【 30秒で読める話:08 】さかさま
最後に逆立ちをしたのは、いつだったろうか、とぼくは思った。
大人になってからはやっていない。それはわかる。
子ども時代の後半だって、やっていなかったような気がする。
ぼくは部屋を見回した。積み上げられた本が壁に沿って並んでいる。
その隣には段ボールの山……。
ソファを前に出したらいいか、などと考え始めている。
四十を過ぎた自分は、そもそも逆立ちなどできるのだろうか。
ソファを動かして空間を作って、黄ばんだ壁紙を見つめる。
三ケタを超えた体は、そんなわずかな動作をしただけで息切れを起こしている。
やはり無謀な考えかもしれない。額の汗をぬぐう。
だけど、説明できない何かが自分の中で芽吹いて、その衝動にあらがうことはできない。
床を見て、そこに手をついて、「よいしょっ」と声を出すところまでシミュレーションをしている。
しだいに疑念は、できるという確信に変わっていく。
どすどす助走をつけて飛び込んだ!
手首がぐにゃり。頭が床に滑ると、おどけたように首がこぼれる。
「たかお、ご飯できたよ」
母親のほがらかな声が聞こえた。
世界がさかさまだと気づくのに、時間はいらなかった。
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