「先月ロサンゼルスで十二人もの人が殺害された銃乱射事件の容疑者は四年半も沖縄駐留経験のある元海兵隊員だった。そんな大事件が起きたすぐあと銃を所持した兵士が嘉手納基地から脱走。そしてきのう辺野古の海に土砂投入。MG、世界はこのフェスを盛りあげるために動いてるとしか思えないわ」
ワタキミちゃんが僕にそう言ったのはステージ脇でスタンバイしてたときさ。彼女の出演順は二番目だった。トップバッターとしてステージにあがった娘のパフォーマンスが〈藤岡弘、ファクト〉的な亜流だったこともあり、オーディエンスの怒りの矛先が迷子になってたのは僕の目にも明らかだった。でもね、ワタキミちゃんはむしろその悪い状況をのぞんでたみたい。じゃなきゃほほえみながら次のような発言なんてしないと思う。
「言葉を乱射して人を殺してくる。最低でも十二人」
僕はワタキミちゃんに何の言葉もかけなかった。彼女のその言葉に僕はまっさきに殺されてしまったというか、いずれにせよ彼女にかける言葉なんて必要なかったのさ。このときのワタキミちゃんに言葉をかけるなんてそれは月に向かって「横顔見せろ!」って言っちゃうくらいバカなことだよ。ワタキミちゃんの目を見て僕はライブの成功を確信した。したがって僕の仕事は両手を差し出しいつものハンドシェイクをしてそうして彼女をステージに送りとどける、それだけでよかったんだ。
ワタキミちゃんのその日の衣装は黒のパーカーに黒のミニスカートに黒のスニーカーだった。そんな彼女がフードをかぶって胸をはりステージ中央にゆっくり歩いていったとき無情にもブーイングが起こっていた。まあそれはしかたないよ。ワタキミちゃんはまだ無名だし、それに僕らと同世代だと思われるトップバッターの女の子のパフォーマンスがお遊戯会だったんだから(外見はとてもキュートだったのだけれど)。
とは言っても言うにおよばずワタキミちゃんはそんな状況に怖気づく娘じゃない。彼女は活気づいていた。ワタキミちゃんは喝采よりむしろブーイングを浴びたくていつもステージに立っていたのかもしれない。というのもね、彼女は平常どおりマイクの取りつけられた赤い拡声器を使って平常どおり元気いっぱい心のこもった心ない言葉をブーイングを浴びせたその連中に浴びせたんだ。連中の返り血を浴びていたせいかな、僕の目にはワタキミちゃんの血塗られた拡声器の色合いがよりビビッドに見えたよ。にしてもブーイングが歓声に変わっていくさまは見てて爽快だったなあ。ワタキミちゃんはあっというまにオーディエンスの手の裏を――いや親指を裏返させたのさ。
後ろの客席から観て感想を聞かせてほしいってワタキミちゃんにそう言われていたから僕はバックステージから客席におりた。そうしてライブを観にきてた北斗&宇座あいと合流した。ふたりは前出のボロノイ図のそれから離れたとこに散歩がてらきたってかんじの格好でいて「Yo!」とか「Yeh!」は感嘆詞ではなく接続詞なんだなってそんなことを言いながらワタキミちゃんのライブを観覧していた。
その日のワタキミちゃんの歌いまわしは悪意にみちていた。つまり最高のパフォーマンスだった。おそらくその年の彼女のベストギグだったんじゃないかな。
三曲あるレパートリーの二曲をやりきったワタキミちゃんにオーディエンスは大きな拍手と喝采をおくっていた。それを聞いた瞬間僕は涙が出たよ。女性や子供の嘘泣きくらい涙がたくさん出たよ。
ワタキミちゃんのライブはあと一曲を残すのみとなっていたわけだけど、ところが彼女は最後のその一曲を歌わせてもらうことができなかった。どうしてかというとね、ガラの悪いお兄さんがとつぜんステージにあがってきてワタキミちゃんにケンカをふっかけたんだ。
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