Adan #47

Adan(第47話)

e.s.

小説

1,810文字

チェリーボーイハンターの摩子〈6〉

僕は利亜夢に手を引かれて家庭用綱渡り器具の上に何度もセットさせられた。利亜夢のそれはまるでエッグカップにクリストファー・コロンブス[注1]をセットするみたいにきわめて機械的だったよ。で、その強制労働は利亜夢のおなかがクナイフみたいな鳴き声を上げる正午まで続いたわけだけど、人間は理不尽な扱いを受け続けると壊れてしまうんだよね。そう、ご多分にもれず僕も壊れてしまったのさ。つまり僕は利亜夢の手をわずらわせることなく自主的に家庭用綱渡り器具に乗りはじめていたってわけさ、カルパッチョにかけすぎたジュレを物憂げに揺らすように機械的に。

 

そんな僕が綱渡り器具から降りたのは午後一時まえ。成功の兆しも見えないまま綱渡りをやめたのは僕の足の裏が「地を踏みしめたい」と嘆いたから。そのとき僕の周りにはもう誰もいなかったっけ。

 

僕はシャワーで汗を流した。そして外出した。僕はおなかが空いてたんだ。朝食もとらないで綱渡りに励んでいたからね。「ジャムを塗る時間も惜しいから『朝の光』を食パンに塗って食べよ」ってそんな詩的なことを考える時間さえ惜しいと思っていたのさ。

 

iPhoneで摩子にメッセージを送ったのは愛車のフォード・GTに乗り込んでからさ。午後一時を過ぎていたけど僕は彼女をランチに誘ったんだ。メッセージの内容はこんな感じ。

 

「この玉子に包まれて窒息死したいって思うくらい美味しいオムレツを提供してくれるカフェへ行くんだけど一緒にどう?」

 

摩子にメッセージを送信したら驚いたことにすぐ既読がついた。ん、なんだって? どうして平然とそんな軟派なメッセージを送れたのかだって? うん、それはね、ベルリンでの一週間があったからなんだ。その一週間僕は毎日摩子を食事に誘っていた。だから惰性で送ってしまったんだ(気後れすることもすっかり忘れていた!)。チェリーボーイハンターの摩子を愛し抜くと心に決めていたから軟派なメッセージなんて送りたくなかったさ、僕だって。

 

「おお、神よ」

 

僕はそう呟いてしまったわけだけど、それは宇座あいの言った「乳臭児に逃げられたわけだからその娘そうとう傷ついてるはずだわ」って言葉を思い出しちゃってね。べつに神を困らせたかったわけじゃないんだ。

 

天を仰いでいたそのときさ。iPhoneがチャッキーのように一度だけ吠えた。メッセージの通知音さ。僕はメッセージを確認した。摩子からのメッセージだったよ、こんな感じの。

 

「もう昼食は済ませたし、池の水面みなもに浮かぶサガリバナの花[注2]を取り除けてしまう清掃員を取り除けたいし、デビルズ・ハンド・ツリーの花[注3]は私たちとハイタッチしたいだけなのかもしれないし」

 

メッセージの真意は汲み取れなかった、まったくもって。でも僕はそのメッセージが嬉しくてたまんなかった。てっきり僕はスルーされるものだと思っていたのさ、君たちがいつもそうされてるようにね。

 

僕は逃げ出したことを謝罪するとともに、摩子の夢を尊重したいとの旨の、なんていうかその、つまり「その決心がついた」ってことを臭わすメッセージをすぐさま送ったんだ。すると何が起こったと思う? 信じられないことに、彼女のほうからディナーに誘ってくれたんだ(おお、神よ!)。とうぜん僕は承諾したさ。

 

僕は摩子とディナーを共にする約束をしてから気が気でなくなった。カフェでオムレツも二皿しか食べられなかったし、それに〈チキンライスシャワーで祝ってあげるわ〉というタイトルのヒーリング・ミュージックを聴いても心拍数を下げることができなかった。

 

というわけで僕は綱渡りに勤しんだんだよね。僕は摩子とディナーに行くまでの空いた時間を家庭用綱渡り器具の上で過ごしたんだ。もちろんVRゴーグルで「平坦な道の映像」を見ながらさ。不可能と思われるその挑戦はそのときの僕にうってつけだったよ。まるで那覇市議会議員に当選するようなそんな誰でも簡単に成功できる挑戦おあそびじゃだめだったんだ。

 

つづく

 

Photo by ⟁⨃.... from Pexels

 

[脚注]

1.クリストファー・コロンブス(の像。2020年/米ボストン)

 

2.サガリバナの花

 

3.デビルズ・ハンド・ツリーの花

2020年7月16日公開

作品集『Adan』第47話 (全57話)

© 2020 e.s.

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