白綾の小袖を互いに取り替え、そっと素肌に羽織り、一つ褥の上で寄り添って眠る。
幾度めの夜か。我が皮膚は相手の肌着の感触をすんなり受け入れるようになっている。激しい官能の名残は寝息と共に、綾の心地よさの中にふわりと沈んでゆく。
東山の麓のこの家は小さくて、そよ風が吹いても屋根が鳴りそうなほど古い。けれども今夜は物音一つしない。鴨川の流れさえも聞こえてこない。
男は眠りから醒めていた。そしてそのまま眼を開けていた。あまりの静けさが男を不安にした。新月の夜はいつまでも続く漆黒の闇である。傍らで眠る女の体温がなければ、我が身までが闇の中に凝固してしまいそうに思える。
女も眼を覚ましたらしい。ほんのわずか、それとわからぬくらいかすかに身じろぎをした。眠っていても男の気配に気を張っている。いつこの逢瀬が最後になるかもしれないことをよく知っている。
闇の中で眼を開けたまま、二人ともしばらくの間無言で横になっていたが、やがて男が呟くともなく言った。
「いま、何どき頃であろうか」
その意味するところを女はすぐに覚った。男は夜明け前に去る。みそかごとは、闇が深みにあるほんのひと時に封じ込めておかねばならぬ。
女はゆっくりと体を起こした。昨夜、乱れたまま束ねずにおいた髪が、寝ている男の頬を掠めて滑った。鼻先にほのかに香りが立つ。自分が愛用している梅花香が、女が身につけている単衣の裾から薫ったのだ。
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