歯車

戸森 鈴子

小説

2,411文字

誰でも思うこの感情……、男もそれを思ってただ普通に過ぎる1日なはずだった。

僕は今日
久しぶりに彼女に会う。

大して距離は離れているわけでもないのだけれどお互いの仕事や用事でなかなか会えずにいる。

 

大人って
何もかも諦めてしまうっていうか、そうしなきゃ生きられないし僕も彼女も
そんなガッツリ恋愛に生きる生き物じゃないんだ。
冷めた大人
わかっていながら受け止めたくないながらわかってる。

 

僕はいつもながら残業で
仕事が終わったら約束はもう2時間は越えていた。
携帯からメールをすると、もう怒ることもなく優しい返事。

 

自分は社会の歯車なんだって電車に揺られて考えて
それでも自分はまだ、まだ、大きめな歯車だって。

 

ほら揺られた電車の中で
アホみたいに大声出して騒ぐ底辺高校生より
女子高生を眺めてニヤニヤするしかないコキタナイおっさんより
騒ぐ子供を叱らないで放置して非難の目で見られるオバサンより
俺は大きな歯車だって、思う。

 

自己嫌悪

 

そして冷たい雨が降っていても
玄関を開けてくれる彼女の笑顔。

 

それだけで
あぁなんか忘れられるかなって思ってしまうんだ。

 

2時間も遅れたらせっかくの料理も冷めてしまう。

かけられた透明なラップは僕を責めてくる。

僕にはわからない電子の力で温められた料理が僕の前に出てきた。

 

「ありがとう、ごめんね」
「ううん、お疲れ様」

 

美味しそうな匂いが鼻に届く。
僕を責める敵、ラップ達が捨てられて料理が僕の口の中へ。

 

至福。

 

歯車な僕は
食後のタバコをふーーーーーーっと長く吐きながら
彼女の話を聞いている。

 

僕より大きくない歯車

笑って話す彼女。

僕はそんな歯車だなんて考えは、と思って
もう考えるのはやめたんだ。

 

彼女はクルクル笑顔をこぼして
僕は本当に忘れた。そんな歯車だとか考える世界は。

 

「あのね……」
彼女が下を急に向く。
「私……」

僕は
何本目かのタバコを灰皿に押し付けて彼女の変化に気付いた。

「どうしたの?」

そうだ、彼女だって毎日仕事をしている。
きっと彼女だって僕と同じように悩んだ顔を電車のガラスに映して生きているんだ。

 

「あの……」
「ん?」

僕は今日、誰かに優しくしたっけ?
僕は今日初めてかもしれない優しさで彼女に『何でも話して』と言った。

 

彼女はすぐには話さない。
こっちもそこまで伸ばされると変に不安になってくる。

もしかして僕とのことだろうか?
何だろう? 生理はこの前きていたはずだし
彼女のお母さんからはこの間旅行のお土産を頂いて電話もした。

ちょっと先だけど、まぁ結婚なんて話もね。

 

「最近ね、寝ると怖い夢を見るの」
「夢……」

 

なんだ。
僕は彼女を抱きしめる。
可愛いなぁと思いながら僕の心は変な優越感がある。

どうしてだろう?
でもそれが安心なんだ。
だから守ってやりたいと思うんだ。

 

「バカにしてるでしょ?」
「そんな、してないよ。どうして」
「だってなんか笑ってる」
「いや、眠れないの?」

 

彼女は頷いて僕に重さを寄せる。
僕より小さい歯車。
だって僕より大きかったら僕は巻き込まれる怖い夢を見る。

 

「どんな夢さ?」

「……歯車が、私を巻き込むの」

 

嫌に心臓が高鳴った。微妙に身体も揺れて上を向く彼女。

 

「何?」
「いや……それはグロいな」
「うん、それから私……歯車のことばっかり考えてしまうの」
「なんだよそれぇどういう思考だよぉ」

 

彼女はフイと離れて少し温くなったビールを飲む。
何故か左手をグルグルと回転させながら、歯車のつもりだろうか。

 

「歯車にね、バキバキって身体が巻き込まれるの。
血が出て痛くて食後でグロいから詳しくはやめとくね。それから意識が真っ暗になって・・・」
「で?」

 

ゲフと息を吐くと夕食に使ったガーリックの味がした。

 

「私、歯車になってるんだ」

「ふーん、どんな?」
「……小さいの。で気付いたら、みんな歯車になってグルグル回ってるの」
「みんな歯車なのに、誰が誰かわかるのかよ」
「うん分かる、あなたもいるの。私の右上で私より大きい」
「へぇ」

 

僕はビールを取りに冷蔵庫まで行く。

 

「深層心理で悩んでるんじゃないの? みんな考えることじゃん、自分は社会の歯車だ。
所詮歯車だ。あぁ嫌だなぁ。もっとでかい歯車になりたいぜってさ」

 

『ぜ』と一緒のタイミングで冷蔵庫を閉めて僕はちょっと機嫌がよかった。
僕達はなんだろう、リンクしてるというのかな。

 

「あなたも思う?もっと大きい歯車になりたいって」
「そりゃそうさ、出来れば歯車よりその機械を動かす中心に」
「そうよね!」

予想より大きい声に僕は少し驚いたが大して気にはしない。

「あなたは応援してくれる?」
「そりゃするよ」

 

昇進試験でもあるのかな?

 

「頑張れよ」
「えぇ! もちろんよ!あ なたも大きい歯車になりたんだよね」
「あぁ、そうだって」

 

ニコニコして彼女は僕につまみを勧めた。
それを飲み込んだ途端に僕は卒倒する。

 

 

 

目を覚ますとベッドの上に縛られていた。
見下ろす彼女は黒装束、手にはチェーンソー。
部屋は大きな魔方陣や蝋燭で彩られている。

 

「ねぇ、ありがとう。私、大きい歯車になるね。
ううん、今から社会を機械を動かす中心になるね。
あなたは一番大きな歯車になるよ。そのなかで一番。
だって今から私の世界を創る材料になってくれるんだから一番大きいよ。
嬉しいでしょう?」

 

彼女はそう言ってこの腐れた社会を滅ぼし自分の新世界を創るため
チェーンソーの電源を入れ僕の心臓を掴みねじりだす。
僕の身体の歯車が、大きいのや小さいの全てこぼれだしていって
大きいのも小さいのも全て愛しいんだと僕は思った。

2021年1月7日公開

© 2021 戸森 鈴子

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"歯車"へのコメント 4

  • 読者 | 2021-01-07 01:06

    これは……まさしく破滅派作品……!!!((((;゚Д゚))))

    • 投稿者 | 2021-01-07 01:09

      お読み頂きありがとうございます!!
      なんて光栄なお言葉……!!
      埋もれて、世に出るはずもなかった作品を読んで頂いた感動は、かなり深いです。
      感想ありがとうございました(*^^*)

      著者
  • 投稿者 | 2021-01-07 01:52

    歯車怖いねえ。
    ダーク短編で良かったです。

    • 投稿者 | 2021-01-07 07:46

      コメントありがとうございます。
      ダークな恐怖を感じさせる事ができたなら大変光栄でございます。
      まさか彼も、そして私も歯車によって恐怖を感じるとは思いもよらなかったのです。

      著者
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