装置のせいで、俺たちはクソ砲弾に乗せられて、クソ惑星に撃ち込まれるようになった。こんなものがなければこんなアホな任務を思いつくアホな参謀もいなかったはずなのだが、現実にはそのどちらのアホも実在したため、俺たちは今こうしてここにいる。

 

それでも相当な衝撃はあったので、意識がぼんやりしている。ぼんやりしているのがわかったら急に意識がはっきりしてきた。目は開いている。数字が見える。目標との距離を示すカウンターはゼロになっていた。なるほど着弾はしたようだ。電磁シールドはなかったということか。あるいはあったが、突破できたか。フェイス・シールドの外側は真っ暗闇で何も見えなかった。ロックが外れていないので身動きができない。シミュレーションでは着弾後すぐに外壁が火薬で飛ばされて、俺たちは砲弾の外に出られるのだが、今のところまだそうなっていない。敵に包囲される前に展開しないと少しまずいことになる。

「ジェクス!」

とりあえず左の仲間を呼んでみる。返事はない。

「キャプテン……!」

キャプテンの名前を忘れてしまった。

「曹長! 軍曹!」

『ランセル・タモデリ兵長』

通信機から声がした。曹長だ。

「曹長、ご無事ですか?」

『ああ、無事だ。お前以外はだいたいな』

「自分以外は、でありますか?」

『言いにくいんだが、お前は揚陸艇の裏側に埋まってしまって、今はまだ取り出せない。落ち着いて少し待て』

「そんな。それはよくないのでは」

すぐに脱出しないと、敵が攻めてきて俺だけ取り残されて包囲されて蜂の巣にされるんじゃないか。ミニガン一〇〇〇発とグレネード十二発でどうにかなるものなのか。無理だろう。ここは敵地だ。

『心配するな。交戦中ではない』

交戦中ではないのなら、包囲される心配はないのか。外はどうなっているのだろう。ここはどこなのだ。もしかしたら結局俺たちは死んでいて、ここは地獄か、天国か、その他どこかのあの世なのかもしれない。リポイも港湾のシェフもどうせ死んだら地獄行きだから生きてるうちは楽しくやろうと言っていた。遣手ババァとコパは、死んだら地獄は嫌だから少しは善行を積まねばと言っていた。言ってることとやってることは噛み合っていないが、願望はあったようだ。俺はといえば、死んだらそこまで。きれいサッパリ何も残らないと思っていたし、そう願っていたから、これが死後の世界ならまるっきり期待はずれだ。死んでまで曹長は曹長で俺は兵長なのでは死んでも死にきれん。もしそうなら、リポイは死んでも娼婦のままで、俺もまた兵長のまま小間使いということになるじゃないか。ただ、リポイにまた会えるなら、それでもいいかなとは思う。今の俺ならリポイを食わせてやれるし、守ってやれるし、抱いてもやれる。

ぐらりと横方向のムーブがあって、赤い光が飛び込んできた。

 

装甲板を剥がしてロックの強制解除が行われると、俺の耐Gスーツはようやく砲弾から引き剥がされた。スーツの脚や腕を曲げ伸ばししてみるが、どこにも異常はないようだ。ミニガンを試し打ちしたかったのだが、交戦中ではないということなので、それは控えた。

「状態はどうか」

「問題ないようです」

「よし。ではジェクスとバディを組め」

「はっ」

曹長の指す方にKK37の後頭部が見えた。見慣れない機体と並んでいる。

「それで、お前たちはキャプテンの護衛につけ」

「了解しました」

俺たちのスーツより一回り大きくて白いのがキャプテン・スーツのようだ。見るからに装甲が厚い。護衛の必要なんかあるのかな、と思ったが、要は俺たちに盾になれということだろう。俺はその辺の察しはいい方なのだ。周囲は着弾のクレーターになっていて、人造物の形跡はほとんど残っていない。ジェクスとキャプテンはクレーターのリムに立っている。空は赤い。地獄の空もこんな色かもしれないが、火星も赤いから、ここは火星でいいのだろう。プロペラントがもったいないのでジャンプはしないで瓦礫を踏み分けながらクレーター壁を登ってジェクスに合流した。リムまでくると遠景も見える。シミュレーションで見た火星城壁都市はそこにはなかった。一面の瓦礫の山。ところどころにあるクレーター。新しいものもあるが、古いものもある。崩れかけたビルから煙が何本も上がっている。アウストラーレは十万人が暮らすという中堅都市のはずだが、人々が暮らしている様子はもうどこにも見えなかった。

「ここは地獄なのか?」

「ただの戦場だ」

ジェクスが振り向きもせずに答えた。戦う相手はどこにいる?

「ランセル君は無事だったね」

「はい。無事であります」

キャプテン・エリバに敬礼をしてみるが、アームの可動域がそれを許さず、カジュアルにハイタッチを求めたようになってしまった。ジェクスが振り返るとフェイス・シールド越しに珍しく真面目な顔が見えた。

「ロカルアは死んだ」

「なに?」

「あいつの外壁だけ着弾前に外れちまって、放り出されちまった」

なんてこった。放り出されるのはいつも俺だけじゃなかったのか。もっとも俺が死んでいてもおかしくなかったから、あの走馬灯も伊達ではなかったのかもしれない。アドレ・ロカルアはいい奴だった。

「いい奴だったのに」

「そうだな。いい奴だった」

ロカルアが死んだので曹長と軍曹のバディにビスアキが合流して、ちょうどスリーマンセルが二つになっているわけか。俺の後から曹長たちも上がってきた。六機のスーツはクレーターの稜線に立って、都市だったものを眺める形になった。

「キャプテンが指揮を取る」

曹長が宣言した。ここから先は俺たちはキャプテン・エリバの部隊になる。キャプテン・エリバによる緊急ブリーフィングが始まる。

「とりあえず、状況を説明しないといけないね。君たちは砲撃のあとのことは知らないと思うので困惑していると思うが、実はこの戦争はすでに終わっている。射出の寸前に司令部から通達があって、待機命令はもう解除されるところだったんだ。政治のことは君たちには関係がないが、先週の砲撃でここを占拠したところ、火星政府が和平を求めてきて、先程ようやく軍首脳と話がまとまったということなのだ。ただ、さっき〈砲台〉が『何者か』の攻撃を受けて、我々は非常脱出として射出されたわけなんだが、ひとまずここの野戦司令部に合流して、情報を収集しなければならない。ここまではいいかな」

情報が多すぎて混乱するが、シンプルに考えると、とにかくその野戦司令部までキャプテンを連れて行くのが次の任務ということか。

「この都市の武装は解除されているが、今の砲撃でまた犠牲者が出ただろうから突発的な反乱が発生する恐れもある。急いで本隊と合流するべきだと考えている」

「本隊はどこに?」

ジェクスが聞いた。曹長がそれを制する。キャプテンが続ける。

「城塞の逆側にタワーが見えるかな?」

「はい、目視できます」

「その脇のアリーナに先週降りた砲弾兵が集結していると聞いている。まだ通信はできていないが、まずはそこに向かおう」

「あの」

俺もジェクスを真似て、気になっていることを聞くことにした。

「先週の砲撃とはなんですか?」

これまでずっと「砲撃は実施されていない」と軍の広報から発表されていたのだが何の話だろう。

「兵士には伝えていないが、砲撃は先週だけでなく毎週何度もあった。そもそも『なかったこと』を参謀本部がいちいち発表するのがおかしなことなんだが、それを気にする砲弾兵はあまりいなかったな」

俺たちは待機時間とその間の無為な時間をどう忘れるかしか考えていないからだ。難しいことをわざわざ考えるやつは少ない。

「隠すなんて、なんでそんなことを」

「君たちが砲撃を恐れて逃げ出すことを軍首脳部が気にしていたからだよ。失礼な話ではあるが、彼らは君たちをあまり信用していない。いや、私たちと言うべきか」

「私たち、とは?」

「アステロだよ。アステロイド出身者は全員砲弾兵になる」

「月とかから来ているっていうのもいましたけれど」

自称ルナリアンは、スコーダンほか何人かいた。コロニアンだと言っているのもいた。

「それはウソだろうね。徴兵隊はそもそもアステロイド域でしか砲弾兵を集めていない」

なんだ、どいつもこいつもみんなアステロだったのか。お互いに見得を張ってバカバカしいことだ。

「キャプテンは違いますよね?」

「僕もアステロだ」

それは驚いた。アステロは士官になんてなれるわけがないと思っていた。

「アステロでも|大尉《キャプテン》になれるんですか?」

「火星に何度も降りれば誰でもなれるさ」

「何度も?」

「メリディアとサウマスも降りたし、あと非公式だがポレニアの攻略にも参加している。ちょっと用事もあったしね」

砲弾兵は必ず死ぬと思っていたのに、そんな何度も降りて生きて帰った人がここにいた。この人は近所に買い物に行く感覚で、火星に飛び込んでいるのか。

「質問はもういいかな?」

「エッサ!」

 

実際に、民兵の抵抗はあった。だが、ミニガンを向けてゼロコンマ二秒ほど斉射したら黙ってくれた。死んでるかどうかはどうでもいい。火星人がどうなろうと知ったことではない。

火星城塞都市の街並みは徹底的に破壊されていて、原型をとどめている建築物はまるでなかったが、もともと放射線を避けて半地下より下に居住区が作られているため、生存者はそれなりに多いようだった。だが、地表を歩くものはなく、物陰からときおり銃弾が撃ち込まれたり、迫撃弾が飛んできたりするぐらいで、俺たちのスーツを破壊できるようなものは飛んでこなかった。たまにコツンコツン音がしたが、それは投石によるものだろう。銃弾がもったいないので無視した。あんまりうっとおしいときは、足元のコンクリート片を掴んでそっちにぶん投げてやれば黙った。一度投げれば、見える範囲は静かになるものだ。

砲弾兵器による都市の破壊は想像以上だった。着弾の衝撃波が数百メートルクラスのクレーターを作り、その外側の建物もなぎ倒される。爆風は地上を疾走り、生きものも生きていないものも区別なく物体に変えてしまう。運よく着弾点から離れていた者も下手に動けば、砲弾から出てきた兵士のミニガンによってミンチにされる。都市守備隊が侵略者(俺たちだが)を始末するか、自治体の首脳部が諦めて降伏するかしないかぎり、息を潜めて隠れているしかない。一致団結して人の壁を作り、弾薬が尽きるまで射撃させれば、ジリ貧になった砲弾兵を追い詰めることはできると思うが、それでサウマスの人口は半分以下になったわけで、あまり得策とは言えない。俺のようにその辺のものを手当り次第武器にする手癖の悪い兵士も少なくはないのだ。実際、先週の砲撃はおそらく六発全部が着弾していて、総勢四十二名の砲弾兵が暴れ回ったわけなので、人口十万程度の城塞都市では手の打ちようがなかっただろう。この光景からは、そのように考えるほかはない。そしてそれは見せしめとして、火星政府の肝を冷やし、和平交渉へと動いたということだろう。どういう手続をすれば和平になるのか俺のような兵士にはわからないが、同じ人類なら話せばわかるんだろうか。

 

アウストラーレの野戦司令部は巨大な惑星間通信タワーに接するアリーナに置かれていた。ずいぶんとデカい箱が建てられていて、坑道を繋いで作られていたアステロイドの街にはなかったものだ。こんなだだっ広いところで何をするのかと思ったが、そういえばスコーダンがボールを蹴って遊ぶ競技が地球にあるとか言っていたから、それを真似たものだろうと思った。

「ランセル!」

誰かが呼んだ。

「XC13! ランセルだろ!」

振り向くと、頭に緑のラインがあるスーツがいた。俺はそいつを知っている。知ったかぶりのスコーダン。俺に五〇〇パケットも貸してくれるお人好しだ。生きていたのか。

「スコーダン!」

「ランセル! お前も降りてこられたのか」

「まあ、なんとか。お前見かけないから除隊したのかと思ったよ」

「一〇〇〇パケット返してもらうまで抜けられるかよ」

「五〇〇だ。五〇〇。ふざけんな」

スコーダンはガハハと笑うと、ハイタッチを求めてきた。俺も応じたが実際に装弾しているアームを合わせるわけにはいかないので、なんだか二人で敬礼をしあってるようになってしまった。

スコーダンによると、先週の降下作戦でアウストラーレを制圧し、増援と補給を要請したが、なかなか軍が動かずジリ貧になっていたということ。俺たちが合流したことで戦力的な危機は解消でき、当面の物資も確保できた。そこに和平交渉の知らせが届いて安堵したということだった。しかし、話はそこで終わりではなかった。

「〈砲台〉が降伏した」

「意味がわからん」

「お前らが降りてきたとき、〈砲台〉は攻撃を受けたんだが、それですぐに火星方面軍のハゲ参謀どもの参謀本部が降伏した。まあアッパータウンが炎上したらしいからどうしようもなかったんだろうが」

高官はアッパータウンにしかいないから、あそこがやられたら指揮系統は壊滅だ。帝国から来ている将官クラスは全滅。残っていても佐官がせいぜいだろう。スコーダンはマヨウとヨシハリも降りてきていると言っていた。それじゃ上で見かけなかったわけだ。スピーカーでアリーナに集結するように指示があり、俺たちはゲートをくぐって中に侵入した。ゴール裏の客席にキャプテンの白い機体があり、その横に長身の士官が立っていた。正面から見るのは初めてだが、エリバ・ザインに間違いなかった。左右には知らない部隊章のある機体と、よく知っている曹長の赤線二本の機体が並んでいた。そこにステージが作られていて、この模様は星間ネットワークではるか遠く地球まで届いているという。俺とスコーダンは他のスーツをかきわけて、できるだけ前の方に行った。

しばしの沈黙のあと、エリバ・ザインが声を上げた。

『砲弾兵の諸君。ならびにすべてのアステロイドおよび火星城塞都市の人民よ』

エリバ・ザインの声がスピーカーから場内に溢れた。穏やかで、でも聞き取りやすい声だ。俺はこの声が好きだ。

『私は、アステロイド評議会議長、エリバ・ザインである』

え。誰?

『すでにご存知のこととは思うが、我々は帝国軍惑星攻撃砲台を破壊し、これを占拠した。評議会と火星との和平も締結し、この地での戦争は終結した』

情報士官というのはウソだったのか。壇上のキャプテンはなんだかとても偉い人間のように見えた。ガリゴリと騒音がして、アリーナの天井が開いていく。全て開き終えるまで三〇秒ほどだが、屋根が完全に開かれると、真っ赤な上空に白いものが散らばっていた。

『天空を見よ。我が艦隊を』

白く見えるものは、宇宙戦艦だ。十や二十ではない。百はなくとも相当な数が見える。赤い空に白い魚が浮かぶ。美しい。美しいとはこういうもののことだ。あんな陽の当たらないような辺境にそんなものが隠してあったのか。それともどこかから盗み出したのか。それはわからない。少しの間を置いて、キャプテン・エリバだった男は続けた。

『紹介しよう。本日付けで我が妻となった火星都市連合主席、アレース姫である。諸君には拍手を求める』

ガンガンガンとアームを打ち合わせる音が響く。何発かミニガンが暴発したが祝砲のようなものだ。アレース姫と呼ばれた中年女性は包帯を撒いた腕をかばいながら、即席の祭壇に上がった。これが本物の姫か。ドレスは着ていない。普通のワンピースだ。しかし、火星王族の証である赤い宝珠は額にあった。火星人は生まれるとすぐに額にバイオインターフェースを埋め込む習慣がある。地球圏とのネットワークが断絶している今となってはなんの機能もないが、王族には風習として残っているものだ。エリバ・ザインはアレース姫を抱き寄せ、口づけをした。姫はあまり嬉しそうには見えなかったが、積極的な拒絶も示していないので、これでいいのだろう。この年の差カップルの裏事情など一介の砲弾兵の俺には関係がない。俺が気になっているのは、今後の身の振り方だ。終戦ともなれば軍は解体。そしたら俺はまた放り出される。聞けばもう俺たちは帝国軍ではないようだから、退職金も期待できないし、ヘソクリの軍票だってただの無駄なビットデータに過ぎない。五〇〇パケットの借金はチャラになるからそれはよかったが、どうしたってこれからどうしていくかは考えておかなければいけない。

『この婚姻をもって、火星連合とアステロイド評議会は合併し、辺境連邦国家の成立を宣言する。また、その初代大統領には私が立候補する。即時電子投票を行う。イエスかノーで答えていただきたい』

コンソールにYESとNOの表示が出た。よくわからないが、YESを押した。よくわからないときはYESとしておけば失敗はない。

『ありがとう。賛成多数で私が大統領となった。辺境連邦の発展と正義のためにこの身を捧げることを誓う』

発展したら俺も恩恵に預かれるのだろうか。明日の食い物の心配をしないで済むなら、あとはどうだっていいが、うまく仕事にありつけるだろうか。そういえば今の任務はキャプテン・エリバの護衛だった。そのまま大統領警護の任務につけてはくれまいか。それなら軍がなくなっても問題ない。

『前置きはこれで十分だろう』

プレジデント・ザインの声が変わった。重々しい雰囲気が場内に満ちる。声色一つでこれほどの影響があるとは。俺の隣でニコニコしていたのとはまるで別人だ。立場が人を作るとはこういうことか。

『我々辺境連邦は、地球帝国の圧政に対して抗議すると共に、ここに宣戦を布告する。これまで火星の人民を苦しめた砲弾兵の威力を身を以て知るがいい』

なるほど。俺たちはまだ失業しなくて済むようだ。

 

「ウィーア・キャノン・ボーラー!」

「ウーハ!」

俺のコールに部下が応える。

「よし、乗れ」

「エッサ!」

俺たちは狭いエアロックからさらに狭いポッドに乗り込む。

プレジデント・ザインの国家樹立宣言から半年。戦争を完全に他人任せにしていた地球軍は脆弱で、俺たち辺境軍は一気にコロニー各国と月面基地までを制圧して、宇宙戦艦で地球を取り囲んでいた。火星から宇宙戦艦の長旅でここに着いてからは、部隊長として六機の揚陸艇と四十一人の砲弾兵を率いて、毎週降下作戦を行い、七度の砲撃を生き延びて前回で大尉に昇進した。地球への出撃は重力のせいもあって火星でのミッションより少しハードなのだが、目標が電磁シールドを持っていないので待機時間なし、カジュアルにバカスカ撃てる。

兵士のコンディションをひとりずつ確認して、ディンプルにセットしてやるのが俺の仕事だ。後ろを向かせると、スーツナンバーの下に何か書いてある。神にファック・皇帝にファック・地球人は死ね。お決まりの文句だが、どうにもオリジナリティに欠ける。俺は文字が読めないが、泥まみれ(MUD:地球人)とFの単語ぐらいは分かるから類推できる。ぐるりと点検して問題がなければ、ディンプルに座らせ、ロックしてサムアップで合図する。同じ様に六人を着座させたら、最後は自分の番だ。空いている最後のディンプルに自機のケツをはめ込む。俺の窓からは地球が見える。やたら青い。今日の目標都市はヤイスワーリア。帝国軍の高官がよくいるこの都市を奇襲する。作戦は簡単だ。俺は俺の部隊とともに俺の揚陸艇に乗り込み、宇宙戦艦に設置されたリニアレールから射出され、ケツの固形燃料に点火して加速。ロールをかけながら大気圏に突入し、自由落下で目標地点近郊に新しいクレーターを作る。生きていたらミニガンとグレネードで原住民を制圧。回収艇が来るまでの余った時間で観光とレクリエーションだ。今日は俺の小隊六機だけの簡単な任務である。目的地は軍事基地ではないから十分だろう。火星人と違って地球人の市民は武装していない。仮に持っていても猟銃か拳銃が関の山だ。揚陸艇は以前と同じ構造だが、外装板が少し改良された。推進剤は前より少なくなった。惑星の重力がだいぶ強いのと、射出位置が前より地表に近いからだろう。もしくは出撃回数が飛躍的に増えたせいで、燃料をケチっているのかもしれない。軍が変わっても俺たち砲弾兵の命は紙より軽いが、顔を見たこともないジジィのために戦うよりは、よく知っている、同じアステロの、愛すべきクソ野郎(マイプレジデント)のために戦う方が、幾分マシだ。コントロールルームのコントロールコマンダーからスタンバイのコマンドが届いた。さて行くか野郎ども。

そういえば俺のスーツは、かつてエリバ・ザインが使っていたものと同じタイプのキャプテン・スーツになった。少し古いが気に入っている。

こいつのいいところは、顔が掻けるところだ。

2021年8月11日公開

© 2021 草葉ミノタケ

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

SF

"砲弾兵の歌"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る