あなたの臍の汚さが好き.docx

牧野楠葉

小説

1,483文字

とある女子のオサレサイトの公募「ほのあかるいエロ」に送り、見事に爆死して帰ってきた1500文字短編です。ご笑覧ください。

見てしまった、オカベさんの臍の黒ずみ。偶然か、必然かは、わからない。

 

朝、灰色の膿んだ空気の中、雑居ビルの階段をわたしは俯いて上がっていく。手取り16万円の、23歳の派遣奴隷。ドアを開ける。まだわたししか来ていないから、蛍光灯だって、まだ全てついていない。

激安のネット通販で買った、ぺらぺらの、薄汚れた白い花びらのごときオフィス服。「こういう感じなら一応会社に行けるしマトモっぽいでしょ?」ってな欺瞞の服を纏ったわたしは毎日自分に嫌気がさす。安い女。眼鏡ダサいし。それでも、そんな乾いた心を毎日抉るのは、オフィスの隅でがあがあ掃除機をかける清掃員のオカベさんだ。想定52才の彼は、いつも虚ろな目で、野暮ったい緑色の制服を着て淡々と掃除機をかけている。若干茶色がかった肌とつるっぱげの頭が亀頭のようでなんだかエロい。

「おはようございます」

「あ、おはようですー」

オカベさんは決してわたしを見ることなくそう言う、でもそれでいい。わたしだってオカベさんにきっちり自分を見て欲しいとは思わない。ただの性欲の対象。そして自分のオナニーには一徹もしみけんもいらない。とわたしは本気で強気で考える、オカベさんで最後までイッてみせる。それでこそ純な性欲だ。何と戦っているのかはわからないがこれは自分との戦いだ。普段が没個性の安い女だからせめて性欲の質だけでも自分を高めたい。あと三十分後にオカベさんはこのビルの清掃を終え、誰もいないことを理由にして制服を脱ぎ捨てタンクトップ一枚になり喫煙所の一番奥の椅子、いつもなら昼休み、社長が座っている場所で、人差し指を器用に動かしパズルゲームをやりながら「わかば」を吸う。

 あれは、奇跡の一瞬だった。

 わたしが喫煙所の向かいにあるトイレから出てきた時だ。 

べろん。

そこまでめくれますか?  というぐらいタンクトップがめくれていたのが奇跡だ、腹が出ているおじさんとは何故こうも均一的な腹をしているのだろう?  もじゃああ、と横に生え揃った毛。そして、眼鏡を買い換えたが故に劇的に改善された視力はそれを見抜いた。臍に散らばる黴のごとき素朴なゴマを。

すーん。もう一度、すーん。わたしは大きく息を吸った。ぶれた。感情がぶれぶれになった。今日の会議に使う資料の作成とか、心の底からどうでもよくなった。何が罫線。何がセル。だってエクセルよりパワーポイントより断然面白いものがここにあるんですけど!  と思ったからだ。おじさんの臍のゴマの味、スルメ感凄いんですけど! 噛めば噛むほど的なやつなんですけど! 心臓の動悸が荒くなる、普段の、全くやりがいのない作業への過剰な反動で無駄な妄想力が芽生えていたわたしは、すぐさま以下のことを想起した。きっとこれから色んなビルを回り掃除機をかけ家賃4万のボロアパートへの帰り道にアサヒのロング缶を買いどうでもいいバラエティを観ながら少し笑うそして寝る。なんと動物的で健気な生活。もしくはスーパーの惣菜部で働くヒスな妻を持ち、シコるしか能のない微妙に眉毛の繋がった中学生の息子に軽蔑の目で観られるオカベさん。……要するにオカベさんの臍の汚さはオカベさんの庶民的な人生への変換装置であった。それは一徹やしみけんといった恵まれた男優が持ち合わせることのないもの全てだ。そしてそのオカベさんのもつ概念でイッてこそ本物の性欲の権化になれる……

 

 夜七時。わたしは玄関でベージュのパンプスを脱ぎながら、まあでもオカベさんでオナニーしてたらオンナとして終わるよな。ほ。と、笑いながら一徹のあのディズニーランドのような笑顔を脳裏に浮かべた。

2018年5月1日公開

© 2018 牧野楠葉

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