vol.3

自分について(第3話)

ryoryoryoryo123

エセー

3,478文字

vol.3です

いつから人と会話するのが恐ろしくなってだろう。今までの考えでは、小学校中学校までは人との会話が当たり前にあったが、高校あたりから知らぬ間に会話が無くなり、いつの間にか透明なトンネルが俺の周りにできていたと考えていた。高校あたりから何かの歯車が狂い始め、大学に入りより俺個人↔他人個人同士の会話の場面が増えたことで自分の会話に対する恐ろしさが心に現れてきたと思っていた。本当にそうだろうか。昨日の夜から少し考えていたことがあった。親のことである。もっと具体的には、今まで折に触れてなぜが思い出されてきた原風景のようなもの、ショックだったもの、頭の中にこびり付いていた劣等感を感じさせたようなもの、そういうものを布団の中でいくつか空想してみたのだった。そのうちに思い出された印象深い一つの出来事、会話があった。高校生の頃、俺には友達がいなかった。常に一人で過ごしていた。さらに俺は親が作った弁当が嫌いだった。親が嫌いだったとかいうわけじゃなく、単純に弁当自体の臭いとか具材とか盛り付けが生理的に嫌いだったから手をつけなかったのだ。ほとんど手をつけていない弁当を家に持って帰る。母親がふたを開ける。「どうしてせっかく作ったのに何も手をつけていないの。」申し訳んない半分、あんな不味いもの食べれるかと言う反発半分くらいであったろうか。母親の詰問はさらに進んだ。「友達いないの?」「普通友達と昼ご飯食べるんじゃないの?一緒に食べる友達いないの?」この発言を昨日思い出した。それ以前も2、3度思い出したかもしれない。あるいは1度だけかもしれないし、ことによると昨日思い出したのが初めてかも知れない。言われた当初、胸が沈殿したというのだろうか、ギクリとしたと同時に何かが沈殿したような気がした。言葉が出てこなかった。黙るしかなかった。事実俺には友達がいなかった。図星を衝かれあわけだ。しかしこの沈殿した感じは何だったろうか。俺は確かに何かの言葉を飲み込んだ。何かの感情を押し殺した。押し殺すことで平静を装った、強がったとも言える。この風景と当時の感情がありありと昨日の布団の上で思い起こされた。と同時に何か心が軽くなった。何かが解決した。納得がいった。この母親の発言の裏に俺は当時、俺を人として馬鹿にしている、人間を下に見ている、例えば中学の頃部活の同級生が俺の対して、俺の人間を軽んじてはいた数々の暴言、男同士として下に見て、こいつなら何も反抗しないだろうとして吐いた、吐きかけた、吐き捨てた暴言。それを受けた時と少し同じような感情になった。馬鹿にしたな、自分の優位を確かめたな、学生当時きにするであろう人の欠点を衝き自分の優位を確認しようとする発言だな。そんな感じがした。もっとも、大人が子にこういうことを言うのは、同級生が同じことを言う場合とは異なると当時もすぐに感じ取っていた。母親はつまり集団生活の中でうまくやっていくことに対する劣等感があったのだろう、もしくは何かトラウマとなるような体験があったのだろうということ。そして大人に比べて大きなトラウマを抱えてそれが気づかぬ心のしこりとなって、そこにこだわってしまうにはあまりに無邪気な学生たちとは全く異質であるということが、高校生だった自分にはすぐに感じ取れた、つまり母親も自分と遠からぬ悩みを抱えており、それを身近にいた子供に対した年長者としての社交上の優位を示すことで自分は大丈夫なのだ、自分はもう社交上の問題は解決したのだと言い聞かせていたのだと、当時の自分は見抜いていた。実際その後の家族生活の中でも思い当たる部分が多々あった。自分の集団内での振る舞いに自信を持っていないであろう母親は、自分の分身たる3人の子供のうちにどこか区別をつけていた、言い換えると良くできた子とうまくできない子、できのいい子とできの悪い子で扱いに、対応の仕方に、抱く感情に違いがあるんじゃないかと思うことがよくあったのだ。集団の中で信頼され、人の前に立つ、もしくは押しも押されぬで前に立たされるような子供をみると、あたかも自分のそれまでの悩みが解決したようなきになるのだと思う。集団の中でうまくやる、さらに詳しく言い換えると、人々から尊敬される、信頼される子が良い子なのである。一方、人から軽んじられる、集団にうまく溶け込めない、どこか薄気味悪がられるような子供は出来の悪い子なのだろう。その出来の悪いことに対する憎悪とも言える感情は、とりもなおさず母親自身が自分自身の嫌な部分を刺激された事による感情だとも気づかずに。暴言を吐く、吐き捨てる、こいつなら何も言い返さないだろうとその文字の通り吐き捨てる、これは人の尊厳を踏みにじることなのだと思う。そしてその発言をした人は、その相手の尊厳を、人間としてそこに立っているために最も必要である人としての尊厳を踏みにじることで、相手の存在にとどめを刺す、そこに立っていられなくさせる、そしてお前なんかいてもいなくても良いんだ、つばを吐き掛ける、とどめを刺す、そして自分の優位を確かめる。まあそんなことは学生時代にいは良くあることだ。しかしそういう人に踏みにじられるような経験が自分にはあったわけだが、母親の発言にもそこかそれに似た響きが、今俺を踏みにじったなという含みがどこかに感じられ他のだ。俺はただ言葉を飲み込むしかなかった。感情を飲み込むしかなかった。胸の中に何かが沈殿していった。果たして俺の胸の中で何が起きなのか。そういう何かを飲み込む体験とその度に沈殿していく何かが重なった結果、会話が、人が、対面が恐ろしい、感情を出すのが恐ろしくなってしまったのだろうか。人の輪の中に漠然と居る、無責任な発言を話題の中に投げ入れる、笑いが返ってくる、しばらく口をつぐむ、機会を見てまた発言を投げ入れる、もちろん無責任な発言を、また笑いが返ってくる、俺は満足する、安心する、人の輪の中の話題は進んでいく、俺は黙ってそれを見ている、口は挟まない、時々自分にとって面白い発言が話題の中から聞こえてくる、俺は面白いと笑う、それもひときわ大きな声で笑う。よく良い笑い声だと言われる。大きな笑声だと言えれる。笑声を聞くとすぐ俺だとわかると言われる。俺は自分の笑い声を周りの人たちに聞かせるのが好きだ。笑声によって何かを誇示しているのだろうか、私はここにいると示しているのだろうか、気づいて欲しいと懇願しているのだろうか、とにかく俺は自分の笑声がみんなのいる空間の中に響き渡る感覚が好きだ。それがどうだろう、輪の中の一人が俺に話しかけてくる、俺の意見を求めてくる、いや意見ではなく俺と会話をしようとする、交流をしようとしてくる。俺は怖くなる。それまで漠然と教室の天井にある灯なり黒板なり、床の木材なりを寛いで見ていたのに、二つの目が俺を緊張させる。話さないぞ、逃がさないぞ急かされていると感じる。ギクリとする。あの日感情を飲み込んだところと同じ場所、何かが沈殿していき沈んだ行方、胸の中のそういった場所と同じ場所がギクリとする。全く気づかなかったことだが俺は高校に入ってから人と目を合わさなくなった。それも全く合わさなくなった。人から指摘されたなりきっかけは全く思い出せないが、気づいたときには人と目を合わせられなくなっていた。人の輪の中で誰か一人が俺の話しかけてくる。逃がさないぞと急かされる、二つの目が俺をギクリとさせる。そういう時、きっと俺はすぐに目を伏せる、首を正面からそらす。また軽口を言う、それも会話を終わらせるような、そして会話の終わりには笑いが起きてきっとその会話が短くも丸く収まるような冗談を言う。感情を飲み込む感覚、言葉を飲み込む感覚、胸の中に何かが沈殿していく感覚、そんなものは高校生になるずっと前からあった。中学生、同級生からは尊厳を踏みにじられたと感じる暴言がいくつもあった。学校では立っていられなかった、尊厳は踏みにじられていた。俺もそれがわかっていた。中学1年生、徐々に今までの友達とも遊ばなくなっていた。いや遊ばなくなっていたのではない。誘われなくなっていたのだ。すでに尊厳は踏みにじられていた。ある時母親は言った。学校で悪いことをした時だろうか、それとも親に対する態度が悪くなっていた時だろうか、よく覚えていないが「友達もいないんじゃないの?今まで家に遊びの電話かかってきてたのに最近全然こなくなって」自覚はあった。痛いところを突かれた。この時も何かを飲み込んだ。

2020年11月2日公開

作品集『自分について』第3話 (全15話)

© 2020 ryoryoryoryo123

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

私小説

"vol.3"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る