幻滅 Ⅱ

平島 公治

小説

30,803文字

静江は奇跡的に蘇生した。なぜ静江は自分の胸を刺させたのか?
真の平和とは何か? そして日本人にとっての幻滅とは?
我々は、破滅、絶滅しないために幻滅せねばならない!
ラストまで目が離せない愛と正義とエロスの物語。一挙、完結!

 

激しく地面を叩きつける雨の音が真っ白な視界の中で鳴り続けている。ふと見ると二人のシルエットがうっすらと現れ、少しずつこちらに近づいて来る。

「しいちゃん!」

「静江!」

姉の久美子と母の貴和子であることはその声でわかった。不思議なことに声がした時だけ、激しい雨の音が一瞬、小さくなるのだ。しかし、顔まではわからない。車軸のような雨が覆い隠している。

「お母さん? 姉さん?」

静江は半信半疑で呼びかけてはみるが返答はない。やがて二人のシルエットがUターンするかのように遠退いてゆく。

「ああ、行かないで!」

静江は慌てて声をかけた。すると姉らしき人が立ち止まって振り向き、悲し気な声で「しいちゃん、どうして死のうとしたの。私の分まで生きてほしいのに……」と言った。

「ちがうのよ姉さん、私は死にたくなんかないのに、急に声が聞こえたの、相手に自分の胸を刺すように言えって。その時、私はその声にどうしても抗うことができなかった。まるで催眠術にでもかかったように……」

静江の声が姉らしき人に届いたかどうかはわからない。

しばらくして、その姉らしき人が、「しいちゃん、よかったね。さあ、帰りなさい」と言った。そして少し間を置いて顔をそむけながら、「でも克也さんのことはあきらめなさい」とつぶやくように言うと、また母らしき人と共に歩き出し、静江からどんどん離れて行った。

「姉さん、ごめんね。兄さんのこと、ずっと好きだったの、ごめんね、あっ、待って、姉さん! 姉さ~ん! お母さ~ん!」

見えなくなるまで静江は叫び続けた。するとしばらくして、二人が去っていったのとは反対の方向から足音が響いてきた。姿は見えないが、数人の若い男たちの話声が静江の耳に聞こえてくる。

A「教官はどこにいるんだ? 俺たちのあとに来ると言ったのに……」

B「貴様、まだそんなこと言ってるのか? ばかだな、来るわけがないだろ」

C「俺は教官のあの一言でふんぎりがついたんだ。やっとこれで死ねると思った、それなのに、あれは嘘だったって言うのか! あの園 大尉が俺たちを裏切ったって言うのか! 俺はいったい何を信じたらいいんだ!」

D「園 大尉はそんな人ではない。それは俺たち学徒兵がよくわかってることじゃないか。部下思いの立派な軍人だよ。来ないのには何か深い理由があるのさ。出撃しなかったのではなく、何かできなかった事情があるはずだ、きっと、あるはずなんだ」

E「いや、俺たちはここに来て間違った情報を受け取ってしまったようだ。教官が出撃しなかったなんて嘘だ! そのうち、敵艦のどてっぱらに風穴開けてやったぞ、どんなもんだ、と高笑いしながらやって来るさ。きっと来る。きっと……」

「やめて~! やめて下さい!」

静江は思わず両手で耳をふさいで叫んだ。

「父は、父は、立派な人なんかではありません。皆さんの方がずっと立派です。どうか、父を赦してください。皆さんの純粋な気持ちを裏切った父の罪は大きすぎて私たちには償いきれません。どうか、私の家族を……、家族を……、どうか、どうか、赦して……」

静江は泣き叫びながら地面に土下座した。いや、土下座しているつもりが、接地感覚はまったくなく、宙に浮いている感じだ。

静江の声が彼らに届いたのかどうかはわからない。ただ、さっきの話声はフェイドアウトするように消えた。そして今度は複数の人の、のたうつようなうめき声が段々と大きくなって聞こえてきた。

「ううう、誰か~、殺してくれ~、まだ死にきれないんだ~、ううう、苦し~い、あ~、苦し~い、殺してくれ~、たのむから殺してくれ~」

静江は立ち上がって周りを見廻すが何も見えない。恐くなって「きゃー!」と悲鳴をあげて逃げようとするが足が動かない。見ると、誰かの血だらけの手が静江の両足首を握っている。

静江は前につんのめり、そのままうつ伏せの姿勢で宙に浮いた状態になった。もう身動きはできない。声も出ない。

その瞬間、静江はそれが自分ではあるが、別の自分であることを悟った。当の自分はそこにはいない。あの世ではなく、この世に存在している。あの世の自分を通して、この世にいる自分に死者の声が聞こえてくるのだ。

すると前傾した静江の体の両側に2、3人ずつ、さっきとは別の兵士らしき人たちが立つのが見えた。

F「こいつ、なぜ死ななかったんだ。あれだけ死ねって言ったのに、なぜ助かった?」

G「そうだな。母親が死んで姉も死んだのに妹は死なない。何故だろう。万が一、俺たちの秘密が伝わっていたら俺たちが英霊であることは幻となる。そんなことは絶対に許されない!」

H「大丈夫だ。妻ならともかく娘に俺たちのことが伝わったはずはない。特に妹の方は終戦の時、まだ5歳だぞ。父親が脱走兵を探し出して密かに処刑したなんて話、聞いたって理解できんよ」

I「よせ! ここはあの世なんだぞ。どこで誰が聞いてるかわからんじゃないか。もうそれ以上は喋るな。とにかく計画は遂行せねばならん。こいつをここから帰してはならんぞ!」

J「いや、この人は帰してあげよう。もういいじゃないか。家族には罪はない。この人は俺たちのことを知らないようだ。俺たちはあの教官が死んだことさえ確認できればそれでいい」

G「その本人がいくら探しても見つからんから身内を殺るしかないんだ。親の因果は子に報うというのが東洋の習いだろ。それにしても妙だな。あれだけの傷で蘇生するというのは……。この女、普通ではないな」

J「普通ではない? どうだっていうんだ」

G「わからんが、俺にはなんかそんな感じがする。さっきからこの女を見ていて、どうも異質な感じがする」

J「気のせいじゃないのか?」

G「いや、もしも、この女が霊媒体質だとしたら、俺たちのこの話は筒抜けということになる」

F「半分戻ったこの女があっちで聴いてるってことか?」

G「そういうことだ」

I「やはり、この女は帰してはだめだ。ここで拘束しておこう」

H「しかし半分以上は戻ってしまってるんだ。見ろよ、残りもどんどん戻ってゆく。この勢いは俺たちが抑えきれるものではない」

F「早くしないと蘇生が確認されてしまうぞ。戻ろうとする魂をこっちで無理に抑えつけているとおかしなことになる。怪しまれたらまずい!」

I「な~に、医者にはわからんさ。まさか、王仁三郎みたいな人が出てくるとでもいうのか?」

F「そうだよ。このまま意識不明の状態が続いて医者が匙を投げたら、この女の関係者が霊能を持つ者に見せてみようと思い立つかも知れん。そうなった時、苦しめられるのは、この女に呪いをかけている俺たちだ。へたをすると消されるぞ!」

G「ここはいったん帰して、それからまた策を考えよう。Hの言うとおり、この女の蘇生を阻止することは諦めて次の手を打つんだ」

I「しかし、半分があっちで聴いてるんだろ? 全部戻しちまって言いふらされたらどうするんだ!」

G「すぐには誰も信じないさ。それにこの女自身、夢幻と現実との区別がつかんし証明できない」

I「この女の話を確認しようと当時の資料をあさって調べる人間が出てくると面倒なことになる」

G「だから早めに次の手を打つ必要があるのさ」

F「次の手って何だ?」

G「それはまだわからん。いずれにせよ、俺たちにとっては皮肉だが起死回生の一手ということになる」

男たちが交わす声が静江の体の周りで波のようにさざめいていたが、ここでしばしの沈黙がおとずれた。

そして再び、音が聞こえ始めた。音は少しずつ、少しずつ、大きくなってゆく。海を走る空母や駆逐艦の音、そして耳をつんざくような対空砲火の音。戦闘機の悲鳴にも似たエンジンの音。

静江は思わず両手で耳を塞ごうとしたが、手の感覚がまったくない。それに何をしようと、静江はその環境から逃れることはできない。

しばらくして急降下する戦闘機の轟音が聞こえてきた。

「テン・ノウ・ヘイ・カ、ばんざ~い!」

激しい炸裂音と爆発音。

「ダイ・ニッポン・テイコク、ばんざ~い!」

激しい炸裂音と爆発音。

「かあちゃ~ん!」

激しい炸裂音と爆発音。

「しいちゃ~ん!」

激しい炸裂音と爆発音。

やがて、どこからともなく「海ゆかば」の大合唱が流れ出した。静江はますます苦悶するが、死者たちの大合唱が津波のように静江のすべてを呑み込んでいった。

「う~み~ゆ~かば~ みいづ~くか~ば~ね~ や~ま~ゆ~か~ば~ く~さ~むすかば~ね~ お~お~おき~み~の~ へ~に~こそ死な~め~ か~あえ~りみは~せじ~」

 

 

(K市立病院、外科病棟の一室)

「園さ~ん、聞こえますか~! 園さ~ん!」

海底から海面へと浮き上がってゆくような感覚の中で、忙しそうに動く足音や会話の声、そしていろんな機器の電子音が聞こえる。

「ここがどこだかわかりますか? ……私の手を握ってみてくださ~い!」

・・・・・・しばらく時間が経過・・・・・・

「もう一回やってみましょう、ゆっくりでいいですから、手を握って、離して、そうです、もう一回……」

・・・・・・しばらく時間が経過・・・・・・

「園さ~ん! 下のお名前、言えますか? ゆっくりでいいので言ってみて下さい」

「……し・ず……」

「はい、もう一回!」

「し・ず・え」

「いいですよ、もう一回!」

「しず・え、しずえ、です」

「そうです、静江さん! よく頑張りましたね。あなた、助かったんですよ!」

「は、はい、あり、がとう、ござい、ました」

少女のようなあどけない顔で静江は看護婦と笑みを交わした。静江の目から一筋の涙が流れ落ちた。看護婦の目にも涙が光っている。静江よりずっと年上の目の大きな美しいその女性の名札には「比嘉愛子」と書かれてあった。

 

(外来の診察室)

「意識が戻ったのは今朝の4時すぎです。あれだけの傷で助かったのは発見者が応急処置をしてくれたおかげです。救急隊が着いた時、その場所でできる最大限の手当がなされていたそうです。それがなかったら手遅れになっていたと思います。静江さんは運がいいと言いましょうか、40年、この仕事をやっていますがこういう奇跡のようなことは初めてですよ」

病院長の小田切が心底から驚嘆したような表情で言った。その前に座っているのは神父の石橋克也、静江の亡き姉の夫である。

「発見者の人は私も知っているんですが、元・消防署員ですから処置ができたんですね。その点では不幸中の幸いでしたが、とにかく意識不明だと聞いて心配していました。警察の人から、静江の刺し傷は深いが心臓をわずかに外れていたと聞いて一縷の望みは持っていました。でもやはり、もしものことがあったらと思うと食事も喉を通りませんでした。神父のくせになんだと思われるかもしれませんが……」

「御心配はお身内として当然でしょう。犯人も捕まったそうでよかったです」

「はい。静江から変な手紙を送ってくる女性の話は聞いていましたが、私も油断しすぎました。まさか襲ってくるなんて……、もっと警戒すべきでした」

「ま、あまりご自分を責めない方がいいですよ。身辺警護のように24時間、見張っているわけにもいかなかっただろうし、警察も手紙だけでは、何か起きないと動いてはくれませんからね」

「はあ。静江が助かったのは先生方を用いてくださった神の思し召しだと思います。本当にありがとうございました」

克也は神父の正装である黒い祭服を着てキリスト像の付いた十字架を提げていたが、その十字架を自分の額に当てると小田切の前に深々と頭を下げた。

「いや、そう言われますと、信者でもない私などは非常に恐れ多いです。ワッハッハ」

「あ、これはすみません、私としたことが、いつもの調子で喋っちゃって。たいへん失礼しました。ハ、ハ、ハ」

静江が刺された日から3日目の水曜日の朝である。曜日こそ違え3日目というのはキリストの復活と同じだなと克也はほくそ笑んだ。無論、静江の場合は復活ではなく蘇生ではあったが、この時の克也は、まさか静江が相手に自分の胸を刺すよう指示したなどとは知る由もなかった。

「面会も来週後半にはできるでしょう。ただ、後遺症は出ると思います。場合によっては教師のお仕事を続けてゆくことが難しくなるかもしれません。まあ、周囲の協力によっては可能ではありますが……」

小田切は立ち上がり、窓辺に立って外の銀杏並木を見ながら呟くように言った。

「後遺症って、そんなに重いのですか?」

「四肢の麻痺が想定されます。リハビリでどれだけ戻せるかは本人次第です。若いから希望は持てますよ」

「テニスを教えているんですが、もう無理でしょうね」

「そうですね、実技指導は」

「車椅子の生活になるなんてことは?」

克也が訊くと、小田切は振り返った。

「最悪の場合を想定すれば、その覚悟はしておいたほうがいいでしょう。教師を続けるのが難しくなるかもしれないと言ったのはそういう意味です。ただ本人にはあまり悲観的なことは言わないほうがいい。リハビリは意欲を持つことが一番大切ですから。現実はきちっと伝えないといけませんが、先ほども言ったとおり回復の程度は本人次第です。看護婦の話では静江さん、町の人気者らしいじゃないですか。多くの人に愛されている人には活力があります」

小田切は再び椅子に腰をおろしながら言った。

「そういうもんですか」

「ええ。入院患者の場合、友人なんかがしょっちゅう面会に来る人は回復も早いという傾向があるようです。これも看護婦からの受け売りですがね、ハハハ」

「それは友だちから元気をもらってるってことですね?」

「ハ、ハ、どうでしょうかねえ、それはわかりませんが、まあ、医学も人間を相手にするわけで、臨床の現場では科学的な説明のつかないことがよくあります。それにしても今回の静江さんのケースは私たち医療従事者にとっても大いに励まされます」

暇を告げて診察室を出ると、克也は長い通路を歩きながら小田切の言葉を思い返した。気さくな人なので最後は明るい気持ちにしてはくれたが、「覚悟」という言葉が今日ほど心に重く響いたことはない。

静江は一命を取りとめたとは言え、これからの人生には大きな苦難が待ち受けている。それに耐え抜くだけの力が静江に残っているかどうかが案じられた。

1日も早く静江に面会できるようになって、手を握って言葉をかけてやりたいという思いで胸がいっぱいになった。

「コリント信徒への手紙一、10章13節。あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。 」

克也は静江が好きだと言った聖書の言葉を暗誦し、長椅子に腰かけて目を閉じ、しばらく祈りの時を持った。静江は信者ではないので聖書を持ってはいないが、学生時代から英語の勉強で聖書の言葉に親しんでいた。

まさか姉の夫が隠れクリスチャンであり、姉の死をきっかけに神父になろうとは想像だにしなかった静江だが、いったんそうとわかったら克也と聖書の話を楽しむほど順応が早かった。

この箇所では「逃れる道」という訳が誤訳であり「出口」とでも訳すべきことも理解していた。まさに静江自身、これから試練の只中を通る道を進まなければならない。しかし、いつか必ず出口に至るのであり、その希望の光が見える限り耐え抜く力が生まれるのだと克也は心の中で呟いた。

病院を出ると駐車場へと向かった。冬晴れの午前の澄み切った空気とやわらかな陽光が、克也の不安な心を癒してくれる気がした。

愛車のアウディA3に近づいてゆくと、中高生くらいの大きな男がドアの前に立っている。目が合ったので克也は微笑みながら「こんにちわ」と言った。

「こんちわ。あの、神父さんですね。おいは、いや僕は、城内中で静江先生に教わった山野隼人といいます」

「ああ、生徒さん。私のことは静江から聞いたのですね?」

「はい。先生のお姉さんの旦那さんで、先生が片思いして追っかけてきたって言ってました。あと……」

吃音がすっかり治った隼人は、余計なことも言ってしまうお喋りに変貌していた。

「いや、君、ここではなんだから、とりあえずクルマに乗りなさい」

克也は慌ててそう言うと、ドアを開けて隼人を助手席に押し込んだ。そして自分も急いで運転席に座ると周囲を見回しながら口を開いた。

「隼人君だったね。私がここに来ていることがよくわかったねえ」

「教会に行ったら掃除のおばさんが神父さんは病院だと言って、どこにいるのかわからなければクルマの前に輪っかが3つのマークが付いとる真っ白か外車のそばで待っとったら会えるやろうと……」

「ハハ、夏樹さんたら、そんなことを言ったのか。3つじゃなくて4つだけど、まあいいか。それで、君は私を待っていたんだね。静江のことだろう?」

「はい。刺されたって聞いて心配で心配で……」

「公園のトイレで女の人に刺されたことは知っているんだね」

「はい。病院に運ばれたけど意識がなかって学校で聞きました。だいぶ時間が経つとに、まだ目覚めとらんとですか?」

「いや、意識は今朝早く戻ったそうだ。今、病院長に聞いてきたところさ」

「ほんとうですか!」

隼人の顔がさっと明るくなった。

「面会できるのは来週になるそうだけど、とにかく助かって何よりだ。ただし、後遺症はあるらしい」

「はあ」

再び隼人の表情が曇った。

「静江を助けてくれたのはうちの教会によく来る伊庭浩二さんという人でね。あの時、たまたま男子トイレに入っていたんだ。静江とも顔見知りだから、血を流して倒れているのが彼女だと気づいて驚いたろうな」

「なんばしとらす人ですか?」

「伊庭さんかい?」

「はい」

「今は、いわゆるホームレスだが、以前は消防署に勤めていたんだ。だから応急処置ができるわけだ。それをやってから近くの商店に駆け込んで救急車を呼んだので静江は助かったんだ。お医者さんは奇跡だと言ってたよ」

「へえ~、静江先生の知り合いにホームレスがおったとばいね……」

「教会で炊き出しをやるんだ。例の公園でね。静江も手伝っていたから、その時に顔を合わせて話しもしているのさ」

「消防署におった人がなんでまたホームレスになったとですか?」

「それはまあ個人の事情だからいろいろあるのさ。いちおう私たちも守秘義務ってものがあってね。それ以上は言えないんだけれど」

「ホームレスが命の恩人かあ。静江先生らしいっちゃらしかな。伊庭さんていう人も、どうせ助けるとならもっと早う出てきてくれたらよかったとに……」

「そうだな。でも排便の途中だったかもしれんしな」

「おいだったら、外で人の争う声がしたら、うんこしとっても止めて出てゆくけどね」

「ハハ、下痢でもかい?」

「はい」

「ブアッハッハ、そりゃ凄い! 入っていたのが伊庭さんじゃなくて君だったら、静江は刺されずに済んだかも知れないな」

「ほんに失敗した~、おいが静江先生ば助けたかった~。そしたら今ごろヒーローですばい」

「ハハハハ、ヒーローか。四六時中、静江に貼り付いていたらよかったなあ。ハハハハ」

「それにしても、偶然にしては出来過ぎですね。たまたまトイレの中に人がおって、しかも手当ばできる人だったなんて、下手な小説にも出てこん話ばい」

「君は小説を読むのかい?」

「ええ、まあ。どっちかっていうと読むより書く方が好きばってん」

「まてよ、そう言えば、静江のところにラブレターがたくさん来るって言ってな、生徒からも来るって。君もその中の一人かい?」

「デヘヘヘ」

隼人は笑いながら頭を掻いた。

「なるほど、そういうことか」

「静江先生、おいには神父さんとのいやらしか関係ば喋とって、おいのことは神父さんに何も言うとらんとですね」

「おい、おい、その、いやらしか関係ってなんだい? ……いや、言わんでいい。言わんでいいから忘れてくれ。私のためではない。静江の名誉のためです。どうかお願いします。やはり、君は静江とずいぶん親しいようだね」

「いや、ただの生徒の一人です。ラブレターも、そげん大したことは書いとらんです」

隼人は悪戯小僧のような笑みを浮かべてシートの背もたれを倒し、両手を頭の後ろで組んで言った。

「そんなことはないだろう。静江の学校の生徒と言えば、やかましい連中が病院に押しかけてきたそうだが、君はそういう連中とは違って別格のようだな」

「別格? おい、いや、ぼ、ぼくがですか?」

「そうだよ。静江にとって、という意味だがね。静江が私とのことを君に話したのは、君が静江と親密な関係にあるという証拠だ。君のラブレター、よほど静江は嬉しかったとみえる。彼女は口が堅い人だから滅多なことで私との関係を他人に話すことはない。特にこの町には多くの男性ファンがいるようだから、ひとつ間違うと私まで襲われかねない。それでも私とのことを打ち明けたってことはさ、それだけ君が静江に可愛がられているってことなんだよ」

「可愛がられて、ですか?」

「そうだ。いったい、君は手紙にどんなことを書いたんだ? ちょっと教えてくれないか?」

「へえ。まあ、ちょっとエッチかことば書きました」

「ほう、どんな文句だ?」

「いやあ、ちょっと恥ずかしかです」

「いいから、ちょっと言ってみてくれないか。今後の神父としての仕事のうえでも参考になると思うんだ」

「関係なかとは思うけど、よかです。ちょっと言うなら乳ばですね」

「うん? チチってなんだ?」

「乳は乳ですばい」

「乳って、おっぱいのことか?」

「そうです。乳ば飲みたか、と」

「君が、静江の、乳をか?」

「はい」

「そんなことを書いたのか?」

「はい」

「ブアッハッハハハ、ウヒヒヒ、そりゃあいい、そりゃあいい、ヒヒヒヒ」

克也は身をよじらせて笑い続けた。

「神父さん、そげん、おかしかですか? おいはけっこう真剣に書いたとです」

「ムフフフ、いや、それは効果的だったと思うよ。静江は母性本能が強い女だからねえ。そういう言葉を年下の男子から言われたら、それはたまらんかっただろうな。なんか言ってたかい?」

「よくおぼえてないけど、おいのことば可愛かって言ってくれたことはあります」

「うむ、そうだろう、そうだろう。彼女は兄弟がいないから、きっと君を弟のように思ってるんだね」

「弟ですか? そげなことは言わんかったな」

「違うのかい? 弟じゃなかったらなんだ? 息子にするには大きすぎる。まさか、まさか君、静江の男、なんて、そんなわけないよな? いや、もしかして、もしかして、えっ~! そうなのか? おい、どうなんだ隼人君! 俺が相手しないからって、静江が生徒に手を出すなんて、まさか、そんなことあるわけがない。どうなんだ? さあ、正直に言ってごらん」

克也は急に顔色を変えて問い詰めた。

「だ、だれがね。お、おいが、先生と、なんばね?」

「なんばって、男女の関係かと訊いているのさ。おこらないから正直に言ってごらん。君、静江とセックスしたんだね?」

「いや、そげんもろに言わるっと……、デヘ、デへへへヘ。それがいいとこまでいったとですが……」

「なんだと! この野郎、いいとこって、どういうことだ!」

「なんね、おこらんって言ったじゃなかね。そげんすんなら、おいは帰るばい」

ドアを開けて降りようとする隼人の首のうしろを、猫を扱う時のように掴みながら引き留める克也。爪が伸びている。

「いてててて!」

目から涙をアメリカンクラッカーのように垂れ流して痛がる隼人。

「ああ、すまん、すまん、おこらんから待ってくれ。よし、隼人君、今後の静江との関係はお互いにとって大切なことだから落ち着いて話そう。私はこれから仕事があるので、月曜日の昼にでもうちに来てくれないか? 司祭館だ。食事をしながら腹を割って語り合おうじゃないか」

克也はそう言うとエンジンをかけ、隼人を近くのバス停で降ろすと司祭館へと帰って行った。

 

 

K警察署 取調室

ベテラン刑事の栗橋が無精ひげをさわりながら、静江を刺した絹川久代と机をはさんで座っている。久代は23歳の美容師で、茶色に染めた髪をソバージュにしていた。

ドアをノックする音。若い刑事が栗橋の耳元で何か言う。そしておもむろに久代の方を振り返る栗橋。

「おい、園 静江さんの意識が戻ったそうだ」

「いやあ、ほんとですか? よかった、死なんでほんと、よかった」

「喜ぶのは早かぞ。これであんたが殺人罪で起訴されることはなくなったが、無罪放免というわけじゃない。俺たちは、あんたを殺人未遂の容疑で追及することになった」

「でもうちは、何度も言うけどあん人ば殺すつもりはなかったとです」

「相手を刺す以上は死なせることもあることくらいわかってるだろう。ましてや胸だぞ。それも深く刺してる」

タバコを片手に、ダミ声を上げて栗橋が問い詰める。

「でも、殺すために襲ったわけではなかです」

「じゃあ、何のためだ?」

「ちょっと痛かめにあわせて懲らしめるためです。そうせんとうちの気が済まんから」

「ナイフで刺すっていうのは、ちょっと懲らしめるなんて話じゃなかぞ。最初っから殺意がなきゃやらんことだ」

「でも、うちは致命傷にならんように腰のあたりの硬かところば刺したとです。だからそげん深くなかったはずです。もっと上でんよかったけど、ほんと、死んだらいかんと思って……」

「1つめの傷のことか。それはそうではなく、相手が逃げたから、それを追っかけて行って刺すとなると、あんたが間に合うのが腰のあたりしかなかった、他はきちんと刺せる状況にはなかった、そういうことだろう?」

「腰ば刺せるなら背中も刺せるとじゃなかですか?」

「いや、必ずしもそうとは言えない。刺身包丁のような刃渡りの長かもんならともかく、あんたのは9cmの果物ナイフだ。握り方はこげんだったね? それともこげんね?」

栗橋は自分の右手で順手と逆手の握り方を示した。

「はじめの方です」

「それなら追っかけながら刺すとは難しか。走る相手は若干でも前傾になるし、あんたの身長が相手よりも少し低かけんなおさら上半身ば刺すとは無理ばい。背中ば刺そうと思うなら上から振り下ろして前に飛びつくようにして刺さんと深く入らん。結局、あんたの場合、刺せたのは腰んにきということになる。わざとそこにしたのではなく、そこしか刺せんかったっちゃろ?」

「……だから、だからなんだって言うんですか? どうしてん、うちが殺意を持ってあん人ば刺したと言うとですか?」

「そうじゃないって、なぜ言える?」

「だから言うとるでしょ? うちは致命傷にならんよう刺すつもりだったって。仮に背中でん腹でん刺すチャンスがあったとしても、うちは急所ば外しとるです。もし本気で殺そうとするなら、今、刑事さんが言ったような刺し方ばするでしょう。でもそうはせんかった。それが何よりの証拠です」

「残念だがそれは証拠にはならんなあ。あんたがプロの殺し屋ならともかく素人だからな。できるのにできんかったとは言えんだろ」

「それならトイレの入り口で何も言わんでいきなり刺してんよかったとに、そうはせんかったとも素人だからですか? 殺す気があったら傘ばたたんだりせんで、そんままナイフば出して切りつける方がよかでしょ」

「油断させるために間を置いたとも考えられる。まあ、1つめの傷は百歩譲って、あんたの言うとおりだったとしよう。いいか、百歩譲ってだぞ。しかし2つめの傷はどうだ。今度は相手が自ら洗面台の前に立った。もう逃げる意思がないからな。あんたは手が届くとこならどこでも刺せる。そこで相手はとどめを刺せと言ってきた。こりゃあ、あんたにとっては屈辱だろう。自力でちゃんと刺せないのかって言われたようなもんだからな。そこで、はっきりと殺意が芽生えた。そうだろ?」

「なんがね、殺意なんか芽生えとらんですよ。あん人、心臓のあたりば指差したけど、うちは、死んだらいかんけん少し外したとです」

「ふん、外したって言ってもだ、刺し傷は深いんだ。怨恨があるからだな。男にふられて、相手の女を殺したいほど憎んだ。そうだろ。最初は殺すだけの度胸がちっと足らんかったかもしれんが、相手に挑発されて胸を刺した時は、あんたも腹を決めたんじゃないのか。とどめを刺せと言われて、よおし、やってやろうじゃないかって気になったんだろ。ええ? そうだろ?」

「うそです、勝手な作り話や。うちはあん人、静江さんには申し訳なかことをしたと反省しとるとです。いくら相手から殺していいと言われてもそこまでするつもりはなかったけん、こうして自首してきたとです。もう、あん人ば憎いとか全然思うとらんです。ほんとうです」

「なにが作り話か! だったら訊くが、殺すつもりがなかとに、胸ばあげん深く刺す理由のどこにあっとか?発見者がすぐに手当ばせんかったら、今頃あんた、立派な殺人犯だったんだぞ。おお? 答えてみい、深く刺すて、そげな理由、どこにあっか?」

「そ、それは……」

「まさか、刺すのも相手が手伝ったなどとは言わんだろうな」

「それはなかけど、静江さんと目があって、そしたら急になんかへんな気分になって、なんか、この人ば殺してあげないかんみたいな、そんな感じになったとです。うそじゃなか、信じてください刑事さん、信じて……」

久代は突っ伏して声をあげて泣き出した。

「そげな話が警察で通用すると思うか? さっきは百歩譲ってと言ったが、本当は最初から殺すつもりでナイフを用意したと俺はみている」

「そりゃあ、手紙ば送った頃までは殺したかて思うた。だからナイフも買いました。でも、殺すなんて頭の中だけで実際には無理です。いざとなると怖くなったし、殺意なんて消えていました」

「殺意ってもんは、そげん都合のよかごと出たり消えたりするもんじゃなか。いずれにせよ、どんな気分かは知らんが、あんたが殺意を持って刺したことに変わりはなか」

「もう、なんも喋らん。少しでん、うちの罪ば重くしたかとでしょ」

「黙秘権か、上等じゃないか! 今頃、そんな手を使ったって無駄だ。かえってあんたは不利になるぞ。いいのか、それで?」

「どっちにしてん殺人未遂になるとでしょ?」

「そうなるにしてもだ、自分から素直に認めるのと、妙な弁解ばするのとでは、裁判官の心証が違ってくる。扱いが全然違うんだよ。俺たちはあんたの罪を重くしたいんじゃなくて、逆に少しでも軽くしてやりたいんだ。俺にもあんたくらいの年の娘がいる。だから言うんだ。せっかく自首したんだから殺意は認めた方がいい。あれだけの刺し傷だ。一貫した殺意がなけりゃ、あんなことにはならんのだ。相手からとどめば刺せって言われた時に初めて殺す気になった、しかも自分では殺したくなかったとに、相手の目ば見たら殺してやらんといけんような気分になっただなんて、そんな屁理屈は通らんのだ。警察も検察もそんな甘かもんではなか。すっきりと認めた方が身のためだぞ」

栗橋は一転して、泣きはらした久代の顔に自分の顔を近づけ、諭すように静かな口調で言った。久代はしばらく俯いて机上の一点をうつろな目で見つめていたが、栗橋がタバコをすすめると一本取って顔をあげた。栗橋がライターで火をつけると、深く吸い込んで紫煙をス~と吐き出し、あきらめたようにつぶやいた。

「認めます。殺そうと思いました」

「ずっと……だよな」

「はい」

「そうか、よし。それじゃあ、すまんが、もういっぺん最初からいこう。お前が相手に殺意を持ったきっかけだが、つきあっていた男が相手を好きになったからだな」

「はい」

「なんて言われたんだ?」

「寝言で知らん女の名前ば言うたとです。それもナニばした後にですよ」

「その名前とは」

「静江って」

「誰なのか訊いたんだな」

「ええ。叩き起こして問い詰めましたよ」

「そしたらなんだって?」

「城内中の先生だと。学校の帰りにあとをつけてアパートまで行ったって」

「それで?」

「朝、静江さんが生徒に囲まれて学校に行くのを見るのが楽しみって」

「暇なやっちゃな」

「ケンちゃん、ひもだったんよ、うちの」

「そうだったな。それであんた、どうしたっけ?」

「くやしかけん、うちもそん人ば見てやろう思うて、もし、うちよりブスやったらケンちゃんば刺そう、うちよりきれいやったらそん人ば刺そうって」

「うむ、そう思ったんだ」

「はい」

「結果はあとの方だったか……」

「ちょっと見ただけで十分やった。うちも美容師のはしくれ。雰囲気で都会の人だとわかりました。モデルとかいろんな女の人ば見てきたけど、同じ女でもあげん品のある美しさってあるもんかなってつくづく感心した。ケンちゃんが、夢中になるのも無理はなかと思いました」

「ひも男がね。ほう、そげん美人なら俺も一度、顔ば拝ませてもらいたかな。まあ、喋れるようになったら会いには行くが……。それでいよいよ決行することになった。どういう計画ば立てたとかな」

「計画というほどのことはなか。アパートの近くで待ち伏せして、人目につかん場所までおびき出して刺そうと思いました」

「卒業生とかなんとか言って誘い出そうと思ったんだな」

「いえ。単純に彼があなたのことを好きになって困っているので相談に乗ってほしいって言おうと思ったとです」

「ああ、そうだった。ところがそんな筋書きにはならんかったな」

「はい。雨が降り出したもんで、待っていられなくなったとです。まさか降るとは思うとらんから今日は中止にしようと思い、なんか買って帰ろうと近くの商店に入ろうとしたとです」

「発見者もそん店から119番ばしとる。それで?」

「そん時、ちょうど静江さんが公園の入り口にいて、ちょっとためらうようにしとらしたけど、急に雨が強くなったんでトイレの方に走って行くところでした」

「なんで商店の方に来んかったんだろ?雨宿りするんならトイレより店の軒先の方がよかろうに」

「刑事さんはあのへん見られんかった? 店は公園の入口からは死角になるとよ。公園の前ん道ば東の方向に行って曲がったところにあるけんね。でもそん店に入ろうとする時に、こっちからは公園が丸見えになると」

「それで、彼女の姿が見えたんでこれ幸いとばかり近づいたんだな」

「うちは、用ばすませるためにトイレに行ったものと思うて待とうかとも思ったけど、あっちん方が人目につかないと思い、気づいたら、店の傘立てにあった派手な傘ば借りて走っとったとです」

「なぜ傘を持って行った? 急に雨が降り出したとやけん、お前も雨宿りするふりをして、そんまま走って行ってもよかったろうに」

「そう言われても無意識にしたことやけんね」

「無意識って言ってもだな、なんか考えがあってのことだろ?」

「たぶん、顔はぎりぎりまで見られたくなかったとです」

「面識もなかとにか」

「はい。うち……」

「なんね?」

「うまくは言えんけど、うち、心のどこかで静江さんに憧れとったとです。あの生徒に囲まれて歩く姿を見た時から……同性でも一目惚れってあるとですね」

「それが顔ば見られたくなか理由になるとか?」

「そうですよ、憧れの人ば刺すとやけん、顔は見られたくなかです」

「でも刺すことはやめんかったんやな」

「そりゃあ嫉妬がありますから」

「うむ。それで彼女はどげんした?」

「静江さんですか? だから、うちは傘で顔を隠しながら歩いて行ったのでよくわかりません」

「そいで本人の前まで行ってナイフば出したとやな」

「いえ、警戒されるといけないので、いったん自分も雨宿りするふりをして傘をたたみました」

「それから?」

「相手を確認してから自分のことも言いました」

「ほう、律儀なもんやな。顔ば見られたくなかとに名乗りはするとか」

「いちおうマナーでしょ」

「なにがマナーか! それですぐには刺さんかったんだな」

「はい。ナイフはその後に出しました。そしたら静江さんは下に置いていたバッグば持ち上げようとしたので、うちはもっと近寄りました。そしたら今度は逃げようとして、でもうちが邪魔しとるから前には行けんからトイレの中へ入ろうとしました。うちは中から鍵をかけられたらいかんと思い、慌て追っかけて腰のあたりば刺したとです」

「トイレん中に誰か入っとるかも知れんとは思わんかったとか」

「そこまでは思わんかった。だいいち逃げようと思うとらんとですけん。はじめっから逃げられるなんて思うとらんから」

「済んだら自首しようと思っとったんか」

「そん時はなんも思うとらんです。とにかく刺すことだけで頭がいっぱいで、刺した後んことは考えとらんかった」

「じゃあ、相手が公園のトイレに向かうのを見て何を思ったね?」

「ただ、この機会を逃したら一生、静江さんを刺すことはできないと思って必死でした」

「腰を刺したあと、どうなった?」

「静江さんがこっちば向いたとです。そんな時、うちはまじまじとそん顔ば見たです。ほんに綺麗かったあ。ナイフが刺さって痛かろうに、険しい感じが全然なくって、逆に、うちを憐れむような、やさしい表情ばしとらしたとです」

「それで、その相手から胸を刺せと言われたんだな」

「はい。うちはもう、憧れとるし、こげん綺麗か人ば苦しめるとはつらかけん行こうとしたとです。そしたら、声ばかけられて、憎かならとどめばさせて……」

「そう言われて憎しみが湧いてきたんか?」

「うんにゃ、そうじゃなかです。静江さんと目が合って、そう言われたとですからね。そん目が、うちに指図ばするとです」

「指図ってなんだ」

「だけん、さっき、都合のよか話って言われたけど、うちは静江さんが言うとおりにせんといけんような気持ちになったとです。何度も言うけど、こっちは憧れとるからですね、言われたことには従いたかって思うとです。ほんと不思議な感じです。うちが静江さんば殺してあげんといかんみたいな、そんな妙な感じがしたとです」

「それでとにかくあんたは相手の胸を刺した。だが、心臓は外したって言ったな。今の話と矛盾しとらんか? 殺してやろうと思ったんなら、心臓を刺すのがほんとだろう。なんで外した?」

「わかりません。これも信じてはもらえんと思うけど、殺さないけんという気持ちと同時に、殺したらいけんという気持ちも出てきたんだと思います。そして最後は殺したらいけんという気持ちの方が勝ったんです」

「おい、こら! 黙って聞いとったらふざけたことぬかしやがって! 話が違うだろうが! さっきは殺す気があったと認めたんだよ。最初から最後まで一貫した殺意があったと。だからこっちもつきあってやったら、なんだ、また、おかしなことを言い出しおって」

「うちが静江さんを、心から殺したかて思うたとは、手紙ば送った時までです。そん時は顔も知らんけん、勝手に町の商売女のごと想像して、いつか機会ば見て殺してやろうと思ってました。でも実物を前にしたら気持ちがすっかり変わったとです」

「違う!あんたには一貫した殺意があった、そうだな。園 静江を殺したくてたまらんかった。それで襲ったんだ、そうだろ? うん? そうだと言え。そしたらラクになれる」

「うちは静江さんに会いたか。会って、うちの気持ちば全部言いたか。そして、なんでうちにあんなことば言うたかを訊きたかです。そして、うちのことば赦してほしか、赦してほしかとです、うち、静江さんば好いとるけん……」

再び久代は泣き出した。今度は椅子から崩れ落ちて、床に顔をつけて、まるで巡礼者が五体投地するかのように……。

「もういい! もう、終わりだ! くそったれ! これでしまいにする。あんたは殺人未遂でブタ箱行きだ、覚悟しとけ!」

栗橋は立ち上がると、椅子を蹴り倒してドアを開け、外で待っていた婦人警官に久代を任せた。

 

 

面会謝絶の期間中、静江の病室には医師や看護婦たちが入れ替わり立ち替わりしたが、静江はじっと一人の女性が来るのを待っていた。

「あの、比嘉さんはここには来られないのですか?」

面会が許される日の前日、静江は毎日、顔を見せる担当看護婦の竹下裕子に訊いてみた。

「比嘉は手術専門なので、病棟には時々しか上がってきません」

「私の意識が戻った時にはおられましたが……」

「あの日は私が休みで、その代わりに入ってもらってたんです」

「そうでしたか……」

「比嘉に何か?」

「えっ? いえ、またお会い出来たらな、と思って」

「なんでしたら、その旨、伝えておきましょうか?」

「いえ、お忙しいのに、申し訳ないです」

「いいんですよ、伝えておきます。さ、園さん、お食事です。頑張って食べましょうね」

「はい」

静江は比嘉愛子と再会する日を待ち遠しく思った。

翌日は、トップバッターはさすがに警察の栗橋だったが、静江は適当に追い返した。静江は警察と軍隊と暴力団の3つがこの世で嫌いな組織トップスリーなのである。

続いて克也と隼人が一緒に会いに来た。意外な組み合わせに静江は思わず笑い声をあげた。二人も想像以上に静江が回復しているので安心した。

今の静江にとっては彼らよりも愛子に会いたい気持ちの方が強かった。そしてその日は予想以上に早く訪れた。たまたま愛子の休暇がその次の日だったからだ。

竹下から連絡を受けた愛子は看護婦としてではなく、見舞客として静江のもとに来たのである。

正午すぎに部屋に入ってきた愛子を見て、静江は嬉しそうに微笑んだ。

「お休みなのにすみません。お礼を言いたかったのです」

「お礼だなんて、仕事でやっていることですから」

愛子はすすめられた椅子に座ると、あの日と同じ優しい表情で静江を見た。

「あなたが私を救ってくれたんですね」

静江が得意としている単刀直入な、奇襲的問いかけである。

「えっ? あ、それは、私だけでなく、他の看護婦たちも、あなたの意識が戻ることを信じて全力を尽くしました」

愛子は少し慌てて、言葉を選ぶようにしてそう言った。

「いえ、そういう意味ではなく……」

「はい?」

静江の確信に満ちたような表情に愛子は圧倒された。

「あなたが、あなた自身が、私を救ってくれたんでしょ?」

愛子は、もはや言い逃れはできないと観念して苦笑いした。

「やはり、わかりますか、静江さん」

「ええ、わかります」

「隠すつもりはなかったけど、できれば知られたくはなかった。いくら応急処置がされたとは言え刺された場所が場所だけに大量の出血ですから、輸血が間に合いません。搬送されて来た時点で、あなたは瀕死の状態でした」

「それで?」

「私の一存であなたに薬物を投与しました。効果としては強心剤に似た薬です。あの日の未明に注射を打ったの。院長の指示通りにしていたら手遅れになったと思うわ。私は以前、佐賀の大学病院の救急外来にいたのでわかるんです。私が自分の考えを提案しても、ばくちのような考えで患者の命を死の危険に曝すわけにはいかないと反対されるのは目に見えていました。こっちも雇われている身だから方針に従ってはきたけど、でも、あなたの場合は、そんなこと言ってられなかった。だから、もしもの時は死んで責任をとる覚悟でやりました」

「そうでしたか。そのおかげで私は助かったのね。あなたの場合っておっしゃったけど、他の人とどう違うの?なぜ私の場合は、そこまでしてくれたのですか?」

「それは言えません」

「言えないって、何故ですか?」

「私がやったって見抜いたんだから、理由もわかるんじゃないの?」

「そこまではわからないわ。……比嘉さんって、ご出身は沖縄ですか?」

「ええ」

「そのことと何か関係があるような気もするんですが……」

しばしの沈黙のあと、愛子は腰を上げた。

「さっ、私はこのへんで失礼します。お大事に」

「待って、愛子さん。なにかヒントでもいいから話してくれませんか? どうしてそこまでして私の命を助けてくれたのですか?」

すがるような静江の目を見て愛子はドアノブにかけた手を止めた。

「もう少し教えてください。あの日の朝、初めてあなたを見た時、なつかしい気持ちになったんです。私をずっと以前から守ってくれているような、不思議な感じがしたんです」

愛子は再びベッドの横に戻って、静江の顔を見て頷いた。

「わかりました。すべてお話します。私の故郷はあの戦争で滅茶苦茶にされました。親兄弟も亡くなりました。沖縄では兵士不足を補うために兵役法を改正して14歳以上なら志願兵という名目で動員できるようにしました。しかも女子は丸刈りにして男子ということにされました。私は当時ちょうどその14歳で、本土から来た将校によってゲリラ戦の戦闘員にされました。ある時私は米兵に捕まって連れて行かれ、ある種の洗脳を受けました。それは逆スパイにして日本側の内情を探らせるためだったのです。でも私はそのおかげで日本軍による洗脳が解けたのです。戦陣訓の「生きて虜囚の辱めを受けず」という文句のために、いざとなったら自決しなければならないと教え込まれきた、それが日本民族絶滅につながる狂気の沙汰であることを知ったのです。沖縄の悲劇の元は「軍官民共生共死」という軍の方針です。私は原隊に戻って、特殊な方法により米軍に情報を流していましたが、自分と同じ日本の少年兵を少しでも助けなければならないと思いました。戦闘が続けば死者も増える一方です。これを食い止めるには集団自決ではなく集団投降するしかありません。しかしそれには大きな困難が立ちはだかりました。裏切って上官に通報する者が必ず出るからです。実際、私が信用できると思った仲間に計画を話したらすぐに通報され、私は処刑されることになりました」

「……それで、それでどうなったのですか? 逃げたんですか?」

「……いえ」

「でもこうして生きておられるってことは……」

「…………私は処刑されたのです」

「まさか!」

静江は思わずのけぞるように口に手をあて、いつしか青白い顔になった愛子を見つめた。

「信じてはもらえないのは当然です。死んだ人間が生きているなんて話、つまらないオカルト小説を読んでる感じよね。でもひとつだけ言わせて、静江さん。真の平和というのはね、肉体の世界だけを考えたってダメなの。沖縄をはじめ、戦場となった陸や海には、いまだに遺族のもとへ帰ることのできない遺骨がたくさん埋まっています。言ってみれば成仏できない霊魂がさまよっているのよ。その中には靖国神社での再会を期して亡くなっていった兵士たちの骨もあります。これらの霊魂たちを安らかにすることなくして、日本の真の平和はありません。生きている私たちだけが戦闘状態にないから、憲法9条の戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認の文言があるから、それで、それだけで平和だなんて馬鹿げたことは言えないの。静江さん、日本の政治はね、与党がアホなら野党はもっとアホよ。あなたが、あなた自身が人生を賭けて学び、そして教え続けてゆくべき平和とは、霊肉全体の事柄であることを、今、肝に銘じてほしいのです。私があなたに告げることは、けっしてオカルトなんかではないんです。(※ 以上、以下、霊だの霊界だの天使だのといった言葉を使っても「幸福の」なんとかや「世界平和」なんたらその他のいかがわしく胡散臭い淫祠邪教の類や精神世界などとは全く関係ありません! 読者よ、悟れ!)

さて、話を戻しますが、処刑された私は死の瞬間に輝きを放つ霊魂たちに取り囲まれました。それらは天使の姿をしていました。そして、声が聞こえてきました。沖縄で私のようにゲリラ部隊に入れられて死んだ少年少女、そして対馬丸などで犠牲になった子どもたちの霊魂も皆、その天使の集団に入っていると言うのです。私もその一人になりました。そして各自が新しい任務を与えられました。それは本土決戦に備えて疎開している子どもたちを守護するというものでした」

「私も姉と信州に疎開していました」

「そう、私が担当した子どもがあなたとお姉さんの姉妹だったのです」

「えっ! そうだったんですか! 私たちをずっと守ってくれてたんですね」

「私の力不足で、久美子さんは亡くなってしまいました。だから静江さんだけは絶対に死守しなければと思ったのです。でも私の未熟さゆえに、あんなに脅迫状のような手紙が来てたのに十分な警戒もせず、襲わせてしまいました。本当ならもっと早く、あなたを保護しなければならなかったのに……」

「戦争が終わってもう25年も経つのに、どうしてまだ守って下さるのですか?」

「私にとってはまだ戦争は続いているからです。形だけ、本当に形だけの「平和」が言われているだけで、実態はどうでしょう? その虚妄さは静江さん、あなたがよく知っておられますよね。それに……」

「はい?」

「あなた、昏睡状態の中で何か、聞きませんでしたか? あなたのお父様に怨みを持つ人たちの霊があなたを殺そうとしているのです。あなたは死にたいと思ってはいないのに、自分から相手にとどめを刺させようとしたのは、怨霊のせいなのです」

「やはり、あの声は幻ではなかったのですね? 父が出撃できなかったのは、脱走兵を探していたからなのですね?」

「そうよ。士官としては当然のことをしたまでです。だから、逆恨みする怨霊たちの攻撃からあなたを守るのも私の任務なのです」

「そうだったんですか」

「あなたは暴漢なんかに殺されたりしてはいけないのです。あなたに与えられた使命を果たさなければ……」

「私の使命?」

「あなたには1日も早くこの病院を出て、教育の現場に戻ってもらいたいの。そしてこれまで以上に、子どもたちの明るい未来のための平和活動を地道に続けていってほしい。それがあなたの使命ではないかしら?」

「ええ。でも、もう私、以前のように動くことはできないと思うから……。せっかく助けてもらったのに、こんな弱気なことを言ってごめんなさい。でも正直言って、教師を続けてゆく自信も失いかけています」

「それならまず、あなたに自信を取り戻してもらわなきゃね。精気を入れてあげるわ」

そう言うと愛子は病室のドアに内側から鍵をかけた。そして病床に横たわる静江の顔に自分の顔を近づけ、両手を静江の両手と組み合わせると、しばし目と目を合わせてから唇を近づけた。

「愛子さん、あなた、なに、なにをするんですか!」

静江は驚いて体を背けようとするが、まだ自由に動かせない。愛子は強引に静江の唇に自分の唇を重ねて舌を挿入した。その舌は静江の舌に絡みつき、しばらくそうしていると失われていた静江の情欲を奮い立たせた。

そして、組んでいた両手をはずし、右手で寝衣の前をはだけさせて、静江の左側の、怪我をしていない方の胸を優しく揉みながら、左手は掛布団の中に侵入させ、中指をパンティーの隙間から陰核に到達させた。そして指の腹で亀頭を愛撫するように徐々に動かしていった。一旦は死にかけた静江の肉体の隅々まで電気が流れ、眠りから起き上がった精力が満ち満ちてゆくのが感じられた。

静江は恥ずかしそうに愛液でびしょ濡れの股間を開きながら悶え始めたが、その耳元で愛子は、「静江さん、その調子なら大丈夫。あなたはまだまだ若いわ。すぐに元気になって学校に戻れるわ。生徒たちがあなたを待っているわよ」と囁いた。

静江は腰を動かしながら室外に声が聞こえないように口を手で抑えながらも、断続的に衝き上げてくる快感に「アン、アン」と声を漏らしながらうつろな目をわずかに開き、愛子に向かって笑みを浮かべて頷いた。

 

5

 

「コーヒーでもいれようか」

食事が済むと克也は立ち上がって給湯室に入った。やわらかな陽射しが司祭館の天窓からリビングに降り注がれ天国のような気分になる。しかし隼人にとってはその聖なる空間は、大好きな静江が目の前にいる神父を何度も誘惑していた曰く付きの場所である。いっそ、この建物を炎上させたらどんなに面白いだろうと隼人は思った。

「隼人君、この前の話だが、ホームレスが命の恩人というのは静江らしいと言ったよね。あれはどういう意味なんだい?」

香ばしい珈琲豆の匂いが部屋全体に漂った。湯気の立つカップを2つテーブルに置くと、克也はソファーに座りながら言った。

「どげな意味って、大した意味はなかですよ。ただ、静江先生はおいのごたる、人から嫌われたり外されたりするもんにやさしかけん」

「うむ、君はいいところに目をつけてるね。そうだ、静江の人間性はそういうところにあるんだ。彼女は必ずしも優しいとか思いやりがあるとかいうわけではない。むしろ自分に対しても他人に対しても厳しく冷たいところがある。姉は明朗快活で、静江とは対照的だった。でも姉には到底及ばないほどの品格が静江にはある。それが君が言う嫌われ者への温かいまなざしだよ。私は、静江という人は教育者になるべくしてなった人だと思っている」

「先生の命の恩人は今、どこにおられるとですか?」

「警察の事情聴取には応じず行方をくらましているんだ」

「なんで応じらんとですか?」

「私は詳しいことは知らないし、知っていても君に言うつもりはない。この前、言ったとおり守秘義務というやつさ。それより、君が静江と寝たのはわかるが、いくところまでいったのか?」

「答える前に、おいのことも守秘義務でお願いします。よかですか?」

「もちろんだ」

「おいは静江先生ば手込めにしようとしたとです。でも先生は神父さんのことが好きで相手にはしてくれんかった。先生はこげん田舎町まで追っかけてきたとですよね。おいは神父さんがとっても羨ましかです。正直、やけます。神父さんは、おいがこげな顔してなんば言いよるかって思うとでしょうけど、おいは先生のことが好きです。死ぬほど好きです。それで、襲ったとですが、入れ方ば知らんし、先生には拒まれたけん、いくとこまではいかんかった。これは天に誓って、いや、神さまに誓って本当のこつです」

「そうか。でも、手前まではいったんだろ?」

「手前ゆうか、先生のオマンコは舐めました。乳首も舐めました。他のところも舐めまして、それから先生のケツに入れて出しました」

「うむ、ずいぶん派手にやってくれたようだね。これは君、立派な性犯罪だそ!」

「それはもうすんだことだし、よかじゃなかですか。謝ったら、水に流すって言うてくれたとやから。先生は処女って言ってたけど嘘でしょ。もし本当ならおいが初体験の相手ばいね? うんにゃか、入れられんかったとやけん、おいも童貞、先生も処女んままですかね?」

「静江はもうとっくに開通式を終えとるよ」

「やっぱり。おいもあん声でわかったとです。初体験の相手はどげん人ですか?」

「それは守秘義務違反になるから言えない」

「まあ、そう言わんと。おいと先生はそげん仲じゃなかし」

「ほう、言うねえ。じゃ、ちょっとだけ教えてやろう」

「高校のクラスメイトだそうだ」

「へえ。仕事は何ばしとらす人ですか」

「言語療法士だそうだ」

「それじゃ、東京で言語療法士ばしている知り合いっていう……」

「なんだ、君も聞いてたのか?」

「はい、まあ。ところで、やっぱり神父さんも先生のこと、好いとるとですね?」

しばし、沈黙が訪れたが、やがて克也が口を開いた。

「私はこれまで静江を一人の女として愛することはできなかった。亡き妻に対する裏切りだからだ。しかし本心を言えば、私は静江に惚れている。もう我慢も限界に近づいた感じがする。君が強姦しかけたことを知ってなおさらだ。しかし君が悔い改めて、これからは静江のことを大切にするなら、静江の気持ち次第だが、私は君に静江を任せてもいいと思う。ただし、彼女は今度のことで障害を背負うことになるかもしれない。君はそれを共に担う覚悟はあるかね?」

克也は柔和な表情で隼人を見つめながらそう言った。

「覚悟って言われても……、先生は学校には戻れんとですか?」

「それはわからない。お医者さんは手足に麻痺が残るかもしれないと言っていた。最悪の場合、車椅子の生活になるとね。もし、そうなったら君の力の見せ所さ」

「おいは覚悟ば決めます。いざとなったらおいの人生ば静江先生に捧ぐと」

「うん、それでいい」

「行方ばくらました伊庭さんの居所、神父さんは本当に知らんとですか? 会って礼ば言いたかです。すぐに手当して救急車ば呼んでくれんかったら、今頃、先生はあの世ですばいね」

「あの世ではない、天国だ。でも神は今、静江が天国に入ることをお許しにはならなかった。彼女はまだまだ主の器として働かなければならないからだ。そのために静江は特別のタラントを与えられているんだ。君を癒した力もその一つだろう。静江自身、動けるようになれば伊庭さんに会いに行こうとするだろう。その時は私たちも協力してあげよう」

「はい。でも、静江先生が伊庭さんば好きになったら困るばい。先生がホームレスの男と結婚するなんて、そげなことは許されんです。おいは伊庭さんに会って、先生ば助けてくれたお礼は言うけど、先生には手ば出さんでくれって頼みたかです」

隼人はそう言って、司祭館をあとにした。

 

 

静江が襲われてから1年が過ぎた。静江はリハビリに励んだものの、右足に麻痺を抱えることになり、松葉杖が手放せない生活になった。それでも守護霊の化身である愛子の精気入れによって劇的な回復を遂げ、生徒たちの熱望もあって教職に復帰した。一方、隼人は高校受験に失敗し、浪人生活をはじめていた。

城内中学校では全校生徒と職員が静江の復帰を祝った。復帰初日の夜、静江は克也に呼ばれて司祭館を訪れていた。静江が入院中は、克也は隼人と共に面会に通ったが、静江がいつも伊庭浩二の消息ばかりを訊くので足が遠退いた。隼人も克也も、静江が伊庭の方に気持ちを変えてゆくような不安を感じていた。

「伊庭さんの消息がわからないのは、あなたがどこかの教会に連絡して匿わせているからではないの? 正直に答えて下さい。伊庭さんは今、どこにいるんですか?」

懇願する静江の前で克也は戸惑うばかりだった。

「どうして私が伊庭を匿う必要があるんだ。仮に、伊庭がどこにいるかわかったところでどうしようって言うんだ」

「ひとこと、お礼を言いたいんです。命の恩人だから」

「それだけか?」

「どういうこと?」

「いや、それだけならいいんだ」

「なにがいいたいの」

「隼人君も私も、君の心変わりに呆れているのさ。たしかに私は君を抱いてやらなかったという落ち度がある。その点は本当に悪かった。でも隼人君は君が以前のように愛してくれるのを待っているんだ」

「心変わりって、そんなんじゃないわ。あなたが抱いてくれなかったから他の男に乗り換えようとしてるとでも言うの? それはあんまりじゃない。まるで私は淫乱かなにかみたい」

「でも君の性欲が強いことは君自身、私の前で認めたし、私が拒んだからそれの持ってゆき場がなかったんだろう? 素直に認めなきゃだめだよ。教師だからってかまととぶることはないさ。とにかく私としては、このまま伊庭に君を奪われるくらいなら、これまでの考えを改めようと思う。君の姉さんも、私が君と愛し合うことを許してくれると思う」

「な、なによ、急に……」

「私は君を失いたくはないんだ。特に伊庭なんかに奪われたくはない! 頼むから私にもう1度チャンスをくれ! なっ、頼む、もう1度、君を抱くチャンスをくれよ」

「急に、そんなこと言われても……」

静江は戸惑いの表情を浮かべながら、麻痺のある右足を左手で軽くさすった。それが静江の新しい癖である。すると克也はその足を持ち上げてそのまま押し倒し、神父になって初めて戒律を破った。

これまで我慢していた静江への欲望を一挙に爆発させるかのように、けだもののようになって静江の衣服を脱がせてあっという間に全裸にしたかと思うと自分も全裸になり、聖なる司祭館のロビーのソファーの上で、座位から後背位、そして騎乗位と、静江が何度もオーガズムに達するほど激しく愛した。

天窓からは月光が射し込んでいる。

「ムーンライトか、ロマンチックだな。君の裸体をその青白い光が照らして映えている」

静江にとっては克也からの初めての入根であり、しかも3発も中出しされたので、終わってもしばらくは放心状態が続いていた。

「君の性感帯はまったく麻痺してなくてよかった。むしろ感度が上がったんじゃないのかい?」

克也はいやらしい笑みを湛えながら、静江の股間をティッシュで拭いてやった。

「なあ、静江、これだけ愛しても、私だけでは満足しないのか? 伊庭にも抱かれたいのか?」

やがて落ち着くと、静江は帰り支度を始めた。

「今夜は泊まってゆけよ」

「癖になるといけないから帰るわ」

「そうか。それでどうなんだ、伊庭にも抱かれてみたいのか?」

「わからない。とにかく、まずは助けてくれたことへのお礼を言いたいの」

鏡の前で乱れた髪を整えながら静江が喘ぐように言った。

「気持ちはわかるが、居場所がわからないんだからどうしようもないな」

「興信所に依頼してでも探すつもりよ」

「その前に、君、隼人君のことはどうするんだ。面会の時もつれない顔して。せっかく心配して来ているのに可哀想じゃないか」

「あなた、いつのまに彼と仲良しになったの。最初、二人で来た時、可笑しくって涙が出たわ。隼人君はもう私にとっては生徒ではないから親しくするつもりはないわ。それに佐賀のあんなバカ高校に落ちるなんて、いくらなんでも愚かすぎる」

「愚かな人間は嫌いか? 君は以前はそんなこと言わなかったじゃないか。たくさんの血が入れ替わって心までも変わってしまったのか?」

「ええ。私は愚か者は嫌いよ、昔から。それに、隼人君から聞いてないの。私がどんな目に遭ったか」

「聞いたさ。それがどうした?」

「どうしたですって! 私は彼から辱めを受けたのよ。それ以前のように愛せるはずがないでしょう?」

「部屋に入れた君にも反省点がある。それに君はあのことは水に流すようなことを言ったそうじゃないか! それなのに根にもっているのか?」

「どうしてあなたが隼人君を弁護して私を責めるの?」

「そもそも君が彼に私との関係をペラペラ喋ったから、私はずいぶん恥ずかしい思いをしたんだぞ。君から私との関係を聞いて隼人君は刺激を受けたんだ。嫉妬心が彼の君に対する性欲の炎に油を注ぎ、そのせいで受験勉強が手につかず、レベルの低い高校にも落ちたのさ。今の私が伊庭のことを君から訊いて嫉妬し、刺激されて仕事が手につかず、さっきみたいに性欲が爆発するのと同じ心理さ。だから私は隼人君に同情する」

「あなたのペースに乗せられたら、3Pを強要されそうで怖いわ」

静江は笑って、克也の唇にキスをした。

「私は考えを改めた。もう久美子に義理立てして君への思いを抑圧することはやめる。だから君は私だけのものでいてくれ。隼人君にも気の毒だが、もう二度と君の体に触れさせない」

「そう、あなたもけっこう分裂しているわね。隼人君の味方なのか敵なのか、よくわかんないわ。私こそあなたになついている隼人君に同情するわ。神父と思って信頼してたらいつのまにか裏切られてるんだもんね。可哀想に……。それと、姉さんは死んだ人よ。死んだ人間が生きている人間に干渉するなんておかしいわ。私は昏睡状態の中で姉さんと会う夢をみたの。あなたのことは諦めてと言ってたわ。でも、私はあなたを諦めることはできない。姉さんの指図は受けない。私は姉さんとはちがって生きている生の女なんだから……」

静江がアパートの部屋に帰り着くと比嘉愛子が待っていた。静江が誰と何をしていたのかはお見通しだった。それで体のことを心配して来たのだという。

「あんなに激しくするなんて、神父のくせに滅茶苦茶よ。なにより中出しするなんて腹が立つ。静江さん、妊娠したらどうするつもり? 右足がそんな状態で、ちゃんと育てられる自信はあるの?」

「わかりません。克也さんたら、いきなり来たんです、どうしようもありませんでした。でも嬉しかった。ずっと好きでしたから。後悔はありません。もし子どもが出来ても一人で育てます。神父さんだから父親になるわけにはいかないでしょう。だから私たちのことはそっとしておいてください」

「私とのことは忘れていないわよね?」

「はい。愛子さんが時々、私に精気入れをしてくれなかったら、私はリハビリを頑張り抜くことはできませんでした。右足の麻痺だけで済んだのは、あなたのおかげだと思っています。感謝してます。でも精気入れとセックスとは違うわ。どうか克也さんとの関係はほっといてください、お願いします」

「そうですか……」

「はい。わざわざ心配して来てくれたのにごめんなさい」

「いえ、いいのよ。それに、用事は他にもあるの」

「なんでしょうか?」

「あなた、伊庭浩二の消息を知りたがっているわよね?」

「ええ。それがなにか……。もしかして、あなたにはわかるんですか?」

「あなたの命の恩人でしょ? 消息をそんなに知りたいのなら、調べてみようと思ってる」

「はい、ぜひ、お願いします。一言、お礼が言いたいのです」

「何かわかったら連絡するわね」

そう言って、愛子は去って行った。

 

 

絹川久代は、静江の減刑嘆願の甲斐もあって執行猶予付判決となった。奇妙なことだが、久代が静江のもとに謝罪しに行ってからというもの、加害者と被害者の関係がいつしか姉妹のような関係になっていた。久代は静江のことを姉のように慕っていたのだ。

ところがある日、久代はある夢を見た。それは複数の若いパイロットたちから輪姦される夢だった。恋人を失って以来ずっと単身生活を続けているので、欲求不満がこういう夢になって現れたのだろうと思っていた。

しかし数日するとまた同じ夢を見た。夢にしては目が覚めても男根の挿入感が膣に生々しく残っているので、それを繰り返し経験する中で現実との区別がつかなくなった。そしていつしか、恋人だった男の心が自分から離れた原因である静江の美しさを汚してみたい、静江が男たちから凌辱される様を見てみたいという欲求に支配されるようになった。

そして久代は実行に移すことにした。以前、美容学校で知り合った不良っぽい男に電話をした。久代自身、何度か関係を持った20代半ばの男である。

「あっ、仁君、久しぶり。ちょっと相談があるんだけど、あんた年上が好きだって言ってたよね。うん、30すぎなんだけどさ、かなりの美人がいるんだわ。そう、体もまあまあ。バスト? うん、私よりあるわ。それでその人をさ、輪姦してほしいんだ。何人か集まんない? なぜって? まあ、ちょっと事情があって。大丈夫、やばくない、やばくない。うん、ちゃんと礼はするって。いくらかって? 一人1万でどう? そうね5、6人でいいわ。うん、場所はうちの部屋。時間はそうね、土曜日の夜あたりかな。くわしいことはまた連絡するから、人間を集めておいてね。うん、ありがとう。じゃあ、バイバイ」

こんな感じで、仁という男が集めた総勢6人が土曜日の夜に久代の部屋で待機した。あとは久代が静江をおびき出すだけである。

「静江さん、今度の土曜日、うちに泊まりに来ない? いつもそっちに泊めてもらってるから今度はこっちでどうかなって……。いろいろとさ、相談したいことがあるのよ、布団は二人分あるから。ねっ? お願い。なりゆきによってはこのまえみたいに慰め合おうよ」

久代はいつもより以上に甘えた声で静江の母性本能をくすぐるようにして誘いの電話をかけた。これで静江が来れば、部屋に入ったところで久代がドアにカギをして逃げ道を塞ぎ、押し入れに隠れていた仁たちが一斉に静江に襲いかかるという筋書きである。

静江のもとに久代から電話があったその深夜、比嘉愛子が夢で静江の危険を察知し、すぐに静江に電話をしてきた。

「こんな時間に何ですか?」

静江は寝ぼけた声で電話に出た。

「静江さん、例の脱走兵の怨霊たちが、あなたを陥れようと罠を仕掛けたみたい。すごくいやな夢を見たの。おこらないで聞いてね。あなたが数人の男たちに犯され、それを絹川久代が笑って見ているの」

「久代さんが? 久代さんが私を男たちに乱暴させようとしているって言うんですか?」

「そう。私の気のせいならいいんだけど、残念ながらこれは確かな事実よ」

「わかりました。伝えてくれてありがとうございます。十分、用心します。でも私は久代さんを助けたいんです。怨霊の操り人形にされているんでしょう? それをなんとかするためには、私が騙されたふりをして行くしかない。罠にかかったらかかったでなんとかするしかないと思います」

「わざわざ、飛んで火に入るって言うの?」

「久代さんをなんとかしてあげたいんです」

「だめよ、静江さん、襲われたら無事では済まないわよ。落ち着いて考え直して」

「いつも言うことをきかなくてごめんなさい。でもこれが怨霊の祟りなら、それも父の自業自得だと思います。脱走したのは戦争なんかで死にたくない、殺されたくなかったからでしょう。それなのに父は殺害したのですから、彼らを責める資格は私にはありません。でも久代さんを利用したりせず、直接、私の前に出てきてほしい。私が父のことを誠心誠意、謝っても赦してもらえないのなら、その時はどうされようと甘んじて受けるしかないと思っています」

「わかりました。あなたがその覚悟なら、私はもう何も言うことはありません。ただし、あなたの体はあなただけのものではないってことは肝に銘じていてね。平和な日本の将来を実現し担ってゆける若者たちを育成するタラントを与えられた人はそう多くはいないのよ。あなたは貴重な器なんだから……」

「わかりました。御連絡は無駄にはしません。では、これで」

静江は電話を切ると再び深い眠りに落ちていった。

そしてついに土曜日の夜になった。

「久代さん、来たわよ」

静江は久代の部屋の前でノックをしながら言った。

「静江さん、いらっしゃい。よく来てくれたわね。開いてるわ」

静江が中へ入ると、久代がにこやかに部屋の中で待っている。

「さ、早く上がって」

「久代さん、中に誰かいる?」

「えっ? なに言ってるの、このとおり、誰もいないわ」

「押し入れの中も?」

「も、もちろんよ。誰もいないわ」

「そう、おかしなこと訊いてごめんなさい。久代さん、あなたを通して脱走兵の皆さんが聞いておられるなら、ここで言いたいことがあるの。……あの、私はあなたがたに何かされても仕方がないと思いますが、ただのバカ者たちには指一本触れてほしくはないの。どうかこの連中から守ってください」

そう言って押し入れを開けると、オールバックのチンピラのような若者が数人出てきた。

「ほんと、いかす女じゃん!」

「うへ、いい体してるぜ!」

「でもなんかわけわからんこと言ってたな」

「俺たちのことをバカ者とかなんとか」

「こいつの股間に俺たちの息子をぶち込む前に、ちょっと痛い目にあわせてやろうじゃないか!」

「そうだな、美人が泣き叫ぶ顔を見るのもたまんねえ」

仁が静江に近づいてパンチを出そうとした。すると静江の左手がクロスカウンターで仁の顔面にまともに入ったので、仁は床に倒れた。

「さ、久代さん、行くわよ!」

静江は久代の手を握ると、部屋の外に出た。そして通りまで走ってタクシーを拾い、静江の部屋に戻ってみると、たしかに鍵をかけて出て行ったはずなのにドアが開いている。

不審に思って部屋の中に入ると、人の気配がする。

「脱走兵の皆さん、来ているのね」

静江がそう言って上がり、電灯のスイッチをつけた。

次の瞬間、正気に戻った久代が悲鳴を上げた。

なぜならそこに、カーキ色の航空服を着た若い男が5人もいたからである。

 

 

比嘉愛子の予想通り、静江は克也の子を出産し、克也は静江と結婚したので神父を解任されて司祭館を追い出され、妻帯できる牧師への転身を目指して福岡のプロテスタントの神学校に入り、寮生活を始めた。

一方、静江から見限られた隼人は、昼は父親の印刷所を手伝い、夜は定時制高校に通っていた。

伊庭浩二の遺体がK市の東海岸の砂浜に打ち上げられた状態で発見されたのは、静江が退院して教職に戻ってしばらく後のことである。伊庭の字の遺書が発見されたので、警察は自殺と断定した。

静江は、自分が会いたかった人物がこのような結果になったことに衝撃を受けた。そしていつか、愛子が伊庭について調べてみると言っていたことを思い出した。

静江は自分を発見し応急処置をして救急車を呼んでくれた命の恩人である伊庭に礼を言えなかったことを残念に思ったが、伊庭の死は、脱走兵の怨霊たちの復讐劇の幕引きを意味しているのではないだろうかと思った。それ以後、静江の身の周りではもはや命を狙われるような出来事は全く起きなかったからである。

静江は愛子に電話をした。もしかして、伊庭は自殺ではなく、自分の命を助けたので怨霊に殺されたのではないかと疑ったのだ。

もともと静江はオカルトのような迷信的な話はいっさい信じないタイプの人間だったが、愛子の説明により、自分が久代にとどめを刺すように言ったのは父親を怨む脱走兵たち怨霊による心理操作であることが納得できると、一転してそのようなパラダイムでものを考えることができるようになった。それくらい、静江という人は柔軟性が高く、物事への順応が早いのである。

「伊庭浩二のことを調べたら意外なことがわかったわ」

「意外なこと?」

「彼は、あなたのお父さんが教官を務めておられた特攻隊の中で唯一、生き残った人の息子なの。彼は消防署に勤務するかたわら、父親の代わりに図書館などで当時のことを調べていた。父親は残念なことに亡くなったのだけど、伊庭は調べを続けていたの。そしていろんな資料を掘り起こしてゆくうちに、隊員の数と出撃した人の数とが一致しないことに気づいた。生存者は公式発表では自分の父親だけだから、出撃していない人たちはどうしたのかという謎が生じる。彼はその謎を解くことに専念した。専念しすぎて睡眠不足になり、勤務中にミスを犯して免職になった。それでも彼は謎解きを続けていった。書籍を介していろんな学者に接触するうちに、ようやく有力な仮説に到達した。それが脱走兵とその処刑ということだった。それを証明するだけの力は素人である彼にはなかった。でもそれが真相であると彼は確信した。たまたま、同じようなテーマで取材を進めていたフリーのライターに出会い、伊庭の父親に関する話が興味の的になった。伊庭が殺されたのは、彼がまだホームレスにはなっていない時代のインタヴュー記事がこの夏の終戦記念特集で、マスコミに注目されたからだと思われます」

「伊庭を殺したのは、やはり脱走兵の霊魂たちなんですね?」

「そうです。伊庭は催眠をかけられ、自ら命を絶つように指示されて実行し、亡くなったのでしょう」

愛子は静江の守護霊として、伊庭を死に追いやった脱走兵たちの怨霊から静江を守る使命があった。だから静江が久代を連れて部屋に帰った時に出会ったカーキ色の航空服を着た男たちに対しても、愛子は駆けつけて体を張って静江を守り抜いた。静江は久代を守った。しかしその格闘が遠因となって後に、愛子自身が死を迎えることになった。

しかし、脱走兵たちの名誉のためにも書いておくが、彼らはその時、人の姿をしてはいたが肉体はなかった。あくまでも霊魂としてそこに来ていたのであり、格闘とは言ってもそれはあくまでも霊界レベルの波動対決であった。

むしろ脱走兵たちは、愛子が、霊的な意味だが身を挺して静江を守り、静江も命がけで久代を守る姿を見て感心し、さらに静江が誠心誠意、父親の罪について謝罪する姿を見て敬服し、敬礼をもってあの世に帰って行ったのである。(読者よ、旧日本軍の全兵士を侮るなかれ!)

愛子は静江の胸の中で霊界に帰ってゆく時、脱走兵の霊魂を鎮めるためには慰霊碑を建立しなければならないと静江に言い残した。

静江は、貯金をはたいて、記録の上には書かれていない脱走兵たちの慰霊碑を城内中学の近くに建てることにした。そして時々、生徒たちを連れてその前に行き、戦争の残酷さについて語るのであった。そこには「大日本帝国と大東亜共栄圏構想に幻滅し、自由を求め、日本国が破滅せぬために犠牲となった若者たちの魂よ、永遠に安らかなれ。シャーローム!」との文字が刻まれていた。(完)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年3月31日公開

© 2019 平島 公治

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

官能 純文学

"幻滅 Ⅱ"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る