母がなぜ一族にとって爆弾なのか。それはまだ知りたくなかった。
最後でいい。
それは藤堂一族抹殺の、起爆剤。
銀行の人事はマイナス査定。
ゆえに他人の粗探しを執拗に行え、冷酷に業務を遂行できる者が上にいく。
無論、学歴も問われる。低学歴なら、一生、兵隊としてこき使われる。
普段から他人の粗探しばかりしていた田端。
そんな彼に、リストラ作業はまさに天職だった。羽振りも良くなった。
その夜、田端は高給ソープランドで遊んだ。
商売女が、最後の晩餐。
楽しむがいい、最後の夜を。
店から出てくる田端。ワタシはステルスで、後を尾けた。
丁度いい路地を見つけた。ワタシは田端の襟首を掴み、路地の奥に放り投げた。
ドスンッ。
鈍い音を立てて、無様に転がる田端。
乱雑に捨てられた生ゴミ、酔っ払いの嘔吐物、すえた臭い。
田端がその生を終えるのに、最も相応しい場所。
状況が把握できず、ノソリと頭だけ起こして、目をキョロキョロさせる田端。
ワタシは姿を現した。
田端の視線がワタシを捉え、唖然となる。
「この小娘が俺を放り投げたのか? こんなガキが?」
ワタシを値踏みするように凝視する田端。
普段なら鳥肌が立つその卑しい視線にも、今は寛容になれる。
だって彼が最後に目にする生き物――それがワタシだから。
ワタシは静かに、田端に歩み寄った。
徐々に冷静さを取り戻した田端は、状況の把握に努めていた。
透視で、田端の心理を読み取る。
「(一昔前にあったオヤジ狩りかっ? ……よく見れば、華奢な小娘じゃねえか! 上等だ。大人の恐さを、たっぷり味合わせてやるよ)」
全く方向違いの認識。
どこまでも、愚かな男。
ワタシは日本刀だけステルスしている。
ワタシが武装していないと確信した田端は、大きな態度に出た。
「おい小娘! 小便臭いガキが何しやがる! 俺はお前みたいなクズとは違うんだ! 勉強を投げ出した根性無し如きが、最高学府を出た俺に暴力を振るう? 許されんぞ! いつかは国を背負って立つ、エリートなんだよ、俺は!」
本当は低学歴だろう――などと野暮な突っ込みは入れない。
喚きながら、田端の右手が鞄の中をまさぐる。
鞄の中で握っているのは――スタンガン。
田端はそれを常備している。用心深いからではない。
他人を信用できず、いつも他人を疑っているから。
田端は鞄の中で、スタンガンの電圧を「MAX」に設定した。
田端の顔が残忍さを帯びる。
涙ながらに命乞いする気は無いらしい。
されたところで、ワタシの気が変わることはないが。
田端が鞄に手を突っ込んだまま立ち上がる。
薄暗い路地裏で、狂った笑みを浮かべていた。
「(この小娘、ガキのくせにいい体してやがる。商売女の口直しにしてやるか)」
田端は棒立ちのまま、ワタシを待ち受けている。
無抵抗のフリをして、奇襲に出るつもりらしい。
手を伸ばせば届く距離になった。
田端が笑った。口が耳まで裂けそうだ。醜く卑しい笑み。
ワタシに見せつけるように、鞄からスタンガンを取り出す。
バチチチチッ!
強烈な青い稲妻が、端子間を走り抜ける。
それを見ても、表情一つ変えないワタシ。
「(ヤクでラリってて、恐怖も感じねえのか?)」
と呆れながら、不意にワタシの胸に、電圧MAXのスタンガンを押し付けた。
凄まじい電流が強烈な勢いで心臓を直撃し、体中を高圧の電流が大津波の如き勢いで駆け巡る。
なるほど。
これを食らえば、人間なら気絶どころか死亡すら有り得る。
こんな物騒なものが容易に手に入る社会。
スタンガンを長時間押し付けられた。
だが微動だにせず、田端の目を覗き込むワタシ。
田端は混乱していた。
慌ててスタンガンを離し、電圧を確認する。
さらにワタシにスタンガンを押し付ける。今度は下腹部。
それでも、微動だにしないワタシ。
ようやく、田端は異変を感じたようだ。
田端の足元から、ゆっくりと恐怖が這い上がっていく。
目を激しく泳がせ、頬をひきつらせ、遂には体中が震え出した。
彼はワタシを正視できず、スタンガンを必死で調整している。
それが唯一の命綱のように。
「(落ち着け、落ち着け! このスタンガンは裏サイトで購入した高給品なんだ。違法スレスレの電流を相手にお見舞いできるんだ! こんな小娘に効かないわけがない……ヤクで麻痺してるのか? いや、それでも心臓は正直だ。ぶっ倒れるはずだ……待てよ。防弾チョッキや防刃チョッキがあるなら、防電チョッキがあっても不思議じゃない! なら狙うは!)」
的外れで陳腐な発想。
田端が、ワタシの顔めがけてスタンガンを突き出す。
ー――お遊びはここまで。
スタンガンがワタシの顔に届く前に、田端の右手首を掴んだ。
田端の手からスタンガンが落ちる。
ワタシが田端の手首を、強烈に握り締めたから。
田端が悲鳴をあげる。
彼の手首の骨が、ミシミシと嫌な音を立て始める。
ワタシは徐々に、田端の手首を強く握っていった。
田端が必死で、空いている左手を振り回す。
ワタシはその手の平を掴み、一気に握りつぶした。
「グギャァーッ!」
田端の体が後ろにのけぞる。
激痛で気絶させてしまった。
田端を目覚めさせようと、スタンガンを拾った。
そして電圧を下げ、田端の胸に当てる。
ガクン! とブレる田端の体。
効果適面。
すぐに目覚める田端。
さすがは高級品。
全身を冷たい汗で濡らしながら、田端はまだ地獄が続いていることを知った。
これから、本当の地獄に行くのだが。
バキッ!
乾いた音。
田端の右手首内の、骨が死んだ音。
「ギャーッ!」
田端がまた体をのけぞらせる。
今度は気絶しなかったが。
田端が尻餅をついた。
目を剥き出し、呼吸は乱れ、バンカーらしからぬ頭髪と衣服の乱れ具合。
ワタシは、右手を背中に回した。日本刀のステルスを解く。
柄を掴み、ゆっくりと抜刀。
先程電流を流されたせいで、刃に青い稲妻が走っている。美しい。
その光に気付いた田端が、ゆっくりと頭上を見上げる。
自分を見下ろす少女。
その少女が、右手を横に真っ直ぐ伸ばしている。
その手に握られている、青い稲妻を放つ日本刀。
薄暗い闇の中、その青光りが田端の顔を鮮やかに照らす。
呆けたような顔をしている田端。
彼の死に顔に相応しい表情。
その首を、青い稲妻が一閃した。
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