SS集

山本ハイジ

小説

12,624文字

 

愛の正確性。

 

仕事から疲れて帰ってくるといつも通り、妻のユミコが豊満な胸を左右に揺らしながら小走りで迎えてくれた。ユミコは縁がフリルで装飾された、白いエプロンを裸の上に着けている。

それは僕が頼んだことだ。夫に従順ないい妻である。

「あなた! おかえりなさい」

不快にならない程度に響く高音の声。ユミコは僕の目の前で立ち止まり、満面に笑顔を浮かべてみせた。本当、可愛い女だ。

もっちりとした色白の肌にやや目じりの下がった瞳と、腫れぼったい唇を有した童顔。男好きのしそうな、ほどよくぽっちゃりとしたグラマラスな体形。緩くウェーブのかかった栗色の髪。僕のペニスはもう頭をもたげはじめている。

「ご飯にする? お風呂にする? それとも……」

いつものセリフ。そそられるよ、

「右フック?」

被虐心が。ユミコの拳がみぞおちに入った瞬間、僕は膝から崩れた。背中を丸めて咳き込みながらも、ペニスはズボンの中で窮屈さを感じるくらいに勃起する。

「やだ、あなたったら。貧弱なんだから」

「ご、ごめんよ」

口に手を当てて息を詰まらせながら仰ぎ見ると、僕を見下している可愛い顔と、エプロンのフリルから僅かに覗かせているペニスバンドの先端が見えた。背筋に、恐怖に似た期待感が走る。

「ほら、夕飯出来てるんだから早く来て」

「あ、ああ」

頷いて、ふらつきつつ立ち上がると革靴を脱ぎ、先に行くユミコについてリビングへと向かった。

テーブルの上には刺身が載った皿とグラスが置いてある。何故か箸と醤油皿はなかった。ネクタイを緩めて椅子に座ると、ユミコがビール瓶を何本か持ってやってくる。

「あなた、今日も一日お疲れさま」

ドン、と、ビール瓶たちをグラスの傍に置いて、そのうちの一瓶の王冠をユミコが栓抜きで外した。僕を労りながらグラスに錠剤を一粒二粒落とすと、ユミコは泡の割合など考えていないのかビールをなみなみと注ぐ。

多分これは利尿剤だ。さすがユミコ。飲めばトイレの近くなるビールを沢山スタンバイさせておいて、さらに利尿剤。

「ありがとう。いただきます」

すべて飲まなければ、きっと許してはくれないだろう。ユミコがにこにこしながら僕を見ている。グラスに口をつけた。

酒は弱い方じゃない。ビールなんて何杯飲んでも、泥酔までしてしまう不安はなかった。グラスをからにすると、すぐにまたビールが注がれる。それを繰り返し、ほろ酔いになってきたところで膀胱が限界を告げた。

「げふっ……あの、ユミコ。もうそろそろ止めにしないか?」

膀胱だけじゃない。腹だって膨れてもう限界だ。

「あら。あたしの注いだビールが飲めないの?」

ユミコは唇をへの字に曲げて、わざとらしくむくれてみせた。かわいらしくも何だか悪魔じみている。

「いやそういうわけじゃなく、てっ」

途端、ユミコに下腹を強く押されて僕は小さく悲鳴を上げた。ほとばしりそうになった尿を慌ててせき止める。

「ご、ごめん。飲む、全部飲むから!」

ユミコはふっと表情をやわらげると、地獄のお酌を再開させた。僕は何も考えずにビールを流し込み続ける。ようやくビール瓶たちを全部からにした頃には、土下座してでもトイレへ行きたくなった。

しかしユミコが普通にトイレへ行かせてくれるわけがない。ユミコは「そういえば、お刺身のお醤油切らしちゃってるの。ごめんね」と不自然なことを言って、刺身の皿を指した。

この可愛い悪魔め! ユミコが刺身の皿を床に置く。僕は椅子から下りて、ズボンをトランクスごと脱ぎ捨てると刺身に向かい、勢いよく尿を解放させた。

あまりの気持ちよさに身震いしていると、ユミコがヒステリックな声を上げる。

「ちょっとあなた! 飛び散らさないでよ、床が汚れるわ」

と、仕方ないことで怒ったユミコが平手で容赦なく僕の尻を打つ。謝りながら尿を出し切ってしまうと、黄色い水に浮かぶ刺身を僕は犬食いで貪りはじめた。

強烈なアンモニア臭のする鯛やまぐろの赤身、イカ刺しなどを吐き気に堪えながらほとんど噛まずに飲み込んでいく。生温い感触と尿の苦味。胃袋がひっくり返りそうだった。それでいて、ペニスは勃起している。思わず片手で手淫をした。

「あなたったら、そんなにお腹がすいていたの?」

後頭部を撫でられる感触がしたかと思うと、顔面が皿に押しつけられた。鼻が尿に浸される。もがいていると手が離されて、悪臭にむせながら顔を上げた。

「あなた……可愛いわ」

ユミコが僕の後ろに回って膝をつく。ペニスバンドの硬さと、腰を掴む手を感じる。

ユミコに犯されつつ、尿でマリネと化した刺身を平らげながら僕は回想した。

 

付き合っていた頃も、新婚ほやほやの頃も、僕はセックスの時、勃起はするけれど射精することが出来なかった。

そのことについてユミコは何も言わない。傷ついているんじゃないかと思って、申し訳なかった。僕は性癖に秘密を抱えていた。

ある日、仕事から帰ると家の中が真っ暗だった。不思議に思いつつリビングに入って電気を点けると、ユミコが俯いて椅子に座っている。テーブルの上には僕がこっそり楽しんでいた秘蔵のDVDがあった。

「今日、掃除していたら見つけたの。中身も観たわ」

ユミコの声が暗く響く。DVDの内容は男が女子高生三人にリンチされている、というものだった。ルーズソックスを穿いた足が男の全身を蹴り飛ばすのだ。

終わった……と思って、僕は青ざめた。しかし次の瞬間、ユミコは信じられない言葉を発した。

「酷いわ、あなた! もっと早くに言ってくれれば、あたし頑張ったのに!」

――以来、ユミコは僕の仕込みで立派な悪妻となった。

 

達する直前、僕はユミコに言われて尿しか残っていない皿を下へとずらし、そこへ射精を済ます。ユミコはペニスバンドを引き抜くと、尿と精液が揺れている皿にご飯をよそってくれた。

「あなた、残さず食べてね」

夕飯が僕の前に置かれる。もちろん刺身と同じようにほとんど噛まず、飲み込んでいく。吐き気だけではなく、涙まで滲んできた。

食べ終われば、絶対吐かないように堪える。今吐いたらきっと、吐瀉物を食べさせられることになってしまうからだ。

「あなた、美味しかった?」

「ああ……ありがとう」

「お風呂も沸いてるから、入ってきて」

ユミコが皿を下げた。ズボンとトランクスを持って、いそいそと洗面所へ向かう。着ていたものをカゴにほうり込み、浴室に入って十分に身を清める。胃袋は変わらず気持ち悪かったけれど、ユミコがせっかく用意してくれた夕飯だからこなれるまで湯船で待った。

入浴を終えて、タオルで体を拭いている最中に「あなたー」と僕を呼ぶユミコの声。それに裸のまま従ってみたら、ユミコは寝室のダブルベッドにセーラー服姿で腰かけていた。脚は、紺のハイソックスを穿いている。

「夫婦の営みの時間よ」

ユミコは無邪気に笑うと立ち上がって、僕の唇に噛みついてきた。血の味がする。

ベッドに押し倒された。まだ子供を作る気のないユミコは僕のペニスにコンドームを纏わせ、そのまま騎乗位で僕を犯す。僕は決して動いてはいけない。

「あなた、好きよ、大好きよ」

好き、という言葉をうわごとのように繰り返し、腰を振るユミコ。

 

本当、可愛い妻。可愛い女。可愛い性具。愛情で縛ってしまえば容易いものだったのだ。子供をまだ作る気がないのは僕の意思。だって子供なんか出来たら、こんな風に楽しむことが難しくなってしまう。そうなったらユミコへの愛が冷めるかもしれない。

「愛してるよ、ユミコ」

僕たちは世界一幸せな夫婦だ。ユミコのヴァギナが僕のペニスを、ゴムの膜越しに強く締めつけた。

 

座猫黒★屋小物世見

 

男はとことん不幸だった。はあ、とため息を吐きつつ背中を丸めて、寂しい夜道を歩いている。街灯が殆ど設置されていないせいか辺りは真っ暗である。

服を着替えたいなア、と黄ばんでヨレヨレになったTシャツの衿を掴んで男は思った。あと二、三回マックに行けるなア、と汚れたジーパンのポケットを撫でながら思った。煙草の自販機を見つけて、釣り銭が出てくるところを探ってみたが収穫はなかった。ふと妻と子供の顔を思い出して、泣きそうになった。アア、俺に甲斐性がなかったばっかりに……と、伸び放題の髭に触れて嘆いた。そして突然、風俗のネエチャンが恋しくなった。

男はとうとう泣き出してしまった。涙を目やにごと手の甲で拭い去り、寝所にしている公園が近くなってきたところで男はオヤ? と、首を傾げた。

公園が煌々としているのだ。原因はクリスマスツリーに飾るようなあの電飾が、公園を囲んでいる木々に巻かれているからだ。ハテ祭りか何かかと思ったが、しかしここに来るまでの間に人通りはなかったゾ……と訝しんで、とりあえず男は公園に入ってみた。

公園の真ん中に木と同じように電飾の巻かれた、赤と白の縦縞模様のテントがあった。掲げられた看板には「座猫黒★屋小物世見」と、筆字で書いてある。……見世物小屋★黒猫座? 男がやや判読に手間取っている時、少女が二人、男に近寄って来ていた。

「見世物小屋だよ! 面白いものあるよ!」

「入って入って!」

男はぎょっと肩を跳ねさせて少女の方を見た。少女は二人とも色違いで水玉柄のワンピースを着ていて、右の子は黒地に白の水玉、左の子は白地に黒の水玉だった。互いにそっくりなくりくりとした目と林檎のような赤い唇を有した顔に、おかっぱ頭の上にはそれぞれのワンピースとお揃いのリボンをつけている。たぶん双子なんだろうと思われた。

「いや、俺は……ワワ、ちょっ」

双子の少女は戸惑っている男の背中を「はやくはやくー!」「入って入ってー!」と騒ぎながら押していった。強引に押し込められる形で男はテントの入り口をくぐり、並んでいるパイプ椅子に座らせられる。すると、少女たちは去っていってしまった。

男の他に観客はいない。派手だった外観と反して中は、羽虫がたかっている電球が一ツぶら下がっているだけで薄暗く、目の前の舞台は狭そうで貧乏臭い。舞台の左端に置いてあるめくりには「毛皮を着た達磨」と、書いてあった。

ナンダナンダ……男が腰を上げようとしたその時、赤白縦縞の幕が揺れて、舞台袖から毛むくじゃらの塊が台車に乗って出てきた。ベストとスラックスの執事のようなスーツを着て、モノクルをかけた老人が台車を押している。

老人は舞台の半ば辺りで止まると、台車を男の正面に向けた。男は「アッ」と小さく声を上げる。

毛むくじゃらの塊の正体は、鳶色の毛皮を裸身の上に羽織っている女だった。烏の濡れ羽のような艶やかな黒髪をワンレンにして、不機嫌そうな顔をしている。

「おい、煙草」

そして女には手足がなかった。老人がベストの胸ポケットからシガレットケースを取り出す。一本引き抜いて、女の口にくわえさせるとライターで火を点けた。

男は女に目が釘付けになってしまった。女が煙を吐く為に老人が時折女の口から煙草を離し、またくわえさせる。そうしてフィルター寸前まで短くなった煙草を、老人は気でも狂れたのか自分の舌で消した。

そして、老人は女を自分の方に向かせて正座する。女が老人へ理不尽な説教をはじめた。

「この、奴隷爺めが!」

老人はただ「申し訳ありません」と繰り返している。女は老人のことを「老いぼれの豚が!」などと暴言を吐いたあと

「ほら、噛まれたいのなら手を出しな!」

と、歯をカチカチ打ち鳴らした。老人は従順に皺々の手を女の口元へ寄せる。女はその人差し指に思いっきり噛みついた。

老人はじっと痛みに堪えている。やがて老人の手が血まみれになると、女は口の中の血をペッと吐いた。

「ああ不味い。ほら、帰るよ!」

女が怒鳴る。老人は立ち上がると、台車を押した。舞台から退く直前、老人は紙に血をつけながらめくりを捲った。「蟲男」。

一体何だったんダ……と、男が呆気に取られていると幕が揺れて、袖から蟲男が現れた。つるつるに剃られた頭と眉、蝋のように白い肌。ひょろ長い体は上半身裸で、下は丁度少林寺拳法の道着のような橙色のズボンを穿いている。そして水の入っていない水槽を抱えていた。

水槽の中には大ムカデ、ゴキブリ、カミキリムシ、その他断定出来ない色々な虫が犇めいている。蟲男は舞台の真ん中まで来ると、水槽を置いてドカッと座った。蟲男は水槽の中へ手を突っ込むと大ムカデを無造作に掴み、取り出して、手の中で蠢動している虫の頭を躊躇うことなく噛み千切った。

男は思わず「ヒィッ」と小さく悲鳴を上げた。蟲男は得意げに笑いながら、その頭を咀嚼する。大ムカデの断面から白っぽいクリーム状のものがはみ出していた。頭を飲み下した蟲男はクリームにしゃぶりつき、そのまま体を貪りはじめる。生命力の強い大ムカデの足が恨めしげに動いていた。

グロテスクな光景に男は目を覆った。が、怖いもの見たさに恐る恐る指の隙間から覗いてしまう。蟲男は大ムカデをすっかり食べてしまうと、今度はゴキブリを掴んで先程と同じように頭を噛み千切り、胴体の中身を吸った。咀嚼して飲み下す。それを繰り返し、遂に水槽の中の虫たちは残り僅かになってしまった。

男の食欲は消え失せそうだった。小銭で膨らんだポケットにそっと触れる。明日にでも行こうと思っているマック、肉にミミズが混じっていたらどうしよう……と、男は下らない妄想をしてしまった。

蟲男が最後の一匹、カミキリムシを口に放り込んだ瞬間ハプニングは起こった。小さい虫だから油断してしまったのだろうか。蟲男は「ウッ!」と声を上げて、慌ててカミキリムシを吐き出した。唾液に塗れたカミキリムシは床に着地するとさっさと逃げ出す。蟲男は舌を突き出して、涙目になっている。舌を噛まれたのだ。

カミキリムシに仇討ちされてしまった蟲男。何だか滑稽で男は笑ってしまった。蟲男は顔を真っ赤にして、水槽を片手で持つと立ち上がり、小走りに袖へと向かう。舞台から去る直前、めくりを捲った。「ふたなりヱンジェル」。

サア、次は何が来る。男はもうどうにでもなれといった心境で舞台を凝視した。やがて幕が揺れて、その小柄な人影はクルクルと回転しながら飛び出してきた。美事な飛躍をして、舞台の真ん中に着地した瞬間、ふわっとめくれたチュチュと肩で跳ねる金髪の縦ロール、背中から舞い散る羽毛。

男は目をパチパチと瞬かせた。てっきりまた奇怪なものを見せられるのだろうと思っていたら、現れたのはフランス人形のような容姿をした美しい少女のバレリーナ。

バレリーナは男に向かって、ふふっと微笑むと踊り出した。背中をパックリ開いた上衣から、回転する度に覗かせる直接生えているように見える羽根は、男の首を傾げさせたが男はすぐにそんなことはどうでもよくなった。

夢みたいな、美しい光景だ。こんなに綺麗なものを見たのは何年ぶりだろう。昔、娘と一緒に見た遊園地のパレードの思い出が男の脳裏に掠めた。お姫様があんな風に華麗に踊っていたなア。娘はキャッキャッと手を叩いて、喜んでいたなア。……バレリーナは踊り続けている。男は夢中で眺めた。

踊りが終盤に近くなってきた頃だろうか。飛躍から着地して、バレリーナは回転しながら両手を高く上げた。その手の平からまるで水芸のように羽毛が吹き出す。辺り一面、羽毛布団を切り裂いたようになった。

視界が真っ白になった途端、急に男の意識は遠くなっていった。ぼんやり、これは凄い手品だなアと思った。羽毛がはらはら落ちていくと、隠されたバレリーナの姿が上半身だけ露わになった。バレリーナは裸になっていた。

オオッ……こんなサービスまでアリか。男の翳んでいく目はバレリーナの幼い、膨らみの未発達な乳房を認めた。そして、羽毛が完全に落ち切ると同時に男の意識は暗転した。

暗転する直前、男は気のせいだと思える一瞬の間に、バレリーナの魔羅を見た。

 

明け方の公園のベンチで男はハッと身を起こした。辺りを見回したがテントはもう存在していない。木に電飾も巻かれていない。錆びたジャングルジムや、ブランコなどの遊具があるだけだった。

ナンダ、夢か。と、男はモジャモジャの頭髪を掻き上げて、ふとある違和感に気づいた。ポケットに入れておいた筈の硬い感触がないのだ。手を突っ込んで確認してみた。ない。

ちゃっかり、代金は取られていた。男はこれから先のことを考えて頭を抱えた。しかし暫くすると「マァ、イッカ」と呟いて、男は何故だかとても晴れやかな気持ちになっていた。

 

洋梨

 

机の傍に立っていた若い刑事の怒号が響く。それを隣に座っている、年季の入った刑事が宥めていた。机の上には電気スタンド。刑事と向き合い、腰縄をつけられた状態で座っているのは顎に無精髭を生やした男だった。

――片方が怒って、片方は宥める。サスペンスドラマのような光景を男はまるで他人事みたいに冷めた目で眺めていた。これは自白させる為の手段だということを、男は前にテレビか何かで見て知っている。

「はい、俺が殺しました」

男はあっさり告白した。やや高く、細い声だった。捕まった時点でもう諦めていたし、何より言い逃れの出来ない証拠を男はすでに取り上げられてしまっている。

刑事二人は動機や経緯をはっきりさせる為に、次々に質問を男へ浴びせた。

男はそれに一つ一つ、淡々と答えていく。

「……はい、そうです。彼女は俺の恋人でした。勿論愛していましたよ、ええ。しかし、俺はちっとも悪いことをしただなんて思っていません。今回のことはすべて彼女が悪いんだ。

彼女とはとあるバーで知り合いました。俺の悩みを親身になって聞いてくれました。……悩み? 家族と不和だったんです。はい、理由は言わなくてもわかるでしょう?

彼女は美人でしたから、そのまま酔った勢いと……人肌、恋しかったのでしょうね。はい、ホテルへ行きました。その後、連絡先を交換して付き合うようになりました。

暫くすると、彼女は俺の部屋で生活するようになりました。最初は幸せな同棲生活だったんですよ。……だけど、時が経つと段々マンネリしてきたのですかね? 明らかに彼女の態度は冷めてきていました。生活リズムも違いましたからね。彼女は普通に昼働いて、俺は夜に働いていましたから。すれ違っていました。

そもそも、きっかけは勢いでの性行為です。互いに寂しかったのでしょう。彼女もあの時、恋人にフラれたばっかりだと言っていました。……ええ、つまりは互いにヤリたかっただけです。長続きする訳がありません。よくあることですね!」

男はハハッと自嘲するように笑った。そして刑事が何か言う前に、すぐに続きを話しはじめた。

「別にそれだけならよかったのですよ。フッツーの恋人たちのように、当たり障りのない別れ方が出来るのなら。……だけど、彼女は絶対にやってはいけないことをした。バカな女です。

浮気、しやがった。いえ、フッツーの浮気ならまだ我慢出来ました。だけど、ああ糞! よりによってあの女、男と浮気しやがった! 元々、マンコは処女じゃなかったんだってよ! 俺に対する侮辱か!?」

男は興奮に任せて、彼女への恨みつらみを吐いた。刑事は刺激しないように黙っている。

はぁはぁと息を荒げて、落ち着いてから男はうなだれた。

「……気がついたら彼女を殴っていました。馬乗りになって、殴っていました。首を絞めました。そうしたら、彼女は動かなくなりました。

それから、彼女の腹を包丁で開きました。大変な作業でした。子宮を取り出して、ビニール袋の中に入れて、それを持って逃げ回っていました。

……子宮を奪った理由? 一番、愛した場所で、一番、憎い場所だったからでしょうか。ただ衝動的にやったことですから自分でもよくわからない。

それで、こうして捕まっちゃった訳ですよ。え? たかが浮気くらいで、ですか? ……刑事さん、言わなくったってわかるでしょう?」

男は泣き出してしまった。エーン、と、女々しい泣き声が取調室に響く。

年季の入った刑事が男の名前を呼んだ。それは男の外見に似つかわしくない名前だった。

 

車中のニンフェット。

 

「このクソ野郎!」

ヒステリックな声で、女とは思えないような暴言。頬に感じた衝撃。恋人だった(過去形でいいよ、もう)女はハンドバッグを引っつかみ、ハイヒールを鳴らしながら去っていった。

好奇の目を向けてくる周囲に(見るんじゃねえ)と、心の中で毒づく。席を立ってさっさとレジにいくと会計を済ませ、喫茶店を出た。……ああ、なんで俺があんな女のコーヒー代まで払ってやらなきゃいけないんだ。今まであの女のために、いったいいくら消費してきたんだろう。金も時間も。

たった一回ブサイクな女と寝ただけで、こんな破綻を呼んでしまうなんて。地味な顔に地味な服装のその女は「ずっと……好きでした」と、上目遣いに言ってきた。どういうわけかほだされてしまった。射精したら現実に戻り、冷めた。

そうしたら、ブサイクな女は噂を流した。

……何だ、全部俺が悪いのか? ああ、女って怖い、恐ろしい! でも女断ちはできそうにない。この通り、要領が悪いのに……俺は破滅型なんだろうか。痛む頬をさすりつつ駅へ向かい、帰るために電車に乗った。

ホームにいたいちゃいちゃしていたカップルを見て、いまさら自分の愚行に後悔を覚えながら席に腰かける。(情けねぇなあ)……目の前の席に異様な雰囲気の少女が座っていた。

年は十一、二くらいだろうか。ピアノの発表会でもあったのか水色のふわふわしたワンピースを着て白いタイツを穿き、爪先の丸い、黒いエナメルのかわいらしい靴を履いていた。ただ、羽織っているナイロンのジャンパーだけスポーティーでそぐわない。異様なのは別にそこじゃない。少女の隣にいる母親だろうと思われるおばさんが、ワンピース一枚だと寒いから着せてあげたんだろう。

問題は表情。少女は切れ長の目で床を睨み、薄い唇は固く結んでいた。物凄く不機嫌そうな顔。少女はきっとクラスで一、二を争うと予想できるくらい美しい面立ちをしている。幼さに、表情のせいで混ざる冷たい美。

細くて柔らかそうな髪がかかっている、少女の白い喉元をつい凝視してしまった。君、それは大人の色気だ。

……何だっけ。大学の課題でなんとかコフの「ロリータ」っていう、小説の読書感想文を書かされたな。読む前はてっきり幼い少女がアレコレされる話だと思って怖かったけど、実際は主人公のオッサンがロリータに哀しく弄ばれる話だった。小さな娼婦、と表現していたっけ。オッサンはそんな少女をニン……フェットと称し、渇望していた。

少女が床から視線を離し、ゆっくりと俺を見た。氷のような目をしている。

(何だ、君まで俺を侮蔑するのか)

 

「この、クソ野郎」

子供らしい、甘ったるい声だった。

少女が俺に近寄ってくる。ジーパンの股間に、お人形さんが履くような靴が載せられた。

「クソ野郎、クソ野郎、クソ野郎」

少女は無表情で俺を見下しながら、足に体重をかけていく。じわじわと圧迫されていく俺のチンコ。

少女を蹴り倒した。転げた華奢な体に伸しかかると、ワンピースを捲り下着ごとタイツをずり下ろす。そして俺も下半身の衣類を下ろすと、勃起したチンコを少女のすべすべしたマンコにねじ込んだ。狭い。

清潔な粘膜はチンコを浄化してくれるような気がする。少女は犯されても、その冷えた顔を崩さなかった。マンコだけじゃ飽き足らず、尻の穴に突っ込んでみても、少女はただジッと俺を睨んでいるだけだった。

 

チンコを擦る手を止めて、ため息を吐き、乾いたティッシュを丸めて捨てる。無理。

(何やってるんだろう、俺は)

電車を下りるときおばさんが少女に向かって「あやかちゃん、また次があるわよ」と、言ったのを聞いた。何だ、あの恐ろしいほど不機嫌そうな表情はそんな可愛い理由か。

後日、俺はブサイクな女と付き合うことにした。我ながら病気だと思う。

 

DQN解剖室

 

床一面のタイル。消毒液の匂い。うすら寒い空気。

金属の台の上には、孤独死した老年の男性。

人生経験の豊富さを示す皺が刻まれた青白い顔は、安らかな表情を浮かべている。

暫くすると扉が開き、白衣の人物たちが入ってきた。

「ああ、超ダルいんですけど」

「今日は爺だしな」

「若い女のときは超楽しいのに」

一人がポケットから携帯電話を取り出し、データフォルダを開く。それを覗いた他の二人はいやらしく笑った。液晶画面には女性器の画像。

三人とも金に近くなるまで脱色した髪に、同じような顔つきをしている。それぞれが解剖刀を手に取ると一人が無造作に、哀れな老人の鎖骨の下に突き刺した。

そのまま下腹部まで切り開き、三人は鋸で肋骨を取り除く作業をはじめる。

「そーいや、付き合っていた女はどーしたよ?」

「付き合ってねーよ、あんなブサイク。穴さえありゃそれでいい」

「アハハ」

途中、「手ぇいてぇー」と休みつつも、何とか肋骨は外された。胸腔と腹腔に、手術用の薄い手袋をはめた手が差し込まれる。

内臓を摘出している最中、一人が肝臓を手にして言った。

「あ。仕事終わったら飲みに行こうぜ。焼鳥屋で」

「レバーッ!」

ゲラゲラゲラ、と、血肉が付着した手を叩いて響く爆笑。

「俺、レバー嫌い。これ食いたい」

おふざけに乗った一人が持っているものは心臓だった。より笑いは深まる。

収まったところで、仕事は再開された。内臓をすべて取り出しおえると、今度は頭部の皮を剥ぎ、頭蓋骨を削り取る。脳髄はさすがに慎重に摘出された。

長時間に及ぶ作業に、三人の顔は疲労の色に染まりはじめる。一人が休憩を求め、二人は頷く。解剖刀を置いて、手袋を外し、ポケットから出したのは煙草の箱。

全員、その場で紫煙を燻らせた。ここに灰皿はない。吸い殻が転がっているのを見つかったらまずい。だから煙草が短くなると、三人は老人の頭の中に火種を押しつけて消した。「どうせ燃やすんだし」と、三人がいつもやっていることだった。

一服したあと、再び手袋をはめて老人の空洞に詰め物をし、皮膚を乱雑に縫い合わせて曲がりなりにも元通りにする。仕事をおえた三人は手袋を捨てて、焼き鳥に思いを馳せつつ去っていった。

解剖室に残された老人は、ただ安らかに眠っている。

 

不幸なメス、マリー。

 

……ダーリンったら、あたしというものがありながら。

「ダーリンのバカ」

ボソッと独り呟く。部屋から飛び出したら、雨が降っていた。ドラマチックなこと! 夜の路上で濡れてふるえても、あたしを気にしてくれる通行人はいない。

お出かけから帰ってきたら、ダーリンの上に乗っかって運動していた女。――ねえ、ダーリン。あたしはもういらないの?

悲しい。うつむいて、泣いた。しばらくすると、体を打つ水滴の感触がなくなって顔を上げる。

傘。差し出しているのは、ステキな男性。

「どうしたの? 風邪、ひいちゃうよ」

ああ、新しいダーリン! あたしは喜んでお持ち帰りされた。

そうよ、昔の男なんて忘れよう! アパートの部屋に入ると、あたしはダーリンに喜んでもらうために一生懸命がんばった。ダーリンの手に身を任せて可愛く鳴いて、ダーリンの出したミルク、上目遣いで飲んだわ。お風呂も一緒に入った。ダーリンはあたしの体を洗いながら「俺もね、彼女に捨てられちゃったばっかりなんだよ。君と似たようなもん」て、告白してくれた。

それからベッドの上で寄り添って、おおいに慰めあう。ああ、大好きよダーリン。……あたしはこうして、無理矢理にでも傷心を癒した。

 

ダーリンはあたしのことを「マリー」と呼ぶ。同棲がはじまって一ヶ月。ダーリンはあたしのぽっちゃりしたお尻が大好きらしく「マリーの尻、可愛い」て言って、撫でたり顔を埋めたりするの。自分でも少し太っているのはわかっているから、からかわれているみたいでホントはイヤなんだけど仕方ないわね。ダーリンは変態だ。あたしのトイレまで覗くのはやめてほしい。

今でも昔の男を思い出すと、胸がチクリと痛むけれどあたしはとても幸せ。……ただ、気になることが一つ。

最近、ダーリンの帰りが遅い。一晩あけることさえある。

「まさか……ね」

その、まさかだった。

鍵を回す音と、ドアが開く音。あたしは午睡から起きて、ダーリンを迎えようとした。けれど女の声が聴こえた瞬間、あたしは反射的に押し入れへ隠れた。

「部屋キレイねー」

「そ、そう?」

ダーリン。その女、誰?

「マリー、マリー?」

「いないみたいね」

「そうだな、出かけてんのかな……」

彼女がいる部屋で浮気するバカが、いったいどこの世界にいるの? ダーリン。

そのままダーリンは、あたしを何度も抱いた手でその女を抱いた。

ああああああ、一緒だ、昔の男とまったく一緒だ。新しく女ができたから、あたしはあたしはあたしはお払い箱。

 

さようなら、ダーリン。部屋が静かになった。押し入れから下りようと、そっと顔を出す。

女とダーリンは寝息を立てている。突然、女がむくりと起きた。そして女はダーリンの衣服を漁りはじめる。女が財布を取り出す。――中身を何枚か、自分の財布にしまっちゃった。ぷ、あはははは。ダーリンたら、バカな男。かわいそうな男。

女が身支度を整えて部屋から出る。あたしは押し入れから飛び下りると、ダーリンがあたしのために、いつも鍵を開けておいてくれる窓から外に出た。

アパートをぐるっと回って、階段を上る。女が高いヒールで下りている。あたしを見つけると、驚いたのか女は足をとめた。――ねえ、知ってる? 猫の嫉妬深さ。

一気に駆け上がると、あたしは女の顔面狙って飛びついた。悲鳴を上げて、バランスを崩した女は階段から転げ落ちていく。その間、あたしは空中で体勢を整えて、華麗に着地してみせたっていうのに。人間って不便なのね。

倒れている女の様子を確認もせずに、あたしはさっさと窓へ戻り、部屋に帰った。これでダーリンの仇は討ってやったわ。ついでに、あたしの仇も……。

ダーリンのそばに寄ると、ダーリンは寝ぼけながらあたしを抱く。あたしのお尻を頬で擦ってから、枕にするダーリン。

尻尾でダーリンの額を優しく叩く。ダーリンの隣を占拠していいのは、あたしだけよ。

 

「ニャー」

「今日からマリーだ」

「ニャー」

「可愛いね。ミルク、あげようね」

「ニャー」

「マリーってデブ猫だよな。ちょうど……あ、気持ちいい。尻が枕にぴったり。ふわふわ」

「ニャー!」

「おいおい。猫砂、片づけられないだろ? なんだ、猫でもトイレは恥ずかしいのか? ……まあ、マリーはメスか。うん」

 

 

2012年4月3日公開

© 2012 山本ハイジ

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これは下品 ユーモア 官能

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