まだ母は、絶望の岸壁で唸り声を発している。
異形のモノとの融合によって得られた、透視――過去と心を見通す能力。
全ての元凶を破壊し尽す起爆剤とするため、あえて透視を使わなかった母の過去。
母はなぜ、一族にとって爆弾なのか。
真相を知るべき時が来た。
ワタシは全てを知った。
その瞬間、膝から崩れ落ちそうになった。
この目で見た地獄よりも、おぞましい現実だった。
家族全員で参加した唯一の藤堂本家の会合。
その席上で、母を舐めるように凝視していた爬虫類男。
あの男が清彦。
うつけの清彦。
あの男を破壊する。
母のために。
ワタシのために。
家族のために。
不意に、瞬間移動「させられた」。
強制的に。
その事実だけで、充分に衝撃的だった。
藤堂本家に瞬間移動しようとした矢先だった。
自分の意思とは関係なく、ワタシの体は別の場所へ運ばれた。
誰かがワタシを強制移動させた……?
考えたくない。
想像したくない。
だが、それを行った相手を予想するのは容易い。
正に今から自分が破壊しようとしていた張本人――清彦。
うつけの清彦。
清彦は藤堂一族の中でも、直系の血筋にあたる。
しかし一族が彼に任しているビジネスは、クレジットカード会社。
傍流だ。
一族の直系ながら、この待遇。
その原因に、ワタシの母が絡んでいる。
そして、ワタシ自身も。
ワタシが清彦に強制移動させられたのは、藤堂本家の納屋のような場所だった。
納屋といっても中は広い。
生前に家族で行った郊外にあるホームセンターを、ふと思い出した。
あまりの敷地面積と売り物の多さに、皆呆然となった……遠く懐かしく、甘い思い出。
あのホームセンター並みの空間が広がっている。
ここだろうか?
さっき透視で見た、全ての元凶の始まりは?
ステルスで歩きながら、屋内を観察した。
どこの納屋にでもあるような、鍬や鎌、トラクターといった農機具が置かれている。
場違いなものを見つけた。
等身大の鏡。
しかも美しく磨かれている。
通常、納屋に鏡など無い。
ましてや、縁を豪華な純金で彩られたものなど、皆無。
「やっと二人きりで会えたね」
寒気がする気障なセリフ。
いつの間にか、清彦が立っていた。
出現に気付かなかった。
しかも、ステルスで透明化しているワタシが見えるらしい。
清彦は、全身白ずくめだった。
やたらサイズが大きい白装束。
下は素足。
なぜか、邪馬台国や弥生時代の戦士達を連想した。
実際に見たことは無いけれど。
瞼はいやらしい二重。
その下の目はゾッとする程、冷たく粘っこい。
鋭く尖った鼻。薄い唇。長身。細身に見えるが、無駄な脂肪がついていないだけ。
珍妙な白服の下には、鍛え抜かれた筋肉が潜んでいる。
ワタシはステルスを解いた。
「ワタシはアンタなんかと会いたくなかった。だけど、一度は顔を合わせないといけないの。だって、あなたを『否定』したいから」
清彦が甲高い笑いを発する。
とかく人を不快にさせる清彦の言動は、持って生まれた天賦の才。
「『否定』、ね。組長さんの影響を、随分受けてるね」
清彦はワタシを透視していた!
信じたくないが、行き着く結論は一つ。
ニヤニヤしながら、爬虫類の目でワタシを見詰めている。
背中に悪寒が走る。
「アンタが何者なのかは知っていた……絶滅者だとは知らなかったけど」
「父親には、もう少し言葉遣いを丁寧に」
卑しい笑みを浮かべながら、清彦は遂にそれを言葉にした。
ワタシの血液が沸騰する。
巨大な怒りの塊が、足元から脳へ駆け上がっていく。
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