俺は男色ではない

ryoryoryoryo123

小説

4,471文字

三島由紀夫の『仮面の告白』を読んで共感する部分があり、そこから連想されることを思いつくままに書きました。人に読んでもらうというより、自己内省のつもりで書いていたので、少し読みづらいところがあると思います。ご了承くださいませ。
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三島由紀夫は小説の中でこんなことを言っていた。幼少の頃である。一冊の本の一つの挿絵が異様に自分の心を惹きつけた。なんども何度も本能的にその挿絵を開いた。空いるように何時間でも見ていられた。その挿絵には、土を蹴り上げ、狂ったようにけたたましい白馬とその上で短剣を振りかざす美男子が書かれていた。その美男子は放つ異様な雰囲気、決死の覚悟というより他に言いようのない異様な覇気、そしてまっすぐに死へと向かっていきもうじきこの世から消えねばならないその美貌。美貌は完璧だった、消えてしまうにはあまりにもったいなかった。しかしすぐに消えねばならぬかった、持ち主が自ら葬るのであった。その感覚、すぐに完璧なのに葬られなければならないこの感覚、誰も持ち主を止めることができないこの感覚。その美貌とそのどうすことこもできない儚さが異様に自分を捉えて離さなかった。その日も本を読んでいた。女中は彼に話しかけた。あなたはこの本の物語をご存知なの?あの本はねジャンヌダルクという英雄の話で、男のように見えるけど実はあれは女なのよ。彼は頭の中で何を感じたのだろうか。馬鹿にされた、この女に俺は馬鹿にされた。裏切られた。男と女。男は女を求める。男は女に求められるかどうか、ある時は存在を受け入れられ、ある時は存在を無下にされる。男はいつも自分の全存在をかけて女に向かって自分を投げつけた。女は男の全存在を、ある時は尊敬とそれを自分のものとして抱きしめられる幸福を感じ、またある時はその全存在を無下にも蹴ちらす。男の全存在を、男の尊厳を、人間としての全てを蹴散らされる、見下される。三島は男に自分の全存在を投げかけた。挿絵の中の男に投げかけた。その男に全存在で服従し、服従していることに興奮を感じた。男は女だった。女は彼の不能を笑った。お前は不良品だと全存在を否定された。尊厳が蹂躪された。彼女に敵意を持った。それから三島は女の男装を見ると、自分にも説明がつかないどうしようもない嫌悪感を感じるようになった。俺には三島の気持ちがわかるような気がした。彼は歴史に残る天才だった。俺は頭の中で彼に接近していた。幼少期に彼が感じたこの屈辱感を撫でてあげると同時に、彼の才能を我が物にしている満足があった。才能が心を傷つけて泣いていた。俺はそれをなだめていた。才能を手元に置いていた。彼は理解を示した俺に頭を持たれかかせた。ベッドの上で三島は裸だった。両手を枕に天井を見上げていた。屈強な体だった。胸部が張り裂けんばかりに突っ張っていた。それでいて肌には傷一つ付いていなかった。静かな部屋だった。空気と人間が均衡を保っていた。ゆっくりと彼に近づいた。空気を乱さぬように、運動で体に熱を与えないように、人間の運動で空気を温めないように、完全に整えられたこの均衡を崩さないように、ゆっくりそろろと彼の傍に腰掛けた。胸に手を置いた。手と肌と、そして肌と肌の間に入り込む部屋の空気とが同じように均衡を保っていた。適度な体温の交換と、指先の運動を邪魔しない適度な湿度が心地よかった。指先は適度な湿度で体をなぞった。冷たく張り詰めた体に、疼きを与えた。ビクり、ビクりと彼はなんども体を萎縮させた。胸部は張り裂けんばかりだった。均整が保たれた冷たい肌の上で、細やかな産毛かそよめいていた。部屋の空気の均衡が胸板と産毛にみなぎっていた。俺は彼の乳房を愛撫した。外腹から這い上がって、横胸側で舐め上げた。疼きが下から上へと走りながら、7合目あたりに着くや否や、接地面に圧力を加えながら飛び上がった。三、四度左右で繰り返した。いじらしく疼きを走らせた。最も欲しいであろう疼きを焦らすように、弱く意地悪な疼きを楽しませた。冷たく均整が保たれていた、張り裂けんばかりの胸肌に、俺の体温そのものが這い上がってくる。37度の舌先がそれまでの空気と肌の均衡を破る。冷たい均整は温度で乱され、湿度の心地よさは疼きに変わった。彼は首を持ち上げて俺の目を見つめる。最も欲しい疼きを願うように。自分の興奮を伝えるように。何が俺にこのような想像をさせるのだろう。俺は女が好きだった。女の体に欲情した。しかし男の裸体を、その隠部が胸を浮つかせながら思い起こされることがよくあった。全ての男に対してそうなのではなかった。例えば塾の先生だった。ある時は仲の良い同級生だった。ある時はテレビの男性アイドルだった。たいていその対象には最初尊敬があった。先生は俺に知的な感動を与えた。対象となる同級生はいつもどこかに無頼な雰囲気があった。彼は多少の美男子だった。しかし身なりは汚れていた。自分で美貌を不意にしていた。美貌を籠でぶら下げながら、泥道を歩いて平気だった。小学生の頃、俺はテレビの男性アイドルをよく頭に浮かべていた。ジーンズを履いていた。おしゃれなダメージを加えれたチェックの赤シャツを腰に巻いていた。俺はその美しさになぜが引かれた。美しいと同時に汚れていた。服には全てダメージを加えられていた。その服の下にある完全な美しさを想像した。そこには胸があった、腹があった、二の腕があった。脛があった、太股があった。傷一つつかない美しい肌がみなぎっていた。十二歳の俺は最後の一歩で踏みとどまっていた。いつでも隠部は隠されていた。白い空白が中心にはあった。男の隠部は父親のを見て知っていた。黒々と茂った隠毛からは、いびつな人肌が垂れ下がっていた。それ自体が生き物のようだった。持ち主とは切り離された生き物のようだった。得体の知らない醜さがあった。それと同時に、何気ない顔をしている持ち主と、この生き物が同居しているおかしさに異様な興味で引かれた。そのアイドルは完璧な美しさを持っていた。服を透かしたその下にはきっと傷一つない人肌が突っ張っていた。俺は空白に黒々とした生き物を当てはめてみた。完璧な人肌と黒々とした隠網から垂れ下がるいびつな人肌は、どこかちぐはぐな感じを与えた。完璧な体は汚されていた。到底二つが同居しているようには思われなかった。しかしそれはそこにあるはずだった。彼は男だった。男には決まってそのいびつな生き物が付いていた。俺は一度、毛一つ生えていない小さな生き物をはめ込んでみた。醜さをまだ表していないまだ子供だった。完璧な体とその子供の同居は妙な安心感で納得された。しかし彼の年齢は20を超えていた。大人の男だった。子供は大きくなり、その醜さを明らかにしているはずだった。そこのは醜さと完全さが同居しているはずだった。俺は困惑した。醜いその黒々とした生き物を、真ん中をくりぬかれた完全な体の空白に当てはめては首をかしげ、また無理やり当てはめては困惑したりした。完璧な美しさを何度も汚した。完全なものの真ん中に、その醜さが同居しなければならない必然にグロテスクを感じた。納得はできなかった。しかし納得しなければならなかった。当てはめては取り出し、当てはめては取り出すこの想像は、安心と困惑を繰り返しながら俺を引き込んで行った。二十を超えた俺は男色の街にいくようになっていた。もちろん女は好きだった。しかし幼少期から感じられたこの異様は男への興味を、もっと明らかにしてみたかった。何人もに尻を撫でられ、何人もに唇を奪われ、何人かに体を許した。彼らは当然欲情していた。俺が女に対するのと全く同じように俺に対した。しかし俺は違和感しか感じなかった。はっきり言って不快だった。忌まわしい体温を持った唇は、ただ物体としてそこにあって、その体温が生暖かければ暖かいほど不快になった。尻を撫でる手もただの物体だった。それらの接触からは何の興奮も得られなかった。この違いは何なのか。幼少期から繰り返された、男色の想像の中で、俺は真っ先に隠部を想像した。黒々とした隠網の中のその生き物がまず俺の中に浮かんできた。尊敬を感じる男の姿と、その下に隠された生々しい生き物のイメージが湧き起こっては消して、湧き起こっては消した。消さなければたまらなかった。二つのものが同居したグロテスクな影像は打ち止めなければ発展していった。行き着く先は絡み合う二つの体だった。さすがにそこまで発展させる勇気は起こらなかった。身近な人たちだった。最後まで発展させて平気なはずがなかった。最初の影像の時点で止めなければ、どんどん発展していきそうだった。彼らと男色の町の人々は何が違うのだろうか。彼らには俺にないものがあるからだろうか。尊敬だろうか、憧れだろうか。確かに彼らにはそういった感情を感じた。俺は尊敬できる・憧れを感じる彼らの性質・才能に興奮しているのだろうか。性質・才能を愛撫しているのだろうか。愛撫し恍惚を浮かべるその表情を見ながら、性質・才能を征服した感に酔いしれているのだろうか。女と交わる時、俺は前戯に何時間もかけた。取り憑かれたように奉仕した。奉仕といってよかった。男の隠部を口に含んだことがある。生暖かさとそれ自体が生き物に感じられる生々しさがあった。口に含む時には胸で覚悟を決めた。女の隠部も同じだった。そこには持ち主とは別個の生々しさがあった。生暖かさがあった。それだけで独立の籠った臭いもあった。やはり俺は覚悟を決めていた。どうして覚悟を決めながら交わるのだろう。隠部の愛撫だけで一時間はすぐ経った。覚悟を決めてまですることだろうか。俺は女との性交でほとんど果てたことがなかった。女の体には欲情していた。群衆の中で女の体を見ると執拗に目で追った。決まって隠部は欲情していた。一晩の間に俺は物語を創造する気概で望んでいた。毎回毎回創造した。夜12時くらいから始まり、四、五時間はあっという間に過ぎた。女の中に物語を作っていた。自分の欲望を果たすことはどうでもよかった。部屋では二人しかいなかった。何もごまかすことができなかった。俺は今まで現実に傷ついてきていた。何もごまかさなければ、俺それ自体を見られたら、きっと失望されるに決まっていた。二人きりの逃れようのない部屋で失望されるのはたまらなかった。そのためには奉仕するしかなかった。俺は自分を守るために、そして自分は不能ではないという裏書きをもらうために奉仕せねばならなかった。奉仕せずにはいられなかった。女の頭の中に物語を作る。頭の中に俺の虚像を作り出す。その虚像に満足している女に安心する。自分そのものを隠し、虚像で目をくらまして物語の中を歩かせた。奉仕はきまって実を結んだ。どの女と交わっても、もう一度会って欲しいと誘われた。その言葉が俺に裏書きを与えた。俺は不能ではないという証明になった。一人の女からは一枚の裏書きしかもらえなかった。二回交わっても意味はなかった。一枚の裏書きで目的は達していた。俺はすぐ次の裏書きを求めに行った。俺はそれを繰り返した。今では裏書きは十分たまった。女に奉仕せず、むしろ溜まった裏書きが慢心を与えた。傲慢な交わりをするようになっていた。

2020年11月1日公開

© 2020 ryoryoryoryo123

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