僕は夏太朗兄さんに肩をすくめてみせた。そうしたのは分かりにくく言うとね、自身の操作するマウスポインタを無視できなかったんだ(そうそう、夏太朗兄さんは毒太朗に変身してなかったよ。彼は妻の前で酒を飲まない――いや、飲めないんだ)。とそのときさ。その日の主役チャッキーがスケートボードに乗って僕の足にぶつかってきたのは。
チャッキーはいつも着てるタキシードの上から人間の裸の柄がデザインされた服を着せられていた。その服は北斗と宇座あいからのプレゼントで、それから彼が乗り回してるスケボーは田古田夫妻からのプレゼント。チャッキーはスケボーをもらってからずっとそれに乗って店内を走り回っていた。チャッキーのそれは例えると「言葉」から逃げてるみたいだったなあ。ブーメラン型の言葉って待てど暮らせど一向に返ってこない。で、どうゆうわけか時が経って忘れたころ背後からそいつは頭部に向かってこちらに返ってくる。チャッキーはまるでそんな言葉から逃げてるみたいにスケボーを乗り回していたのさ。うーん、あるいはね、彼は「長い一発の銃声」が聞こえていたのかもしれない。その長い一発の銃声がとまった瞬間そのピストルから放たれた弾丸に追いつくのではないかと考えていた――つまりね、彼は弾丸を追いかけるためにスケボーに乗っていたのかもしれないってこと。
チャッキーは俗に言うスケボー犬さ。彼は自前のスケボーを何台も所有している。チャッキーは自身で地面を蹴りスケボーに乗って、そうして器用に体重移動してカーブも曲がれちゃうわけなんだけど、なぜそんなことができるのかその理由は僕には分かんない。おそらく彼は自分でもどうしてスケボーに乗れるのか分かってないんじゃないかなあ、宇宙が死を恐れているのかどうかそのことを僕らが分かんないように。
「おい気をつけろ、チャッキー。犬だから人にぶつかってもいいという君の道理は僕には通用しないぞ」と僕はチャッキーをにらみつけながらそう言ったんだ。
「そうだぞ、チャッキー」とチョコレートファウンテンに指をつけながらそう言ったのは甥の利亜夢さ。「止まってるスケボーの上に立つこともできない人にぶつかるのは失礼だよ」
利亜夢は僕の隣の席に座って小ぶりのチョコレートファウンテンのチョコを指ですくいそれをなめていた。うん、もちろん彼は母親にその行為をやめさせられたわけだけど、その母親は「行儀がわるいよ、利亜夢。こうやるんだよ!」と言って舌を出しチョコレートファウンテンのチョコを直接なめはじめた。いいや、僕はそのきわめて下品な母親を叱らなかったよ。なぜなら僕の代わりに子供がその母親を叱ってくれたからね。
「亜男くん」と僕に話しかけてきたのは田古田さんの奥さん――タカコさんさ。「余計な口出ししちゃうけど、相手の理解者になれるかどうかそれは相手次第なんだよ。自分ではどうにもならないわ。相手に認められないかぎりその人の理解者とは言えない。たとえ君が相手を理解できていたとしても、その相手が『荻堂亜男に理解されたくない』って思ってたらその人と関係を築くことはできないのよ。そのことはちゃんと理解しなきゃ。亜男くんは右脳と左脳の息つぎが苦手みたいね。もしかしてもう溺れ死んでる? アンテナ立てすぎなんじゃない? Wi-Fiみたいに恋愛もアンテナは四本までにするべきよ。とは言っても恋はいつだって圏外だけどね、ハハハ」
「誤解しないで。僕はワタキミちゃんを理解するつもりはないよ。理解できるとも思ってないし」と僕は言った。「僕はただ彼女のそばにいてあげたいんだ、ずっと。彼女の理解者なら探せば世界中に大勢いると思う。だけど実生活でそばにいてあげられるのは概してひとりだけさ、日本は一夫一妻制だし。僕はこう考えてる。たとえ相手が僕のことをぜんぜん理解してくれてなくてもその人がずっとそばにいてくれるのなら僕はその人と結婚する。理解者より実生活でそばにいてくれる人のほうが貴重な存在だと思うんだ。百万のlikeよりそばにいてくれる人からdislikeって言われたほうがlikeだよ僕は」
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