絶滅者 14

hongoumasato

小説

3,762文字

更新いたしました。

今回は、生前に弟をイジめていた山本少年に「ワタシ」が乗り込み、破壊するエピソードです。

グロテスクな描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

 翌朝。

 山本の父親は知らない。

 今日という日が、彼にとって絶望の始まりであることを。

 それは突然やってくる。

 ワタシとワタシの家族がそうだったように。

 山本の父親がダイニングに入って来た。

 途端に眉間に皺が寄る。

 毎朝、あって当たり前の朝食と経済新聞。

 それがテーブルの上に無かった。

 息子の姿も無い。

「(あのぐうたら息子、まだ寝ているのか! 朝の勉強がどれだけ貴重か、たっぷり言って聞かせているのに! 三流大学にしか入学できなかったら、省内でいい笑い者だ! しかも、出勤する夫のために妻が朝の準備を怠るとは何事か! こんな事は今まで一度も無かった! 娘が幼稚園にも遅刻するだろうが!)」

 入省以来、傅かれることが当たり前のキャリア人生を送ってきた父親。

 いつしか、それが当たり前だと思うようになった。家庭も例外ではない。

 一向に、二階の自室から妻と子供達が下りてくる気配は無い。

「(実にたるんどる! この国の愚民とも同じだ!)」。

 業を煮やした父親は鼻息も荒く、乱暴に階段を踏み鳴らしながら二階へ。

 その一段一段が、破滅への道だとは露も知らず。

 階段上がった手前に、妻と娘の寝室。

 ノックもせず乱暴に入室。

 目に飛び込んできたのは……淡いピンクで彩られた部屋。

 そのダブルベットで、娘ともども安眠している妻の姿。

 父親は惰眠を貪る妻に激怒し、ベットに詰め寄って……ふと感じた違和感。

 彼はその原因を探った。

 部屋と同じく、薄いピンク色の掛け布団のカバーの色が……濃密な朱色に変わっている。しかも丁度、妻の腰の辺りから下だけが、歪に変色している。

 それに、妻の顔色。

 隣で寝ている娘と同じく、人形のようだ。

 だが、娘の寝顔は可愛らしい西洋のお人形。

 妻のそれは蝋人形。

「お、おい……おい、どうしたんだ!」

 異変を感じた父親が、大声で呼びかける。

 娘が「ううん……」と起きそうな気配を見せるだけで、妻は微動だにしない。

 父親は、思い切って掛け布団を剥いだ。

 眠そうに身をよじる娘。

 その隣の妻は……。

 絶句する父親。悲鳴すらあげられない。

 妻は腹部から股間まで、ピンクのネグリジエ越しに切り裂かれていた。

 臓器が丸見えだった。

 血を吸い、真っ赤に染まったシーツとネグリジェ。
 
 妻の血を吸収しきれなかったシーツの血だまり――股間下の朱色の湖。

 父親は知らなかった。

 妻の腹部から、ある臓器が綺麗に切り取られていることを。

 しかも、その臓器に繋がる血管のみが切られ、他の臓器や血管にはかすり傷一つ無いことを。

 芸術的な破壊。

 すでに父親の思考も理性も停止している。

 隣の娘が目を覚ましかける。

「見ちゃ駄目だ!」

 寝ぼけなまこのお人形に怒鳴りつけると、その小さな体を抱え、慌てて部屋の外へ飛び出した。

 起き掛けに怒鳴られたお人形は、不機嫌そうな表情を浮かべている。

 父親は全身が震えていることを自覚した。衝撃と混乱と恐怖で。

「(きゅ、救急車と……け、警察に……!)」

 そこで思い出す。

 息子は?

 息子は自分で起きる。母親が起こしてくれないから。

 息子は遅れずに朝食の席につく。

 遅れれば、母親は平気で息子に朝食を与えないから。

 その息子が起きていない……。

 不安と恐怖ですくむ足を、懸命に動かす父親。

 大して広い家でも無いのに、息子の部屋がやたら遠く感じられる。

 まだ寝ぼけているお人形を廊下に残したまま、息子の部屋に恐る恐る入っていく。

 息子は……部屋にいなかった。

 枕に頭が載っていない。

 安堵した――だがそれは、一瞬のこと。

 枕に頭が載っていない。

 “なのに掛け布団は、丁度息子の体の形に盛り上がっている”。

 絶望的な状況を予感しながら、父親は息子の掛け布団を剥いだ。

 明け方の瀟洒な住宅内に、今度は悲鳴が響き渡った。

 ワタシは父親の一部始終をすぐ隣で見ていた。ステルスで姿を消して。

 腰を抜かしてへたり込む父親を尻目に、ワタシは外へ出た。

 まだ、ショーは残っている。

 錯乱している父親が通報しなくても、すでにパトカーは山本宅に到着していた。

 この辺りは瀟洒な住宅が建ち並ぶ、おすまし顔の高級住宅街。

 霞ヶ関まで二駅という地理を考えれば、この辺りの住民層も大体察しがつく。

 そのお上品な町で、瀟洒な家屋に相応しい洒落た門の上に、犬の頭部が無造作に置かれていれば、当然騒ぎになる。

 切断された首から流れ出た生乾きの大量の血。

 壁を伝い、地面まで流れ落ちている。呪われたドス黒い河。

 頭部の目は未だ生々しく見開かれ、今にも目玉が動き出しそうだ。

 近隣の住民による通報で駆けつけた警官達は、門の上にある犬の頭部にギョッとしながらも、インターホンを押した。

「山本さん、山本さん! 警察の者です!」

 普段は上品ぶっている近隣の住民達が、野次馬根性丸出しで山本邸をうかがっている。

 そんな衆人環視のなか、娘を抱いた父親が玄関からフラフラと姿を現した。

「山本さん、警察の者ですが。あの、屋内でも何かありましたか?」

 その言葉に緩慢に反応する父親。

 屋内で何かあった? その件で、こいつらは来たんじゃないのか?

 訝しげに思う父親。だが、ようやく息子の愛犬の頭部が目に入った。

「こ、これは!」

 娘もそれを見つけ「キャーッ!」と悲鳴をあげる。その悲鳴すら、洗練されたエレガントな響きがある。さすが良家のお嬢様。

 父親は娘を力なく地面に下ろすと、犬小屋の方に向かって歩を進めた。

 頭部を切断された愛犬。

 頭部が無かった我が子。

「山本さん! 門を開けてください!」

 警官の声も耳に入らず、父親は夢遊病者のような足取りで、犬小屋へと向かう。

 犬小屋のすぐ外に、犬の胴体があった。

 その臀部に、息子の頭部がめり込んでいた。

 山本少年も満足だろう。

 ワタシの弟にはもったいない「上等な糞」を、最後に味わえたのだから。

 父親の口から絶叫が迸り、高級住宅街にこだました。

 生まれて初めて人を殺した。

 それも惨殺。

 同姓である女性の子宮を摘出した。彼女が生きたまま。

 昨夜、唐突に闇の中からワタシを見て、まず、山本の母親は驚いた。

 だが、驚きは長続きしない。

 お公家のお嬢様にとって、自分達雲上人以外の人間は皆、ゴミ屑以下。

「急に何なのっ? あんたみたいな子どもが起きてていい時間じゃない!」

 まさか説教を食らうとは。

 しかし、母親を責めるのは酷だ。

 ワタシは未だ見た目は十二才の少女で、日本刀はステルスで消してある。

「アンタ、息子のこと『生まなきゃ良かった』って思ってるんでしょ? なら二度と、後悔しないようにしてあげる」

「どこで、そんな事聞いたのよ! 親に電話するから、番号を教えなさい!」

 公家のお嬢様には、何でこうもヒステリックな人種が多いのだろう。

 しかし、次の一言で戯れ言の言い合いは終わった。

「親も親なんだわ! こんな泥棒みたいな娘を生んで! 親も泥棒みたいな救えない人間達に決まってる!」

 彼女の「破壊」は、実戦が初戦のワタシには難儀した。

 何しろ日本刀で腹を切り、他の臓器を痛めずに、子宮だけ摘出するのだ。

 要求される、天才外科医なみの剣さばき。

 だが、やってのけた。

 その息子にも、外道に相応しい死に様を与えた。

 けれど、後悔も懺悔の気持ちも無い。

 しかし、達成感も快感も無い。

 あるのは、次の破壊のプランのみ。

 人間二人を殺し、残された家族二人に永遠の絶望を与えた。

 それだけのこと。

 山本少年は弟をイジめた、憎悪すべき相手だ。

 だが殺したからといって、それで気持ちが晴れるわけではない。

 無論、罪悪感も感じないが。

 山本の父親は、生き地獄を味わい続ける。

 彼はワタシの父が勤めていた銀行に、リストラを迫った張本人だ。

 公的融資投入には、生贄の生首が必要だったから。

 しかしそれが、生き地獄の免罪符にはならない。

 人の運命や命なんて、こんなものではないだろうか。

 人間は皆死ぬ。

 せっかく生まれてきたのに、死ぬ。

 では生きている意味は? 意義は?

 子を残して、人類の歴史を永遠とするため? 

 ならば生殖能力が無くなった時点で、すでにその人間の存在意義は無い。

 命の価値とは? 重さとは?

 誰が決め、誰が測る?

 ワタシが暮らしたこの国で、かつて飛行機がハイジャックされた。

 狂信的な犯人達のふざけた要求を、この国のトップは了解した。

 理由は――

「人命は地球よりも重い」

 人質の命を指しての発言なら分かる。

 だが当時のお偉方は、犯人達の命もご丁寧に扱った。

 なぜなら――人命は地球よりも重い。

 その結果どうなったか。

 のうのうと生き延びた犯人達は、海外の空港等で、無差別に無辜の人々を虐殺した。

 何の罪も犯していない人間より、狂った凶悪犯達の命の方が重かったのだろうか。

 かつてこの国で起こった大震災。

 大勢の被災者の命の灯火が消えかけていくなか、当時の施政者達は狂気の議論のテーブルについていた。

 一人でも多くのレスキューが求められる被災地。

 その被災地に「ジエイタイ」という渾名をつけられた軍隊に所属する救助部隊を、出動させるかどうか?

延々と議論していたのだ、被災者の命が次々と消えていく最中。

左翼思想の持ち主達は

「軍隊の出動などけしからん!」

と、広く温かい快適な会議室で、そんな平和ボケ理念をこねくり回していた。

 地獄と化した被災地で、助けを待ちこがれる被災者のことなど露も考えず。

 結局、人の命の重さを測る物差しなど、誰も持っていない。

 偽善と悪意の元で、他人の命の価値を勝手に判断する。

 人間の命など、所詮その程度。

 地球よりも重い? 

 ふざけないで!

2019年2月16日公開

© 2019 hongoumasato

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