父をリストラしたチームの長・小峰。
藤堂一族排除を胸に秘めた男。
父の解雇など、彼の中では一族への挨拶代わりに放ったジャブ程度。
とある小料理屋。
その二階の座敷は貸し切られ、東大のゼミ同窓会が催されていた。
そのゼミは優秀な人材を輩出することで有名だ。
毎年、ゼミへの希望学生が殺到し、その競争は「東大に受かることより余程難しい」らしい。
小峰が今夜の同窓会に出席するのは当然だった。
同期達は皆、エリートばかり。
キャリアでも、文科省や環境省だと「何だ、あんな三流官庁か」と見下す人間達。
司法試験に三年生で合格して、財務省や警察庁に入庁してやっと認められる、エリート意識の塊のような人間達。
そんな人間達が、この国の舵を握っている。
小峰はそんな人間達から、一目置かれていた。
民間企業とはいえ、世界のビジネス界で先頭を走る藤堂グループ。
弱冠三十代半ばで、藤堂グループの常務の椅子を手に入れた男。
それは大リストラを容赦無く行い、経営再建に尽力したことを、最高幹部達――特にゴリラ頭取が評価したから。
藤堂グループと日本の役人・代議士達は、深い関係にある。
代議士には多額の献金と引き換えに、ビジネスに有利な法案を可決させる。
役人には監査の密告等と引き換えに、天下り先を提供する。
よって小峰はエリート集団の集まりでも、胸を張っていられる。
しかし、やはり財務省キャリアの同期には、小峰が酒を注ぐ立場だ。
藤堂の身内でないことで、今後の小峰の出処進退は不安定。
ゆえに小峰は、雲を突き抜ける程高いプライドをかなぐり捨て、財務省の同期に、下手に出る。
無論、内に秘めたものを隠して。
「いつかこいつらが、俺に頭を下げる日が来る」
小峰がトイレに立った。
用を足してトイレを出ると、ワタシがいた。
トイレは奥まった場所にある。
人気は無い。
小峰が怪訝な表情を浮かべる。
ワタシのような少女が、この高級料理屋にいること自体、すでにおかしいから。
「君は何をしているのかな? 家族で来てるの(そうは見えないな)? ここで働いているようにも見えないしね」
ワタシの服装はカジュアル。高級料理屋には全くそぐわない。
小峰の鋭い目が、警戒で光る。
目の前の小学生であるワタシに、すでに異様なものを感じている。
「頂上に向かってひたすら一直線に登るアンタには、周囲の美しい野草や花を愛でることなんて、ないんだろうなあ」
ワタシの言葉に困惑する小峰。
「そして登り道にある障害は、全て排除する。他の登山者が助けを求めても、アンタは無視する。邪魔になるようなら、当然のように蹴り落とす」
「君は何者なんだ! 一体何を……」
「リストラされた人達の、その後の人生を一秒でも考えたことはある?」
小峰の眉がピクリと動く。
今回も、背中に背負った日本刀だけステルスで消している。
「(俺がリストラした行員の家族か? 仕返しにでも来たのか……)。君、名前は?」
「義理とはいえ、藤堂一族の人間を追放できて快感だった?」
小峰の顔色が、瞬時に真っ青に。
「藤堂補佐の娘なのか! 馬鹿な! 遠方に夜逃げして、一家心中未遂で……その後、行方不明に……」
この男は何を言っているのだろう? 錯乱しているのだろうか。
無視して続けた。
「アンタはずっとエリートだった。常に陽の当たる道を歩いてきた。だから死に場所はトイレに決めた。体内で無駄になった排泄物を、人間が捨てる場所。アンタにとってリストラは、正に『排泄』だったんでしょ? 解雇された人達の無念を、少しは理解してもらわないと」
ステルスを消し、背から日本刀を抜く。
突然現れた刀に、小峰は呆然。
「な、何をする気だっ?」
「言ったでしょ。ワタシは、アンタに山から蹴り落とされた者の娘。その者は、ゆったりと草花の香りを楽しんでいただけなのに」
「ちょっ、ちょっと待て! 君も藤堂の奴等が憎いんだろう? 私もそうだ。二人で力を合わせようじゃないか……」
「往生際が悪い!」
燃え上がる野望を包み込んだ小峰の頭が、下の体と離れた。
本当は薄汚れた公衆便所が良かったのだが、贅沢は禁物。
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